スイさんの恋人~本番ありの割りきった関係は無理と言ったら恋人になろうと言われました~

樹 史桜(いつき・ふみお)

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本編

13 腹が減ってはイグサは編めぬと申しまして

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 渡されたTシャツとやらは汗の吸収も通気性も良くて、サイズが若干小さい気もするが、まあ不思議な伸びる素材でできているのできつくはない。
 胸元に書かれている「あまおう」という言葉がよくわからなくて、着替えの時にエミリオはスイに素朴な質問をしてみた

「あまおうとは何だ?」
「いちごかな……」

 エミリオにはいまいちその名といちごが結びつかないが、なんとなくいちごがスイの好物なのかもしれないと思ったので、とりあえずは覚えておくことにした。

 一方エミリオを脱衣所に残して、すっかり水浸しになってしまった服を着替えるために、スイは自室に一度戻った。

「服のままニャンニャンしちゃったよ……」

 入浴介助のつもりが、しっかり彼の性欲発散の手伝いをしてしまったスイは、自分の部屋に戻った瞬間に盛大に自己嫌悪に陥る。

 今日初めて出会った男性に。
 しかも相手は王都の子爵家の次男とはいえ、れっきとした坊ちゃんで、泣く子も黙る騎士団所属の魔術師様で。

 しかも身体を洗うていで全身撫で繰り回して、挙句の果てにマスターベーションのお手伝いなぞして、「あらら、エミさんたらこんなにしちゃってもう」的なドS発言して、エミリオはさぞかし不愉快だったろうと思われる。

 いくら向こうからしてくれと言われても、あれはどう考えてもやりすぎだろう。エミリオは一体どういう気持ちでスイを受け入れたというのか。とんだ痴女である。

「…………へっくし!」

 濡れた服のまま考え事をしていて身体が冷えたようだ。慌ててクローゼットを開けて服を取り出す。

 異世界に来てもなんとなく仕事の時はオフィスカジュアル的な服を着て、その上にこちらの世界の衣料品店で買った赤いフード付きのケープを羽織って行くことが多い。普段着はシュクラ神殿の聖女のおばちゃんらにもらった古着のワンピースなども活用しているけれども。

 今日は白のブラウスとスリットの入った黒いタイトスカートで、ブラウスなどすっかり濡れて中に着ていたワインレッドのブラジャーが丸見えになっていた。これも一応先ほどのエミリオの興奮材料になっていたのだが、スイはそんなこと知る由もない。

 全部脱いで乾いたタオルで身体の水分をふき取ってから、下着を取り換えた。
 自宅で部屋着だとどうしてもノーブラで過ごすほうが楽なのだが、異性が同じ屋根の下にいると思うと、「乳首くっきり問題」が出てくるので、さすがにスポーツブラを身に着けた。そのあと楽ちんな部屋着として使っている、前の世界で好きだったロックバンドのライブTシャツを着て、ジャージ素材のショートパンツをはく。あとで自分もちゃんと風呂に入らねば。

 長い髪の毛をシュシュで後ろに一つにまとめて部屋を出ると、キッチンのほうへ行って先ほどセットした電気圧力鍋の様子を見る。
 ちゃんと保温状態になっているのを確認し、蓋をあけると湯気とともに鶏雑炊のいい香りが漂ってきた。

 中の鶏ササミを小さくほぐして、ボールに卵を一つ溶いてから、雑炊の上に回しかけ、電気圧力鍋の蓋を閉じて余熱で火を通す。一応魔法(らしい)で買い物をした日本の卵なので、半熟でも十分食べられるものだから、エミリオに食べさせても腹を壊すことはないだろう。

 その間に布巾をお湯で絞ってテーブルを綺麗に拭いてから、ランチョンマットを敷いてスプーンと皿、グラスを用意していると、そこで脱衣所からあまおうTシャツと短パン姿のエミリオが出てきた。

