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本編

120 ドラマチックに祝福を

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 シュクラの産んだ卵二つは、祭壇のような場所にふわふわのシルクのクッションを置き、その上に恭しく安置され、「御珠(おんたま)様」と呼ばれて、恭しく祀られていた。
 安置室の室温は火の魔石を調節して人の体温くらいに暖められていて、湿度もそれなりにあるので、長く居るにはちょっと暑い。スイは現代日本の動物園で見た卵の孵化装置の豪華版と言った感じと思った。

 今スイは、神殿の営業時間前に、自分の弟か妹の顔(?)を見に来ている。

「向かって右の御珠様が、長子の『イン』様、左側が次子の『ヤン』様でございます、スイ様。名づけはシュクラ様です」
「ソウデスカー……」

 当たり前のように嬉しそうに説明してくれている聖人のおっちゃんの笑顔が眩しい。
 数百年ぶりのシュクラの卵ということで、シュクラ神殿はもうお祭り騒ぎのような有様だった。というのも、この度シュクラが卵、つまり神の子を産んだということを大々的に発表したため、お祝いに神殿に訪れる参拝客が引きも切らない状態だったのだ。
 今日もこれから御珠様を一目見ようと、参拝客が既に正門前に並んでいて、開場後はどやさどやさと訪れてくるだろう。

 数百年ぶりの卵ということだが、数百年前にもシュクラは卵を産んだのかを聞くと、説明係の聖人のおっちゃんはやや呆れた顔をしてから、前回の卵から生まれたのはシュクラ本人だということだった。しかも先代の土地神が居たというのではなく、土地神のいなかったこの地にシュクラが入った御珠様が御光臨されてから始まったのがシュクラ神殿なのだそうで。

 スイがこのシャガに異世界転移してきたときにもざっと説明したはずだと呆れた聖人のおっちゃんだが、スイは異世界転移と失恋のことで心穏やかでなかったので、ろくに聞いていなかったのかもしれない。

 インとヤンの両親は、シュクラと……王都ブラウワーの騎士団第二師団長であるクアス・カイラードだ。エミリオの士官学校時代からの友人である。

 何で、何がどうしてこうなってインとヤンが生まれたのか、その経緯というのを、シュクラは久しぶりのビールとアテにへらへらと話してくれて、それを聞いてスイとエミリオは石化したみたいになってしまった。

 あの王都にあるバビちゃんキャッスルのジェイディハウスで、意思を持った人形の初代ジェイディにより作られた閉鎖空間に、二人一緒に閉じ込められてしまったこと。
 そこで初代ジェイディに襲われたがなんとか打ち破り、その際に媚薬の煙にやられたクアス・カイラードが可哀想で可愛くて、つい女神化して迫ってしまったのだと、シュクラは笑いながら語っていた。

 そういえば、王都から帰る日に、メノルカ神殿に爆発事故の捜査の件で訪れていたらしいクアスが、慌てたようにばたばたと見送りに来てくれて、シュクラの手を恭しくとって深々と頭を下げていたのを思い出す。
 あんなに仲が悪かったように見えたのに、一体どうしたことかと思ったが、その時は何も思わなかったのだ。だが、そんなことがあったとわかった今、クアスのあの態度の変化はなんとなく納得できると思う。

 シュクラ本人はクアスが知ろうが知るまいがどうでもよくて、「吾輩が責任持って育てるから問題ない」などと言っている。
 けれど、クアスに知らせないのはどうかと思ってシュクラに言ったのだが、何が悪いの? 的な顔をされて本当に訳が分かってない感じだったので駄目だこりゃと思った。
 古今東西、神様というのはそういうものなのだろうか?
 聖人聖女たちも、特に問題はなさそうな雰囲気であるし、心配しているのは自分だけなのかと、スイはちょっと混乱する。

 まあ、でも。突然にシュクラに貴方の子(卵)を産みました、などと言われても「はあ?」という感じかもしれないし、突然神の子の父親になったなんて聞いてクアスが混乱するといけないし、やはり知らせないほうがいいのかなとスイは悶々としていた。

