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本編
52 友
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「ドラゴネッティ卿! 戻ったか!」
「騎士団長、俺の事よりも、クアス・カイラードのことです! 俺はこうして五体満足で帰還しましたので、クアス・カイラードの助命嘆願を申し入れます!」
「……香水でもつけているのか?」
「柔軟剤だそうですが良く知りません!」
「(何だジュウナンザイて)」
何故か体中からフローラルブーケの香りを漂わせて王都へ帰還したエミリオは、まず帰還を喜ぶ騎士団の者らに挨拶もそこそこにして王都騎士団長と魔法師団総団長に無事五体満足で帰還したことを伝え、早速クアス・カイラードの助命嘆願を申し入れた。
昨日の今日で馬車移動をしているであろう部下のロドリゴよりも先に王都へ帰還したため、ロドリゴに頼んだクアスの助命嘆願の申し込みをエミリオ自身がしなければならなかった。
とりあえずクアス・カイラードのことは保留状態にしておくからと、魔力枯渇に陥った症状はどうなったのかと問われ、騎士団所属の医師団のもとで健康診断を受けろと騎士団長と魔法師団総団長に命令されてしまい、その日は医局において精密検査のために夕方まで拘束されてしまった。
エミリオの持つ騎士団のカードは正常だったらしく、エミリオの六万超えの魔力ゲージは最大値以上を示していた。
驚いたことに、パブロ王国でも辺境地帯に位置するシャガ地方から王都までの距離を転移魔法でやってきたにも関わらず、通常であれば転移魔法は上位魔法な上シャガと王都の距離感を考えればエミリオの魔力の四分の一は消費されるだろうのに、エミリオの魔力ゲージは相も変わらず最大値越えをしたままであった。
大魔法を使用したのに、魔力が一切減っていない。それを聞かされて何が起こっているのか首を傾げたエミリオであったが、シャガで出会い、今は恋人となったスイというエミリオと同じ程度の数値の魔力を持つ女性との魔力交換により、ブーストがかかった状態であるのではと仮説を立てて医師たちに説明をした。
エミリオの魔力はこの国でも一、二を争うほどの魔力量である。そんな彼が魔力枯渇を起こしたら普通に休養しても最大値まで回復するのに一体何年かかるかということだったのが、こうしてエミリオは六万越えの魔力ゲージを最大値越えした状態で無事帰還している。
そうなると、エミリオの魔力を回復させるほどの魔力交換を行えた女性というのがこの国に居たという驚愕の事実がおのずと話し合われることとなる。これは、エミリオと同様に国にとって把握しておきたい人物と言えることであるからだ。
国としては、エミリオ同様に国家の重要人物としたい人物である。
しかし、エミリオの口からその女性がシャガ地方の土地神で水と豊穣を司る一柱シュクラの愛し子、つまりシュクラの娘であると説明すると、それ以上の口出しはできなくなった。
土地神は現存神で人のように肉体はあるが、あくまでも神様であるので、神の庇護下にある人物を国のものにしようなどと恐れ多いことはできないからだ。もし無理強いすれば、どのような天罰が下るかわかったものではない。
よって、エミリオの魔力交換の相手のことは、暗黙の了解として不問とすることになったそうである。これにはエミリオもホッと胸を撫でおろした。
あまりスイのことを言いふらしては、静かにシャガ地方で生活しているスイやシュクラに迷惑をかけることになりそうだと思ったから。
朝から夕方ぐらいまでびっちり拘束された医局からようやく解放されたエミリオは、その足で騎士団に戻り、朝から騎士団長と魔法師団総団長に無理を言ってその日のうちに助命嘆願書を国王陛下に受理してもらい、スピード発行してもらった許可証を手に騎士団の留置場へ向かった。
クアス・カイラードは今王城の地下牢から騎士団あずかりの留置場のほうへ移動させられているらしい。
クアス・カイラードとはすぐに面会できた。助命嘆願の許可証は国王のサインが書いてあるので、クアスはもう明日には出所できることになる。医局からエミリオの体調と魔力に何ら問題は無し、健康体そのものという診断書をもぎ取って提出した賜物である。
