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9 まなざし
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一方、ダンスフロアの脇のほうで宝石の姉弟のダンスを眺め感嘆の声を上げてていた一同の輪から少し離れた場所に立つ独特な雰囲気の二人がそこにいた。
隣国の魔族の王弟ラリマールと西辺境伯アレキサンダーの二人だ。
令嬢などは美男であるラリマールにお近づきになりたいらしいが、その横にいる大柄で強面の熊のようなアレキサンダーがいるため、なかなか近づけないでいるようだ。
ダンスフロアの二人を見ていたギャラリーの噂話を聞き流しながら二人でしずかに談話している。
「アレックスはあの宝石の姉のほうと面識があるんだろう?」
「ああ。先日の麻薬サロン摘発の件で、取り込まれそうになったところを彼女のひと声に救われたんだ」
「声?」
「ああ、実は……」
アレキサンダーはラリマールに先日の件を話して聞かせる。
「なるほどね? 声か。……七色の声」
「何だって?」
「いや、なんでもないよ。」
「……そうか。まあ俺がこのようななりだから、怖がられて逃げられてしまったんだが」
その逃げ足はカモシカのように速かったなあと思い出す。こちらがまだうっかり吸い込んでしまった麻薬の紫煙の匂いにより若干足がふら付いていたため、彼女にはあっという間に逃げられたことを思い出す。
彼女は美しく目立つから、その後すぐに見つけられたけれども。
「けどその後おかしな噂をたてられたそうだね。迫られて、アレックスが断ったって。あの気の多い放蕩令嬢もアレックスには完敗したって、さっき人間の馬鹿どもが面白おかしく話してたの聞いたけど」
横で噂話に興じながらこちらの話を聞き耳たてているらしい貴族たちが、ぎくりと身を震わせた。
ラリマールは誇張されすぎた貴族の噂話を楽しむ連中をバカにしているらしい。
魔族であり隣国の王弟で、そのうえ大賢者と言われる魔導士であるため、強く出られないので身を縮こませるしかない。
「馬鹿どもなどと……そんな話があったらしいが、靴の件なら拾って渡しただけだから、なぜそうなったのかはわからない」
「何でわからないのかが僕にはわからないね。人間の下世話な深読みでは、靴を脱いで、その靴を男が手渡したなら、二人きりで靴を脱ぐような行為をしていたって周りが見てもおかしくないじゃないか」
溜息をつきながら説明してやるラリマールに、ようやく固い頭で理解して、そのウルトラマリンブルーの瞳のように、アレキサンダーは青くなった。
「そっ……! そういうことだったのか? お、俺はなんてことを……!」
「それをアレックスはあくまで被害者だというように自分が迫ってアレックスに振られたことにするなんて、憎いくらいの心遣いじゃないか」
「ひ、姫君……そんなことを」
今まで彼女の心遣いに気付きもしない朴念仁である自分に恥じ入る。
彼女はアレキサンダーの地位を考えて、あえて悪役を演じたのだろう。
一度彼女と話をしたい。あの時のことを謝らなければ。
アレキサンダーはそう思ってフロア中央で優雅に踊る彼女とその弟のベストパートナーのダンスを見る。
「まあ、フォックス家ご姉弟、あんなに仲良さげに……」
「ついひと月前までは仲がお悪いということでしたのにね」
「アビゲイル姫君があのシズ侯爵の事件より人が変わられたようになってから、仲良くなられたらしいですわよ」
「まあ、あのいつも無表情にちかいヴィクター様が、あんな笑顔になられて……羨ましいわ」
「アビゲイル姫君は、本当に変わられたのね。男性の間を渡り歩いていたときとはもう違うわ」
令嬢たちがそこかしこでフォックス家姉弟の様子を見て感想を述べている。
アレキサンダーとラリマールも仲良さげに息の合ったワルツを踊っている姉弟を眺めて、ほう、と感心をした。
しかし、とアレキサンダーは思った。随分と顔を近づけて何やら笑いあっているが、姉弟仲が良すぎじゃないか?
