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本編
67 夜明けの仲間たち
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どんなことがあっても朝というものはやってくるもので。
部屋に戻ったスイは、とりあえず一応エミリオの洗浄魔法だか浄化魔法だかで綺麗にはなったものの、乱闘後みたいな皺くちゃな部屋着を脱いで洗い立ての服に着替えると、大きなあくびを一つしてからキッチンに向かった。
リビングで、いつの間にか男性の身体に戻ったらしいシュクラは、服の着付けのだらしないところをエミリオに直されながらテレビのリモコンを弄ってザッピングをしている。完全にお大尽である。
あのボンバーだった胸元がまっ平なところと、普通にエミリオに世話されているところを見ると、あのムチムチプリンな身体はしばし見納めかあとスイはちょっと残念に思うのだけれど。
なんだろうなと思う。エミリオとシュクラとのいわゆる3Pをやらかしたというのに、スイは心が妙に凪いでいるのだ。これが異世界スピリッツなのだろうか(絶対違う)。
3Pといっても、普通にエミリオを相手にしているときにシュクラと女性同士のオーラルセックスをしたという感じで、あくまでもシュクラはスイが官能を拾う手伝いをしただけのような気もするけれど、三人で変態的なセックスを実に楽しんだのに変わりない。
背徳的なものというのは甘美なものだなあと思う反面、快楽に弱いな人間はと思う。いや、シュクラは神様だけれども。
こんな風に達観してしまうのは、自分は変態的なセックスで新しい扉を開いたのかもしれないと思うわけで、ちょっと遠い目をしてしまう。
こちらの世界にやってきてから一年、驚きの連続で、そういう非日常的なことに人間というものは慣れる生き物なのだなあとしみじみ思うスイ。やっぱりこれが異世界スピリッツか(だから違う)。
いやまあ、今回の事は、相手の二人のことをスイが好きだからというのもあるけれど。
まあでも、今回はエミリオは魔力枯渇ではないし、神であるシュクラが間接的(?)に関わった交わり方をしたのだから、もしかしたらちゃんと妊娠できたかもしれないと思うと、つい愛おしくなってお腹を撫で擦っている。そっちのほうのワクワク感のほうが恥ずかしさよりなにより勝っているみたいだ。
シュクラがぼーっとテレビをザッピングしているリビングから、身支度を終えたエミリオが、ダイニングテーブルの上の汚れた食器を運んでキッチンにやってきた。
「スイ、大丈夫か? ……その、身体は」
「へ? 大丈夫だよ。ああ、エミさん座ってていいのに。今朝ごはん用意するね」
「俺も手伝うよ」
「作り置きばっかだし、そんな大したもの作れないから、座ってて大丈夫なのに」
「でもとりあえず、これを俺が洗うから」
エミリオはそう言って汚れた皿やグラスなどを流し台で洗い始めた。食器用洗剤をスポンジにちょっとつけて泡立ててから洗うその姿、この一週間強ですっかりやり方を身につけている。
お貴族様とはいえ騎士団にいたから、野営で食事当番やらもさせられたことがあるらしく、こういった下々がするような雑用も、エミリオは普通にこなせるらしい。
家事を手伝ってくれる彼氏、最高である。元彼の悟は散らかしっぱなし常習犯だったので何か新鮮で嬉しい。
とはいえ、今もう既に冷凍野菜と刻み油揚げの味噌汁を、顆粒出汁と顆粒味噌でぱぱっと作ってしまって、あとは作り置きの惣菜をレンチンして二、三、小鉢に盛り、サラダ用の野菜を洗って千切って、冷凍ご飯をレンジで温めれば、ほぼ朝食は完成する。包丁をほぼ使わない手抜き調理だ。
スイはちょっと考えてから、先日リオノーラ嬢とメルヒオール氏に貰った下味冷凍したジャイアントボアの味噌漬けを取り出し、凍ったままフライパンに入れて簡単に調理をしだした。
