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本編

74 いざ、王都ブラウワーへ

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 某日午前十時少し前、パブロ王国王都ブラウワーのメノルカ神殿敷地内において、広大な広場中央の上空に次元の扉が開いて、葦毛の天馬四頭立ての馬車が飛来した。
 馬車はメノルカ神殿の上空を旋回してふわりと地に降り立ち、翼を畳んだ天馬が神殿前の馬車乗り場に乗りつけて停車した。
 あれは神の馬車だ、とメノルカ神殿に来ていた参拝客の中、そこかしこから声が漏れる。次元移動する眷属生物の曳く馬車は神の乗り物、神殿から神殿へと移動する神の一柱が降り立ったことを意味していた。

 メノルカ神殿の馬子役の聖人たちが天馬たちを繋いでくれた横から、他の聖人たちが数人馬車に寄ってきて、恭しく馬車の扉を開けて中の人物に一礼する。
 先に馬車から降りてきたのはフードを目深にかぶった白装束の背の高い男性、彼が手を引いてその後ろから降りてきたのは、これまた白いマントのフードを目深にかぶった、女性らしき小柄な人物であった。

「西部シャガ地方土地神、シュクラ様とお連れ様にご挨拶申し上げます!」

 メノルカ神殿の聖人の一人が号令のようにそう言うと、後ろに居たいずれもガタイの良い数人の聖人たちがビシッと整列し、一斉に声を張り上げる。

「ようこそお出でくださいました!」

 まるで軍隊の「サー! イエス・サー!」のような掛け声だ。
 シャガのシュクラ神殿の聖人聖女たちも僧兵として武芸に秀でた者はいるが、彼らとは違い、いずれも男ばかりで王国の騎士ばりに服の上からでも筋肉の盛り上がりが分かるほどの筋骨逞しく、しかも若い者も多いらしい。
 そんな彼らに、馬車から降りた男性はフードをふわりと脱いでその長い白銀の髪と黄金の瞳、人には無い魔性のような美貌が露わになった。こちらを何だ何だと遠巻きに見ていた野次馬の中から、女性たちの感嘆のため息が聞こえてくるほどの美青年だ。
 西部辺境地シャガ地方の土地神シュクラは人好きのする絶世の美貌でニカッと笑った。

「おお、いつ見ても暑苦しい連中じゃのう、メノルカんちの聖人どもは。わははは、良きに計らえ!」
「恐れ入りましてございます!」
「待ち合わせしとるのじゃが、先ぶれは届いておるかの?」
「存じております。お待ち合わせの時刻にはまだ間がございますが、既にお相手の方は到着されてロビーでお待ちです」
「左様か。ドラゴネッティ卿も早いのう。よほど待ち遠しかったとみえる。それじゃあ彼と合流してから共にメノルカに挨拶しに参ろうぞ」
「かしこまりました。どうぞこちらへ。足元お気をつけください」
「うむ。では参ろうかスイ」
「は、はい」

 シュクラが連れの女性に手を差し出すと、スイと呼ばれた女性は自分もおずおずとフードを脱いで、女性らしいクラッチバッグを持った手と反対の手でシュクラの手を取った。長い黒髪を複雑に編み込んでアップスタイルにした、猫のような顔立ちの娘に、聖人たちも目を丸くした。
 遠巻きに見ていた参拝客から聞こえくる、「ジェイディのような……」「ジェイディそっくりだ」との聞きなれない言葉にきょろきょろとしてしまうスイの手をそっと取って、シュクラは愛おしそうに目を細めては「離れるでないぞスイ」と彼女を促す。

 案内役の聖人に連れられて、メノルカ神殿のロビーにやってくると、ベンチに座っていた男性が一人立ちあがってこちらにやってきた。オレンジブロンドの長髪にターコイズブルーの瞳、魔術師の礼服を着た上背のある男性……エミリオ・ドラゴネッティその人だ。

「スイ……!」
「エミさーん!」

 ぱっと晴れやかな表情でこちらを見る彼に、シュクラに促されたスイは淑女にはあるまじきことかもしれないが、恥も外聞もかなぐり捨ててぱたぱたと駆け出して彼に抱き着いた。
 ここ数日お互いに忙しくてなかなか会えなかったため、再会の喜びもひとしおだった。それはエミリオも同じらしく、スイを抱きしめ返してはその肩口に顔を埋めてはあ、と息をついていた。