そのおかげか、仕切りのない面会室においてクアスと再会できた。シャガでいろいろあったせいか、とてもそうとは思えないが一週間ぶりの再会である。
短い金髪に瑠璃色の瞳、小麦色の肌の、エミリオとはまた違った美丈夫であるのだが、ここ一週間でその健康的だった肌はくすみ、金髪も艶を失っていて、瑠璃色の瞳は後悔のためどこか虚ろであった。
「クアス!」
「エミリオ……! 生きていてくれたのか」
「ああ、この通りピンピンしている。お前、あの時の怪我は?」
「それはもう、治癒師のおかげでこうして折れた腕も足も元通りだ」
「そうか……ありがとう、生きていてくれて」
「それはこっちのセリフだ。生きて帰ってきてくれたうえに、こんな私などの助命嘆願を強引に通すなど……」
「何を言ってる。生きていれば償いでもなんでもできるが、死んだら何にもできなくなるんだ」
「エミリオ……すまない」
「『すまない』より『ありがとう』と言ってもらいたいな」
「……そう、だな。ありがとうエミリオ。迷惑をかけたが、こうして会えてやはり嬉しいよ」
「俺もだクアス」
クアスは囚人用のつなぎの作業着を着ていたが、一週間前とは違ってひどく痩せて見え、頬はこけ、目の下には黒い隈ができてしまっていた。おそらく今回の任務失敗のこと、大勢の仲間たちの死、エミリオをたった一人であの恐ろしいダンジョンへ置いて行ってしまったことで、ここ数日は食事もろくに喉を通らず、夜もろくに眠れもしなかったようだ。
『無茶だエミリオ、やめてくれ!』
そう涙を流しながらエミリオの魔術によって緊急脱出で王都へ帰還させられたこともあり、エミリオのことを相当心配していたのだろう。
深いダンジョンからの緊急脱出、シャガから王都までの距離、それにわずかとはいえ、クアスを含む十数名という大人数を一瞬で王都へ送るとなると、エミリオが一人でその距離を転移するよりもはるかに魔力を多く使用する。
あの時点でほぼ魔力が底を尽きかけていたにもかかわらず、大魔法をおこなって見せたエミリオがこうして無事だったことを、今ここで見てようやく安心したらしいクアスであった。
「エミリオは、魔力枯渇に陥ったと聞いたが」
「ああ。それも二回もな。今はこうして全回復したが」
一度目は致し方無かったけれど、二度目は無茶をした自業自得だとエミリオは笑う。本当なら今も頭痛やら何やら体調不良に悩まされていたはずだったのに、こうして元気でいられるのは、やはりスイのおかげだ。
「……魔力交換か。お前の相手ができる女性がいたとは」
「俺も驚いた。だが頼み込んでなんとか応じてくれた。……すばらしい女性だよ。絶世の美女というわけじゃないが、もう、なんというか……俺にとってはすごく可愛い人なんだ」
やや頬を赤らめたエミリオが、照れくさそうにその女性のことをやけに嬉しそうに話すものだから、それまで元気をなくして虚ろだったクアスの瞳は、驚いたように大きく見開かれた。
「……変わったな、エミリオ? お前が女性のことをそんな風に嬉しそうに語るなんて」
エミリオは現在婚約者も恋人もいない。
そのため仲間に娼館へ連れていかれたことがあったのだが、娼婦たちの厚化粧や様々な種類の香水が混ざったどぎつい匂いに耐えられず、玄関に入った瞬間にギブアップして帰ってきてしまったという情けない経験がある。
それでももう二十八歳といういい歳であるので、今まで恋人はいたことはあるのだが、どうも長続きしない。
見た目も良くて子爵家の次男という立場であるし、そこそこ財産もある男なので、エミリオにあこがれる女性はそれなりにいて、交際に至ったこともあるのだが、後々は結婚をと言うほどの深い関係にならずに、クアスが気づかぬうちにさらりと別れていたことが多々あった。
それゆえ、女性に対して淡泊で、そんな情熱的に女性のことを語るエミリオなんて、クアスは今まで付き合ってきて見たことがなかった。
そんな彼が、一週間前とは打って変わって、嬉しそうに女性のことを語る姿を見て、クアスはエミリオがシャガで何を経験したのかがやたら気になってしまった。
「……なんというか、俺も驚いてる。こんなに女性を愛おしく思える日が来るなんて思わなかったからな」
「愛してるのか、その彼女を」