肉に火を通している間、ご飯と味噌汁を器に盛って、作り置き惣菜の小鉢とサラダボウルを用意すると、皿を洗い終わったエミリオが進んでダイニングテーブルに配膳をしてくれた。
その間に、食器棚からちょっと大きめの保存容器を取り出して、レンジで温めたご飯、今調理したばかりのジャイアントボアの味噌焼き、数種類の作り置き惣菜を詰めて、ちょっと冷ましておく。
冷えた麦茶をグラス三つに注いで盆に乗せ、ダイニングテーブルに置いてからエプロンを外した。
「シュクラ様、朝ごはん用意したよ、食べよう?」
「おお~すまんなスイ」
「エミさんも座って」
「ああ、ありがとう」
ちなみにこの国は箸の文化はないらしいので、エミリオとシュクラはフォークとスプーンで和食を食べている。箸を使えたら便利なのに。
普通に箸で食べるスイを見て「器用だな~」とシュクラはいつも言っている。
リスの頬袋みたいにもっきゅもっきゅと頬張って咀嚼中のシュクラ、出汁巻き卵を口にして好きな味だったのか、ちょっと微笑むエミリオ。
ちくしょう、可愛いな二人とも! 顔がいい。イケメンずるい。もうこの二人の食べている姿だけでご飯が進む。
――好きな人たちにご飯作るのと、一緒にご飯食べるのがこんなに幸せなの、忘れてたなあ。
思わずふふふ、と笑ってしまう。三人で食事を摂るのもなんだか久しぶりで嬉しい。二、三日しか経っていないのに何だか不思議だ。
エミリオが王都へ帰ってからは、夕食以外は一人で摂ることが多かったので、スイは自分は寂しかったんだなあとしみじみ思う。
一人暮らしが長いので、一人で過ごすことは全く抵抗がなかったはずなのに、どうもこちらに来てからはちょっと寂しん坊になってしまっているようだ。
朝食を終えて、リビングで食後のお茶(スイはノンカフェインのお茶)を飲んでいた朝七時頃、チャイムの音がして、聖人のおっちゃんらがシュクラを迎えにきた。
いつもはどんなに酒が入っても日付が変わる頃までには神殿に帰宅するシュクラが、スイの自宅に行ったまま戻らなかったので、心配して迎えに来たらしい。
「吾輩は神ぞ? 何を心配することがあるのじゃ」
「心配なのはシュクラ様ではなく、スイ様です」
「シュクラ様がお世話になりました、スイ様」
「え?」
「昨夜、シュクラ様が女体変化をされましたでしょう? 我々はシュクラ様の魔力の質の変化で存じ上げておりますゆえ」
「女体変化されたシュクラ様は、夜のことに見境が……」
「お疲れでしょう、スイ様。シュクラ様がああなると我らでも止められませんゆえ」
というか、どうやら、シュクラがあのムチムチプリンプリンな女神様に変身した事は、聖人聖女の皆には筒抜けだったらしい。
ということで、シュクラが一晩こちらに泊まったということは、スイらとそういうニャンニャン的なことがあったと、彼らは知っていることになる。
シュクラは口を尖らせてぶすったれた表情をしてお茶を飲んでいる。
お疲れでしょう、なんて……! スイは昨日のニャンニャンを彼らが知っていることに対して初めて赤面して顔を覆った。穴があったら入りたい。
「まあ数十年に一度なことですから、おめでたいと言えばおめでたいことなんですが。スイ様は女性でいらっしゃるから大丈夫でしょうけれど……そのそちらの御仁は大丈夫ですか」
聖人のおっちゃんらは少々困ったような表情でエミリオを見た。女のシュクラに男のエミリオ、この二人では問題が大きく違う。スイと女同士のそれならともかく、女のシュクラがエミリオの精を受けたかどうかを聞いているらしい。
「いえ、あの、とんでもない! 俺は……」
「安心せよ。ドラゴネッティ卿には手出ししてはおらぬぞ。吾輩はこの二人の愛の営みを見守っただけじゃて」
どんな見守り方だ。とんでもない絡み方だったうえに、エミさんも一瞬狙われちゃってたじゃん。
