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本編
41 細い通路の向こう側は
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鞄からタブレットを取り出して、フロアの壁伝いに手をやってマッピング作業を再開する。
こういう悲しいことが二度と起こらないように注意を促すためにも、このマッピング作業というのは大事だ。冒険者を支援するという裏方作業だけれど、スイにはスイにしかできないことがあるという使命感で、どんどんスキャンしたビジョンをタブレットに納めていった。
周りからはサルベージ隊の「あったぞー!」という声とミスリルの共鳴音が木霊していて、瓦礫を避けて、壊れた鎧や折れた剣、そして件のミスリル銀のネックレスが一つの場所に次々と運び出されていく。
人間の骨らしきものはかき集め、ある程度の量を大きな風呂敷大の白い布に包んでは、大切そうにエミリオの収納袋に保管した。
作業と並行してエミリオは回収したネックレスと騎士の名簿を見合わせて数を数え、王都に送った者らを除外した大体の数を計算して「あと○人分くらいだ!」と呼び掛けて、また作業に戻っていく。
マッピングをしていたスイは、一つ一つの俯瞰図をパズルのように組み合わせて大体の形を作り上げてから見直してみて、ふと思ったことがあり、発掘作業中のエミリオのところに行って話しかける。
「エミさん、ちょっといい?」
「ん? どうしたスイ?」
「これ見て」
「これは、ここのフロアのマップか」
もうすっかりスイの魔道具として見慣れたタブレット端末に表示された、今しがたスイが完成させたマップ画面を見て、スイの顔を伺うエミリオ。
スイは画面を指さしながら、画面をドラッグし、拡大したりして説明をする。
「ここ、この先に細い通路があるの。まだよくわかってないんだけど、ここ現在地ね、大体ここから二、三十メートルくらい行った先がぽっかり空いてるんだよね……これってどういうことかな」
「うーん……? スイは同じフロアなら全部の場所を読み取れるんだよな?」
「うん、でもここだけなんかわかんないの。突然道が切れて真っ黒に表示されてて」
スイからタブレットを借りて手に持ち、縦横に動かしてみてからしばし考えたエミリオだったが、表示の通りなのではという結論に突き当たる。
「……つまり、行った先は崖のように道が切れているということかな」
「あ、そっか。成程。だからこの先が表示されないのね。そーいうの予想してなかった~」
モンスターもそうだけれど、地形的にも危険が伴うダンジョンであったらしい。こんな場所に一人でマッピングに入ろうとしていたのかと、ちょっと背筋に怖気が走った。
「危険だから無理に行かないほうがいいな。みんなにも注意しておかないと」
「そうだね。あたしもう少し調べてみるね。あ、もちろんその細い道には行かないよ」
「わかった。あまり遠くに行くなよ」
「この辺にいるから大丈夫」
スイは壁伝いに手を添えて、まだ見つけていない場所は無いかをチェックしていく。
そして件の細い通路の前にたどり着いたとき、通路の向こうから小さく、かすかにだがキィン……という音が聞こえてきた。
空耳かな? と思ったので今一度耳を澄ませてみると、すぐそばで仲間たちが発掘している場所から聞こえる共鳴音と似た音が向こうからはっきり、だが小さく聞こえてくるのがわかる。
――この先にもあのミスリルのネックレスがあるの?
