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006 脱衣所における嫌悪と葛藤からのキスの快楽

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 目の前でするすると何の躊躇もなく脱いでいくキリアンという男を前にして、メルティーナは広い脱衣所の隅で所在なさげに立ち尽くすしかなかった。

 ――ちょっと。え? どうするの? 私も脱がないといけないのよね。だってお風呂に服着て入るわけにいかないもの。……いや、でもでも、一人ならまだしも、男の人とそんな……そんなの恥ずかしすぎる!

 頭の中で大葛藤しているメルティーナをよそに、一枚、また一枚と脱いでいくキリアン。
 その姿に、メルティーナは思わず両手で顔を覆いながら目を逸らすも、無意識に指の間からしっかりその姿を見てしまっていた。まあ彼が下半身までさらりと脱いだときにはさすがに目を逸らしたけれども。
 
 キリアンは騎士のようにガッチムチに鍛えた大柄な体型ではないけれど、すらりとした長身に、筋肉以外余計な脂肪をそぎ落としたかのような鍛えられた身体付きをしている。
 あの賞金首をのしたくらい腕っぷしは強かったキリアンであるから、ひょろっとした体型ではないのは何となくわかっていた。
 それでも彼は武術のプロである騎士らに比べたらそこまで膨らんだ筋肉はしていない。
 敵に真っ向から勝負を挑むスタンダードな戦闘タイプというより、軽業や諜報、奇襲などが得意な盗賊やアサシンタイプの身体付きに見えた。
 そして左胸の上には棘の蔓に咲いた真っ赤な薔薇の刺青が彫られていて、キリアンの美しい見た目によく映えている。自分を飾るのに長けているのはやはり元・男娼というわけだろうか。
 
 ――まるで「ここが心臓だからよく狙え」とでも言わんばかりの不遜な自己主張をしているように見えるわ……。って、私は何を分析しているのかしら……!

 そんな感想を頭の中で述べながら、気が付くと彼の見事な身体を指の間からしげしげと眺めていたことに気が付いて、メルティーナは真っ赤になりながら恥じた。
 そして自分の未成熟な年齢で成長の止まった貧相な身体つきと比べてさらに落ち込む悪循環。

 ――きっと成熟して豊満な体型の美女が隣に立ち並ぶと、長身で華かやな見た目の彼にはよく似合うでしょうね。ちんちくりんの私はきっと妹か娘くらいにしか見えないし。

 初対面時に彼が持ったメルティーナへの第一印象は、多分彼の本心だ。人間の気持ちなんてたった数時間で変わるわけがない。
 今回こんな状況に陥ったのも、きっとメルティーナに対しての罪悪感とプロとしての意地みたいなものだろう。
 そう思うとメルティーナは惨めな気持ちになってため息を禁じ得ない。
 だが目の前で行われるなんとも悩ましい脱衣に意識するなというのが無理であった。

 全身すっかり脱ぎ去って腰に浴布を巻いたキリアンがこっちを振り向いて、未だドレスのまま脱衣所の隅で顔を逸らして立ち尽くしているメルティーナを見て溜息を吐いた。

 不意に目の前に影が落ちて思わず仰ぐと、腰に浴布一枚のキリアンが迫っていた。メルティーナは思わず後ずさるも、すぐに背後の壁に背が当たってしまった。
 横にずれようとしたが、キリアンの腕がメルティーナの背後の壁に充てられて逃げ場を塞がれる。

「いつまでそうしてんの」
「……っ!」

 これはいわゆる壁ドンとやらである。恋愛の萌えポイントだと、恋多き師匠が言っていたアレだ。 
 ヒールを履いていても小柄なメルティーナに対し長身のキリアンであるため、上から巨人に覗き込まれているようである。
 しかも前を見ればキリアンの真っ赤な薔薇が咲いた裸の胸元が目の前数センチのところにあるわけで。

 ――きゃあああああ! 近い近い……! こんなの見ちゃいけないのに! 
 
 俯いてちらと下を見れば腰骨のあたりで結んだ浴布が見え、この一枚の下は全裸なのだと考えて慌てて目を逸らした。
 そんな間近であられもない恰好の男性のパーツがあるなんて、一体どこに目をやったらいいのかわからず混乱して結局上を向いてキリアンを見返す他なかった。キリアンの細められた青い目と視線が合って思わず赤面する。
 
「あ、あの……私、やっぱり」 
「先に風呂入るほうだって言ったのアンタでしょうが」
「そっ……それは、そうなんだけど! で、でも」
「ほら、いいからさっさと脱ぐ」
「きゃっ!」

 キリアンの両手がメルティーナの背に回り、彼女の黒ドレスの背中のボタンをぷちぷちと外し始めた。
 女性のドレスは複雑にできている。貴族令嬢の物とは違い豪華なものではないにしろ、メルティーナのこの黒ドレスだって、男性にとっては割と複雑な構造をしているというのに、キリアンは器用にそれを暴いていく。

 ――女性のドレスを脱がすことに慣れてるんだわ。あ、当たり前か……そういう職業なんだろうし。……って、そんなことに関心している場合じゃない!
 
