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番外編「ぬしと私は卵の仲よ私ゃ白身できみを抱く」

21 祝福とさよなら

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 特別謁見の許可を取るのはそれほど難しくなかった。聖人聖女、それにシュクラとクアスが一緒であるならと、ウィルコックス夫妻はインとヤンの部屋に通されることとなった。
 シュクラとクアスやいつもの世話係の聖人聖女ら以外に、見慣れない男女がいることに泣きもせずに興味深そうにそちらを大きな目で見つめるインとヤン。
 初めは恐縮していた夫妻であったが、双子神のその姿に緊張の糸がほぐれてほんわかとした気分になってしまったらしい。
 
「ノーラン・ウィルコックスと申します。こちらは妻のキャサリンです」
「個人的謁見をお許しくださりありがとうございます、イン様、ヤン様」
「あー、うー」
「あぷう」

 恭しく一礼をするウィルコックス夫妻に、インとヤンは返事するように言葉にならない赤ちゃん語で答えた。シュクラのよく言う「良きに計らえ」とでも真似しているようにも見えてなんだか微笑ましい。
 
「やっぱりお可愛らしいですね」
「神様にかわいいなどと言っては恐れ多いかもしれませんが」
「このような機会を下さって、シュクラ様、クアス閣下、ありがとうございます」
「大事無いぞ。良きに計らえ! のうカイラード卿」
「はい。お二人に喜んでいただけたら幸いです」

 キャサリンは未だ泣き腫らした目ではあったが、先ほどまでの憂いはさっぱり無くなったようで、昔から変わらぬ淑やかで優し気な雰囲気に戻っていた。双子神を見て嬉しそうに夫のノーラン氏と微笑み合っている。
 その姿を見て、クアスはようやくほっと一息つくことができた。

「あうーう、あーう!」
「あっぷう! ああーう!」
 
 生後二カ月とはいえ既に一歳児あたりの大きさになり、つかまり立ちができるようになったインとヤンは、ベビーベッドのふちに手をかけて、あーとかうーとか言って何やら訴えている。その視線と手を伸ばす先にウィルコックス夫妻がいることで、彼らに何か言っているらしい。

「ベッドから出たいのでしょうか?」
「おなかが空いたとか?」
「先ほどお食事もすまされて、あとはお休み頂くだけですのに、一体どうしたのかしら」

 世話係の聖女がインとヤンのその様子を見て首を傾げて、そのままクアスを伺うように見た。クアスはインとヤンの言いたいことが何かよく考えた結果、夫妻をベビーベッドの近くまで招いてみた。
 ウィルコックス夫妻が何が何やら全くわからないまま二人並んでインとヤンの前に来ると、双子神は満面の笑みを浮かべてきゃはきゃはとはしゃぎだす。
 
 ぷくぷくした手を夫妻に向かって差し出す双子神に、思わずつられて手を出した夫妻。掌に神の手が触れた瞬間、突然ぶわっとあたたかな風が中心から吹いた。
 呆気にとられた一同に対し、双子神が満面の笑みを浮かべていて、周囲にキラキラと星屑のようなものが散るのが見えた。途端に暖かな気持ちが胸に満ちるのを感じる一同。
 その様子に、シュクラが感嘆のため息を付きながら手を叩いて言った。
 
「……ほう、生意気に祝福か、我が子らよ!」

 揶揄うように双子神に向かってそのぷくぷくの頬をつついてやるシュクラ。くすぐったそうにきゃはきゃはと笑うインとヤンの幸せそうな光景に呆気にとられながら、夫妻は顔を見合わせてからシュクラにおずおずと尋ねた。
 
「えっ、祝福……でございますか?」
「わ、私たちに、ですか……?」
「左様じゃ。どうやら気に入られたらしいのう。きっと同志だと思われたのかもしれぬぞ。とくに夫人、そなたにじゃ。残念ながら夫のウィルコックス卿は夫人のついでのようであるがのう」
「つ、ついでですかあ。でも、良かったねキャシー」
「えっ、私……? 同志……?」
「うむ、そうじゃな。きっと息子らの『推し』が夫人と同じなので同志と見なされたのではないか? きっと近々吉報があるぞ」

 推し、とは一体?
 シュクラは稀人である娘スイの影響か、たまによくわからない異世界語を発することがある。
 まあ、なんとなくニュアンスで理解できるのだが、まだ一般人にはよくわからないだろう。
 首を傾げる二人をよそにシュクラはにやにやしながら、双子の『推し』のクアスを見る。

 一体何だろうとクアスが戸惑っていると、ウィルコックス夫妻はシュクラの「吉報がある」という言葉でハッと顔を見合わせた。



 ありがとうございます、と何度も頭を下げて礼を言って、ウィルコックス夫妻は帰ることとなった。これから西シャガ村の温泉に行くため、馬車を予約してあるのだそうだ。

 キャサリンにはもう先ほどのような憂いの表情は無かった。すっかり吹っ切れたようなすがすがしい表情で、愛おしそうに夫のウィルコックス卿に寄り添っている。
 
 一時はどうなることかと思ったが、過ちを犯さずにすんで本当に良かったとクアスは心から思う。もう忘れてくれと言われたのだから、これ以上思い出してはいけないと、クアスはぶんぶんと頭を振って考えるのをやめた。

 神殿のエントランスまで夫妻を見送る聖人聖女たちとクアスに、今一度深々と礼をし、踵を返した二人だったが、キャサリンのほうがくるりと振り返った。

「……クアス!」
「は……えっ?」

 クアスの名を呼びながらキャサリンはスカートのすそを手にとことこと走り寄ってきて、いきなり上背のあるクアスに飛びつくように抱き着いてきた。
 ウィルコックス卿の目の前で一体何をしているんだと、慌てて彼女を引きはがそうとしたが、止める間もなく彼女のバラ色の唇がクアスの頬にちゅっと触れる。

「……色々迷惑かけてごめんなさい。貴方も幸せになって頂戴」
「キャシー……ウィルコックス夫人」
「ありがとうクアス閣下。さようなら」

 夫人は満面の笑みでそう言うと、クアスから離れてまたとことこと夫のところに戻る。苦笑しながら妻を迎えるウィルコックス卿に「妬けちゃうなあ」などと言われて、夫人は「友人に幸せのおすそ分けよ」と言って夫の腕に抱き着いた。
 そして卿は今一度振り返ってシルクハットをちょっとはずしてペコリと礼をしてから、妻と一緒に神殿を去って行った。
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