「お疲れ、エミさん。ごはん用意したから、おいでおいで」
「ああ、すまない、ありがとう」
「ちょっと出てくるの遅かったけど大丈夫? 倒れたりしてなかった?」
「ああ……その、か、鏡を洗ってた。その、汚してしまったので」
「ははは、律儀。さっきちゃんとお湯で流したのに」
「まあ、その……気分が良くないだろうと思って」
「そんなことないよ。生理現象にいちいち目くじら立てるほど潔癖じゃないから、あたし」

 座って座って、とエミリオを促して席に着かせると、深皿に先ほど出来上がった鶏雑炊をよそってエミリオの前に出す。

「エミさんお疲れだからお腹に優し気なものにしたの」
「……いい香りだ。これは?」
「鶏雑炊……うーん、チキンスープとササミと卵のリゾットって感じ?」
「実においしそうだ。では、ありがたく」

 エミリオはそう言って、食事前に祈ってからスプーンを取った。湯気の立つ雑炊をふうふうと息を吹きかけて冷ましてから口にする。

「……うまい」
「ホント?」
「ああ……本当に疲れていたんだな。身体に染み渡るみたいだ」
「薄味だけど大丈夫? 疲れてるときって濃い味の食べがちだけども」

 スイは話しながら、グラスに汲み置きの水を一杯注いでエミリオのランチョンマットに置いた。シュクラ神殿の湧き水を冷やしておいたものだ。軟水らしいので飲みやすい。

「いや、これぐらいでちょうどいい。……ちゃんと味がわかって、うまいって感じて……ちゃんと、生きてるって感じる。生きるって、こういうことなんだな……」
「エミさん……」

 そういえば、あの上級ダンジョンで大勢入っていった討伐隊のメンバーって、どうなったのかなと、あのときたった一人だったエミリオを見て思ったことを今一度思い出した。

 エミリオ一人があんな汚泥にまみれたズタボロ状態になって、ほかの人々はどうしたんだろう。もしかして、あのダンジョンはまだスイが把握できてない通路や抜け道があって、そこから脱出できているというのなら良いけれども。

 エミリオが気を失って倒れたとき、しばらくスイはエミリオと一緒にいたけれど、奥のほうからほかのメンバーらしき人が出てくる様子もなかった。彼をあんなズタボロ状態にしたモンスターもいるらしいのはわかったけれど、スイはシュクラからの恩恵があるので、モンスター一匹すら見かけなかった。誰も何も来なかったのだ。

 聞いてみたいけれど、嫌な予感がして聞いちゃいけないような気がしたし、せっかくしっかり栄養補給しているところに水をさすのもなあと葛藤する。

 とりあえず気分を変えようと、スイは冷蔵庫から塩えんどう豆とビールのロング缶を一本取り出した。シュクラのビールだが元はスイの物だから飲んでも問題はない。
 かしゅ、とプルタブを開けた瞬間、リビングのベランダに続く窓がガララと開いた。

「スイ~! 吾輩が参ったぞ~!」
「うわあ……」

 土地神シュクラだった。ベランダの鍵はかけてあってもシュクラは簡単に入ってくる。これが神様チートかこのやろう。
 というかこの人(神?)は玄関はここよインターホンはここよと教えても、最初のとおりベランダからしか入ってこないが、もう慣れた。
 愛し子認定でかなり便利なスキルや加護をもらっているから何も言えない。

モンスター遭遇率ゼロとか空間把握やオートマッピングスキルなんて、もともと方向音痴気味のスイのことをよくわかったようなスキルだし、仕事に活用させてもらっているから、家で晩酌させるくらい仕方ないと思っているし。

 シュクラは若い男性の姿だけれど神様だけに年齢不詳だし、もうこの世界においてのスイの保護者でお父さんみたいなものだ。

「おかえり、スイ!」
「ただいまシュクラ様」

 満面の笑みで抱き着いてくるのも相変わらずの親子系のスキンシップだ。エミリオが何かショック顔でこっちを見ているのが気になるが。

 ――うん? シュクラ様が、神様がこんなところに来たことに驚いているのかな?
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