スイさんの恋人~本番ありの割りきった関係は無理と言ったら恋人になろうと言われました~

樹 史桜(いつき・ふみお)

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本編

80 あいにきてくれたの?

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 クアスと別れたあと、エミリオは夕方また迎えに来ると言って帰っていった。スイとシュクラは一度滞在中のメノルカ神殿頓宮に戻って、夕方の外出に向けて身支度することにした。

 時間はまだまだあると思っているスイに対して、今回お世話係として来ていたシュクラ神殿の聖女のおばちゃんらは「スイ様ったら何をお馬鹿なことを仰っているのかしらほほほ」と満面のアルカイックスマイルで有無を言わせずにスイを風呂場に強制連行した。

 素っ裸にひん剥かれると手のひら大の砂袋を使って体中を洗われて、顔を泥パックされながら美容に良い入浴剤の入ったぬるま湯に長いこと漬けられる。
 全部洗い流したかと思うとマッサージ用のベッドにうつ伏せに寝かせられ、「スイ様、お肌マッサージいたしましょうね~」と指をポキポキ鳴らした重量級の聖女のおばちゃんに全身をゴキゴキ整体されてしまった。おばちゃんそれお肌のマッサージやない。

 満身創痍になりつつ水分補給をしながらぼけーっとしていると、おばちゃんらは今日のドラゴネッティ家の晩餐会に着ていくドレスをワッサーと持ってきて選べと言うのだ。
 お付き合いしているひとのご両親に会うので、あまり派手なものにしたくなくて、形はスレンダーライン、藤色のホルターネックのドレスにレースのケープを纏って、肌の露出を抑える。髪型はせっかくの美しい黒髪だからと一つに結んで横に垂らす。髪飾りにドレスと同じ色の花飾りをあしらってくれた。

 化粧もナチュラルメイクにしてもらって、パールのネックレスとピアスを身につければ、今日の晩餐の身支度は完了だ。

 現代日本でもこんなドレス着たことがない。鏡の前に立たされると、本当にあのジェイディ人形のようだ。

 ジェイディはあのメノルカ神殿の聖人セドル・アーチャー……スイより二十五年も早くこちらに転移してきた元彼・蜂谷悟が生み出した子供向けの着せ替え人形。
 確かに目や頭が大きくて可愛らしく子供向けにディフォルメされた容姿だったけれど、猫の目のようなちょっと吊り目がちの瞳や黒髪の質感など、まるでスイそのものだった。可愛らしいと言えば可愛らしいし、子供たちに大人気らしいのだが、スイとしては、あの悟が元彼女であるスイのことを想いながら作ったという曰く付きのものという認識があってちょっと背筋が寒くなる。

 おばちゃんらに「んまぁー素敵ですわあ」と自分がこしらえたコーディネートを自画自賛され、そのままリビングスペースのほうに誘導されると、そこには先ほどとは違うフロックコート姿の正装したシュクラの姿があった。彼も着替えて身支度をされたらしい。

「おお、スイ! 見違えたぞ、いやあ美しい! さすが吾輩の娘じゃな」
「ありがと、シュクラ様。シュクラ様もめっちゃカッコいいよ」
「当たり前じゃ、吾輩はいつも輝いておるからの!」

 相変わらずのシュクラ節に苦笑していると、執事的役割の聖人がメノルカ神殿のロビーにエミリオが迎えに来たことを知らせてきた。
 もうそんな時間かと思っていると、既に約束の時間の数分前、気が付けば身支度にかなり時間がたっていたようだ。

 外套を羽織ってフードをかぶり、シュクラにエスコートされてロビーに行くと、こちらも魔術師の正装であるという黒シルクに金の刺繍が施されたローブを身に纏ったエミリオが待っていた。

「シュクラ様、スイ……っ」

 スイの姿を見ると、かあっと顔を赤らめて視線をそらしてしまうエミリオ。

「待たせたの、ドラゴネッティ卿。どうじゃ、スイの艶姿!」
「お待たせ、エミさん」

 しばし見惚れて二秒ほど固まっていたエミリオだったが、おもむろにスイの手を取ってその手の甲にキスを落とした。映画や漫画とかで見たことがあるが、実際にされるとちょっと照れる。

「スイ……! なんて綺麗なんだ」
「あ、ありがと……聖女のおばちゃんたちが頑張って支度してくれて……正直ちょっと疲れちゃった」
「ん、女性の身支度は長いからな……子供のころ家族で出かけるときに母の支度に時間がかかって、俺も父と兄とで結構待たされたことあったな」
「ドラゴネッティ卿の場合、相手が恋人じゃなくて母親っていうのが可笑しいのう」
「うっ……そうですよ、俺はモテませんので」
「あれ、でも過去に付き合った人は居たんでしょ?」
「身支度を待つような近しい関係の女性なんて母親以外いなかっただけだよ……付き合っても、すぐに『なんか違う』ってフラれてきたし……」
「あ、なんかごめん」
「余計なことを聞いたな。すまんのう」
「謝らないでください二人とも。余計みじめです」
「ふはははは」