「……会いたかった、スイ」
「うん、あたしも。エミさん元気だった? 疲れてない? ごはんちゃんと食べてる?」
「はは、大丈夫。スイこそ支度するのに忙しかっただろ? 無理させてすまん」
「全然大丈夫だよそんなの。エミさんの顔見て元気出た」
「俺も。今日の装いも綺麗だ」
「ホント? 聖女のおばちゃんたちが今日の為にって作ってくれたんだ」
「すごく似合ってる。白い衣装にスイの綺麗な黒髪が映えるな。もちろんいつも綺麗だけど、今日はより綺麗でまぶしいくらいだ」
「も、もう……何なの、褒め殺し?」
「ははは」

 ターコイズブルーの瞳を細めて口説いてくるエミリオ。惚れた弱みにいつも家だったらこのままキスしちゃうのになあと思うけども、さすがに衆人環視のこの場では憚られたので、スイはエミリオの頬にひとつキスしてからそっと離れた。
 そんな二人を見ながらシュクラが苦笑しながらこちらに近づいてきた。エミリオはシュクラに恭しく一礼をする。

「お久しぶりです、シュクラ様。遠いところをありがとうございます」
「うむ、息災であったかドラゴネッティ卿」
「おかげさまで。シュクラ様もご機嫌麗しゅうございます」
「おおさ、この通り麗しすぎてワキワキしとろうが。よし、それでは揃ってメノルカの奴の顔を見て行こうぞ」

 メノルカを奴呼ばわりする恐れ多い言動なれど、シュクラは神だし、メノルカとは旧知らしいのでその場にいた一同は苦笑するしかなかった。

 シュクラ、スイ、エミリオの三人は、案内の聖人に引率されてメノルカのいる場所へと案内された。応接室へでも通されるのかと思ったが、驚くことに通されたのはトンテンカンテンと作業の音がする工房の中だった。

 ここでお待ちを、と言われて工房の中を見渡せるちょっとした応接コーナーのようなところで、お茶とお茶請けの焼き菓子を振る舞われながら待っていると、工房の奥から案内の聖人とともに目を見張るような大男が現れた。彼を連れてきた聖人が恭しく紹介する。

「メノルカ様にあらせられます」

 身長はゆうに二メートルは軽く超えているかと思われるその立派な巨躯に、はち切れそうなほどに張り詰めた筋肉と浅黒い肌、暗青色の瞳に、炉の炎のような真っ赤な髪を逆立て、髪と同じ色のもみ上げと顎髭が繋がっている。もろ肌脱いだ胸元に前掛けをして袴のような服装をした大男……王都ブラウワー土地神メノルカは、いかつそうな表情でこちらを見て、シュクラを見るとぱっと顔を輝かせ豪快に笑った。

「おおシュクラじゃねえか! 久しぶりだなあ!」
「うむ、息災であったかメノルカ。相変わらず暑苦しいのう」
「うるせえな、そっちこそ相変わらずお綺麗ぶった顔しやがって」
「当然じゃ。吾輩が美しいのは世の理と一緒じゃろが」
「よっく言うぜ全く……」

 細っこいシュクラと巨漢のメノルカはアンバランスな体躯の違いがあるにもかかわらず、腕同士をガシリと突き合わせてニヒヒと笑いながら、親しそうな挨拶を交わしている。この世界の神々については聞きかじりの知識しかないスイは目を白黒させていて、それに苦笑しながら、エミリオは「ご親友なのだそうだよ」と教えてくれた。
 たしかに見た目からして豪快な感じのメノルカ、見た目は超絶美形だけど大らかでわりと大雑把な性格のシュクラはお互いに底抜けに明るい性格もあって気が合うのかもしれない。

 事前に先ぶれを送っていたらしく、シュクラが愛し子を連れてくるというのはメノルカは知らされていたようで、しばしシュクラと話したあとにスイのほうに向かって手を差し伸べてきた。