聖人のおっちゃんらは良かった良かったなんて言いながら、子供のようにぐずって帰りたがらないシュクラを引きずるようにして「スイ様、お世話になりました。お大事にどうぞ」と言い置いて神殿に帰った。お大事にどうぞって言われたらなんか恥ずかしい。
残されたエミリオと顔を見合わせて、かあっと頬を赤らめてから、ぶふっと噴き出して笑ってしまった。
リビングに戻ってソファーで飲み物の残りを飲みながら、スイはエミリオにふと尋ねた。そういえば、今日は平日だし、エミリオは仕事大丈夫なんだろうか。
「そういえばエミさん、今日お仕事は?」
「ああ、俺ももう少ししたら王都へ戻る。仕事の引継ぎとかいろいろあるからな」
「そっかあ。あ、魔力って、大丈夫なの? 瞬間移動の魔法って、いっぱい魔力使うんでしょ」
昨日の夜いきなりやってきたのだって、結構魔力を使っただろうに。スイのほうは逢えて嬉しかったけども、エミリオは仕事を押して来てくれたわけで、迷惑が掛かっていないか心配になる。
「それはまあ……でもスイと昨日その、……したから大丈夫」
「そ、そっか……じゃあ、昨日来たときの分は回復してるのね」
「うん。まあ、帰ったらまたその分減るけれども。俺一人分だし、あのダンジョンで十数人転移させた場合とか、魔力枯渇状態に比べたら大したことはないよ。少し疲れるくらいだから」
「うーん、満タンで帰ることは難しいのね。この前の最大魔力以上になってたのは今回はないのかな」
「残念ながら今回は普通だな」
そう言って、エミリオは騎士団のカードを上着のポケットから出して見せてくれた。確かに、今は六万強の分母と同じくらいの分子になっている。エミリオはこの前の最大以上状態は、魔力枯渇から一気に回復したためのブースト状態なのではないかと説明づけた。
そういえば、スイだってあの時ちょっと考えただけで電化製品が動いていたけど、二日経ったらそういったこともなくなったし、今現在も至って普通だ。自分でスイッチを入れないと電化製品は動かない。
いまいち魔力とか魔法についてはわかっていないので、エミリオにその説明づけのほうがしっくりくると言われてもスイはさっぱりわからない。分からないことは考えるのはやめた。
「こっちに移住できるようになったら、もうこんな無理をスイにはさせないから。その……俺としては、魔力のことを考えずにその……スイと安心してこう、イチャイチャしたいし」
「エミさん……」
そんな心配しなくていいのにな。エミさんになら無理させられてもいいのに。そんな風に思ったけれど、エミリオはどこまでも優しいからそう言うのだとわかっている。
なんとなく離れがたくて横に座っているエミリオの肩に頭をこつんと乗せてみた。
「スイ……」
「うん、なんか、急にこうしたくなっちゃった」
「俺も……」
エミリオはそう言うと、マグカップをテーブルに置いてからおもむろにスイに向き合って、腰に腕を回して抱きしめるとそのままソファーに押し倒してきた。
「キス……していい?」
「あは、今更聞く?」
「だな」
苦笑しながらエミリオはそっとスイに唇を重ねてきた。もう何度も交し合ったあのはむはむする優しいキス。気持ちいいようなもどかしいような、むずむずと疼くような。
もどかしさにふとエミリオの唇をぺろりと舐めると、エミリオはちょっと驚いたように目を見開いてから、あの人好きするような満面の笑みを浮かべた。
「今のは反則だろ」
そう言って再びキスを落とし、今度は口を開けて舌を絡ませてきた。
「ん、ふむぅ……んあ、エミさん……」
「ああ、スイ……キス、気持ちいいな……」
「あん、お仕事は?」
「ん……ああ、どうでもよくなってきた」
「いや、ダメでしょ……あんもう」
「ダメ……?」
「またそういう……あ、あ、こら」