 エミリオもそのことを考えていたらしく、思い悩んだ結果、お節介と言われようがやはりクアスに知らせてくると言って三日前に王都へ立った。
 スイが妊娠中のため、魔力交換がおいそれとできないために、片道五日のところ三日で行ける一番早い魔法馬車で出かけて行った。今頃はクアスに事の詳細を話している頃だろうか。

 まあ、なんにせよ。
 クアスが知ってどう行動するかは彼しかわからない。

 種は人間だが曲りなりにも神であるシュクラの血を引くインとヤンの卵が孵化するのはあと一週間程度ではないかと言われている。たまに中からコツコツと音がするので無事に成長しているらしい。
 孵化は時間の問題だろうけれど、希望としては、孵化の瞬間をクアスに見てもらった方がいいのではないかと思う。何しろ人間の妊娠、出産よりも断然早いスピードで生まれるのだ。そのあとは幼年期から青年期にかけてが人間とはくらべものにならないくらい早く、青年期から成長が止まって不老不死となる神の子だ。

 一番可愛い時代を見ることができないなんて、もったいないじゃないか。

 これから父親になるエミリオがそんなことを力説して、ぽかんとしているシュクラをよそに、「絶対にあいつを連れて戻ってきます!」と宣言して王都へ向かったのだった。


 そしてそれから一週間。エミリオはまだ戻って来ない。三日かけて王都へ行き、クアスと会って説得して、彼を連れてまた三日かけて戻るとしたらそろそろ戻ってきていてもおかしくないというのに。

 やはりクアスを連れてくるのは無理だったのかもしれない。説得に時間がかかっているのかもしれない。
 そんな悶々とした朝を向かえて、一人で朝食を摂ってまったりとしていたころ、ピンポーンとチャイムが鳴って、もしやエミリオかと思ってインターフォンの画面を見たら、聖女のおばちゃんの一人だった。

「スイ様、大変です」
「えっ、どうしたんですか?」

 慌てた様子のおばちゃんに水を飲ませてから聞くと、ついに御珠様二つにヒビが入ったとのことで、今にもインとヤンが産まれそうだという知らせだった。

 ああ、結局エミさんとクアスさんは間に合わなかったみたい。

 スイの弟か妹になる子らなので、立ち会わないわけにはいかなくて、簡単に部屋着に上着を引っ掛けて、足早に聖女のおばちゃんの後をついていく。

 安置室には聖人聖女たちが所狭しと集まって、それぞれ祈りの言葉を御珠様に捧げていた。祭壇の真横の椅子にシュクラがいつになくハラハラとした表情で座っていた。貧乏ゆすりまでしているので、さすがに落ち着かないようだ。
 スイは、その隣に用意された椅子に座ってシュクラに声をかけた。

「シュクラ様」
「おお、スイ。来てくれたのか」
「大丈夫?」
「うむ、今少し大きくひびが入ってな、だがそれから動きが鈍い……」

 普通の卵生動物の卵と同じように、外側から殻を破る手伝いはしてはいけないことになっているので、外野である一同は見守ることしかできない。
 固い殻を自力で破らないといけないなんて、神の子とはいえ赤ん坊には非常に厳しい最初の試練だろう。最悪、自力で殻を破れなくてそのまま……ということも考えられるわけで、あのいつもへらへら明るいシュクラが笑顔を消して、多少青い顔をして御珠様を見つめている。
 そんなシュクラを落ち着かせるために、スイは彼の手に自分の手を重ねた。一度ピクリと反応して、シュクラはスイの手の上に更にもう片方の手を重ねてすりすりとさする。

 シュクラの手は震えていた。卵を産んだのも初めてだし、こうして我が子が孵化するのも初めてのようなので、彼も不安でたまらないのだろう。
 思わずその震える背中を抱くようにさすってやると、シュクラは甘えるようにスイに身を任せてきた。その額にちゅっとキスをしてやると、だんだんと震えが止まってきたのがわかった。

