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本編

96 クローズドサークル エミリオ2

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 数分も歩いただろうか。廊下の最奥にほかよりひと際洒落たワインレッドの扉がぽつんと一つだけある場所にたどり着く。

 魔力検知の魔法でここに目的である別の魔力のものがいるのは明らかだ。

 何があるかわからないため、一度真鍮のドアノブに指先でちょんと触れてみて、何もないことを確かめてからおもむろにノブを回す。
 鍵はかかっておらず、簡単に開いた。おそらくその必要がないのだ。ここにエミリオを誘導するためだったのだろう。

 きい、と小さく音を立てて扉が開かれると、真っ黒な空間が広がっている。部屋というよりホールのような広さだ。
 暗い、というより黒い、と言った表現が正しい。その黒い空間に、宙に浮かぶ何かがぽつりぽつりと見える。花瓶と花束、箪笥、サイドテーブル、テーブルランプ、ソファー、コーヒーテーブル、椅子、それら全てが黒い空間にぷかぷかと宙に浮かんでいるのだ。
 そしてその中央にひときわ大きな天蓋付きのベッドが見えた。

 エミリオはハッとそのベッドに注目する。浮かぶ数々の調度品には全くだったが、その天蓋付きのベッドから明らかな魔力の塊を感じ取った。

 部屋に床は無い。意を決して黒い闇の部屋に一歩踏み出すと、床は無いのに歩けるという不思議な感覚。特に奈落に落ちていく心配もなく、感覚のない床の上を歩けるという奇妙な部屋であった。
 ドア付近より高い位置に浮いているのに、ただそちらに歩くだけで普通に近づくことができた。宙に浮く高等魔法をかけなくても、身体は勝手に浮いているみたいだ。

 エミリオは魔力を感じる天蓋付きベッドのほうへ慎重に歩いていき、ついにそこにたどり着いたとき、ベッドの上にこんもりと人型にかけ布が盛り上がっているのが見えた。まるで猫が丸くなって寝ているように背を丸めて身体を縮めて寝ているように見えた。

 寝ているだけなのか、もしかして死体なのか。ピクリともしないところを見ると後者かもしれない。魔力のそこそこ高い者であれば、死後もその体に魔力が宿り続けることも有り得るから。

 それなら、一体誰だろうか。知っている人間だとしたら、自分の精神がどうなるかわからない。

「…………」

 見たくない。しかし見なければ。

 エミリオはしばし葛藤してから、意を決して、それでも恐る恐るそのかけ布に手をかけ、一息に引きはがした。

 はらり、と薄いかけ布が取り払われたベッドの上に広がる黒い流れ。この部屋の暗闇を彷彿とさせるほどの黒いそれは、ベッドの中央で眠る人物の長い髪だ。それは女性だった。
 そして白い肌を惜しげもなくさらした一糸まとわぬ姿で丸まって横たわっていたその女性は、エミリオの知る人物に非常によく似ていた。

「ス、スイ……?」

 まさか、と思い、眠る彼女の横顔にそっと手を触れてみる。少し低いがぬくもりを感じられ、彼女がまだ生きていることを知り、胸を撫でおろした。
 そして軽くその頬をぺちぺちと叩くと、彼女はうっすらとその珍しい黒い目を瞬きして開いた。

 少し寝ぼけたような表情で、ぱちぱちと数回まばたきをしたかと思うと、エミリオの顔をじっと見てきた。そしてそっと上半身起き上がると、両手をエミリオのほうへ伸ばしてきた。さらした肌を隠そうともせず、エミリオの首に腕を回してそのままエミリオを前のめりにさせて抱き着く。あまりのことにエミリオはなされるがままとなってしまった。

 エミリオの耳元に唇を寄せた彼女は、掠れたようなセクシーな声で囁いた。

「………………抱いて?」

 ベッドに手をついて硬直したエミリオにくすっと笑って、彼女はおもむろにそっと離れてから寝転がり、そろそろと両足を開いた。太ももを片方持ち上げて、何も纏っていないそこをエミリオに見せつけてくる。
 非常に危険かつ、艶めかしくて扇情的なその肢体。既に少し汗ばんでいて紅潮した肌、開いた太ももの中心は、蜜壺から早くも滴り光るものが見えている。
 向こうから誘ってきているという都合の良いシチュエーションに、健康になんの問題もない男性なら抗えるはずなどない状況だった。

「…………」
「ねえ……どうしたの……?」

 しかしエミリオは無表情で固まったまま動かなかった。

 動かないエミリオを怪訝に思ったらしく、焦れた様子でそう聞いてきた。

 愛しい女が目の前にいて、自分のために「抱いて」とせがんで肌をさらしているという状況にあって、エミリオは自分の身体の異変を感じていた。

 全くといっていいほど、勃たない。この状況で、ぴくりとも動かない。一体どうしたっていうの俺の「ゴリッパ様」とやらよ。

 ――ああ、そうか。そりゃあそうか。

 エミリオはしばし固まっていたが、呆れたように眉根を寄せて、何故かぐふふ、と笑ってしまったのである。

 それはエミリオ自身にしかわからない明確な理由があったのだ。愛おしい瞼の恋人であるスイに対しては、服についた柔軟剤とやらの香りを嗅いだだけで発情した自分が、この状況でまったく反応しない理由。

「あのさ…………君、誰?」
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