エミリオの手がスイの胸元をまさぐりだし、ブラウスのボタンをひとつ、ふたつ、と器用に外して、中に侵入してきた。しつこめに噛みつくような唾液を絡ませる深いキスをしながら、ブラの上から胸をむにむにと揉みだしたので、これは流石にダメだろと思ったスイは、エミリオの下唇をちょっと噛んでやった。
「痛てて」
「もう、ダメだってば」
「仕事なんてもうどうでもよくなってきた」
「行きなさいちゃんと!」
「ここまできてお預けとか」
「今日はもうおしまい。ほら、もう八時になっちゃうよ」
時計を見て悔し気にひくく呻いたエミリオは本当に仕方なさげにスイの上から退いてくれた。まあスイとしても、あのままもう一戦に突入してもいいと思ったけれど、締め切りはあるがその間は自由人なスイの仕事と違って、エミリオは一応公務員みたいなものだから、しっかり遅刻しないように出仕しにいかないといけないのだ。
エミリオから離れてキッチンへ向かい、荒熱のとれたご飯と作り置き惣菜を入れた先ほどの保存容器に蓋をして、使い捨てのフォークと一緒にランチクロスに包んでからエミリオのもとに戻ってきた。
少々乱れた衣服を正しているエミリオに包みを手渡す。
「はい、エミさん。お弁当」
「えっ……そういえばさっき何か作ってたけど……俺の?」
「うん。貰い物の食材とか作り置きのお惣菜ばっかだけど」
「うわ、嬉しい。ありがとうスイ。大事に食べる。これで今日も頑張れるよ」
「わわ。ははは、頑張ってね」
「うん」
感極まって手渡した弁当ごと抱きしめてくるエミリオに苦笑し、エミリオがもう出ないといけない時間まで、顔面にキスを浴びせられることになった。
エミリオは思う存分スイの顔面にキスを落としてぎゅうと抱きしめると、「行ってくる!」と元気よくスイの手づくり弁当を手にして転移陣の魔法で王都へ戻って行った。また今度、とかさようなら、じゃなくて「行ってくる」なのがなんだか嬉しい。
忙しそうなわりに、またすぐ今回みたいに甘えに戻ってきそうな気がして、離れていた二日間とは打って変わって、スイは寂しさを一切感じなかった。
部屋に戻ったスイは、とりあえず一応エミリオの洗浄魔法だか浄化魔法だかで綺麗にはなったものの、乱闘後みたいな皺くちゃな部屋着を脱いで洗い立ての服に着替えると、大きなあくびを一つしてからキッチンに向かった。
リビングで、いつの間にか男性の身体に戻ったらしいシュクラは、服の着付けのだらしないところをエミリオに直されながらテレビのリモコンを弄ってザッピングをしている。完全にお大尽である。
あのボンバーだった胸元がまっ平なところと、普通にエミリオに世話されているところを見ると、あのムチムチプリンな身体はしばし見納めかあとスイはちょっと残念に思うのだけれど。
なんだろうなと思う。エミリオとシュクラとのいわゆる3Pをやらかしたというのに、スイは心が妙に凪いでいるのだ。これが異世界スピリッツなのだろうか(絶対違う)。
3Pといっても、普通にエミリオを相手にしているときにシュクラと女性同士のオーラルセックスをしたという感じで、あくまでもシュクラはスイが官能を拾う手伝いをしただけのような気もするけれど、三人で変態的なセックスを実に楽しんだのに変わりない。
背徳的なものというのは甘美なものだなあと思う反面、快楽に弱いな人間はと思う。いや、シュクラは神様だけれども。
こんな風に達観してしまうのは、自分は変態的なセックスで新しい扉を開いたのかもしれないと思うわけで、ちょっと遠い目をしてしまう。
こちらの世界にやってきてから一年、驚きの連続で、そういう非日常的なことに人間というものは慣れる生き物なのだなあとしみじみ思うスイ。やっぱりこれが異世界スピリッツか(だから違う)。
いやまあ、今回の事は、相手の二人のことをスイが好きだからというのもあるけれど。
