スイさんの恋人~本番ありの割りきった関係は無理と言ったら恋人になろうと言われました~

樹 史桜(いつき・ふみお)

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本編

90 後味が悪い出来事

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 結局エミリオといちゃついてドレスのレースが破れてしまったのは、気付かれる前に先に聖女のおばちゃんたちには謝っておいた。おばちゃんらはこの程度なら直せますよと言ってくれて、特に怒りはしなかったけれど、今度お詫びに丸一日畑仕事を手伝うからと宣言しておいた。
 一応破れた経緯はぼかしたけれど、「あらあらまあまあ仲がよろしいこと」などと微笑まれたので多分バレている。こちらの世界に来てからの母ちゃん的存在な彼女らに、娘っこ的存在のスイが隠し事なんぞできようはずもないのである。
 なんか悔しいのでエミリオがレース編みに興味があるから弟子入りしてレース達人になりたいと言っていたと話を誇張しておいた。エミリオはとんだとばっちりかもしれないが。

 お風呂に入っている間に聖女らと爆発事故のことを話したけれど、彼女たちも大きな音がしたのを聞いたと言っていた。
 シュクラとスイが出かけている間は多少自由時間だった聖女たちは、少しゆっくりめの夕食を摂っていたところだったそうだ。

「食後に時間がありましたので、みんなでお茶を頂いていましたら、急にドンッって大きな音がしましたのよ」
「その後ちょっと揺れましたわよね。地震かと思ってビックリしました」
「ええ本当に……メノルカ様の御膝元で、一体何事かと思いましたわ」
「そうなんだ……」

 少しパニックになりかけたけれど、とりあえずバタバタしだした廊下のほうでメノルカ神殿の聖人の一人をつかまえて話を聞くと、爆発事故が起こったらしいと言っていた。詳しい話はまだわからないが、この頓宮ではなく、別の場所で起こった事故だから、その影響もこちらには無いので安心して過ごして欲しいと言って、聖人は足早に去って行ったのだそうだ。
 件の事故はまだ聖人らがバタバタしていて真相は彼女らも聞いていないみたいだ。

「あれだけ大きな音でしたから、きっとけが人も出たのじゃないかしら」
「私たちも滞在中お世話になっていますから、救護などでお手伝いできないかと話していたんですの」
「そうですわよね。時間的に一般の方々はいらっしゃらない時刻でしたけれど、少なからず怪我を負われた方がいると思いますわ」
「シュクラ様が戻っていらっしゃったら、ちょっと提案してみましょうか。シュクラ様とスイ様が明日お出かけの間にメノルカ神殿の皆様のお手伝いすることを」

 自由気ままな性格の土地神シュクラに仕えているけれど、流石に神に仕える者たちであるから、奉仕の気持ちが非常に大きい聖女らなのだ。無関係だからといって黙って見てはいられない肝っ玉母さんのような女性たちらしい物言いだった。

 スイが風呂から上がって聖女たちが甲斐甲斐しく着替えを手伝っていると、シュクラが戻ったとの知らせがあった。とりあえずシュクラの入浴と着替えをリビングで待っていると、ようやくひと心地ついたらしいシュクラがやってきて、彼の介添えの聖人に寝酒のスピリッツを貰ってちびちび飲みながら話してくれた。

「爆発が起こったのは倉庫のほうらしい」
「倉庫?」
「うむ。神殿の倉庫というのは大抵聖遺物が置かれている場所ゆえ、人の出入りはあまりないはずなのじゃがな」
「爆発するような聖遺物があったの?」
「まずそんなものメノルカがおいそれと放置するわけないのじゃが。あ奴も首をかしげておったしのう。しかし起こってしまったことは仕方ない。怪我人も数名出たようで放置できんと言っておった。詳しい事は今現在調査中じゃと」

 怪我人が出たということで、話を聞いていた聖女らが救護の手伝いをしたいとシュクラに申し出て、まあよかろうとシュクラは許可を出してくれた。

「死人までは出なかったが重傷者もおるらしいから、手伝ってやってくれ」
「分かりましたわ」
「早速メノルカ神殿の聖人様たちにお願いして参りますわ」
「頼んだぞ」

 聖女ら数名はシュクラに一礼をしてから部屋を出ていった。随分大ごとだったんだなと、スイは改めて実感する。
 確かに神殿の入り口は聖人たちが蜂の巣を突いたみたいにバタバタしていたし、王都騎士団の騎士まで出動していたから、他人事とはいえ、スイもえらいこっちゃとは思っていたけれど。
 スイたちを出迎えてくれた、あの屈強そうな見た目で軍隊みたいなメノルカ神殿の聖人たちだったけれど、あんな人たちが怪我したくらいだから相当な爆発だったんだろうなとスイはぼんやり思っていた。

