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番外編「ぬしと私は卵の仲よ私ゃ白身できみを抱く」

4 昔かたぎな男の考える結婚観

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 出かけて行ったときよりも顔色も肌艶も良く目いっぱい元気になって戻ってきたエミリオ。彼はどうやらシャガで自分と魔力交換できる女性と運良く出会えたらしい。この一週間で紆余曲折あったらしいが、なんとかその女性と魔力交換を済ませることが出来てこうしてあっと言う間に帰還できたそうだ。

 騎士団や国の上層部では、エミリオの相手となったエミリオと同等の魔力持ちである女性を知りたがっていたらしいが、それがシャガ地方の土地神の愛娘と知ってそれ以上の追求をしなかったらしい。

 エミリオ自身もその魔力交換目的の関係をそれだけで終わらせることはしたくなかった。というよりもエミリオがその彼女を愛してしまったらしく、結婚を考えているなどと言って頬を染めていたことにクアスは驚いた。

 まあ、基本的に真面目なエミリオのことだ。無責任なことは絶対にしない誠実な彼だから、魔力枯渇で徐々に体力まで奪われていく苦しい症状から救ってくれたその女性に対して恩義もあるのだろうし、身体の関係を持った責任を取りたいというのもあるだろう。
 そのうち王都で所帯を持ったとエミリオから報告がくるのだろうな、とそんなことをぼんやりと思った。

 エミリオには話の途中で、クアスが長年交際していたキャサリン・ボナール準男爵令嬢との婚約を解消したことを告げると、エミリオは自分だけ浮かれてすまないと謝っていたけれど、クアスは既にキャサリンのことは吹っ切れていたので何も思わなかった。
 一度あの毒杯に触れたときに死を感じたことにより、それまでの心に重くのしかかった物が全て無くなったような気がしていたから。

 それからのクアスは、英雄となったエミリオの嘆願と直談判により恩情を与えられて、騎士団第二師団長の地位に戻れることとなった。
 あの毒杯を口にしたとき、それまでの自分は死んだと考え、全ての後悔や未練などを忘れて、鍛錬に勤しんだ。もちろん大怪我からの回復とリハビリを兼ねての訓練をしながらではあったが、それまで以上にストイックに取り組むと決意する。

 第二師団に戻ったら、色々とやることがある。鍛錬もそうだけれど、各所への謝罪と挨拶回り。それに、この遠征で亡くなった仲間たちの遺族にも謝罪と報告に行かなければならない。
 きっと遺族には様々なことを言われるだろう。
 戦死した騎士の遺族には国からの特別弔慰金が支給される。もちろん大金だ。
 だが金を貰ったところで死んだ者は戻らない。金などいらないから、家族を返してくれと泣かれ、罵られ、詰られるのは当たり前だ。門前払いを食らうのも目に見えている。

 だがその全てをクアスは受け止める覚悟ができている。人に任せることはしない。全て自分で彼らに知らせに行き、彼らの悲しみを全て受け入れようと、それが亡くなった仲間たちとその遺族に対するけじめだった。
 自分はあのとき一度死んだ身と思えば、そんなことは全く苦ではないとクアスは思った。

 騎士団に戻る前の、くれぐれもと医師に設定された療養期間に体力と筋力の回復と鍛錬に勤しんでいると、第二師団の部下たちがやってきて、何か言いたそうだがなかなか言い出せないでいる様子をしていたので、話をきいてやった。
 彼らが困ったような表情で話してくれたこと、それを聞いてクアスは愕然とした。
 もう大抵のことは驚かないと思っていたクアスだったが、これだけは驚天動地の驚きだった。

 魔法師団第三師団長エミリオ・ドラゴネッティ、騎士団を退団する意向であり、退団届を提出済で既に受理されたというのだ。

 一体何故、その疑問しか浮かばない。
 エミリオは英雄だ。敬われこそすれ、彼が退団などという責任を取らなければいけない道理などどこにもないはずだった。
 責任ならクアスが取ればいいだけであるのに、彼はどうしてそんなことをしたのだろう。
 英雄であるエミリオが退団し、戦犯に近い、一度罪人とされたクアスが何故そのままの地位でいられるのだろう。そんな道理がまかり通って良いはずがない。

