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本編
38 ありふれてない朝の風景
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……悟の夢を見たような気がするが、目の前にあるイケメン魔術師の寝姿が視界に飛び込んできたら速攻で夢の内容を忘れた。悟が出てきたような気がしたのは覚えているけれど。
あれから一年こっちで過ごしているけれど、悟の夢なんて見たのは初めてかもしれない。何で突然そんな夢を見たのかさっぱりわからないが、悟に比べたらこの目の前の美人さん、エミリオのほうが何十倍何百倍もかわいくてしょうがない気がする。
――恋愛細胞が久々に活性化しているのかね。
向こうにいたときは、仕事が忙しくて、はっきり言って恋愛どころじゃなかった。激務に続く激務で、懐は温かくなっていくのに反比例して悟との愛情なんかどんどん冷めていった。
悟と破局して異世界に来て、仕事や悟の浮気などスイを取り巻く煩わしい物と強制的に引き離されたことで、こうして男性に対して可愛いなあとか素敵だなあとかの、忘れかけていた感情が蘇ったような気がした。
――まあ、とはいえ。エミさんをカッコいいと思ったことはあんまりないんだけども。
初対面から泥だらけのズタボロ状態で、汗臭くて血生臭くて、多少の無精髭も生えていたし、お世辞にもカッコいい見た目じゃなかった。
顔をちょっと拭ってやって、意外に整った顔をしているなあと、面食いな自分はこれは磨けば光ると思ってしまったのは否めないけれど。
さらに風呂で身体を洗うという名目で、彼に請われるままに愛撫から自慰の手伝い、そしてずるずると疑似的な体の関係を築いているわけだが、その時の彼についても、ややMっ気ありな気質で要求は多いしすぐ喘ぐし、カッコいいどころか逆にカッコ悪いところばかり見せられている気がする。
しかしスイのエミリオに対する好感度は今のところ下降の気配は一切ない。温泉宿でちょっとした諍いはあったけれど、それでも嫌いになれない。
むしろ好意的に映るのは、おそらくスイのちょっとだけSっ気のある性格のせいでもあるだろうけれど、スイの言動によって一喜一憂するエミリオが何か可愛らしいと思ってしまう。
とくに何かを拒否したときのしゅんとするエミリオが、彼の頭にワンちゃんの耳が生えていたとしたら、きっと悲しく垂れ下がってしまっているだろうと思わざるを得ない、なんともモチョモチョする気分になるのだ。
カッコいいというより、可愛い。萌え。そんなところか。
自分より三歳も年上だし、王都の騎士団で魔法師団第三師団長という名誉ある役職に就いているエリートであるし、血筋は子爵家次男というお貴族様の彼が、こうして地方の得体のしれない稀人……異世界人であるスイをこうして甘えるように抱きしめて寝たりしているなんて、この世界における身分制度とかそういうものから考えるとあり得ないことなのだろうけれども。
すべては、彼の魔力枯渇による本能的な発情のせいであるのだけれど、それがこうしてゆっくり休むことで全回復したのなら、彼の気持ちは離れていくのかなと思うと、なんだか物寂しい。
そしていずれはここから去っていく人なのだと思うと、これ以上のめり込んだら痛む胸がいくつあっても足りないだろう。
腰に回された彼の腕をそっとどけて起き上がると、サイドテーブルにあるデジタルの時計が午前五時半すぎを表示している。元OLの習慣的に早起きなスイであるから、たいていこの時間に目覚めてしまう。
エミリオと一つのベッドで寝るようになってから、パジャマを着てベッドに入っても、結局は脱がされて色々エロエロ致したあと、疲れ切ってお互いそのまま眠ることが多いので、今日も布団の下は相変わらずの裸族なスイである。