「そんなひどかったんだ。爆発事故」
「……スイ。ちょっといいか」
「うん?」

 シュクラが真面目な顔をして改めてスイに向き直って言うのが何だか不穏である。
 何を言い出そうとしているのか、とりあえず色々と言葉を選んでうんうん唸ってから、シュクラは改めて話し出した。

「怪我人が出たと言ったであろ?」
「うん……?」
「その、重傷者の中にな、あの男……セドル・アーチャーとやらがいるそうだ」
「………………え」

 思わぬ名前を聞いて、スイは一瞬固まってしまった。

 セドル・アーチャー。それは、何の因果かスイよりも二十五年も年を取った姿になっていて、何故かメノルカ神殿の中堅の聖人になっていた元彼、半日前に再会して完全に決別したあの蜂谷悟のこの世界での名前だ。

 件の爆発事故で、あの悟が怪我人の中にいる……?

「重傷……と言ったが、正しくは『重体』じゃ。意識不明の」
「……マジで?」
「マジだ。騎士団の医療チームも加わって今懸命に処置をしておるが……今夜が峠とのことじゃ」
「……蜂谷さんが」

 蜂谷悟が死にかけているらしいという報告は、スイの中で意外にも思わぬ衝撃をもたらしていた。
 スイには一年とちょっと前、彼にとっては二十五年前に、向こうの世界で別れたはずの元彼で、こちらで再会して色々話したあとに完全に決別したはずの男だった。だから彼がその後どうなろうとスイにはもう関係が無いはずだった。

 もう悟のことは何とも思っていないはずだが、そこはやはり同郷の知人だという意味では「ああそう」とはならないらしい。
 浮気をした悟に当てつけるみたいにエミリオとの仲を見せつけて留飲を下げたはずだったが、そのあと悟がこんなことになるなんて、何だか夢見が悪すぎる。あんな意地悪いことをするんじゃなかった、なんて思ってしまう。自分は向こうの世界で最悪の浮気をされた被害者だというのに、スイは自分がお人よしなんじゃないかと、呆れ半分嫌な感じが半分と気もそぞろになってしまう。

「……まあ、今日のような別れがあったからのう、何とも後味が悪かろうが、彼が今後どうなってもスイに責任はない。知り合いだということで、スイには一応知らせておいたほうがいいかと思って話しただけじゃ」
「……うん」

 スイの複雑な気持ちを察したのか、シュクラは一度立ち上がって、スイの隣に座りなおしてから彼女の肩をぽんぽんと抱いた。

 そういえば、一年前にこちらの世界にやってきたとき、元の世界ではスイの自宅は地震が直撃したらしく、悟はそこでスイが死んだと思っていたと言っていた。
 こんなことになるなんて、と思っただろう。あの時スイの仕事のスケジュールがきつすぎて寂しい思いをさせられたゆえの腹いせのような浮気だったかもしれないが、まさか死んでほしいとは思ってなかっただろう。
 今、スイもそんな気持ちを味わっている。確かに色々あって悟のことはもうどうでもいいと思っていたけれど、死んでも気にならないとまでは思っていない。

 見舞いとか行ったほうがいいのだろうか。いや、意識不明の重体であるなら、スイが顔を出したところで何の役にも立たない。そもそもスイはこの件に全く関係が無いから行ってどうなるというのか。

「スイ、そなたももう休め。明日起きれなくなるぞ」

 シュクラだって朝が弱いくせにそんなことを言う。

「ドラゴネッティ家の娘っこと『バビちゃんキャッスル』とやらに行くのじゃろ。あの小娘、遅刻なんぞしたらまた癇癪おこしそうじゃ」
「……そ、そうだね……」

 でも、世話になっているこのメノルカ神殿でこんなことが起こったのに、自分たちだけのほほんと出かけて大丈夫なのだろうかと思ってしまう。

「なんか、出かけてもいいものかどうなのかわかんないんだけど……えらいことになってるみたいだし」
「かまわぬさ。メノルカがなんとかするじゃろ。吾輩らは無関係だし、こちらの都合までメノルカのやつに合わせる必要はなかろ?」
「だ、大丈夫なのかなあ」
「大丈夫じゃ。何も心配せずとも心安らかに眠るがよいぞ」
「う、うん、わかった」
「……なんなら一緒に寝てもよいぞ?」
「やだよ、浮気になっちゃう」
「女体化すれば……」
「それ性欲強くなるんでしょ、もっとやだから」
「ちっ」
「舌打ちしない!」

 シュクラのおどけた話し方になんとなく緊張がほぐれて、とりあえず今夜はこれでそれぞれの部屋へと解散となったスイとシュクラであった。
 スイはベッドに入ってからもしばらくは色々と考えてしまったけれど、それでも意外と旅疲れがあったのと、エミリオとの戯れで体力を使ったのと、エミリオの家族に会った緊張感もあって、それなりに睡魔が襲ってきて、いつの間にか眠ってしまった。
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