まあでも、今回はエミリオは魔力枯渇ではないし、神であるシュクラが間接的(?)に関わった交わり方をしたのだから、もしかしたらちゃんと妊娠できたかもしれないと思うと、つい愛おしくなってお腹を撫で擦っている。そっちのほうのワクワク感のほうが恥ずかしさよりなにより勝っているみたいだ。
シュクラがぼーっとテレビをザッピングしているリビングから、身支度を終えたエミリオが、ダイニングテーブルの上の汚れた食器を運んでキッチンにやってきた。
「スイ、大丈夫か? ……その、身体は」
「へ? 大丈夫だよ。ああ、エミさん座ってていいのに。今朝ごはん用意するね」
「俺も手伝うよ」
「作り置きばっかだし、そんな大したもの作れないから、座ってて大丈夫なのに」
「でもとりあえず、これを俺が洗うから」
エミリオはそう言って汚れた皿やグラスなどを流し台で洗い始めた。食器用洗剤をスポンジにちょっとつけて泡立ててから洗うその姿、この一週間強ですっかりやり方を身につけている。
お貴族様とはいえ騎士団にいたから、野営で食事当番やらもさせられたことがあるらしく、こういった下々がするような雑用も、エミリオは普通にこなせるらしい。
家事を手伝ってくれる彼氏、最高である。元彼の悟は散らかしっぱなし常習犯だったので何か新鮮で嬉しい。
とはいえ、今もう既に冷凍野菜と刻み油揚げの味噌汁を、顆粒出汁と顆粒味噌でぱぱっと作ってしまって、あとは作り置きの惣菜をレンチンして二、三、小鉢に盛り、サラダ用の野菜を洗って千切って、冷凍ご飯をレンジで温めれば、ほぼ朝食は完成する。包丁をほぼ使わない手抜き調理だ。
スイはちょっと考えてから、先日リオノーラ嬢とメルヒオール氏に貰った下味冷凍したジャイアントボアの味噌漬けを取り出し、凍ったままフライパンに入れて簡単に調理をしだした。
肉に火を通している間、ご飯と味噌汁を器に盛って、作り置き惣菜の小鉢とサラダボウルを用意すると、皿を洗い終わったエミリオが進んでダイニングテーブルに配膳をしてくれた。
その間に、食器棚からちょっと大きめの保存容器を取り出して、レンジで温めたご飯、今調理したばかりのジャイアントボアの味噌焼き、数種類の作り置き惣菜を詰めて、ちょっと冷ましておく。
冷えた麦茶をグラス三つに注いで盆に乗せ、ダイニングテーブルに置いてからエプロンを外した。
「シュクラ様、朝ごはん用意したよ、食べよう?」
「おお~すまんなスイ」
「エミさんも座って」
「ああ、ありがとう」
ちなみにこの国は箸の文化はないらしいので、エミリオとシュクラはフォークとスプーンで和食を食べている。箸を使えたら便利なのに。
普通に箸で食べるスイを見て「器用だな~」とシュクラはいつも言っている。
リスの頬袋みたいにもっきゅもっきゅと頬張って咀嚼中のシュクラ、出汁巻き卵を口にして好きな味だったのか、ちょっと微笑むエミリオ。
ちくしょう、可愛いな二人とも! 顔がいい。イケメンずるい。もうこの二人の食べている姿だけでご飯が進む。
――好きな人たちにご飯作るのと、一緒にご飯食べるのがこんなに幸せなの、忘れてたなあ。
思わずふふふ、と笑ってしまう。三人で食事を摂るのもなんだか久しぶりで嬉しい。二、三日しか経っていないのに何だか不思議だ。
エミリオが王都へ帰ってからは、夕食以外は一人で摂ることが多かったので、スイは自分は寂しかったんだなあとしみじみ思う。
一人暮らしが長いので、一人で過ごすことは全く抵抗がなかったはずなのに、どうもこちらに来てからはちょっと寂しん坊になってしまっているようだ。
朝食を終えて、リビングで食後のお茶(スイはノンカフェインのお茶)を飲んでいた朝七時頃、チャイムの音がして、聖人のおっちゃんらがシュクラを迎えにきた。
いつもはどんなに酒が入っても日付が変わる頃までには神殿に帰宅するシュクラが、スイの自宅に行ったまま戻らなかったので、心配して迎えに来たらしい。