昨日一日をかけてエミリオは冒険者ギルドと商店街のほうへサルベージ作業の準備に駆けずり回り、シュクラ神殿に戻ってきてからは葬儀の手続きと準備に奔走していた。
スイができることなんて、駆けずり回って戻ってきたエミリオに、清潔な環境と温かい食事と風呂くらいしかないと思って、一日自宅のことをやっていたけれど、それらの施しを受けたエミリオは「ありがたすぎて返しようもない」と非常に感謝してくれた。
シュクラは大事を取って休めと言ってくれて、夕べは来るのを遠慮してくれたが、それじゃあ申し訳ないのでビールのロング缶を「飲みすぎ注意」と張り紙を張って手渡しておいた。
シュクラと別れたあと、二人で風呂に入ってまたベッドでイチャイチャしてから眠ったのだけれど、昨日は今日のこともあるので前回よりも控えめなものであった。
エミリオの拘束から逃れてウォークインクローゼットに行き、今日着る服と下着を取り出して着る。
今日はいつもダンジョンへ行く時より動きやすい服装が必須だろうと取り出したのは、前の会社で支給された作業着のつなぎだ。薄いグレーの生地の胸元に「○○工業」という前の会社のロゴが刺繍されていて、その下に「真中」と苗字まで刺繍されているものである。
上に白いTシャツを着て、つなぎの上半身を脱いで袖を腰で縛った現場作業スタイルに、姿見を見て「ふはは」と乾いた笑いが漏れた。色気も素っ気もない服装だ。
長い黒髪を後ろで一つに束ねて、キャップを被ればサルベージのお手伝いも率先してできるだろう。まあ、自分の作業(マッピング)に集中してくれていいとエミリオには言われているけれども。
ふと棚からぱさっと紙袋が落ちてきたので、それが何だったかを確認する。
紙袋に入っていたのは、派手な赤や紫、ピンクなどの紐にレースの着いた謎の衣類。広げて確かめてみて、それが何だか確信したとたんにスイは赤面した。
紐とごく一部に小さな布しかないマイクロビキニ。最早胸を覆う気のないオープンバストのブラ、当てつけのようにあざといレースのニップレス、見せることを目的としたGストリングスの、しかも大事なところに一センチ大のパールビーズがいくつか通された紐が一本あるだけのオープンクロッチのパンティ。シースルーでほとんど隠す気のないベビードール。
いわゆる勝負下着と呼ばれる、夜の生活のためのセクシーランジェリーだった。
前の世界で、悟とのセックスレスをなんとかして解消しようとあがいて高級ランジェリーショップで大枚はたいて買った結果、結局悟に見てもらう機会のなかったセクシーランジェリーたちだった。袋に入ったまま未開封の物も多数ある。
よく覚えていないけれど今日見たらしい悟が出てくる夢といい、この下着類といい、見ているだけで脱力してしまう。
今では何でそんなに必死に悟をつなぎとめようとしていたのかさえ思い出せないというのに。
――エミさんはこういうの好きだろうか。
ふとエミリオとの夜のことを考えて、パール付きのオープンクロッチのパンティをつけた自分をエミリオが見てくれたらと考えたところで、頭をぶるぶると振る。
こんなヤル気満々なエロ下着なんぞを見せたらフェラやクンニだけではきっと治まらないだろう。本番行為をエミリオとはする予定がないのだから、これはこのまま封印するしかない。大体、しばらく放っておいた物なんて一回洗わないと着れないし。あとで一応洗っておこうか。着る予定はないのだけれど。
それに、今日の現場で仲間たちの遺品を見つけたら、エミリオはエッチするような元気はなくしてしまうほど落ち込むかもしれない。そのあと葬儀もあるのだし、そんな気分にはなれないだろうと思われる。
