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6 パーリーピーポーは卒業しました

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 あの皇帝陛下の使者と騎士団の者の訪問から、次の日には父ローマンからアビゲイルの謹慎を解かれた。
 
 パーティーの招待状も相変わらずたくさん来ていて、あまり羽目を外さないようなら行っていいと言われていたが。
 
「お父様、お母様。あたしこの招待状すべてに欠席の返事を出します」
「えっ」
「えっ」
「姉上……?」

 今までは数十通送られてきた招待状の中、日付が被らなければほとんど全てと言っていいくらいに参加していたパーティー好きの娘が一体どうしたことかと両親も首を傾げていた。
 
「だってもうあんな恐ろしいこと、ごめん被りますもの」

 先日のシズ侯爵の麻薬漬けの乱交サロンに連れて行かれたときのことが正直トラウマなのも事実。
 もちろんあれは例外であろうけれども、仮にも傾国とか言われたほどの美女と名高いアビゲイルであるから、いつまたシズ侯爵のようによからぬことを考えて近づいてくる者がいたらと思うと、気が引けるのも分かってもらえるだろう。
 
 流石の放蕩娘もあれには懲りたのだろうとでも思ってもらえたら幸いだ。
 あの事件において、麻薬中毒者だった人々を正気に戻らせた功績が、今までのアビゲイルの印象を払拭しているのだが、それを話してもアビゲイルは頑なに参加を拒否した。
 
 そのため、しばらくは両親と弟のみでの夜会参加ばかりの日々が続いた。
 
 そのころアビゲイルは家に閉じこもって何をしていたのかというと、それまで社交で使えるくらいの上辺だけの知識しかなかった、この世界での歴史や地理、情勢や経済、魔法学についても色々と勉強をしていた。
 
 もともと頭の回転は良かったらしく、乾いた土が水を吸い込むようにどんどん知識を吸収していくのがまた楽しくて時間を忘れる。
 
 ロズ・フォギアリア帝国の建国と歴史。五百年前の勇者レクサールから名を貰った王都レクサール。
 隣国で魔族の王国ルビ・グロリオーサとはロズ・フォギアリア建国の際に恒久停戦条約を結んで、国同士の交流も目覚ましい。
 ルビ・グロリオーサとの国境に位置するヘーゼルダイン西辺境伯領では、隣国との交流も盛んとのこと。
 
 最近はパーティーにも参加していないので、いつ使う知識なのかはわからないけれども、最新の紳士録にも目を通しておく。
 いつの間にか、紳士録にわが弟ヴィクターの名が載っていることにも驚いて微笑ましくなる。次期フォックス侯爵として重要視されている証拠だ。
 
「姉はこんななのにね」

 あばずれた噂ばかりの放蕩娘であるアビゲイルという姉がいるにもかかわらず、立派な侯爵令息として紳士録に載っているのは、ひとえに彼自身の努力の結晶だ。
 
 散々迷惑をかけた以前の自分とは決別したアビゲイルは、もう二度と家族に迷惑をかけないようにと心に決めて、今日も夜会不参加の旨を伝えたパーティーの主催者からの「お会いできなくて残念です」という沢山の手紙に目を通す。
 
 差出人の名前を見ても、紳士録と照らし合わせないとわからなかったくらいの浅い知識しかなくて、よく今までホイホイと参加してたなと自分でも思う。
 
 楽しければいいという快楽主義だった自分が嘆かわしい。
 喋りも行動も馬鹿丸出し。
 
 アビゲイルは今までおそらく顔とスタイルだけは良い「おバカキャラ」の「パーティーピーポー」で通っていたんだなと思うと溜息しか出てこない。
 前世の自分とはまるで正反対で、最も嫌悪するような対象だったからだ。
 
 これはアビゲイルが女だからギリギリ許されることであって、これが男だったらフォックス侯爵家の嫡男として絶対におバカではならないのだ。
 アビゲイル一人がおバカでもフォックス家が成り立っていたのは、両親や弟がしっかりしていたから許されただけだ。
 