 王都の大魔術師であるエミリオ・ドラゴネッティが、あの美貌にして恋愛下手で非リア充だったことに笑ってしまう。
 そんな彼と身体の関係を持って、ちょっとMっ気のある変な性癖を開発してしまったことを思うと、魔力交換などという理由で交わったのはさておいて、スイのほうが責任とってやらないとなと思ってしまった。


 エミリオが用意した貴族の馬車に揺られて三十分ほどでドラゴネッティ子爵家に到着する。
 貴族の末端と言っていたものの、子爵家とは思えないくらいに広大な敷地の中心にレンガ造りで赤い三角屋根がたくさんついた邸宅があり、馬車から降りるとフットマンたちがわらわらと集まってきて三人を迎えた。

「おかえりなさいまし、エミリオ坊ちゃま」
「坊ちゃまはやめろ」

 思わず『爺やさん』と心の中で呼んでしまいそうな、絵にかいたような執事がエミリオのことを坊ちゃまなどと言ったので、スイは思わずぶふっと吹き出してしまった。

 ――そうだよね。実家じゃエミさんもお坊ちゃまだもんねえ。

 折り目正しい執事殿は、エミリオにエスコートされたスイと、それに付き添うシュクラに恭しく挨拶の一礼する。

「さあ、皆さまお揃いでお待ちでございますよ。どうぞお入りくださいませ」

 両開きの扉を両側からフットマンが開けると、赤い絨毯の敷かれた広いエントランスにずらりと使用人たちが両サイドに立ち並び、揃って礼をして三人を出迎えてくれた。
 そして使用人たちの向こうに、エミリオの父母、兄夫婦とその間に小さな女の子が立っているのが見えた。
 物凄いVIP待遇な出迎えに、エミリオとシュクラは平然としているものの、スイはやや気後れしてしまった。メノルカ神殿の聖人たちに出迎えられたときと同じくらいの緊張感が漂う。ただし向こうは男臭漂うやや暑苦しい兄貴系だったけれど、こちらはノーブルとかエレガンスとかそういった感じだった。

「エミリオ、おかえり」
「ただいま、父さん、母さん。兄さんと義姉さん、シャンテルも」

 エミリオの父と母はスラリとした上品な紳士と淑女な中高年の夫婦。その隣の兄とその妻も美しい若夫婦といった感じだった。義姉殿は随分と大きなお腹をして椅子に座っていた。そういえば第二子を妊娠中で臨月近いとエミリオが教えてくれていたっけ、とスイは思い出す。

「エミリオ、紹介してくれる?」
「ええ母さん。こちら、西部シャガ地方土地神シュクラ様と、その愛し子のスイさん」
「どうも初めまして、エミリオの父ロビン・ドラゴネッティでございます。こちらは妻のニコール、長男のトラヴィスとその妻パメラ、孫のシャンテルでございます」

 父ロビンが代表して出迎えの挨拶と自己紹介する。恭しく紳士の礼をした。目尻に笑い皺が刻まれて、ロマンスグレーのまだふさふさしている髪を後ろに撫でつけていて、少々生え際が後退しているけれど、実にキマっているイケオジである。目元がエミリオそっくりであった。

「うむ、吾輩がシュクラじゃ。苦しゅうないぞドラゴネッティ子爵。良きにはからえ」
「お招きありがとうございます。真中翡翠……ヒスイ・マナカです。スイとお呼びください」
「まあまあ、なんて美しいお嬢さんでしょう。エミリオの母でございます。初めまして」
「兄のトラヴィスです」
「トラヴィスの妻、パメラです。そしてこちらが娘のシャンテルです」

 母と兄夫婦が自己紹介して、兄夫婦の娘のシャンテルを紹介しようとしたが、シャンテルは父親のフロックコートの裾を握って彼の後ろに隠れてしまっていた。ちょっと人見知りしてしまったみたいだ。俯いてこちらを見ようとしないシャンテルを、父トラヴィスが諭していた。

「ダーリン、何をそんなにはにかんでいるの? ほら、挨拶をしないと」

 促されて、トラヴィスの後ろからちょこんと顔を出したシャンテルは、スイと目が合うと、そのターコイズブルーのただでさえ大きな瞳を目いっぱい見開いた。

「……? は、初めまして、シャンテル、ちゃん……?」

 少し前かがみになって挨拶をするスイだが、彼女をビックリしたような顔で見つめたシャンテルは次の瞬間父の後ろからとてとてと駆け寄ってきて、スイにいきなり抱き着いてきた。

「……ジェイディ! きてくれたの? シャンテルにあいにきてくれたの? うれしい! おおきくなってあいにきてくれたの?」
「えっ……?」

 先ほどの人見知りな様子が嘘のように満面の笑みでスイに一瞬で懐いたシャンテル。彼女の言うジェイディとは、あの悟……セドル・アーチャーが企画開発した着せ替え人形の名前だったはずで。

 ふとご家族を見ると「ああ、確かに!」「そっくりね!」などと言っていて、そのまま目線をエミリオに移すと、彼は苦笑しながら、

「シャンテルはジェイディが大好きなんだ」

 と言っている。横のシュクラを伺えば、

「スイ、少女の夢を無闇に壊すのも無粋じゃぞ」

 などとニヤニヤしながら言うので、とりあえず抱き着く少女の頭をなでこなでこしてやるスイなのだった。
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