とりあえず箪笥の肥やし状態のそれを見なかったことにして、再び棚の上に戻すと、洗濯する物を持ってウォークインクローゼットを出た。
未だ夢の中にいるエミリオを見て、またベッドを抜け出したことに対して拗ねるんだろうなと思いつつ、一度彼の頬にキスしてから部屋を出る。一応洗ったばかりの彼の着替えの服はベッド脇に置いておいた。
洗濯機のスイッチを入れてから、エプロンをつけて朝食の支度を始めた。
今日は肉体労働があるから、朝はしっかりめに食べておいたほうがいいだろう。とはいえ、朝からがっつり油ものなんてキツイだろうから、あっさりだけれどしっかり食べられる和食を作ることにした。
一昨日シュクラにもらった海老の残りを冷凍しておいたものでお吸い物を作ることにして、フードプロセッサーで剥き海老をすり身にして丸め、海老の頭と殻でとった出汁を温めて、野菜やきのこと一緒に煮て塩で味を調える。
火を通したホタテの貝柱をほぐして刻み葱と一緒に卵に混ぜて出汁巻き卵、一昨日ノリノリで作った炊き込みご飯を冷凍したものをレンジで温めておにぎりを作れば、大体メインの朝食の完成だ。
作りすぎてしまった炊き込みご飯でおにぎりが結構な量になってしまったけれど、今日は力をつけないといけないし、働き盛りな男性であるエミリオがいるからぺろっと平らげられるだろう。
野菜はしっかり食べておかねばと毎晩翌朝のために作っておいているグリーンサラダのボウルと、作り置きの惣菜を何点か小鉢に盛ってテーブルにセッティングしていくと、寝室のドアがガチャリと開いた音が聞こえた。
時刻は六時ちょっと過ぎたあたり、エミリオが不機嫌そうな顔でダイニングに顔を出す。癖っ毛の長い髪がちょっとわちゃわちゃになっているのが何とも可笑しい。
「おはよ、エミさん」
「おはよう……スイ、また抜け出したな」
「エミさんがお寝坊なんだよーだ。ごはんできてるから、顔洗っておいでよ。はい、タオル」
「うん……その前に」
「うん?」
「……キス、していい?」
「え、……ん、ふぁ」
「ん……はあ、スイ……」
いい? などと聞きつつ有無を言わさずスイを引き寄せて了承する前にちゅっとキスを落としてきたエミリオ。
スイが二の句を継げないでいると、額、頬、鼻先、そして最後に今一度唇に触れるだけのキスを落とし、あの人好きするふにゃっとした笑顔で「……おはよ、スイ」と囁くように言ってくる。
おはようの挨拶とはいえ不意打ちとは反則すぎる。
「今日は気分がいい」
「さっきまで不機嫌だったくせに」
「スイの可愛い顔を見たら落ち着いた」
「そ、そう」
「……昨日のスイも素晴らしかった。気分がいいのはおかげでまた魔力が回復したからかな」
「……!」
――この人、ほんとにあたしのこと大好きだよね……。まあ、今だけなんだろうけども。
会ってから連日疑似的な営みをして、エミリオは少しずつ魔力が回復しているので、発情状態は治まってきているんじゃないかと思うのに、彼のスイに対する溺愛度合いは増す一方のように見える。
もしかして、魔力枯渇している状態での発情と、相手を憎からず思う気持ちに相互関係はないのかと思ってしまうが、本当のところ、魔力枯渇がどういうものかを良く知らないので、スイはエミリオがどこまで本気なのかを測りかねているところだ。
そんなスイの葛藤というか疑問というか、そういったものを知る由もないエミリオは、スイの寝顔を見れなかったことが悔しかったようで、仕返しとばかりにキスしたとたんに満足そうな顔をしながら洗面所へ向かった。
――ああチックショウ。イケメンずるい。尊すぎる。あたし、あんな可愛い人とあんなことやこんなことしてるんだよ、信じられる?