可能性がないわけじゃない。エミリオの仲間がこちらの通路に逃げたとして、そこで力尽きたとしたら、ネックレスが落ちている可能性もある。
ただ、崖があるとわかっている場所に行くことは難しい。これはエミリオに再度相談しなければならないだろう。
うーん、と細い通路の入り口の前でタブレット片手に顎に手をあてて唸っていると、フロアでの共鳴音が大体おさまって、目的の物を回収し終わったらしいエミリオが、スイの様子を見に来た。
「スイ、どうした? やっぱりその通路の向こう側が気になるのか?」
「ん~、空耳かもしれないんだけど」
「うん?」
「この向こう側にミスリルの共鳴音がした気がするの」
「何……?」
「でも危険だよね。この先は崖っぽくなってるみたいだし……」
一応、ということでエミリオも通路のむこうに耳を澄ませてみた。するとヒュオー、という風の音とともに、かすかにだがキィン……という音がエミリオにも聞こえた。スイとエミリオのもとに、どうしたのかと気になったサルベージ隊のメンバーが数人こちらにやってきたので、彼らにも耳を澄ませて聞いてもらったが、やっぱり聞こえる気がすると言っていた。
スイがこのフロアのマップを見せて、この先は崖のように切り立っているから行くのは危険だと説明したが、その間にも絶えず共鳴音は自分はここにいると主張するように告げていた。
誰かが見にいくべきだが、彼らの命を預かっている手前、無理な捜索はさせられない。
レンジャースキルのあるらしい仲間の一人が「俺が行きましょうか」と言ってくれたけれど、エミリオはそれに対して首を横に振った。
「いや、俺が行こう」
「エミさん!? 危ないよ!」
「大丈夫だ。一応浮遊魔法をかけていくから」
「だってだって、魔力、貯めとかないといけないのに、余計な魔法使っちゃ……」
「そのくらいは大丈夫だ。一回くらいなら……」
「心許ないな!」
「心配しないでいい。本当にこれくらいなら大丈夫なんだ」
そういう問題じゃなくて、魔力が減ったら体力まで消耗するのだから、あまり無茶はしないでほしい。宙に浮遊する魔法なんてこういう非常事態じゃなければすごいすごいと盛り上がるだろうと思うのに、今はそんなことよりエミリオの魔力枯渇状態が心配である。
せっかくやっとのことで全体の二割くらいまで回復したのにこれ以上減ったら……。
そんなスイをよそに、魔法の詠唱は久々だと言いながら、両手で印を結んで詠唱を唱え始めるエミリオ。次の瞬間足元に魔法陣が光りながら出現し、エミリオの体はふわりと宙に浮いた。
「おおー!」
「一級魔法のレヴィテーション! さすがは王都の魔術師さんだ!」
ぱちぱちー。暢気に拍手をしている仲間たちにこんなときだけどちょっとだけ和む。
そんなにすごいことなのかと、魔力こそエミリオの正常値と同じくらいの規格外だけれど、魔法なんて使ったことがないスイは周りの仲間たちの驚きように目を白黒させていた。
エミリオにしてみれば、異世界から持ち込んだ謎の魔道具(電化製品)を使いこなすスイのほうがすごい魔法を使うように見えるのだが。
でも一応命綱はつけて置いたほうがいいと仲間内のスカウトスキル持ちの冒険者が提案してきたので、エミリオは腰に命綱をつけて、壁に打ち込んだハーケンにロープのカラビナを取り付けてしっかりと根元を持ってもらった。
「スイはここにいて。崖の下に降りることになったら階層が変わるから、ここでみんなをモンスターから守るために居てほしい」
たしかにそうだ。スイのモンスター遭遇率ゼロのスキルは階層が変われば効力を失う。三十人もの人数、しかも非戦闘要員も多々いる仲間たちを連れている手前、彼らを守るためにスイはここに残らないといけないのだ。
それにエミリオについて行ったところで、ロクなクエスト用のスキルもないスイなど足手まといになるだけだ。
「……うん。わかった。気を付けてねエミさん」
「ああ」
エミリオは一度スイの頭にぽんと手を置いてから、照明用の魔石を手にふわふわ浮きながらその細い通路に入っていく。
照明とヒカリゴケに包まれた床を凝視しながら慎重に進んでいくと、なるほどスイのマップ通りに入り口から三十メートル弱の付近で道が途切れている。