「ああ。俺のために身を挺して地獄から救ってくれた人だ。感謝しているし、何より愛している。こうして今離れているのが心苦しいくらいにな」
「結婚するのか」
「いずれはそうしたいと思っている。何せ魔力交換だ。あんなことをしておいてもし子供でもできたら片親になんてさせられないだろ。責任はしっかりとるつもりだ」
「まあ……確かにそうだな」
「それに、ちょっと……俺も彼女との子供は欲しいので」
「ははは、お前というやつは……」
「そういうお前だって、結構前から婚約者がいるじゃないか。キャサリン・ボナール準男爵令嬢だっけ。彼女との子供とか、想像したことはないか?」
「……」
「クアス?」
何気なく聞いたエミリオだったが、クアスがやや寂し気な表情をしたので言葉を止めた。
クアスは一つ小さなため息をついて、苦笑しながらエミリオに話し出した。
クアスには騎士学校時代から交際していた女性がいて、親が商売で成功して王家から準男爵の爵位を賜ったボナール準男爵の娘で、キャサリンという活発で明るい女性だった。
とても仲睦まじい恋人であって、エミリオも騎士団に面会にきた彼女をクアスから紹介されたことがあった。数年前にカイラード騎士爵家とボナール準男爵家での同意で婚約していたはずだったのだ。
「先日、むこうの親の方から婚約解消を申し出てきたので了承した」
「えっ」
「……まあ、今回みたいなことをしでかして、地下牢にまで入れられた男なんかに娘を嫁がせるのは外聞が悪すぎるからな」
「そんな……彼女はどう思って」
「キャサリン殿にはもう新しい嫁ぎ先が見つかってるそうだ。彼女も乗り気らしいよ」
エミリオは先ほどまでスイのことを思って浮かれていた自分を恥じた。この一週間でクアスの身にそのようなことが怒涛のように起こっていたなんて知らなかった。
彼が怪我や悔恨、他人からの責め、婚約解消などで心を痛めている間、自分はシャガでぬくぬくとスイのぬくもりに溺れていたなんて。しかもそれを嬉しそうに傷心のクアスに話すなど無神経にもほどがあると思った。
「…………すまん」
「何でエミリオが謝るんだ」
「いや、なんか……知らなかったとはいえ」
クアスは苦笑しながら「私のことは気にするな」とエミリオの肩をポンと叩いた。
「騎士団長、俺の事よりも、クアス・カイラードのことです! 俺はこうして五体満足で帰還しましたので、クアス・カイラードの助命嘆願を申し入れます!」
「……香水でもつけているのか?」
「柔軟剤だそうですが良く知りません!」
「(何だジュウナンザイて)」
何故か体中からフローラルブーケの香りを漂わせて王都へ帰還したエミリオは、まず帰還を喜ぶ騎士団の者らに挨拶もそこそこにして王都騎士団長と魔法師団総団長に無事五体満足で帰還したことを伝え、早速クアス・カイラードの助命嘆願を申し入れた。
昨日の今日で馬車移動をしているであろう部下のロドリゴよりも先に王都へ帰還したため、ロドリゴに頼んだクアスの助命嘆願の申し込みをエミリオ自身がしなければならなかった。
とりあえずクアス・カイラードのことは保留状態にしておくからと、魔力枯渇に陥った症状はどうなったのかと問われ、騎士団所属の医師団のもとで健康診断を受けろと騎士団長と魔法師団総団長に命令されてしまい、その日は医局において精密検査のために夕方まで拘束されてしまった。
エミリオの持つ騎士団のカードは正常だったらしく、エミリオの六万超えの魔力ゲージは最大値以上を示していた。
驚いたことに、パブロ王国でも辺境地帯に位置するシャガ地方から王都までの距離を転移魔法でやってきたにも関わらず、通常であれば転移魔法は上位魔法な上シャガと王都の距離感を考えればエミリオの魔力の四分の一は消費されるだろうのに、エミリオの魔力ゲージは相も変わらず最大値越えをしたままであった。
大魔法を使用したのに、魔力が一切減っていない。それを聞かされて何が起こっているのか首を傾げたエミリオであったが、シャガで出会い、今は恋人となったスイというエミリオと同じ程度の数値の魔力を持つ女性との魔力交換により、ブーストがかかった状態であるのではと仮説を立てて医師たちに説明をした。
