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本編
73 お出かけ準備は着々と
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スイの王都滞在の日程は、多めに見繕っても二泊三日がギリギリだということだった。
何故なら土地神本人であるシュクラが守護する土地を離れられるギリギリの期間だからだそうだ。
それにしても聞いた話によれば、このシャガから王都ブラウワーまでは馬車で五日かかる距離だというのに、許された期間が二泊三日とは、移動だけで終わってしまうじゃないかとスイは思った。もしかして、エミリオが迎えに来て、それで転移魔法で向かうのだろうか? しかしそれでは自分とスイとシュクラの三人分を王都までの遠距離移動をさせなければならないため、エミリオの魔力負担が大きすぎる。
だが移動についてエミリオとシュクラが二人で勝手に協議したところによると、エミリオは王都で待ち、シュクラの持つ移動手段にて、スイはシュクラと一緒に王都へ向かうのだそうだ。驚いたことにこの移動手段に魔力は関係ないらしい。
その移動時間はものの二時間ほどだそうで、一瞬で王都へ移動するエミリオの転移魔法には劣るが、馬車で五日かかる距離を二時間で行けて魔力の消費はないなんて、一体どんなものだろうか。
答えはすぐにわかった。シュクラ神殿の関係者以外立ち入り禁止の裏口から出られる場所にそれはあった。あったというより、居た、というのが正しいだろうか。
シュクラに連れられて行ったその裏口から出た場所は草原が広がっており、奥のほうにはブロッコリーみたいな形の木が生い茂った緑滴る森林があった。
「見ておれスイ」
「?」
シュクラがヒュイッと口笛を吹くと、間もなくしてばさばさという羽ばたきとともに草原の向こう側から大きな白い物がこちらに飛んでくるのが見えた。はじめは小さな白い光のように見えたものが近づいてくるにつれてその姿がはっきりと見えてくる。
背に大きな翼を持った白馬であった。それも一頭ではない、五、六頭がこちらにものすごい勢いで飛んで来たのだ。
「え……これって」
「吾輩の眷属のひとつ、天馬じゃ」
翼を持つ馬。スイがギリシャ神話の絵本やファンタジー物の小説や漫画でしか見たことがない、二次元の存在が、まさにそこにいたのだ。
天馬数頭は、シュクラの前にふわりと降り立つと、一度ブルブルと首を振ってから澄んだ目で主であるシュクラを見ている。翼をばさばさとさせてから折りたたんで背中にちょこんと乗せているのが可愛い。しかも間近でみると結構な大きさでちょっとビビッた。
全部白馬かと思ったら、完全に真っ白ではないらしく、ごく薄い色の葦毛のようで、地肌の色は黒くて何だか完全な白よりも大人っぽくて素敵だとスイは思った。
シュクラが四次元ポケットみたいな袖からザルに入ったシャガ人参を出し、その一本をスイに渡してくれたので、お近づきの印に恐る恐る差し出してみると、耳をピンと立ててスイのほうを見てから人参をぱくっと食べた。ガリンボリンと美味しそうに食べてくれている。
「これがアエナ、これがエルミオネ、こっちがベルタ、こいつがロドニー……」
「ごめん、シュクラ様。全部同じ模様にしか見えないから区別つかないよ……」
「こんなに顔が違うのにか?」
「馬身近にいなかったからわかんないもん」
どれがロドニーでどれがアエナかさっぱりわかりゃしない。全部葦毛じゃないか。
どんなペットを飼っている飼い主でも、一緒に暮らしていれば全て見分けがつくらしいが、子供のころに猫を一匹だけ飼ったことがある程度のスイには全くその違いがわからないので、こんな特徴があるのじゃ、とシュクラに説明されたが耳から耳に聞き流した。
「これらに馬車を引かせて王都のメノルカ神殿まで参るのじゃ」
「そ、空飛ぶ馬車ってこと?」
「そうなるな。空というか……こやつらは魔法生物でもあるからの、普通の馬車とは違う次元を飛ぶので早く目的地に到着できるぞ」
「そうなんだ、なんかすごいね。でも……魔力消費とかは……」
「心配ないぞ。こやつらにとっては自分の庭を走るだけのようなものじゃ」
