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番外編「ぬしと私は卵の仲よ私ゃ白身できみを抱く」

12 災いの足音

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 話をしている途中に屋根を叩く雨音がポツポツと聞こえていたが、部屋に帰るときにはざあざあと強い雨音に変わっていた。宿の主人が「雲行きが怪しい」と言っていたのは正しかったようで、あのまま踏み止まらずに外出していたら、今頃はきっと濡れ鼠だったに違いない。

 その夜は店主夫妻のお陰か、部屋に帰り、ベッドに入ればすぐに睡魔がやってきてそのまま朝まで夢も見ずに眠ることが出来た。

 昨夜からの雨足は朝には弱まっていたようだが、未だにしとしとと振り続く静かな雨音にうとうとと微睡んでいたところ、突然遠くの方でドドド……という音と地響きに目が覚めて起き上がる。
 隣のベッドを見れば、クアスと同様にエミリオもまた目が覚めたようだった。

「土砂崩れとかだろうか」
「わからない。昨夜はかなりの豪雨だったから」
「俺、ちょっと調べてくるよ」
「私も行こう。災害だったら人手がいるかもしれん」

 急いで支度をしてから一階のほうへ降りていくと、食堂のほうやロビーのほうに集まっていた、旅人たちが何やら騒いでいた。その一人にクアスが話しかける。
 
「どうなさったんですか?」
「ああ、もしかしてあんたらもこの先の峠に向かう人かい?」
「はい、シャガへ行くんですが……」
「だったらこの先の峠は無理だ。昨日の土砂崩れで道が塞がれちまったんだよ。遠回りだが迂回するしかないよ。魔法馬車でもありゃ無理だ。バカでかい大岩が崩れて塞いでて、人一人通れるかどうか……」
「……なんてことだ。あと一日あればシャガに到着できるのに」

 話を聞いて、こんなことなら転移魔法にすればよかったと、エミリオが額に手をあてて嘆いた。
 しかし、エミリオの魔力を補える彼の恋人スイが身重であるため、大幅に魔力が削られる転移魔法をそう簡単に使わせるわけにはいかない。

「怪我人はいなかったんですか?」
「土砂崩れが起きたのは真夜中だったからな。この辺は夜に出没する魔物が多いから、まず夜にあそこを通る人はいないのが幸いして、死傷者は出なかったんだけどさ」

 そういえば昨夜、宿の主人夫妻が夜歩きをしようとしていたクアスを、魔物が出るからやめろと止めてくれたのを思い出す。シャガ地方の魔物にはクアスにも嫌な思い出があるのでわかる気がする。
 冷静に考えてみれば、昨夜はかなり迂闊な行動をしていたのだなと反省する。あれほどシャガ地方の魔物にトラウマがある癖に、思い悩んでいたとはいえ、そんな危険な夜にでふらふら出歩こうとしていたなんて。

 しかし、峠の道が閉ざされて中々に困っている人々も多いようだ。旅人の中にはシャガに荷物を届ける運搬用の魔法馬車もあるようで、劣化防止の措置はされてるとはいえ、迂回による時間ロスはなかなかに厳しい物があると言っている者もいた。

「今大岩をどけようと周辺の集落から人足を呼んでどかそうと思ってるんだけど……」
「良ければ私たちも手伝おう」
「本当ですか騎士様! 助かります。本当に人手が足りなくて」
「そうだなクアス。俺も手伝うよ。俺の魔法で動けばいいんだけど」
「魔術師様ですか! これは心強い!」
「いや、そこまででも……」

 エミリオの魔法で動かせることができたらすぐにでも通行できるだろう。
 
 ……そう勇んでやってきたものの、峠の道を塞いでいる大岩というもののスケールが半端ではなかった。
 
 縦十数メートルはあろうかという、岩というより山の岩盤がそのまま剥がれ落ちたようなものが峠を塞いでいたのだ。その周囲には足場から崩れたり、崩れ落ちた岩に薙ぎ倒された大木がいくつも転がっていて、これをどけるために一体どれだけの人足が必要になるのだろうかと考えたら、一日で済むかどうか。素直に迂回したほうが早いかもしれない。
 しかし自分たちはそれでいいかもしれないが、ほかの旅人や行商人などが困っているというのに、それを見捨てて行くわけにもいかない。

 これほど大きな岩を持ち上げることは魔法でもかなり大量の魔力を消費するため、なかなか難しい。少しずつ破壊して小さな岩に削り、それを人の手で運ぶというプランが立てられる。

 まず周囲に礫が飛ばぬように結界を張り、その結界外に人を退避させてから魔法で岩を破壊する。エミリオの魔法で大岩に亀裂が入り、運べるくらいまでの大きさに割り、その細かくなった岩を次々に運び出していく作業を繰り返した。
 周りに崩れ倒れた樹木は細かく切って薪大の大きさにして運び出す。クアスも積極的に動いて村人たちの倍の量を運び出す作業にとりかかり、その作業は朝から日没まで続いた。エミリオの魔法と村でかき集めた魔力石、周囲の村から人が集まってくれなければここまで早く終わらなかったに違いない。
 最終的にエミリオが土属性の魔法を崩れた後の地盤にかけて強化し、これ以上の崩れを防ぎ、点検まで終わったころにはもうすっかり月が上っていた。

「出発は明日に延期だなあ」
「そうか……」
「ごめんクアス。俺が転移魔法を使えれば良かったんだが」
「いや、私の為にそこまで余計な魔力を使わないでくれ」
「でも、急がないといけないのに」
「それは他の人々も一緒だ。私たちだけというわけにはいかないだろう」

 それに曲りなりにもこのパブロ王国の騎士たる身、この状況で何もしないでおめおめと去るわけにはいかない。まして、今回のクアスのシャガ行きの目的はかなり私的なことだ。

 その日の夜、宿の食堂において昼間の作業ですっかり仲良くなった村人や旅人たちとともに食事をしていると、彼らは首を傾げながら言った。

「しかし、シャガのほうで新しい土地神様のご誕生が間もなくと言うおめでたい時期にこんな土砂崩れなんて、一体どうしたっていうのかな? こんなこと滅多にないからみんな慌てちまってさ」
「たしかにそうだな。そんなおめでたい時期なら、土地神様の祝福がここまで届いているはずなのに」
「シャガのほうで何かあるのかな。何か神殿で、例えばシュクラ様とイン様とヤン様に何かあったりする前兆とか……」
「おい、滅多なこと言うなよ」
「そうだよ、不敬じゃないか」
「ご、ごめん。でも心配でさ」
「イン様とヤン様は順調にお育ちだと聞いたぞ。心配するなよ」

 そうだな、偶然だよなと彼らは笑っていたけれど、それを聞いたクアスは心配が一気に押し寄せてきた。急に顔色を悪くしたクアスに気づいてエミリオが大丈夫かと声をかけたがそれもあまり慰めにはならなかった。

 このあたりはもうシャガ地方の位置に入っているため、土地神シュクラの祝福は少なからず届いている場所。土地神不在の荒地に比べたら、よほどシュクラの怒りを買ったりしなければこのような土砂崩れといったトラブルなど滅多に起きない場所なのだ。
 クアスは嫌な予感がしてその夜の眠りは今までで一番浅かった。
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