「大丈夫、大丈夫だよ、シュクラ様」
「うむ……」
「インちゃんとヤンちゃんは大丈夫。きっと強い子だよ。だってシュクラ様とクアスさんの子だもん」
「うむ……」

 身体の震えは止まったみたいだが、まだまだ心配で心此処に有らずな感じのようなシュクラ。スイだって不安でいっぱいなのだが、クアスを呼びに行ったエミリオもいないし、自分がしっかりシュクラを支えなければと思ってぎゅっとシュクラの手を握った。
 この世界に来てずっと愛して支えてくれたシュクラだし、今度はこういうときこそ自分が支える番だ。
 スイは、大丈夫、大丈夫、と言い続けながらシュクラを宥め続けた。

 聖人聖女らの祈りの声が神殿に響く中、それからしばらく御珠様の動きはなかった。シュクラの表情がどんどんと青く絶望に染まっていくのが分かって、スイは彼をぎゅっと抱きしめるしかない。

「何故じゃ……」
「うん……?」
「やはり片親が人間だと、生きることができぬのか……? 吾輩の加護が何故届かぬ……」
「そ、そんなことないよ……きっと、疲れちゃっただけで……あんなに小っちゃい身体であの殻を破るの、きっと大変だし……」
「失うのか……先程まで元気に動いていた、あの子らを……吾輩の、子らを……」
「大丈夫、大丈夫だから……ね、シュクラ様」

 どうか。どうか、頑張って。
 お願いだから。

 しかしそんなスイの祈りも空しく、それから暫く経っても事は進展しなかった。
 全く動かなくなった御珠様を見て、誰もが絶望の色を隠せなかった。もう時間がたち過ぎた。先ほどまであったコツコツという音も聞こえない。
 数百年ぶりの御珠様は、御子がこの世に誕生することなく召されてしまったのか。未だ諦めずに祈り続ける聖人聖女の顔色も悪く、中には涙声で祈る声すらあった。

 聖人聖女たちの祈りの声が、どんどん小さくなり、いつしか誰も声を発しなくなった。

 誰もが諦めたその時、ばたばたと慌ただしく廊下を走ってくる足音が聞こえてきた。両開きの重々しいドアを破るように開いたのは、王都騎士団の第二師団長クアス・カイラードと、彼を呼びに行ったエミリオだった。

「エミさん、クアスさん!」
「スイ、シュクラ様! 今戻りました! なあクアス……クアス? あ、ちょっ……!」

 お静かに、と窘める聖人聖女らを押しのけて、祭壇に向かって無言でどすどすと足音を響かせて歩み寄るクアスの形相は、まさに鬼のようで、諫める聖人聖女たちもびくりと恐れおののいたほどだった。

「止まりなさい! それ以上祭壇に近づくことは許しません!」
「どいてくれ!」
「無礼な! ここを何と心得る!」
「立ち去れ! シュクラ様の御前であるぞ!」
「離せ! 離してくれ!」

 鬼気迫る表情で、まるで祭壇をぶち壊そうとでもするかのような勢いで近づいていくクアスを、屈強な僧兵たる聖人たちが囲んで押しとどめるが、それに抵抗してさらに祭壇に近づこうともがくクアスに手を焼いている。
 安置室から叩き出そうとする聖人たちの中、クアスはもがきながらも祭壇に向かって手を伸ばし、まるで地底から響くかのような大きな声で祭壇に叫んだ。



「戻ってこい! 逝くなああああああああっ!」



 その怒号にいわゆるソニックブーム的なものが起こったのかと思った。それくらい耳をつんざくような響きがあった。

 かたりと御珠様が動いた気がした。次の瞬間、ばきりとはっきり音を立てて卵の殻に大きくヒビが入ったのだ。最初に大きく縦に、そのあと連続してぱき、ぱき、と網目状にヒビが広がっていく。
 先ほどまで全く動きが無かったというのに、クアスの怒号で目覚めたとばかりに、みるみるうちにひび割れた殻がぽろぽろ剥がれ落ちていく。

 御珠様の様子の変化に、思わず座っていたシュクラもスイも身を乗り出してしまった。祈りの声が一人、二人と増えていき、殻がぽろぽろとはがれ落ちていくにつれて、どんどんと大きくなった。

 パキ……パキ…………バリバリッ……バキバキバキッ…………バリンッ! パーン!