その後ろ姿を見送ってから、図らずも顔面が熱を帯びてしまったのを、両手で頬を押さえてはモチャモチャする気持ちをなんとか鎮まらせるのに必死なスイであった。
エミリオ尊い、な気持ちが溢れすぎて、いつの間にか悟のことなんか意識の外へうっちゃってしまっていた。
あれから一年こっちで過ごしているけれど、悟の夢なんて見たのは初めてかもしれない。何で突然そんな夢を見たのかさっぱりわからないが、悟に比べたらこの目の前の美人さん、エミリオのほうが何十倍何百倍もかわいくてしょうがない気がする。
――恋愛細胞が久々に活性化しているのかね。
向こうにいたときは、仕事が忙しくて、はっきり言って恋愛どころじゃなかった。激務に続く激務で、懐は温かくなっていくのに反比例して悟との愛情なんかどんどん冷めていった。
悟と破局して異世界に来て、仕事や悟の浮気などスイを取り巻く煩わしい物と強制的に引き離されたことで、こうして男性に対して可愛いなあとか素敵だなあとかの、忘れかけていた感情が蘇ったような気がした。
――まあ、とはいえ。エミさんをカッコいいと思ったことはあんまりないんだけども。
初対面から泥だらけのズタボロ状態で、汗臭くて血生臭くて、多少の無精髭も生えていたし、お世辞にもカッコいい見た目じゃなかった。
顔をちょっと拭ってやって、意外に整った顔をしているなあと、面食いな自分はこれは磨けば光ると思ってしまったのは否めないけれど。
さらに風呂で身体を洗うという名目で、彼に請われるままに愛撫から自慰の手伝い、そしてずるずると疑似的な体の関係を築いているわけだが、その時の彼についても、ややMっ気ありな気質で要求は多いしすぐ喘ぐし、カッコいいどころか逆にカッコ悪いところばかり見せられている気がする。
しかしスイのエミリオに対する好感度は今のところ下降の気配は一切ない。温泉宿でちょっとした諍いはあったけれど、それでも嫌いになれない。
むしろ好意的に映るのは、おそらくスイのちょっとだけSっ気のある性格のせいでもあるだろうけれど、スイの言動によって一喜一憂するエミリオが何か可愛らしいと思ってしまう。
とくに何かを拒否したときのしゅんとするエミリオが、彼の頭にワンちゃんの耳が生えていたとしたら、きっと悲しく垂れ下がってしまっているだろうと思わざるを得ない、なんともモチョモチョする気分になるのだ。
カッコいいというより、可愛い。萌え。そんなところか。
自分より三歳も年上だし、王都の騎士団で魔法師団第三師団長という名誉ある役職に就いているエリートであるし、血筋は子爵家次男というお貴族様の彼が、こうして地方の得体のしれない稀人……異世界人であるスイをこうして甘えるように抱きしめて寝たりしているなんて、この世界における身分制度とかそういうものから考えるとあり得ないことなのだろうけれども。
すべては、彼の魔力枯渇による本能的な発情のせいであるのだけれど、それがこうしてゆっくり休むことで全回復したのなら、彼の気持ちは離れていくのかなと思うと、なんだか物寂しい。
そしていずれはここから去っていく人なのだと思うと、これ以上のめり込んだら痛む胸がいくつあっても足りないだろう。
腰に回された彼の腕をそっとどけて起き上がると、サイドテーブルにあるデジタルの時計が午前五時半すぎを表示している。元OLの習慣的に早起きなスイであるから、たいていこの時間に目覚めてしまう。
エミリオと一つのベッドで寝るようになってから、パジャマを着てベッドに入っても、結局は脱がされて色々エロエロ致したあと、疲れ切ってお互いそのまま眠ることが多いので、今日も布団の下は相変わらずの裸族なスイである。
昨日一日をかけてエミリオは冒険者ギルドと商店街のほうへサルベージ作業の準備に駆けずり回り、シュクラ神殿に戻ってきてからは葬儀の手続きと準備に奔走していた。