「吾輩は神ぞ? 何を心配することがあるのじゃ」
「心配なのはシュクラ様ではなく、スイ様です」
「シュクラ様がお世話になりました、スイ様」
「え?」
「昨夜、シュクラ様が女体変化をされましたでしょう? 我々はシュクラ様の魔力の質の変化で存じ上げておりますゆえ」
「女体変化されたシュクラ様は、夜のことに見境が……」
「お疲れでしょう、スイ様。シュクラ様がああなると我らでも止められませんゆえ」
というか、どうやら、シュクラがあのムチムチプリンプリンな女神様に変身した事は、聖人聖女の皆には筒抜けだったらしい。
ということで、シュクラが一晩こちらに泊まったということは、スイらとそういうニャンニャン的なことがあったと、彼らは知っていることになる。
シュクラは口を尖らせてぶすったれた表情をしてお茶を飲んでいる。
お疲れでしょう、なんて……! スイは昨日のニャンニャンを彼らが知っていることに対して初めて赤面して顔を覆った。穴があったら入りたい。
「まあ数十年に一度なことですから、おめでたいと言えばおめでたいことなんですが。スイ様は女性でいらっしゃるから大丈夫でしょうけれど……そのそちらの御仁は大丈夫ですか」
聖人のおっちゃんらは少々困ったような表情でエミリオを見た。女のシュクラに男のエミリオ、この二人では問題が大きく違う。スイと女同士のそれならともかく、女のシュクラがエミリオの精を受けたかどうかを聞いているらしい。
「いえ、あの、とんでもない! 俺は……」
「安心せよ。ドラゴネッティ卿には手出ししてはおらぬぞ。吾輩はこの二人の愛の営みを見守っただけじゃて」
どんな見守り方だ。とんでもない絡み方だったうえに、エミさんも一瞬狙われちゃってたじゃん。
聖人のおっちゃんらは良かった良かったなんて言いながら、子供のようにぐずって帰りたがらないシュクラを引きずるようにして「スイ様、お世話になりました。お大事にどうぞ」と言い置いて神殿に帰った。お大事にどうぞって言われたらなんか恥ずかしい。
残されたエミリオと顔を見合わせて、かあっと頬を赤らめてから、ぶふっと噴き出して笑ってしまった。
リビングに戻ってソファーで飲み物の残りを飲みながら、スイはエミリオにふと尋ねた。そういえば、今日は平日だし、エミリオは仕事大丈夫なんだろうか。
「そういえばエミさん、今日お仕事は?」
「ああ、俺ももう少ししたら王都へ戻る。仕事の引継ぎとかいろいろあるからな」
「そっかあ。あ、魔力って、大丈夫なの? 瞬間移動の魔法って、いっぱい魔力使うんでしょ」
昨日の夜いきなりやってきたのだって、結構魔力を使っただろうに。スイのほうは逢えて嬉しかったけども、エミリオは仕事を押して来てくれたわけで、迷惑が掛かっていないか心配になる。
「それはまあ……でもスイと昨日その、……したから大丈夫」
「そ、そっか……じゃあ、昨日来たときの分は回復してるのね」
「うん。まあ、帰ったらまたその分減るけれども。俺一人分だし、あのダンジョンで十数人転移させた場合とか、魔力枯渇状態に比べたら大したことはないよ。少し疲れるくらいだから」
「うーん、満タンで帰ることは難しいのね。この前の最大魔力以上になってたのは今回はないのかな」
「残念ながら今回は普通だな」
そう言って、エミリオは騎士団のカードを上着のポケットから出して見せてくれた。確かに、今は六万強の分母と同じくらいの分子になっている。エミリオはこの前の最大以上状態は、魔力枯渇から一気に回復したためのブースト状態なのではないかと説明づけた。
そういえば、スイだってあの時ちょっと考えただけで電化製品が動いていたけど、二日経ったらそういったこともなくなったし、今現在も至って普通だ。自分でスイッチを入れないと電化製品は動かない。
いまいち魔力とか魔法についてはわかっていないので、エミリオにその説明づけのほうがしっくりくると言われてもスイはさっぱりわからない。分からないことは考えるのはやめた。