「そうなんだ……」
なんかよくわからないけれど、神の馬は普通の生物ではないようだ。
これにエミリオも乗せてもらえれば、シャガ地方にあるスイの家と王都を行き来するのに大きな魔力を削ることもないのになあと思った。しかし聞けばこれは神の一族しか乗れない神聖な馬と馬車であるそうで、シュクラの愛し子となったスイはともかく、一般人のエミリオには触れることもできない代物だそうだ。
そして神の乗り物であるため、各地の神殿から神殿へと移動するものなのだそうで、ここシャガ地方の土地神であるシュクラの神殿から王都へは、到着する場所は王都ブラウワーのメノルカ神殿だという。
エミリオとはメノルカ神殿で落ち合う約束になっている。
「せっかくだからメノルカに挨拶してゆくとしよう。あやつに会うのも久々じゃのう~」
「エミさんからの聞きかじりでしかないけど、手先が器用な鍛冶の神様だっけ、メノルカ様って。この前エミさんに無限収納できるバッグ買ってもらったんだけど、メノルカ神殿で作った物だって言ってた。どんな神様なの? シュクラ様会ったことあるんだ?」
「ああ、旧知ではあるぞ」
「ふうん。あの、厳しい人だったりする? あたしガサツだし粗相して天罰食らったりしないかな」
そもそもシュクラが温厚で人当たりがいいだけで、ほかの土地神はそうじゃないかもしれない。何といったって実体を持つとはいえ神様の一柱、本来ならスイのようにタメ口を聞いたり馴れ馴れしくしたりしてはいけない、厳格で恐れ多い存在には変わらないのだ。
会社員だった頃のビジネス会話的な感じで大丈夫だろうかと心配になる。
「なんじゃそのようなこと。あ奴ほど豪快で愉快な神はおらぬよ。聖人たちにも慕われておるし、あまり気負うことはない。それよりもスイはドラゴネッティ卿の家族に会うほうの心配した方が良いのではないか? 嫁姑問題とかそういう」
「そういうこと言わないでよ。考えないようにしてたのにい」
エミリオは次男だが子爵家出身のお貴族様だし、どこ出身なの、どこの大学を出てるの、どこにお勤めだったの、今どんな仕事してるの、とか色々ねちねち言われて「お里が知れる!」などと言われたら嫌だな……。
異世界日本出身の稀人で、元ブラック企業の会社員で、今はシャガ地方の冒険者ギルドで冒険者補助員であるマッパーの仕事をしていて……と説明してお義父さんとお義母さんに納得してもらえるのか心配だ。
「しかしまあ、あのドラゴネッティ卿の温厚で正義感もある性格から考えると、ご両親に甘やかされた我儘な感じでもないようじゃし、まあおおむね大丈夫じゃろう」
「う~~~~、だといいんだけど」
「そもそも吾輩の愛し子にアホな嫌味なんか言おうものなら吾輩が黙っておらぬから安心せよ」
「や、嬉しいんだけども、エミさんのご家族にそういうことしないでほしい……」
「なんじゃい、つまらぬのう」
「つまらなくていいの!」
色々心配なことは山ほどあるのだが、実際に会ってみないとわからないことだらけで今考えてもしょうがない。
エミリオのご家族とは良好な関係を築くためにも猫を数匹かぶっておこうと決めたスイであった。
「あとはー、服装かな」
「服装とな?」
「うん。やっぱりお貴族様の家に行くならドレスコードとかあるんでしょ」
このシャガ地方は海と山に囲まれた土地で自動生成ダンジョンもある辺境地帯。
農業、漁業、林業などの第一次産業の者や、ダンジョンの探索やモンスターの討伐などで生計を立てている冒険者が多いので、女性も動きやすい服装ばかりでドレスのような物を普段から着ている者はほとんどいなかった。
女性の冒険者などは、ぴちっとしたインナーの上にビキニアーマーなどの露出の際どくてうっかり目のやり場に困ってしまうような恰好をしているのも、ここでは全くの普通なのだ。
だから多少スイが現代日本でよく着ていたようなオフィスカジュアルなブラウスにタイトスカートなどの恰好も、上におばちゃんらに貰った古着のケープなどを羽織ってしまえば、そんなに目立たないので助かっていたのだ。
しかし、王都のお貴族様の家にお呼ばれするとなると話は別だ。ドレスコードというものが頭をよぎるのだ。いつものオフィスカジュアルで行くなんて言語道断。