スイができることなんて、駆けずり回って戻ってきたエミリオに、清潔な環境と温かい食事と風呂くらいしかないと思って、一日自宅のことをやっていたけれど、それらの施しを受けたエミリオは「ありがたすぎて返しようもない」と非常に感謝してくれた。
シュクラは大事を取って休めと言ってくれて、夕べは来るのを遠慮してくれたが、それじゃあ申し訳ないのでビールのロング缶を「飲みすぎ注意」と張り紙を張って手渡しておいた。
シュクラと別れたあと、二人で風呂に入ってまたベッドでイチャイチャしてから眠ったのだけれど、昨日は今日のこともあるので前回よりも控えめなものであった。
エミリオの拘束から逃れてウォークインクローゼットに行き、今日着る服と下着を取り出して着る。
今日はいつもダンジョンへ行く時より動きやすい服装が必須だろうと取り出したのは、前の会社で支給された作業着のつなぎだ。薄いグレーの生地の胸元に「○○工業」という前の会社のロゴが刺繍されていて、その下に「真中」と苗字まで刺繍されているものである。
上に白いTシャツを着て、つなぎの上半身を脱いで袖を腰で縛った現場作業スタイルに、姿見を見て「ふはは」と乾いた笑いが漏れた。色気も素っ気もない服装だ。
長い黒髪を後ろで一つに束ねて、キャップを被ればサルベージのお手伝いも率先してできるだろう。まあ、自分の作業(マッピング)に集中してくれていいとエミリオには言われているけれども。
ふと棚からぱさっと紙袋が落ちてきたので、それが何だったかを確認する。
紙袋に入っていたのは、派手な赤や紫、ピンクなどの紐にレースの着いた謎の衣類。広げて確かめてみて、それが何だか確信したとたんにスイは赤面した。
紐とごく一部に小さな布しかないマイクロビキニ。最早胸を覆う気のないオープンバストのブラ、当てつけのようにあざといレースのニップレス、見せることを目的としたGストリングスの、しかも大事なところに一センチ大のパールビーズがいくつか通された紐が一本あるだけのオープンクロッチのパンティ。シースルーでほとんど隠す気のないベビードール。
いわゆる勝負下着と呼ばれる、夜の生活のためのセクシーランジェリーだった。
前の世界で、悟とのセックスレスをなんとかして解消しようとあがいて高級ランジェリーショップで大枚はたいて買った結果、結局悟に見てもらう機会のなかったセクシーランジェリーたちだった。袋に入ったまま未開封の物も多数ある。
よく覚えていないけれど今日見たらしい悟が出てくる夢といい、この下着類といい、見ているだけで脱力してしまう。
今では何でそんなに必死に悟をつなぎとめようとしていたのかさえ思い出せないというのに。
――エミさんはこういうの好きだろうか。
ふとエミリオとの夜のことを考えて、パール付きのオープンクロッチのパンティをつけた自分をエミリオが見てくれたらと考えたところで、頭をぶるぶると振る。
こんなヤル気満々なエロ下着なんぞを見せたらフェラやクンニだけではきっと治まらないだろう。本番行為をエミリオとはする予定がないのだから、これはこのまま封印するしかない。大体、しばらく放っておいた物なんて一回洗わないと着れないし。あとで一応洗っておこうか。着る予定はないのだけれど。
それに、今日の現場で仲間たちの遺品を見つけたら、エミリオはエッチするような元気はなくしてしまうほど落ち込むかもしれない。そのあと葬儀もあるのだし、そんな気分にはなれないだろうと思われる。
とりあえず箪笥の肥やし状態のそれを見なかったことにして、再び棚の上に戻すと、洗濯する物を持ってウォークインクローゼットを出た。
未だ夢の中にいるエミリオを見て、またベッドを抜け出したことに対して拗ねるんだろうなと思いつつ、一度彼の頬にキスしてから部屋を出る。一応洗ったばかりの彼の着替えの服はベッド脇に置いておいた。
