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本編
5 ビールとミックスナッツと神様と魔法の世界
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未婚女性が見知らぬ男性をみだりに部屋に上げてはいけないとは思ったけれども、二日酔いが残った頭でいろいろ物を考えるのが億劫になった翡翠は、冷蔵庫をがばっと開けて、昨日大量買いしてまだ手を付けていないビールのロング缶六缶パックに目をやる。缶コーヒーは一本しかない。あれ、さっきも一本しか無かったんじゃないっけ。
「……お出しできそうなのビールしかない。神様ってお酒飲めたっけ」
「酒は大好物じゃ」
「じゃビールでいいか」
考えることをやめた翡翠はビールとピルスナーグラスを二つ盆に乗せ、自称神のイケメンと迎え酒をすることにした。
アテは何がいいかな、とりあえず棚にあったミックスナッツの缶とのりしお味のポテチの袋を一緒に盆にのせる。
しゅわしゅわのビールに感動して上唇に白い泡のヒゲをつけたシュクラは、目をきらきらさせながらぷはーっと飲みっぷりのいいため息を吐いた。気に入ったらしい。
失恋でやけくそになって奮発したけれど、いつもの発泡酒でなくてビールにしておいて良かった。シュクラは訳が分からない人にしか見えないけど、イケメンだし、ピルスナーグラスを両手で持って飲んでいる姿があざと可愛いし許す。
翡翠は自他ともに認める面食いだった。花見ならぬイケメン見酒だと開き直って自分もグラスを傾けた。
ビールに気を良くした土地神シュクラに聞いてみれば、シュクラは現存神といって、生身の実体を持つこの地方を守護する神の一柱なのだそうだ。
聖人とか聖女とかそういう感じのものかと聞くと、聖人やら聖女らは別にいるという。
「聖人、聖女と呼ばれる者らは、吾輩ら土地神の世話役みたいなものじゃ」
「会社の社長と部下みたいなものかな」
「まあ、わかりやすく言えばそんな感じかの」
ちなみに、今ものっすごい日本語喋っているけれども、普通に通じる。ここではパブロ語というそうだ。なんという優しい世界かと思った。言葉が通じるだけで世界は広がるとどこぞの英会話教室のキャッチフレーズを思い出して、しみじみ実感した。
ここはパブロ王国のシャガ地方という辺境地帯であり、今、翡翠の家が出現したすぐそばに、彼の神殿があるそうで、突然現れた謎の四角い家(マンションの一部が切り取られたような形)が現れたので、興味があって見に来たらしい。
翡翠のように現代の世界からこの地に転移してくる人間は数は少ないがごくたまに出現するらしく、この世界では「稀人(まれびと)」ないし「稀(まれ)」と呼ぶ。
ごくたまに来る稀人の中で、ときおり現代社会の高度な知識を有する者もいるので、稀人というとここの人間にとってはすごい人と思われがちだそうだが、稀人の中のほとんどがスイのような一般人なので、特に期待はずれだと思われることもないらしいので安心した。
「よかった。あたしマジで特技とか自慢できる知識とかないもん」
「おぬしのすごいところは家ごと転移してきたところじゃなあ」
普通に日本のテレビ番組が放送されている時点で何かがおかしい。そういえば朝普通に湯沸かし器のスイッチ入れて熱いシャワーも浴びたっけ。
「ここがシュクラ様の言う異世界なんだったら、どうしてこの家の物がそのまま使えるの?」
「おぬしの魔力で動いとるのじゃろ?」
「魔力?」
「わからんのか、この部屋おぬしから発せられる濃ぉ~い魔力で満ち満ちておるぞよ」
「わ、わからん」
「スイの魔力は近年の稀人の中で桁違いにでっかいのう。そりゃあこのおかしな道具らも動くというものだ。吾輩がここを訪ねてみようと思ったのも、このシャガで見慣れないでーっかい魔力を感じたからじゃよ。何事かと思って来てみれば、こんなおかしな建物にスイがいた」