 今後は絶対におバカにはならない。卒業だ。
 何匹でも猫を被らなければこの先生きていけないし、死にたくなる。
 
 貴族令嬢とは女優と同じだと思うようになってきた。自分を殺し、別の人物になりきり、時と場合によりこれという独自性を出して社交の場を乗り切る。
 
 ときにコールドリーディング、ホットリーディングなどの話術を使って、味方にしたい相手を自分に信頼を寄せるように導くのも社交の大事なやり方だ。
 
 どう話を誘導すれば、どう行動すれば、相手は自分に関心を寄せるか。その見極める目を鍛えるのも貴族の大事な仕事ともいえる。
 
 それは芸の世界においても必要なことで、前世においてストイックなまでに女優として磨いたものが、今のアビゲイルを非常に助けることになるだろうと思われた。
 
 そしてダンス。これにはもともと得意であったこともあって、かなりの熱の入れようだった。
 時に弟のヴィクターにもパートナー役を頼んではステップを鬼のように練習した。
 
 この世界の主流はワルツやタンゴ、クイックステップなどのスタンダードが主流というか、それしかないらしく、ルンバやパソ・ドブレ、チャチャチャ、ジャイブなどのラテンダンスは存在しない。
 
 だからあの使者と騎士たちが訪れた日に、アビゲイルが一人で部屋で踊っていたジャイブやチャチャチャなどはヴィクターやルイカたちには不思議な踊りにしか見えなかったようで、悔しいにもほどがある。
 
「本気で頭がおかしくなったのかと思いました」

 ヴィクターに半笑いでそう言われたときは、思わず靴のピンヒール部分で足を踏んづけてやったくらいにして。
 
 あんなカッコいいダンスを知らないこの世界の人々は人生の半分を損しているとアビゲイルは思った。
 
 それはともかく、クイックステップなどは弟のヴィクターは初めは苦手だったようで、何度も足を踏まれたり音を外されたりしたが、足をわざと踏み返したりして反撃したりふざけ合っていると、まるで子供のころに戻ったようでなんだか楽しかったし、弟との交流も図れたと思う。
 アビゲイルに付き合わされたお陰で、舞踏会でもヴィクターが賞賛されたと母ニーナが喜んでいたようだ。
 
 ヴィクター自身は誉められたところで素直に喜びを表さないツンデレ気質であるのだが、そんなところも可愛い弟だと、今は思う。
 
 とりあえずこのダンスのレッスンに無理矢理付き合わせたおかげか、弟のヴィクターとの確執はほとんどなくなったのが、アビゲイルとしては一番の収穫だった。
 
 そんな留守番ばかりの日々、両親と弟が出席する夜会にも不参加にしていたので、流石にフォックス侯爵令嬢はどうしたのかと言われるようになって、病気説や死亡説まで出た時には、流石に両親も貴族の娘として最低限の参加をしなさいと、今までの逆のことを言うようになった。
 
 両親も弟も、いい加減、アビー姫はいかがされたのですかと同じような質問に答えるのが苦しくなってきたと見える。
 
「アビー、来月の建国記念の舞踏会はお前も参加だ」
「……えぇ~……」
「そう嫌そうに言うな。皇室主催であるうえに、国中の有力貴族が参加するから、うちだけ一人欠けた状態で参加などできるわけがないのだ。お前の心の傷も理解できるが、こちらの事情もわかっておくれ」
「いいじゃない、アビー、素敵なドレスを早速仕立てましょう。久しぶりの貴方の顔を見れて、みんなきっと喜ぶでしょう」
「姉上、エスコートは私がします。決しておかしな者を近づけませんから、どうかご安心を」
「……わかり、ました……」
 
 これは家族全員で参加するため、アビゲイルが一人参加しなければ、娘と折り合いが悪いのかとか言われかねないし、病気や死亡説が色濃くなってくるため、欠席は避けなければならない。
 侯爵という高い地位にいる貴族のお家騒動は、主君である皇家にいらぬ心配をかけることになるからだ。
 
 パーティーと聞けば新しいドレスが欲しいだのアクセサリーが欲しいだのと言って、満面の笑みで喜んでいたあの頃の放蕩娘はもういなくなったと家族には見えていたかもしれない。
 ドレスも宝石も欲しがらず、パーティーの招待状にも嫌悪感を見せる姿は、家族にとっては別人のようで、何だか痛々しく見えるらしい。
 
 何でだ。まともになっただけだというのに。
 
 あんなに困った娘だと嘆いていたくせに、まともになったら寂しがる家族に、困惑しながらも愛情を感じて何だがむず痒かった。
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