 殻の破れ行く音がどんどん大きくなり、最後に破裂音を響かせて、一番大きな欠片が砕け散る。その際に祭壇からとんでもない量の光が溢れ出して、一同は思わず目を覆った。覆いながらもその中心を見ようとしていた。

 炯々とした光がやがて薄くなり、最後に何故かリリンという鈴の音のようなものを響かせて消えて行った。
 誰もが固唾を飲んで未だ慣れぬ目を細めながら、祭壇のほうを見た。

「ふあ……ほぁああああああああ!」
「ほあああああああああっ!」

 突如として神殿中にひびくのではと思われる、赤ん坊のけたたましい泣き声が二つ。見れば祭壇の上、卵の欠片が飛び散ったクッションの上に、ずぶ濡れの赤ん坊が二人、にごにご動きながら泣いていたのだ。
 その姿を見た聖人、聖女たちの歓声といったらなかった。悲鳴や絶叫に近いような声で歓喜を叫ぶ聖人、聖女たち。

 祭壇の右側にいる赤ん坊、ぽわぽわの産毛のような白銀の髪に青い瞳なのがイン。祭壇向かって左側の、金髪、瞳の色も金色なのがヤン。二人ともクアスのような浅黒い肌とシュクラと同じ縦線瞳孔の瞳をしている。
 良く見れば、駄々をこねるみたいに動かしている足の間には、二人ともちっちゃくもご立派な男性のシンボルがついていた。双子の男神の誕生だった。

 スイに力なくしなだれかかっていたシュクラは、そっとスイから離れると、足をふらつかせながらそろそろと祭壇に近づいていく。泣き叫ぶ小さな赤ん坊を二人いっぺんに抱き上げて、感極まったみたいに二人を抱きしめるシュクラを見て、スイは知らずにボロボロと涙を零していた。
 そんなスイを後ろから抱きしめてくれたのは、彼女の最愛の人、エミリオだった。

「良かった……本当に良かったな……」
「エミ、さん、ひっく、ありがと、ほんとにありがと……クアスさんを、ひっく、つれてきて、くれて」
「うん、間に合って本当に良かった……スイもお疲れ様」
「あたしは、べつに、何もしてないし……」
「そんなことないよ」

 改めて彼の胸に顔を埋めてしがみつきながら安堵の涙を零した。エミリオが大事そうにぎゅっと抱きしめてくれるのが本当にありがたかった。

 ひとしきり泣いたあと、くるりと振り返って祭壇を見ると、シュクラが慈愛の目で振り返っていた。シュクラの視線の先に居たのは、屈強な僧兵たちに囲まれていたクアス・カイラード。シュクラの視線を受けて僧兵たちが下がり、シュクラはクアスに微笑みながら頷いて近くに寄れと合図する。

 先程までのどすどすという力強い歩みはどこへやら、クアスは力が抜けたようによろよろと祭壇にいるシュクラの元へと歩いていく。
 シュクラの前まで来ると、シュクラはふにゃりと笑ってから「抱いてやってたもれ」とクアスに赤ん坊を差し出した。クアスは一度自分の両手を見て、服の胸元で掌を拭いてから、おずおずとシュクラから赤ん坊を受け取った。

 赤ん坊……インとヤンはふえふえと泣いていたが、クアスの大柄な腕に抱かれた瞬間、ぴたりと泣き止んで、まだ見えているのかいないのか分からないような目でクアスを不思議そうに見上げていた。
 次の瞬間、逆に二人の様子を見たクアスがぼろぼろと大粒の涙を零した。騎士らしい大柄な身体を丸め、嗚咽を噛みしめながら、二人の赤ん坊をしっかりと抱きしめて男泣きしていたのだ。その三人の姿を、シュクラが愛おし気に見守っている。

 その様子はまるで一枚の絵画のようだった。スイはそう感じた瞬間に、またこみ上げてくるものがあり、エミリオの胸に再び飛び込んで感動の涙をこれでもかと流していた。
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