その向こうは沈下したのかぽっかりと空洞になっていて、下を見ると何か得体のしれない生物がばしゃばしゃと水音を立てている水面があるのが見えた。下層は地底湖になっているようだ。
しかも、水面ギリギリを羽のある蛇のようなモンスターが飛び回っているのが見える。
スイがこの階層にいるためここまでは上がって来れないようだが、エミリオが今浮遊魔法をかけておらず、このまま足を滑らせて落下でもしようものなら、水面に落ちる前にあの飛び回っている蛇のようなモンスターにパクリといかれて終わりのような気がした。
その間にも階下でかすかにミスリルの共鳴音は続いている。水の中に落ちたのであれば音など聞こえるはずもないので、確実に地のある場所に落ちているはずだ。
一体どこに……と下のほうに照明用の魔石を持った手を差し出して覗き込んだとき、すぐ下にある、今エミリオがいるような通路の途切れた足場のような場所に、人の手のような物が見えた気がした。そこから確実に共鳴音が響いてくる。
「騎士の遺体か……? あんなところに……?」
エミリオは意を決して道が切れた場所から一歩踏み出し、浮遊魔法をコントロールしてふわりと宙に浮かんだままゆっくりと下に降りて行った。
こういう悲しいことが二度と起こらないように注意を促すためにも、このマッピング作業というのは大事だ。冒険者を支援するという裏方作業だけれど、スイにはスイにしかできないことがあるという使命感で、どんどんスキャンしたビジョンをタブレットに納めていった。
周りからはサルベージ隊の「あったぞー!」という声とミスリルの共鳴音が木霊していて、瓦礫を避けて、壊れた鎧や折れた剣、そして件のミスリル銀のネックレスが一つの場所に次々と運び出されていく。
人間の骨らしきものはかき集め、ある程度の量を大きな風呂敷大の白い布に包んでは、大切そうにエミリオの収納袋に保管した。
作業と並行してエミリオは回収したネックレスと騎士の名簿を見合わせて数を数え、王都に送った者らを除外した大体の数を計算して「あと○人分くらいだ!」と呼び掛けて、また作業に戻っていく。
マッピングをしていたスイは、一つ一つの俯瞰図をパズルのように組み合わせて大体の形を作り上げてから見直してみて、ふと思ったことがあり、発掘作業中のエミリオのところに行って話しかける。
「エミさん、ちょっといい?」
「ん? どうしたスイ?」
「これ見て」
「これは、ここのフロアのマップか」
もうすっかりスイの魔道具として見慣れたタブレット端末に表示された、今しがたスイが完成させたマップ画面を見て、スイの顔を伺うエミリオ。
スイは画面を指さしながら、画面をドラッグし、拡大したりして説明をする。
「ここ、この先に細い通路があるの。まだよくわかってないんだけど、ここ現在地ね、大体ここから二、三十メートルくらい行った先がぽっかり空いてるんだよね……これってどういうことかな」
「うーん……? スイは同じフロアなら全部の場所を読み取れるんだよな?」
「うん、でもここだけなんかわかんないの。突然道が切れて真っ黒に表示されてて」
スイからタブレットを借りて手に持ち、縦横に動かしてみてからしばし考えたエミリオだったが、表示の通りなのではという結論に突き当たる。
「……つまり、行った先は崖のように道が切れているということかな」
「あ、そっか。成程。だからこの先が表示されないのね。そーいうの予想してなかった~」
モンスターもそうだけれど、地形的にも危険が伴うダンジョンであったらしい。こんな場所に一人でマッピングに入ろうとしていたのかと、ちょっと背筋に怖気が走った。
「危険だから無理に行かないほうがいいな。みんなにも注意しておかないと」
「そうだね。あたしもう少し調べてみるね。あ、もちろんその細い道には行かないよ」
「わかった。あまり遠くに行くなよ」
「この辺にいるから大丈夫」
スイは壁伝いに手を添えて、まだ見つけていない場所は無いかをチェックしていく。
そして件の細い通路の前にたどり着いたとき、通路の向こうから小さく、かすかにだがキィン……という音が聞こえてきた。
空耳かな? と思ったので今一度耳を澄ませてみると、すぐそばで仲間たちが発掘している場所から聞こえる共鳴音と似た音が向こうからはっきり、だが小さく聞こえてくるのがわかる。
――この先にもあのミスリルのネックレスがあるの?