スイはこの世界のファッションの流行を一切知らない。正装するといっても、現代日本に居た頃に友人の結婚式で着た明るい色のスーツやワンピースくらいしか持っていなかった。
ワンピースはベージュのベロア生地でできた肩出しのデザインのマキシ丈のワンピースなのだが、この上にジャケットを羽織ってしまえば現代日本ではフォーマルもカジュアルもどちらもいける組み合わせになるからこれで賄えていたのだ。
「体重は変わってないから、持ってるフォーマルいける服でも着れないことはないだろうけども……はあ、エミさんに今の王都の流行の服のこと聞いとけば良かった。エミさん男だから女の子の服なんて詳しくなさそうだけど、雰囲気だけならわかりそうだったのに」
先日来てくれたときにどうしてそのことを聞くのを忘れたのか。……まあ、エミリオと会ったらつい愛しさが募ってベッドでクンズホグレツしていたから考えが回らなかっただけの話だが。
「あー、なるほどのう。スイもおなごじゃなあ」
「おなごだよ。ファッションは女の生涯通して気になることなの」
「それについては、なんか聖女の一同がスイ用の礼服を仕立てて連日徹夜していたのを見たぞ」
「えっ?」
「吾輩の愛し子として晴れの舞台でおかしな服装させられんと言っていた。……あ、いかん」
「ん?」
「これ、聖女らがスイを驚かせようとしてた企画じゃった」
「え、サプライズ企画ってこと? 言っちゃダメじゃない! あたし当日どんな顔しておばちゃんらに会ったらいいのよ」
「せいぜい知らなかったていで最大限に驚いてたもれ♪」
「おばちゃああああん!」
とまあ、そんなわけで。
エミリオの家族へのお土産は、シャガ特産のジャムや焼き菓子、それにシュクラのたっての頼みでビールを何本か。
移動手段はシュクラの天馬たちが引く、次元移動する馬車で。
当日の服装はシュクラ神殿の聖女のおばちゃんらがスイのために仕立ててくれたという、流行にとらわれない神殿の礼服。
以上のものが決定した。
あとは王都への出発の日を待つのみだ。
しかしこの時、王都のメノルカ神殿において、どのような運命のめぐりあわせかというような、スイとしてはイマイチ歓迎できそうもない出会いが待っていることを、この時のスイは知る由もなかった。
何故なら土地神本人であるシュクラが守護する土地を離れられるギリギリの期間だからだそうだ。
それにしても聞いた話によれば、このシャガから王都ブラウワーまでは馬車で五日かかる距離だというのに、許された期間が二泊三日とは、移動だけで終わってしまうじゃないかとスイは思った。もしかして、エミリオが迎えに来て、それで転移魔法で向かうのだろうか? しかしそれでは自分とスイとシュクラの三人分を王都までの遠距離移動をさせなければならないため、エミリオの魔力負担が大きすぎる。
だが移動についてエミリオとシュクラが二人で勝手に協議したところによると、エミリオは王都で待ち、シュクラの持つ移動手段にて、スイはシュクラと一緒に王都へ向かうのだそうだ。驚いたことにこの移動手段に魔力は関係ないらしい。
その移動時間はものの二時間ほどだそうで、一瞬で王都へ移動するエミリオの転移魔法には劣るが、馬車で五日かかる距離を二時間で行けて魔力の消費はないなんて、一体どんなものだろうか。
答えはすぐにわかった。シュクラ神殿の関係者以外立ち入り禁止の裏口から出られる場所にそれはあった。あったというより、居た、というのが正しいだろうか。
シュクラに連れられて行ったその裏口から出た場所は草原が広がっており、奥のほうにはブロッコリーみたいな形の木が生い茂った緑滴る森林があった。
「見ておれスイ」
「?」
シュクラがヒュイッと口笛を吹くと、間もなくしてばさばさという羽ばたきとともに草原の向こう側から大きな白い物がこちらに飛んでくるのが見えた。はじめは小さな白い光のように見えたものが近づいてくるにつれてその姿がはっきりと見えてくる。
背に大きな翼を持った白馬であった。それも一頭ではない、五、六頭がこちらにものすごい勢いで飛んで来たのだ。
「え……これって」
「吾輩の眷属のひとつ、天馬じゃ」
翼を持つ馬。スイがギリシャ神話の絵本やファンタジー物の小説や漫画でしか見たことがない、二次元の存在が、まさにそこにいたのだ。