「こっちに移住できるようになったら、もうこんな無理をスイにはさせないから。その……俺としては、魔力のことを考えずにその……スイと安心してこう、イチャイチャしたいし」
「エミさん……」
そんな心配しなくていいのにな。エミさんになら無理させられてもいいのに。そんな風に思ったけれど、エミリオはどこまでも優しいからそう言うのだとわかっている。
なんとなく離れがたくて横に座っているエミリオの肩に頭をこつんと乗せてみた。
「スイ……」
「うん、なんか、急にこうしたくなっちゃった」
「俺も……」
エミリオはそう言うと、マグカップをテーブルに置いてからおもむろにスイに向き合って、腰に腕を回して抱きしめるとそのままソファーに押し倒してきた。
「キス……していい?」
「あは、今更聞く?」
「だな」
苦笑しながらエミリオはそっとスイに唇を重ねてきた。もう何度も交し合ったあのはむはむする優しいキス。気持ちいいようなもどかしいような、むずむずと疼くような。
もどかしさにふとエミリオの唇をぺろりと舐めると、エミリオはちょっと驚いたように目を見開いてから、あの人好きするような満面の笑みを浮かべた。
「今のは反則だろ」
そう言って再びキスを落とし、今度は口を開けて舌を絡ませてきた。
「ん、ふむぅ……んあ、エミさん……」
「ああ、スイ……キス、気持ちいいな……」
「あん、お仕事は?」
「ん……ああ、どうでもよくなってきた」
「いや、ダメでしょ……あんもう」
「ダメ……?」
「またそういう……あ、あ、こら」
エミリオの手がスイの胸元をまさぐりだし、ブラウスのボタンをひとつ、ふたつ、と器用に外して、中に侵入してきた。しつこめに噛みつくような唾液を絡ませる深いキスをしながら、ブラの上から胸をむにむにと揉みだしたので、これは流石にダメだろと思ったスイは、エミリオの下唇をちょっと噛んでやった。
「痛てて」
「もう、ダメだってば」
「仕事なんてもうどうでもよくなってきた」
「行きなさいちゃんと!」
「ここまできてお預けとか」
「今日はもうおしまい。ほら、もう八時になっちゃうよ」
時計を見て悔し気にひくく呻いたエミリオは本当に仕方なさげにスイの上から退いてくれた。まあスイとしても、あのままもう一戦に突入してもいいと思ったけれど、締め切りはあるがその間は自由人なスイの仕事と違って、エミリオは一応公務員みたいなものだから、しっかり遅刻しないように出仕しにいかないといけないのだ。
エミリオから離れてキッチンへ向かい、荒熱のとれたご飯と作り置き惣菜を入れた先ほどの保存容器に蓋をして、使い捨てのフォークと一緒にランチクロスに包んでからエミリオのもとに戻ってきた。
少々乱れた衣服を正しているエミリオに包みを手渡す。
「はい、エミさん。お弁当」
「えっ……そういえばさっき何か作ってたけど……俺の?」
「うん。貰い物の食材とか作り置きのお惣菜ばっかだけど」
「うわ、嬉しい。ありがとうスイ。大事に食べる。これで今日も頑張れるよ」
「わわ。ははは、頑張ってね」
「うん」
感極まって手渡した弁当ごと抱きしめてくるエミリオに苦笑し、エミリオがもう出ないといけない時間まで、顔面にキスを浴びせられることになった。
エミリオは思う存分スイの顔面にキスを落としてぎゅうと抱きしめると、「行ってくる!」と元気よくスイの手づくり弁当を手にして転移陣の魔法で王都へ戻って行った。また今度、とかさようなら、じゃなくて「行ってくる」なのがなんだか嬉しい。
忙しそうなわりに、またすぐ今回みたいに甘えに戻ってきそうな気がして、離れていた二日間とは打って変わって、スイは寂しさを一切感じなかった。
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