可能性がないわけじゃない。エミリオの仲間がこちらの通路に逃げたとして、そこで力尽きたとしたら、ネックレスが落ちている可能性もある。
ただ、崖があるとわかっている場所に行くことは難しい。これはエミリオに再度相談しなければならないだろう。
うーん、と細い通路の入り口の前でタブレット片手に顎に手をあてて唸っていると、フロアでの共鳴音が大体おさまって、目的の物を回収し終わったらしいエミリオが、スイの様子を見に来た。
「スイ、どうした? やっぱりその通路の向こう側が気になるのか?」
「ん~、空耳かもしれないんだけど」
「うん?」
「この向こう側にミスリルの共鳴音がした気がするの」
「何……?」
「でも危険だよね。この先は崖っぽくなってるみたいだし……」
一応、ということでエミリオも通路のむこうに耳を澄ませてみた。するとヒュオー、という風の音とともに、かすかにだがキィン……という音がエミリオにも聞こえた。スイとエミリオのもとに、どうしたのかと気になったサルベージ隊のメンバーが数人こちらにやってきたので、彼らにも耳を澄ませて聞いてもらったが、やっぱり聞こえる気がすると言っていた。
スイがこのフロアのマップを見せて、この先は崖のように切り立っているから行くのは危険だと説明したが、その間にも絶えず共鳴音は自分はここにいると主張するように告げていた。
誰かが見にいくべきだが、彼らの命を預かっている手前、無理な捜索はさせられない。
レンジャースキルのあるらしい仲間の一人が「俺が行きましょうか」と言ってくれたけれど、エミリオはそれに対して首を横に振った。
「いや、俺が行こう」
「エミさん!? 危ないよ!」
「大丈夫だ。一応浮遊魔法をかけていくから」
「だってだって、魔力、貯めとかないといけないのに、余計な魔法使っちゃ……」
「そのくらいは大丈夫だ。一回くらいなら……」
「心許ないな!」
「心配しないでいい。本当にこれくらいなら大丈夫なんだ」
そういう問題じゃなくて、魔力が減ったら体力まで消耗するのだから、あまり無茶はしないでほしい。宙に浮遊する魔法なんてこういう非常事態じゃなければすごいすごいと盛り上がるだろうと思うのに、今はそんなことよりエミリオの魔力枯渇状態が心配である。
せっかくやっとのことで全体の二割くらいまで回復したのにこれ以上減ったら……。
そんなスイをよそに、魔法の詠唱は久々だと言いながら、両手で印を結んで詠唱を唱え始めるエミリオ。次の瞬間足元に魔法陣が光りながら出現し、エミリオの体はふわりと宙に浮いた。
「おおー!」
「一級魔法のレヴィテーション! さすがは王都の魔術師さんだ!」
ぱちぱちー。暢気に拍手をしている仲間たちにこんなときだけどちょっとだけ和む。
そんなにすごいことなのかと、魔力こそエミリオの正常値と同じくらいの規格外だけれど、魔法なんて使ったことがないスイは周りの仲間たちの驚きように目を白黒させていた。
エミリオにしてみれば、異世界から持ち込んだ謎の魔道具(電化製品)を使いこなすスイのほうがすごい魔法を使うように見えるのだが。
でも一応命綱はつけて置いたほうがいいと仲間内のスカウトスキル持ちの冒険者が提案してきたので、エミリオは腰に命綱をつけて、壁に打ち込んだハーケンにロープのカラビナを取り付けてしっかりと根元を持ってもらった。
「スイはここにいて。崖の下に降りることになったら階層が変わるから、ここでみんなをモンスターから守るために居てほしい」
たしかにそうだ。スイのモンスター遭遇率ゼロのスキルは階層が変われば効力を失う。三十人もの人数、しかも非戦闘要員も多々いる仲間たちを連れている手前、彼らを守るためにスイはここに残らないといけないのだ。
それにエミリオについて行ったところで、ロクなクエスト用のスキルもないスイなど足手まといになるだけだ。
「……うん。わかった。気を付けてねエミさん」
「ああ」
エミリオは一度スイの頭にぽんと手を置いてから、照明用の魔石を手にふわふわ浮きながらその細い通路に入っていく。
照明とヒカリゴケに包まれた床を凝視しながら慎重に進んでいくと、なるほどスイのマップ通りに入り口から三十メートル弱の付近で道が途切れている。
その向こうは沈下したのかぽっかりと空洞になっていて、下を見ると何か得体のしれない生物がばしゃばしゃと水音を立てている水面があるのが見えた。下層は地底湖になっているようだ。
しかも、水面ギリギリを羽のある蛇のようなモンスターが飛び回っているのが見える。
スイがこの階層にいるためここまでは上がって来れないようだが、エミリオが今浮遊魔法をかけておらず、このまま足を滑らせて落下でもしようものなら、水面に落ちる前にあの飛び回っている蛇のようなモンスターにパクリといかれて終わりのような気がした。
その間にも階下でかすかにミスリルの共鳴音は続いている。水の中に落ちたのであれば音など聞こえるはずもないので、確実に地のある場所に落ちているはずだ。
一体どこに……と下のほうに照明用の魔石を持った手を差し出して覗き込んだとき、すぐ下にある、今エミリオがいるような通路の途切れた足場のような場所に、人の手のような物が見えた気がした。そこから確実に共鳴音が響いてくる。
「騎士の遺体か……? あんなところに……?」
エミリオは意を決して道が切れた場所から一歩踏み出し、浮遊魔法をコントロールしてふわりと宙に浮かんだままゆっくりと下に降りて行った。
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