天馬数頭は、シュクラの前にふわりと降り立つと、一度ブルブルと首を振ってから澄んだ目で主であるシュクラを見ている。翼をばさばさとさせてから折りたたんで背中にちょこんと乗せているのが可愛い。しかも間近でみると結構な大きさでちょっとビビッた。
全部白馬かと思ったら、完全に真っ白ではないらしく、ごく薄い色の葦毛のようで、地肌の色は黒くて何だか完全な白よりも大人っぽくて素敵だとスイは思った。
シュクラが四次元ポケットみたいな袖からザルに入ったシャガ人参を出し、その一本をスイに渡してくれたので、お近づきの印に恐る恐る差し出してみると、耳をピンと立ててスイのほうを見てから人参をぱくっと食べた。ガリンボリンと美味しそうに食べてくれている。
「これがアエナ、これがエルミオネ、こっちがベルタ、こいつがロドニー……」
「ごめん、シュクラ様。全部同じ模様にしか見えないから区別つかないよ……」
「こんなに顔が違うのにか?」
「馬身近にいなかったからわかんないもん」
どれがロドニーでどれがアエナかさっぱりわかりゃしない。全部葦毛じゃないか。
どんなペットを飼っている飼い主でも、一緒に暮らしていれば全て見分けがつくらしいが、子供のころに猫を一匹だけ飼ったことがある程度のスイには全くその違いがわからないので、こんな特徴があるのじゃ、とシュクラに説明されたが耳から耳に聞き流した。
「これらに馬車を引かせて王都のメノルカ神殿まで参るのじゃ」
「そ、空飛ぶ馬車ってこと?」
「そうなるな。空というか……こやつらは魔法生物でもあるからの、普通の馬車とは違う次元を飛ぶので早く目的地に到着できるぞ」
「そうなんだ、なんかすごいね。でも……魔力消費とかは……」
「心配ないぞ。こやつらにとっては自分の庭を走るだけのようなものじゃ」
「そうなんだ……」
なんかよくわからないけれど、神の馬は普通の生物ではないようだ。
これにエミリオも乗せてもらえれば、シャガ地方にあるスイの家と王都を行き来するのに大きな魔力を削ることもないのになあと思った。しかし聞けばこれは神の一族しか乗れない神聖な馬と馬車であるそうで、シュクラの愛し子となったスイはともかく、一般人のエミリオには触れることもできない代物だそうだ。
そして神の乗り物であるため、各地の神殿から神殿へと移動するものなのだそうで、ここシャガ地方の土地神であるシュクラの神殿から王都へは、到着する場所は王都ブラウワーのメノルカ神殿だという。
エミリオとはメノルカ神殿で落ち合う約束になっている。
「せっかくだからメノルカに挨拶してゆくとしよう。あやつに会うのも久々じゃのう~」
「エミさんからの聞きかじりでしかないけど、手先が器用な鍛冶の神様だっけ、メノルカ様って。この前エミさんに無限収納できるバッグ買ってもらったんだけど、メノルカ神殿で作った物だって言ってた。どんな神様なの? シュクラ様会ったことあるんだ?」
「ああ、旧知ではあるぞ」
「ふうん。あの、厳しい人だったりする? あたしガサツだし粗相して天罰食らったりしないかな」
そもそもシュクラが温厚で人当たりがいいだけで、ほかの土地神はそうじゃないかもしれない。何といったって実体を持つとはいえ神様の一柱、本来ならスイのようにタメ口を聞いたり馴れ馴れしくしたりしてはいけない、厳格で恐れ多い存在には変わらないのだ。
会社員だった頃のビジネス会話的な感じで大丈夫だろうかと心配になる。
「なんじゃそのようなこと。あ奴ほど豪快で愉快な神はおらぬよ。聖人たちにも慕われておるし、あまり気負うことはない。それよりもスイはドラゴネッティ卿の家族に会うほうの心配した方が良いのではないか? 嫁姑問題とかそういう」
「そういうこと言わないでよ。考えないようにしてたのにい」
エミリオは次男だが子爵家出身のお貴族様だし、どこ出身なの、どこの大学を出てるの、どこにお勤めだったの、今どんな仕事してるの、とか色々ねちねち言われて「お里が知れる!」などと言われたら嫌だな……。
異世界日本出身の稀人で、元ブラック企業の会社員で、今はシャガ地方の冒険者ギルドで冒険者補助員であるマッパーの仕事をしていて……と説明してお義父さんとお義母さんに納得してもらえるのか心配だ。