洗濯機のスイッチを入れてから、エプロンをつけて朝食の支度を始めた。
今日は肉体労働があるから、朝はしっかりめに食べておいたほうがいいだろう。とはいえ、朝からがっつり油ものなんてキツイだろうから、あっさりだけれどしっかり食べられる和食を作ることにした。
一昨日シュクラにもらった海老の残りを冷凍しておいたものでお吸い物を作ることにして、フードプロセッサーで剥き海老をすり身にして丸め、海老の頭と殻でとった出汁を温めて、野菜やきのこと一緒に煮て塩で味を調える。
火を通したホタテの貝柱をほぐして刻み葱と一緒に卵に混ぜて出汁巻き卵、一昨日ノリノリで作った炊き込みご飯を冷凍したものをレンジで温めておにぎりを作れば、大体メインの朝食の完成だ。
作りすぎてしまった炊き込みご飯でおにぎりが結構な量になってしまったけれど、今日は力をつけないといけないし、働き盛りな男性であるエミリオがいるからぺろっと平らげられるだろう。
野菜はしっかり食べておかねばと毎晩翌朝のために作っておいているグリーンサラダのボウルと、作り置きの惣菜を何点か小鉢に盛ってテーブルにセッティングしていくと、寝室のドアがガチャリと開いた音が聞こえた。
時刻は六時ちょっと過ぎたあたり、エミリオが不機嫌そうな顔でダイニングに顔を出す。癖っ毛の長い髪がちょっとわちゃわちゃになっているのが何とも可笑しい。
「おはよ、エミさん」
「おはよう……スイ、また抜け出したな」
「エミさんがお寝坊なんだよーだ。ごはんできてるから、顔洗っておいでよ。はい、タオル」
「うん……その前に」
「うん?」
「……キス、していい?」
「え、……ん、ふぁ」
「ん……はあ、スイ……」
いい? などと聞きつつ有無を言わさずスイを引き寄せて了承する前にちゅっとキスを落としてきたエミリオ。
スイが二の句を継げないでいると、額、頬、鼻先、そして最後に今一度唇に触れるだけのキスを落とし、あの人好きするふにゃっとした笑顔で「……おはよ、スイ」と囁くように言ってくる。
おはようの挨拶とはいえ不意打ちとは反則すぎる。
「今日は気分がいい」
「さっきまで不機嫌だったくせに」
「スイの可愛い顔を見たら落ち着いた」
「そ、そう」
「……昨日のスイも素晴らしかった。気分がいいのはおかげでまた魔力が回復したからかな」
「……!」
――この人、ほんとにあたしのこと大好きだよね……。まあ、今だけなんだろうけども。
会ってから連日疑似的な営みをして、エミリオは少しずつ魔力が回復しているので、発情状態は治まってきているんじゃないかと思うのに、彼のスイに対する溺愛度合いは増す一方のように見える。
もしかして、魔力枯渇している状態での発情と、相手を憎からず思う気持ちに相互関係はないのかと思ってしまうが、本当のところ、魔力枯渇がどういうものかを良く知らないので、スイはエミリオがどこまで本気なのかを測りかねているところだ。
そんなスイの葛藤というか疑問というか、そういったものを知る由もないエミリオは、スイの寝顔を見れなかったことが悔しかったようで、仕返しとばかりにキスしたとたんに満足そうな顔をしながら洗面所へ向かった。
――ああチックショウ。イケメンずるい。尊すぎる。あたし、あんな可愛い人とあんなことやこんなことしてるんだよ、信じられる?
その後ろ姿を見送ってから、図らずも顔面が熱を帯びてしまったのを、両手で頬を押さえてはモチャモチャする気持ちをなんとか鎮まらせるのに必死なスイであった。
エミリオ尊い、な気持ちが溢れすぎて、いつの間にか悟のことなんか意識の外へうっちゃってしまっていた。
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