「お前さんがシュクラの娘か! 俺はメノルカ、この王都の土地神だ。よろしくな!」

 思わずその手を取って握手をしたけれど、スイは大人と子供くらいの手の大きさの違いにぎょっとした。指一本がスイの指二本分くらいの太さがある。

「あの、真中翡翠……っと、ヒスイ・マナカです。スイでいいです。初めまして……」
「おう、こちらこそな、スイ」
「この度このスイとこちらのドラゴネッティ卿が婚約することと相成ってな。彼の家族らに挨拶をしに会いに来たのじゃ」
「お、そういやお前騎士団の魔術師サマじゃねえか。久しぶりだなあ」
「お久しぶりです、メノルカ様」

 騎士団の者は件のミスリル銀製のドッグタグや身の安全の祈願などでメノルカの加護をもらうためによく出入りするらしいので、ここの常連のようだ。
 しかし、王都騎士団のメンバーは騎士と魔術師合わせてもそれこそ万単位の人数がいるだろうし、師団長らトップメンバーだけとっても相当の人数がいるのに、メノルカはその全ての顔を把握しているそうである。
 見た目は大柄な人間と変わらないのだが、そこはさすがは神といったところだろうか。

「ってこたあ、スイは結婚後こっちに嫁に来るのか? 愛し子を手放すのかシュクラ?」
「んなわけなかろう。ドラゴネッティ卿がうちに婿入りするのじゃ」
「ははは、だよなあ。粘着気質なお前が一度気に入った人間を手放すわけねえもんな。ん? じゃあドラゴネッティ殿は騎士団のほうどうすんだ?」
「既に退団届を提出しております。退団後はシャガへ行って冒険者登録しながら魔術の研究もしたいと思っております」
「そりゃまた随分思い切ったなあ。スイのためってか」
「それもありますが……どちらかというと俺が彼女の傍を離れたくないという、我儘からですけれども。その、お、俺の一目惚れから始まったもので」
「エ、エミさん……!」
「だはははははっ! そうかそうか! 春だなあ~! いや、目出度い目出度い!」

 急なエミリオの惚気話になってエミリオどころかスイまで赤面してしまい、その初々しさを見てメノルカは豪快に笑った。

 王国騎士団といえば公務員で、危険な仕事ではあるけれども、収入は安定して高額であるため、その地位をかなぐり捨てて一攫千金を夢見る博打のような冒険者になる者は非常に少ない。
 けれどそこまでして一緒になりたいと思うほど、エミリオにとってのこのスイという女性は特別なのであろうことは、メノルカの目から見た彼女の発する魔力量の膨大さでよくわかった。なるほど、隣にいるエミリオとほぼ同じくらいの凄まじい魔力量を有している。
 
 エミリオが人間にしては奇跡なほどの魔力保持者で有名なのはメノルカも知っていた。初めて参拝してきたときから、この男はこの魔力で大成するとともに苦労もするだろうと思ったものだ。
 魔術師という職業柄、万一魔力枯渇に陥ったときの保険を用意しておかねばならないと思うのだが、規格外の魔力持ちであることが災いして、魔力交換できる女性はほぼいなかったところにこのスイという女性の出現だ。
 これはもう運命というもの、動物でいうなら生涯唯一無二のツガイということになるだろう。
 生涯にそのような相手に出会えるかどうかなど神すら把握できないほどの低い確率で、しかもいつどのようなタイミングで現れるかも未だ謎中の謎の稀人が相手だから、エミリオとスイはお互いに非常に幸運だったのだろう。

「ま、土地神としちゃ自分とこの人間が他の土地神んとこに移住するってのは残念っちゃ残念だけどな。目出度い話にゴチャゴチャ言ったりしねえよ。おめでとさん、二人とも!」
「あ、ありがとうございます」
「感謝いたします、メノルカ様」
「ふたりとも、メノルカのやつがゴチャゴチャ横やり入れようものなら、吾輩がひと暴れするからの」
「やめろシュクラ。お前が言うと冗談に聞こえねえんだよ」
「ぬははははは。それにしてもこのクッキーうまいのう」

 お茶請けに出された無骨なクッキーをリスの頬袋みたいにもぎゅもぎゅと頬張りながらしれっと言い放つシュクラに、慌てたようにツッコミを入れるメノルカを見ると、過去にそんなことが本当にあったのかどうか心配になるスイとエミリオであった。
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