「しかしまあ、あのドラゴネッティ卿の温厚で正義感もある性格から考えると、ご両親に甘やかされた我儘な感じでもないようじゃし、まあおおむね大丈夫じゃろう」
「う~~~~、だといいんだけど」
「そもそも吾輩の愛し子にアホな嫌味なんか言おうものなら吾輩が黙っておらぬから安心せよ」
「や、嬉しいんだけども、エミさんのご家族にそういうことしないでほしい……」
「なんじゃい、つまらぬのう」
「つまらなくていいの!」
色々心配なことは山ほどあるのだが、実際に会ってみないとわからないことだらけで今考えてもしょうがない。
エミリオのご家族とは良好な関係を築くためにも猫を数匹かぶっておこうと決めたスイであった。
「あとはー、服装かな」
「服装とな?」
「うん。やっぱりお貴族様の家に行くならドレスコードとかあるんでしょ」
このシャガ地方は海と山に囲まれた土地で自動生成ダンジョンもある辺境地帯。
農業、漁業、林業などの第一次産業の者や、ダンジョンの探索やモンスターの討伐などで生計を立てている冒険者が多いので、女性も動きやすい服装ばかりでドレスのような物を普段から着ている者はほとんどいなかった。
女性の冒険者などは、ぴちっとしたインナーの上にビキニアーマーなどの露出の際どくてうっかり目のやり場に困ってしまうような恰好をしているのも、ここでは全くの普通なのだ。
だから多少スイが現代日本でよく着ていたようなオフィスカジュアルなブラウスにタイトスカートなどの恰好も、上におばちゃんらに貰った古着のケープなどを羽織ってしまえば、そんなに目立たないので助かっていたのだ。
しかし、王都のお貴族様の家にお呼ばれするとなると話は別だ。ドレスコードというものが頭をよぎるのだ。いつものオフィスカジュアルで行くなんて言語道断。
スイはこの世界のファッションの流行を一切知らない。正装するといっても、現代日本に居た頃に友人の結婚式で着た明るい色のスーツやワンピースくらいしか持っていなかった。
ワンピースはベージュのベロア生地でできた肩出しのデザインのマキシ丈のワンピースなのだが、この上にジャケットを羽織ってしまえば現代日本ではフォーマルもカジュアルもどちらもいける組み合わせになるからこれで賄えていたのだ。
「体重は変わってないから、持ってるフォーマルいける服でも着れないことはないだろうけども……はあ、エミさんに今の王都の流行の服のこと聞いとけば良かった。エミさん男だから女の子の服なんて詳しくなさそうだけど、雰囲気だけならわかりそうだったのに」
先日来てくれたときにどうしてそのことを聞くのを忘れたのか。……まあ、エミリオと会ったらつい愛しさが募ってベッドでクンズホグレツしていたから考えが回らなかっただけの話だが。
「あー、なるほどのう。スイもおなごじゃなあ」
「おなごだよ。ファッションは女の生涯通して気になることなの」
「それについては、なんか聖女の一同がスイ用の礼服を仕立てて連日徹夜していたのを見たぞ」
「えっ?」
「吾輩の愛し子として晴れの舞台でおかしな服装させられんと言っていた。……あ、いかん」
「ん?」
「これ、聖女らがスイを驚かせようとしてた企画じゃった」
「え、サプライズ企画ってこと? 言っちゃダメじゃない! あたし当日どんな顔しておばちゃんらに会ったらいいのよ」
「せいぜい知らなかったていで最大限に驚いてたもれ♪」
「おばちゃああああん!」
とまあ、そんなわけで。
エミリオの家族へのお土産は、シャガ特産のジャムや焼き菓子、それにシュクラのたっての頼みでビールを何本か。
移動手段はシュクラの天馬たちが引く、次元移動する馬車で。
当日の服装はシュクラ神殿の聖女のおばちゃんらがスイのために仕立ててくれたという、流行にとらわれない神殿の礼服。
以上のものが決定した。
あとは王都への出発の日を待つのみだ。
しかしこの時、王都のメノルカ神殿において、どのような運命のめぐりあわせかというような、スイとしてはイマイチ歓迎できそうもない出会いが待っていることを、この時のスイは知る由もなかった。
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