魔力とは、この世界の住人なら誰もが生まれ持った精神力ともいえる能力で、それを使ってありとあらゆる魔法を繰り出すことができるものらしい。
魔力の大きさは人それぞれで貴賤は関係なく、王侯貴族も平民も大きさはマチマチなのだそうだ。
言いながら見本と称して、シュクラは手のひらの上にぽん、と手品のように色紙を一枚出して見せた。何もなかったところからいきなり現れた正方形の色紙にも驚いたが、それが手のひらの数センチ上に浮かび上がって、ぱたぱたと折りたたまれていく。しばらくぽかんと見ていると、翡翠にも見慣れた折り鶴が出来上がる。
そして空中でくるくる回転し、全方向の姿を翡翠に見せたかと思うと、突然火を噴きあげてそのまま燃え尽きて灰も残らなかった。
「こ、これ」
「うむ。これが魔法じゃ」
「すごい。初めて見た」
「魔術師と呼ばれるヤカラはもっと派手な魔法を使うがな。吾輩は野蛮なことは好きではないので、やろうとは思わんが」
「いや、充分すごいよ」
この国、パブロ王国の王都ブラウワーには、騎士団の魔法師団という魔法のエキスパート、エリート集団が国防の任についているとシュクラは言う。
魔法があって、騎士がいて、人型の神様が存在するファンタジーな世界。
「魔力がある人は魔法を使えるってこと?」
「まあそういうことになる」
「じゃあその魔力っていうのがあるから、あたしにも使えるの?」
「使い方さえ覚えれば使えるじゃろう。すでにこの『てれび』やら『えあこん』やらを動かしているのもおぬしの魔法ともいえるが」
「え、それじゃああたしって既に魔法使ってるの?」
「そういうことじゃな」
「え、じゃああたし魔法少女?」
「少女……」
「うるさいな、どうせ少女って年齢じゃないわよ。そこつっかかんないで」
「はははは。あとで魔法の使い方も教えてやろうか」
「いいの? ホウキで空とかやっぱ飛べるの?」
「ホウキで何をどうやって飛ぶというのじゃ?」
どうやらこの世界では魔法使いはホウキで空を飛ばないらしい。残念である。
「……お出しできそうなのビールしかない。神様ってお酒飲めたっけ」
「酒は大好物じゃ」
「じゃビールでいいか」
考えることをやめた翡翠はビールとピルスナーグラスを二つ盆に乗せ、自称神のイケメンと迎え酒をすることにした。
アテは何がいいかな、とりあえず棚にあったミックスナッツの缶とのりしお味のポテチの袋を一緒に盆にのせる。
しゅわしゅわのビールに感動して上唇に白い泡のヒゲをつけたシュクラは、目をきらきらさせながらぷはーっと飲みっぷりのいいため息を吐いた。気に入ったらしい。
失恋でやけくそになって奮発したけれど、いつもの発泡酒でなくてビールにしておいて良かった。シュクラは訳が分からない人にしか見えないけど、イケメンだし、ピルスナーグラスを両手で持って飲んでいる姿があざと可愛いし許す。
翡翠は自他ともに認める面食いだった。花見ならぬイケメン見酒だと開き直って自分もグラスを傾けた。
ビールに気を良くした土地神シュクラに聞いてみれば、シュクラは現存神といって、生身の実体を持つこの地方を守護する神の一柱なのだそうだ。
聖人とか聖女とかそういう感じのものかと聞くと、聖人やら聖女らは別にいるという。
「聖人、聖女と呼ばれる者らは、吾輩ら土地神の世話役みたいなものじゃ」
「会社の社長と部下みたいなものかな」
「まあ、わかりやすく言えばそんな感じかの」
ちなみに、今ものっすごい日本語喋っているけれども、普通に通じる。ここではパブロ語というそうだ。なんという優しい世界かと思った。言葉が通じるだけで世界は広がるとどこぞの英会話教室のキャッチフレーズを思い出して、しみじみ実感した。
