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本編

95 クローズドサークル エミリオ1

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 興奮して走り出したシャンテルを追っていったスイを見て、慌てて二人を追いかけ、ほかの客をかき分けてジェイディハウスへ入ったエミリオ。

「シャンテル! スイ! どこだ!」

 だが、建物内に入った瞬間に異様な魔力の流れを感じてびくりと立ち止まる。

 あまり感じたことのないほど大きくて濃密な魔力だ。このクラスの魔力は、人間とは異質な魔力を持つ神々を除いて、自分のほかに「賢者」の称号を持つシートン魔術師総団長、そして自分と同じ魔力量を持つスイ以外に、エミリオは出会ったことがない。

 しかし、神々やシートン総団長、スイの魔力と明らかに違うのは、この魔力に人間の持つ負の感情、嫉妬だとか嫌悪だとか拒絶が満ち満ちていることだ。触れたら切れそうなその魔力の流れに飲み込まれそうになるのを、必死で理性を保つ。

 気が付けばモノトーンやブラウン、ベージュ、アクセントにワインレッドなどのシックで落ち着いたインテリアのロビーや廊下には、エミリオ以外の人間は誰一人としていなかった。後から付いてきているはずのシュクラとクアスも来る気配もない。
 この施設に遊びにきていたほかの家族連れの姿も全くなく、エミリオはこの状況から何者かが作り出したクローズドサークルに取り込まれたことを悟る。これは油断が招いたものだとエミリオは自分を責めた。

 何者かの術中にまんまと引っかかる魔術師など他にいないだろう。普段のエミリオなら、魔力の流れを読み、何者かが敵意を持って術をかけてくることなどすぐに察知できたはずだろうのに。

 遠くに住む愛しの恋人と久しぶりに会えた嬉しさから完全に浮かれていたのだろう。そしてもうすぐ騎士団を退団する身であるから、その責務から解放された安心感で油断しきってしまっていた。

「…………」

 魔術を用いて作られたクローズドサークルだろうというのはわかった。その証拠に、エミリオは試しに元来た入口のドアを開けて外を見て見たが、入口のドアから出ても元のロビーに戻ってきてしまう無限ループになっている。これは不法侵入者への防犯などに用いられる初級の防御魔法だろう。人々に見せるために作った施設にこのような魔法を用いるのははっきり言ってナンセンスだ。

 巨大迷路などのアトラクションにしては何の説明もなく出口の誘導表示すらないなど来場客へのもてなしとしては悪質だ。郊外とはいえ王都の中でこのような魔力の悪用、魔術師として到底許せるものではない。

「行き止まりまで進むしかないということだな」

 侵入者扱いするなんて、俺たちはちゃんと金を払って入館したれっきとした客だぞ、とエミリオは怒りがわいてきた。

 しかしながら、このような空間に取り込まれたのは果たして自分だけだろうか。スイやシャンテル、シュクラ、クアス、それにほかの客たちは大丈夫だろうか。
 とにかく、進むしかない。エミリオは掌に魔力を集中させて小さな光の玉を生み出すことに成功したのを見て、幸いこちらの魔法も使えるようだと思った。

「al moldes becta Discove yun antomoss」

 エミリオが魔法文言を唱えると、彼を中心として四方八方に格子状の光が放たれ、その格子に描かれた内部にあるドアや通路を赤と青の光が点滅してエミリオに知らせる。赤は通れないドア、つまり先ほどの入り口のドアにも同じ赤い光が点滅している。青は進むことのできるドアだ。

 スイのマッピング能力のような魔法だが、これはスイのように1フロア全体を見るような広範囲ではないので、部屋が変わったあとはまたかけなおさなければならない。

 中級の補助魔法ではあるがこうして容易く表示させることができるとは、いろいろ杜撰さが目立たないか?

 この空間を作り出した者はそれほど魔法に明るくないようだ。
 俺だったら魔法を封じる結界まできっちり作っておくけどな、などとエミリオは誰もいないのに偉そうに一人ごちた。

 ロビーからすぐに行ける青いドアや通路は、ジェイディをイメージしたらしいシックでお洒落なリビングやダイニング、キッチンなどに繋がっていて、とくにめぼしい物もなく、シャンテル、スイ、シュクラ、クアス、それにほかの客たちの姿も見当たらなかった。

「al blvaldis becta searches maji antomoss」

 先ほどとは違う魔法文言を唱えるエミリオ。先ほどのものは空間に魔力の網を張って安全に通行できる場所を探す魔法であったが、今度は先ほど張った魔法の網を広げて、魔力の持ち主を探す魔法だ。自分ひとりがこの場所に閉じ込められたのならまだしも、誰かほかの者、スイやシャンテル、シュクラ、クアスがどこかにいるというなら合流しなければならないし、そのほか、自分たち以外の一般の家族連れの客がこのような魔法でできたクローズドサークルに閉じ込められているのなら、彼らも助け出さないといけないからだ。

 一階にはとくになんの気配も感じない。となると、ロビーの階段を上って廊下を通った奥のほうにある部屋に、何か薄ぼんやりとした気配、というより他の場所より濃密な魔力を感じる。エミリオは深呼吸をして一度気合を入れてからそちらに向かうことにした。一応先ほどの空間把握の魔法を重ねてかけておく。

 階段を上って二階の廊下を歩くが、その廊下が異様に長かった。外にいた時に見たこの建物の外観では、ここまでの広さなどなかったように思えるのだが、ここが魔法でつくられた亜空間であるならなんら珍しいことではない。
 エミリオはクローズドサークルとなったこの場所を打ち破る方法を考えながら、感覚では確実の進む先にある他より濃い魔力を感じてその長い長い廊下を焦らずゆっくりと進んで行った。
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