 取る物もとりあえず、訓練着のまま騎士団の魔法師団のエミリオが居る執務室に行った。ドアを破らんばかりの勢いで入ってきたクアスに、ちょうど昼時でちょっと珍しい形の弁当を広げていたエミリオが、驚いた表情でポカンとクアスを見た。

「クアス、しばらく療養中じゃなかったか? 一体どうしたんだ」
「どうしたんだ、はこっちのセリフだエミリオ!」

 クアスのあまりの形相と声にターコイズブルーの眼を大きく見開いて静止したエミリオだったが、何故退団などと言い出したのかと問うと、いつものふにゃりとした笑顔で笑い飛ばしてきた。

「……クアス、真剣なところ悪いが、俺はそれほど気にしていないんだ。俺のあとを任せられる部下もちゃんといるし、お前も無事だったし、心おきなく騎士団を去れる」
「騎士団の魔法師団に所属することはお前の誉れではなかったのか?」
「名誉ある職についたと今でも思っているさ。俺の持て余していた魔力をきちんと正しい方向へ導いてくれたからな。でも、俺は今、騎士団の地位より名誉よりも大切な物ができてしまったんだ」

 エミリオの言う、騎士団の地位より名誉よりも大切な物、それは「物」ではなくて「者」なのだろう。
 彼は六万強もある魔力を最大値以上まで回復させるために、シャガで同等の魔力持ちの女性と魔力交換を行なった。その彼女を愛してしまったというのは先日聞いたばかりだ。
 エミリオは、職も地位も、王都での暮らしも全て投げ打って、シャガにいるその女性と一緒に居たいというのだ。

 クアスには理解できなかった。
 既に鬼籍となったが、クアスの家族はそれこそ昔かたぎの性格をしていて、男は名誉ある職に就き家族を守る傍らで、女は妻として夫に付き従うものだという考え方がクアスの普通だった。
 クアスたちより年齢が上の世代で全く珍しい考え方でもないし、事実、そういった家庭は、長い家の歴史があればあるほど根強かった。
 カイラード家は騎士爵位ではあったけれど、父も兄たちも皆騎士だったし、母や兄嫁たちもみな、夫を陰ながら支えるような、夫を立てるのが当たり前といった環境で育ち、今日まで生きて来たクアスである。

「クアス、もう決めたんだ」
「エミリオ……!」
「俺は俺のために彼女を縛るつもりはないんだ。自由に生きている彼女の傍に俺が居たいんだよ」

 三十路近い男が顔をほんのり紅潮させるのはちょっと止めて欲しかった。そんなに惚れてしまっているのだろうか。そうに違いないが、この顔ときたら。

 エミリオのように、相思相愛とはいえ、女と結婚するために職を辞して彼女の元へ行きたいなんて、クアスにはまったく理解不能だ。

 結婚、それは大いに賛成だ。エミリオは幸せになるべきだし、クアスとは違うのだから、その愛する女性と人生を共にしてほしいと思う。

 だが、騎士団という華々しい職を辞するというのなら話は別だ。

 相手はシャガの土地神シュクラの愛娘だという。その彼女が王都での生活を捨ててシャガに来て欲しいなどと言ったのだろうか。それともシュクラ神がそう言ったのか?
 神の娘とはいえ、男の立場というものを理解していないのではないか?

 退団後の生活に夢を馳せ、しばし感慨にふけるエミリオに少々イラついたクアスは、その神の娘とやらに会って、文句の一つでも言ってやりたくなった。

「……会わせろ」
「え?」
「お前が心をきめたという、その女性。お前にそれほどまでの決意をさせたその女性に、私を会わせろ。エミリオが全てを預けるに値する女性なのか、見てみたいんだ」
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