アレキサンダーの複雑な表情をくみ取ったのか、ラリマールはフロアの姉弟を見てへえ、と意味深に口角を上げる。
「あの姉姫はともかく、弟君の彼女を見る視線、意味深だね。まるで恋する男の目で、姉姫を見ているじゃないか」
「……馬鹿な。実の姉弟だろう」
「そうだけどね。あれだけの美人の姉ならシスターコンプレックスになっていたっておかしくないだろう? まして、今まで放蕩三昧で見向きもしてくれなかった姉が、ああして自分だけを見て踊ってくれているなんて、寂しい弟にはたまらないだろう」
「そういうものか……?」
兄弟姉妹がいないアレキサンダーには理解できかねて首をかしげるが、ルビ・グロリオーサ魔王国現魔王である兄を敬愛するラリマールは「そんなもんだよ」と微笑んだ。
隣国の魔族の王弟ラリマールと西辺境伯アレキサンダーの二人だ。
令嬢などは美男であるラリマールにお近づきになりたいらしいが、その横にいる大柄で強面の熊のようなアレキサンダーがいるため、なかなか近づけないでいるようだ。
ダンスフロアの二人を見ていたギャラリーの噂話を聞き流しながら二人でしずかに談話している。
「アレックスはあの宝石の姉のほうと面識があるんだろう?」
「ああ。先日の麻薬サロン摘発の件で、取り込まれそうになったところを彼女のひと声に救われたんだ」
「声?」
「ああ、実は……」
アレキサンダーはラリマールに先日の件を話して聞かせる。
「なるほどね? 声か。……七色の声」
「何だって?」
「いや、なんでもないよ。」
「……そうか。まあ俺がこのようななりだから、怖がられて逃げられてしまったんだが」
その逃げ足はカモシカのように速かったなあと思い出す。こちらがまだうっかり吸い込んでしまった麻薬の紫煙の匂いにより若干足がふら付いていたため、彼女にはあっという間に逃げられたことを思い出す。
彼女は美しく目立つから、その後すぐに見つけられたけれども。
「けどその後おかしな噂をたてられたそうだね。迫られて、アレックスが断ったって。あの気の多い放蕩令嬢もアレックスには完敗したって、さっき人間の馬鹿どもが面白おかしく話してたの聞いたけど」
横で噂話に興じながらこちらの話を聞き耳たてているらしい貴族たちが、ぎくりと身を震わせた。
ラリマールは誇張されすぎた貴族の噂話を楽しむ連中をバカにしているらしい。
魔族であり隣国の王弟で、そのうえ大賢者と言われる魔導士であるため、強く出られないので身を縮こませるしかない。
「馬鹿どもなどと……そんな話があったらしいが、靴の件なら拾って渡しただけだから、なぜそうなったのかはわからない」
「何でわからないのかが僕にはわからないね。人間の下世話な深読みでは、靴を脱いで、その靴を男が手渡したなら、二人きりで靴を脱ぐような行為をしていたって周りが見てもおかしくないじゃないか」
溜息をつきながら説明してやるラリマールに、ようやく固い頭で理解して、そのウルトラマリンブルーの瞳のように、アレキサンダーは青くなった。
「そっ……! そういうことだったのか? お、俺はなんてことを……!」
「それをアレックスはあくまで被害者だというように自分が迫ってアレックスに振られたことにするなんて、憎いくらいの心遣いじゃないか」
「ひ、姫君……そんなことを」
今まで彼女の心遣いに気付きもしない朴念仁である自分に恥じ入る。
彼女はアレキサンダーの地位を考えて、あえて悪役を演じたのだろう。
一度彼女と話をしたい。あの時のことを謝らなければ。
アレキサンダーはそう思ってフロア中央で優雅に踊る彼女とその弟のベストパートナーのダンスを見る。
「まあ、フォックス家ご姉弟、あんなに仲良さげに……」
「ついひと月前までは仲がお悪いということでしたのにね」
「アビゲイル姫君があのシズ侯爵の事件より人が変わられたようになってから、仲良くなられたらしいですわよ」
「まあ、あのいつも無表情にちかいヴィクター様が、あんな笑顔になられて……羨ましいわ」
「アビゲイル姫君は、本当に変わられたのね。男性の間を渡り歩いていたときとはもう違うわ」
令嬢たちがそこかしこでフォックス家姉弟の様子を見て感想を述べている。
アレキサンダーとラリマールも仲良さげに息の合ったワルツを踊っている姉弟を眺めて、ほう、と感心をした。
しかし、とアレキサンダーは思った。随分と顔を近づけて何やら笑いあっているが、姉弟仲が良すぎじゃないか?
アレキサンダーの複雑な表情をくみ取ったのか、ラリマールはフロアの姉弟を見てへえ、と意味深に口角を上げる。
「あの姉姫はともかく、弟君の彼女を見る視線、意味深だね。まるで恋する男の目で、姉姫を見ているじゃないか」
「……馬鹿な。実の姉弟だろう」
「そうだけどね。あれだけの美人の姉ならシスターコンプレックスになっていたっておかしくないだろう? まして、今まで放蕩三昧で見向きもしてくれなかった姉が、ああして自分だけを見て踊ってくれているなんて、寂しい弟にはたまらないだろう」
「そういうものか……?」
兄弟姉妹がいないアレキサンダーには理解できかねて首をかしげるが、ルビ・グロリオーサ魔王国現魔王である兄を敬愛するラリマールは「そんなもんだよ」と微笑んだ。
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