エミリオの魔力はこの国でも一、二を争うほどの魔力量である。そんな彼が魔力枯渇を起こしたら普通に休養しても最大値まで回復するのに一体何年かかるかということだったのが、こうしてエミリオは六万越えの魔力ゲージを最大値越えした状態で無事帰還している。
そうなると、エミリオの魔力を回復させるほどの魔力交換を行えた女性というのがこの国に居たという驚愕の事実がおのずと話し合われることとなる。これは、エミリオと同様に国にとって把握しておきたい人物と言えることであるからだ。
国としては、エミリオ同様に国家の重要人物としたい人物である。
しかし、エミリオの口からその女性がシャガ地方の土地神で水と豊穣を司る一柱シュクラの愛し子、つまりシュクラの娘であると説明すると、それ以上の口出しはできなくなった。
土地神は現存神で人のように肉体はあるが、あくまでも神様であるので、神の庇護下にある人物を国のものにしようなどと恐れ多いことはできないからだ。もし無理強いすれば、どのような天罰が下るかわかったものではない。
よって、エミリオの魔力交換の相手のことは、暗黙の了解として不問とすることになったそうである。これにはエミリオもホッと胸を撫でおろした。
あまりスイのことを言いふらしては、静かにシャガ地方で生活しているスイやシュクラに迷惑をかけることになりそうだと思ったから。
朝から夕方ぐらいまでびっちり拘束された医局からようやく解放されたエミリオは、その足で騎士団に戻り、朝から騎士団長と魔法師団総団長に無理を言ってその日のうちに助命嘆願書を国王陛下に受理してもらい、スピード発行してもらった許可証を手に騎士団の留置場へ向かった。
クアス・カイラードは今王城の地下牢から騎士団あずかりの留置場のほうへ移動させられているらしい。
クアス・カイラードとはすぐに面会できた。助命嘆願の許可証は国王のサインが書いてあるので、クアスはもう明日には出所できることになる。医局からエミリオの体調と魔力に何ら問題は無し、健康体そのものという診断書をもぎ取って提出した賜物である。
そのおかげか、仕切りのない面会室においてクアスと再会できた。シャガでいろいろあったせいか、とてもそうとは思えないが一週間ぶりの再会である。
短い金髪に瑠璃色の瞳、小麦色の肌の、エミリオとはまた違った美丈夫であるのだが、ここ一週間でその健康的だった肌はくすみ、金髪も艶を失っていて、瑠璃色の瞳は後悔のためどこか虚ろであった。
「クアス!」
「エミリオ……! 生きていてくれたのか」
「ああ、この通りピンピンしている。お前、あの時の怪我は?」
「それはもう、治癒師のおかげでこうして折れた腕も足も元通りだ」
「そうか……ありがとう、生きていてくれて」
「それはこっちのセリフだ。生きて帰ってきてくれたうえに、こんな私などの助命嘆願を強引に通すなど……」
「何を言ってる。生きていれば償いでもなんでもできるが、死んだら何にもできなくなるんだ」
「エミリオ……すまない」
「『すまない』より『ありがとう』と言ってもらいたいな」
「……そう、だな。ありがとうエミリオ。迷惑をかけたが、こうして会えてやはり嬉しいよ」
「俺もだクアス」
クアスは囚人用のつなぎの作業着を着ていたが、一週間前とは違ってひどく痩せて見え、頬はこけ、目の下には黒い隈ができてしまっていた。おそらく今回の任務失敗のこと、大勢の仲間たちの死、エミリオをたった一人であの恐ろしいダンジョンへ置いて行ってしまったことで、ここ数日は食事もろくに喉を通らず、夜もろくに眠れもしなかったようだ。
『無茶だエミリオ、やめてくれ!』
そう涙を流しながらエミリオの魔術によって緊急脱出で王都へ帰還させられたこともあり、エミリオのことを相当心配していたのだろう。
深いダンジョンからの緊急脱出、シャガから王都までの距離、それにわずかとはいえ、クアスを含む十数名という大人数を一瞬で王都へ送るとなると、エミリオが一人でその距離を転移するよりもはるかに魔力を多く使用する。
あの時点でほぼ魔力が底を尽きかけていたにもかかわらず、大魔法をおこなって見せたエミリオがこうして無事だったことを、今ここで見てようやく安心したらしいクアスであった。
「エミリオは、魔力枯渇に陥ったと聞いたが」
「ああ。それも二回もな。今はこうして全回復したが」