ここはパブロ王国のシャガ地方という辺境地帯であり、今、翡翠の家が出現したすぐそばに、彼の神殿があるそうで、突然現れた謎の四角い家(マンションの一部が切り取られたような形)が現れたので、興味があって見に来たらしい。
翡翠のように現代の世界からこの地に転移してくる人間は数は少ないがごくたまに出現するらしく、この世界では「稀人(まれびと)」ないし「稀(まれ)」と呼ぶ。
ごくたまに来る稀人の中で、ときおり現代社会の高度な知識を有する者もいるので、稀人というとここの人間にとってはすごい人と思われがちだそうだが、稀人の中のほとんどがスイのような一般人なので、特に期待はずれだと思われることもないらしいので安心した。
「よかった。あたしマジで特技とか自慢できる知識とかないもん」
「おぬしのすごいところは家ごと転移してきたところじゃなあ」
普通に日本のテレビ番組が放送されている時点で何かがおかしい。そういえば朝普通に湯沸かし器のスイッチ入れて熱いシャワーも浴びたっけ。
「ここがシュクラ様の言う異世界なんだったら、どうしてこの家の物がそのまま使えるの?」
「おぬしの魔力で動いとるのじゃろ?」
「魔力?」
「わからんのか、この部屋おぬしから発せられる濃ぉ~い魔力で満ち満ちておるぞよ」
「わ、わからん」
「スイの魔力は近年の稀人の中で桁違いにでっかいのう。そりゃあこのおかしな道具らも動くというものだ。吾輩がここを訪ねてみようと思ったのも、このシャガで見慣れないでーっかい魔力を感じたからじゃよ。何事かと思って来てみれば、こんなおかしな建物にスイがいた」
魔力とは、この世界の住人なら誰もが生まれ持った精神力ともいえる能力で、それを使ってありとあらゆる魔法を繰り出すことができるものらしい。
魔力の大きさは人それぞれで貴賤は関係なく、王侯貴族も平民も大きさはマチマチなのだそうだ。
言いながら見本と称して、シュクラは手のひらの上にぽん、と手品のように色紙を一枚出して見せた。何もなかったところからいきなり現れた正方形の色紙にも驚いたが、それが手のひらの数センチ上に浮かび上がって、ぱたぱたと折りたたまれていく。しばらくぽかんと見ていると、翡翠にも見慣れた折り鶴が出来上がる。
そして空中でくるくる回転し、全方向の姿を翡翠に見せたかと思うと、突然火を噴きあげてそのまま燃え尽きて灰も残らなかった。
「こ、これ」
「うむ。これが魔法じゃ」
「すごい。初めて見た」
「魔術師と呼ばれるヤカラはもっと派手な魔法を使うがな。吾輩は野蛮なことは好きではないので、やろうとは思わんが」
「いや、充分すごいよ」
この国、パブロ王国の王都ブラウワーには、騎士団の魔法師団という魔法のエキスパート、エリート集団が国防の任についているとシュクラは言う。
魔法があって、騎士がいて、人型の神様が存在するファンタジーな世界。
「魔力がある人は魔法を使えるってこと?」
「まあそういうことになる」
「じゃあその魔力っていうのがあるから、あたしにも使えるの?」
「使い方さえ覚えれば使えるじゃろう。すでにこの『てれび』やら『えあこん』やらを動かしているのもおぬしの魔法ともいえるが」
「え、それじゃああたしって既に魔法使ってるの?」
「そういうことじゃな」
「え、じゃああたし魔法少女?」
「少女……」
「うるさいな、どうせ少女って年齢じゃないわよ。そこつっかかんないで」
「はははは。あとで魔法の使い方も教えてやろうか」
「いいの? ホウキで空とかやっぱ飛べるの?」
「ホウキで何をどうやって飛ぶというのじゃ?」
どうやらこの世界では魔法使いはホウキで空を飛ばないらしい。残念である。
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