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本編

7 「できる」のに「できない」こと

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 あれからなんやかんやで一年この世界にいる。
 翡翠という名前はどうやらこの世界の住人たちには発音しづらい(とくにハとヒが言いづらいらしい。フランス人かお前らは)そうなので、子供のころのあだ名の「スイ」で定着した。

 シャガ地方の土地神シュクラの愛し子といういわゆるチート能力を与えられ、魔法も生活に必要なくらいまでシュクラとシュクラの神殿の聖人聖女たちに教わったりして、なんとなく親戚のおっちゃん家族と付き合うみたいな関係が続いている。
 最初はスイを胡散臭そうな目で見て面倒くさ気に応対していた聖人聖女たちも、このどこか危なっかしい稀人を、しょうもない子ほど可愛いという思考が働いて、今ではあれもこれも持っていけと田舎の婆ちゃんみたいに野菜やらお菓子やら古着やらを袋いっぱいくれるようになった。

 スイに与えられた愛し子チートの内容は次の通り。いずれも、スイが安全にこの地で過ごせるようにと付けられたらしい。

 空間把握スキル取得。
 オートマッピングスキル取得。
 自動書記スキル取得。

 この三つはスイの前職である土木系のCADオペという職業から割り振られたらしい。
 そのほかである以下のものは、神の恩恵がダイレクトになったようなものだ。

 モンスター遭遇率完全0パーセント。
 病気の罹患率0パーセント。
 体力アップ。
 クリティカル率アップ。(これなに? とスイは思った)
 
 なお、これらすべてのチートはもともとのスイの能力パラメータにボーナスとして付随するものであり、その効果はこのシャガ地方にいる限り永久に存続する。シャガ地方を離れるとこれらのボーナスは無くなり、通常の持つ能力だけとなるので、いい気になって遠出したら痛い目にあうぞと、聖人のおっさんらに口酸っぱく言われた。
 まあ当分このシャガ地方から離れる予定もないし、何せ自宅がここにあるから離れられないので、それは問題ないとスイは納得する。

「……とまあ、チート能力は以上です。ところでスイ様は魔力がもともと非常にお高いですけれど、いいことばかりではありません。魔力枯渇という状態に気を付けなければなりませんよ」

 シュクラ神殿の、スイにいろいろ教えてくれる聖人らには何度もこう言われた。
 魔力が高いということは、魔法を使う力を入れる器が普通よりも大きいということだという。
 器にたくさん入っていれば、たくさんの魔法を使うことができるけれど、それが少なくなってしまったら、また満タンまで貯まるのに、普通の人の何倍も回復に時間がかかるわけだ。

 魔力を回復するためには十分な休養が必要となるが、スイの場合はそれが人よりはるか長期寝込むことになりかねないとのことだ。

「スイ様は成人女性ということで、魔力交換という方法も取ることはできますが、まあできないでしょうね」
「魔力交換? できるのにできないってどういうことですか?」

 そこで魔力交換について説明を受けて、いわゆる性行為だということを知り、さすがにスイも赤面した。そんな秘密なことをしたのは、二十五年の人生の中で元彼の悟だけだし、もうずいぶんとご無沙汰であったから。
 魔力交換は自分と同じかそれ以上の魔力持ちの異性とする性行為によって、陰陽のバランスを取って魔力を補う方法だそうだ。

「貴方と同じか、それ以上の魔力持ちの男性が、この世界にはたして何人いらっしゃることか。それくらいスイ様は規格外なのですよ」

 つまりスイは年齢的には十分性行為は「できる」のだが、それはあくまでも通常の意味での行為であって、魔力交換は相手がほぼ見つからないだろうから「できない」のだそうだ。

 なので魔力枯渇を予防するために早寝早起き、バランスの取れた食事、運動で体力をつけるといった、現代日本の成人病予防みたいなことをこの異世界でも言われることになった。
 そのおかげで一年経った今ではすっかり朝方人間である。深夜まで仕事漬けだった日々にはもう戻れない気がする。

 ところであの飲み会以来、ビールが相当気に入ったらしいシュクラの個人的な希望で、どういう魔法かは知らねど、なぜかスイの部屋の冷蔵庫にはビールのロング缶六本パックが自動的に補充されるようになった。邪魔でしょうがないが、スイの部屋とシュクラの神殿が近いこともあってか、シュクラがよく入り浸るようになったので、今のところ遊びに来るシュクラ専用になっている。

 さて、自動補充されるビールだけでは腹は膨れないため、仕事をしなければならない。
 社会人になって遊ぶ暇もなく貯めこまれた貯金は、銀行家だったという先人の稀人の偉業のおかげで、こちらのパキューという貨幣に換金できたけれど、働きもせずに無駄遣いをするわけにはいかない。
 
 シュクラ曰く、スイは普通よりも膨大な魔力を持っているらしいので、それとせっかくシュクラからもらったチートを有効利用するために、シャガにある冒険者ギルドに職を求めに行ってみた。
 
 さすがに冒険者など元OLができるわけがないし、そもそもモンスター出現が無くなるので経験値にならないせいで他の冒険者とのパーティーも組めないので、あくまで職員としての求職活動だった。
 職員枠としては定員いっぱいだったらしいが、魔法で作成されるスキルシートを見たギルドマスターから、マッピングの仕事をしてみないかと持ち掛けられた。

 シャガ地方はダンジョンが自然生成される特殊な土地であるため、冒険者たちの聖地なのだそう。モンスターがうじゃうじゃ出てくるダンジョン内で、冒険者がマッピングしながら戦闘といったことはかなり難しい。
 そのため外部のマッパーに俯瞰図を依頼しているらしいのだが、彼らも危険を冒してダンジョンに潜入するため、極限状態でのマッピングは間違いを生みやすいし、ほとんどの外部マッパーは「最大三階層まで」という売り込みをしているのだという。

 その点、モンスター出現率0パーセントで、空間把握スキルとオートマッピングスキル持ちのスイ(どちらもシュクラのチートだけれど)には、ほかのマッパーよりも深い階層までの俯瞰図を依頼されたのが始まりであった。

 その階層の壁に手を当てるだけで俯瞰図が浮かび上がるそれを、魔力で動く元の世界から持ち込んだタブレット端末にある描画ソフトにざっと取り込んで、自宅にあるPCでCADソフトを使って清書、それをプリントアウトしてギルドに提出すれば、「スイちゃんの俯瞰図は使いやすい」と評判になって、ダンジョンが生成されるたびに次々に依頼が舞い込むようになった。
 もともと土木関係のコンサル会社でCADオペをやっていたから、その経験を生かしてやっている、スイも満足している仕事だ。

 それで今日もこのダンジョンにやってきたのではあるが……。

 スイは、そこまで回想に浸りながら、膝の上に乗った謎の男の頭が少し身じろぎするのを目にする。

「うぅ……」

 少し呻くような声を出したかと思うと、あおむけになった彼のうっすらと開いた目と視線が合う。
 ターコイズブルーの大変美しい瞳で、面食いなスイは思わず目が釘付けになってしまった。
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