一度目は致し方無かったけれど、二度目は無茶をした自業自得だとエミリオは笑う。本当なら今も頭痛やら何やら体調不良に悩まされていたはずだったのに、こうして元気でいられるのは、やはりスイのおかげだ。
「……魔力交換か。お前の相手ができる女性がいたとは」
「俺も驚いた。だが頼み込んでなんとか応じてくれた。……すばらしい女性だよ。絶世の美女というわけじゃないが、もう、なんというか……俺にとってはすごく可愛い人なんだ」
やや頬を赤らめたエミリオが、照れくさそうにその女性のことをやけに嬉しそうに話すものだから、それまで元気をなくして虚ろだったクアスの瞳は、驚いたように大きく見開かれた。
「……変わったな、エミリオ? お前が女性のことをそんな風に嬉しそうに語るなんて」
エミリオは現在婚約者も恋人もいない。
そのため仲間に娼館へ連れていかれたことがあったのだが、娼婦たちの厚化粧や様々な種類の香水が混ざったどぎつい匂いに耐えられず、玄関に入った瞬間にギブアップして帰ってきてしまったという情けない経験がある。
それでももう二十八歳といういい歳であるので、今まで恋人はいたことはあるのだが、どうも長続きしない。
見た目も良くて子爵家の次男という立場であるし、そこそこ財産もある男なので、エミリオにあこがれる女性はそれなりにいて、交際に至ったこともあるのだが、後々は結婚をと言うほどの深い関係にならずに、クアスが気づかぬうちにさらりと別れていたことが多々あった。
それゆえ、女性に対して淡泊で、そんな情熱的に女性のことを語るエミリオなんて、クアスは今まで付き合ってきて見たことがなかった。
そんな彼が、一週間前とは打って変わって、嬉しそうに女性のことを語る姿を見て、クアスはエミリオがシャガで何を経験したのかがやたら気になってしまった。
「……なんというか、俺も驚いてる。こんなに女性を愛おしく思える日が来るなんて思わなかったからな」
「愛してるのか、その彼女を」
「ああ。俺のために身を挺して地獄から救ってくれた人だ。感謝しているし、何より愛している。こうして今離れているのが心苦しいくらいにな」
「結婚するのか」
「いずれはそうしたいと思っている。何せ魔力交換だ。あんなことをしておいてもし子供でもできたら片親になんてさせられないだろ。責任はしっかりとるつもりだ」
「まあ……確かにそうだな」
「それに、ちょっと……俺も彼女との子供は欲しいので」
「ははは、お前というやつは……」
「そういうお前だって、結構前から婚約者がいるじゃないか。キャサリン・ボナール準男爵令嬢だっけ。彼女との子供とか、想像したことはないか?」
「……」
「クアス?」
何気なく聞いたエミリオだったが、クアスがやや寂し気な表情をしたので言葉を止めた。
クアスは一つ小さなため息をついて、苦笑しながらエミリオに話し出した。
クアスには騎士学校時代から交際していた女性がいて、親が商売で成功して王家から準男爵の爵位を賜ったボナール準男爵の娘で、キャサリンという活発で明るい女性だった。
とても仲睦まじい恋人であって、エミリオも騎士団に面会にきた彼女をクアスから紹介されたことがあった。数年前にカイラード騎士爵家とボナール準男爵家での同意で婚約していたはずだったのだ。
「先日、むこうの親の方から婚約解消を申し出てきたので了承した」
「えっ」
「……まあ、今回みたいなことをしでかして、地下牢にまで入れられた男なんかに娘を嫁がせるのは外聞が悪すぎるからな」
「そんな……彼女はどう思って」
「キャサリン殿にはもう新しい嫁ぎ先が見つかってるそうだ。彼女も乗り気らしいよ」
エミリオは先ほどまでスイのことを思って浮かれていた自分を恥じた。この一週間でクアスの身にそのようなことが怒涛のように起こっていたなんて知らなかった。
彼が怪我や悔恨、他人からの責め、婚約解消などで心を痛めている間、自分はシャガでぬくぬくとスイのぬくもりに溺れていたなんて。しかもそれを嬉しそうに傷心のクアスに話すなど無神経にもほどがあると思った。
「…………すまん」
「何でエミリオが謝るんだ」
「いや、なんか……知らなかったとはいえ」
クアスは苦笑しながら「私のことは気にするな」とエミリオの肩をポンと叩いた。
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