「や、やめて!」
「服着たまま風呂入るのかアンタ」
「ちがっ……じ、自分で脱ぐから!」
「そんなこと言っていつまで経っても脱がないだろうが」
「いや、触らないで!」
「はあ? 男買う気満々で妓楼に来といて今更何言ってんだ」

 メルティーナはキリアンの腕を振りほどこうともがいて暴れ出したが、最後のボタンを外されて、ドレスはパサリと足元に落ちた。下着のみのあられもない恰好にされてしまってさらに暴れる。見栄えのしない少女のような体型だとしても、男性に見られるのは恥ずかしくて嫌すぎる。

「いやあああっ!」
「おいおい、一人で妓楼にやってきたクソ度胸はどこに行ったんだ?」
「だって、だって、もうやだあああ」
「ガキかよ。いい加減覚悟決めろ! 魔力回復したいんだろうが」
「やだやだやだ、やめて、やめ……うっ」
「……っ、ほら見ろ! ふらふらなのに暴れるからだ!」

 興奮して頭に血が上ったメルティーナは目が回って平衡感覚が崩れた。くらりとふらついて倒れこみそうになったところをキリアンが慌てて支える。
 魔力がすでに底を付いている状態、それに伴う頭痛に目眩、そんな今にも気絶しそうなところを、わずかに残っている理性で意識を繋ぎとめていたのだ。
 半開きの唇ではくはくと荒い息を吐いているメルティーナを見て、キリアンはぐぬぬとしばし悩んだのちに何かを決意する。

「……恨むなよ。これは人命救助みたいなもんだ」
「……え? あ、むっ……」

 歪む視界の中、不意に降りてきたのはキリアンの唇であった。噛みつくように唇を奪われ、性急に歯列をこじ開けて分厚い舌がメルティーナの小さな口の中に侵入してきた。

「んっ……! あ、んむぅ……っ」
「ん、ちゅ、ふふ……ほら、同じように舌絡めてみな?」
「は、ん、ふうっ……ちゅ、はあっ……」
 
 ちゅばちゅばと悩ましい音を立てながら激しく蹂躙してくるキリアンの舌技に、メルティーナは一瞬何事かと思ってパニックを起こしたものの、彼の激しく深いキスに翻弄されてどんどん彼の言いなりになっていく自分がいた。
 
 ――こんなの、嫌なのに。こんな同意のない行為、絶対嫌なのに……。

 唇を奪われたなんて初めてだった。四十路を超えてこの見た目のせいで男性と接してこなかったのもあり、メルティーナは性行為どころかキスもしたことが無かったのだ。
 最初こそ驚きと嫌悪感があったのだが、キリアンが攻めるように口内を蹂躙していくと、抵抗する腕に力が失くなっていく。

「嫌……嫌よ、こんなの、ずるい」
「ずるくねーの。はあ、ちゅ、ん、んん……」
「ん、あ、ふ、んんっ……、馬鹿にして、ひどい」
「別に馬鹿になんてしてないだろ、どんだけ被害妄想してんだ」
 
 お互いの唾液を絡めるように舌同士でぬちゅぬちゅとしゃぶり合ううちに、メルティーナの身体の奥がぽわっと温かくなっていくのを感じた。それはとても心地よく、満たされていく感覚だ。
 これは、空っぽだった魔力の器に、少しだけ魔力が戻ってきた感覚であった。
 魔力は昂る快楽によって回復するのだ。魔力回復には疑似恋愛が一番の薬だと、メルティーナは師の言葉を思い出す。本来なら恋人や夫婦でするようなこの深いキスが、メルティーナに快楽を与えたらしい。
 
 甘い、甘酸っぱい、苺味。先ほどのおいしい苺の味が残っているのかもしれないが、初めてのキスの味は苺味なんて、そういえば恋多き師がそんなことをふざけて言っていた気がする。話半分に聞いていたからよくわからないが。

 ――ああ。魔力が……あたたかい。気持ちいい……でも……。

 あれほど欲した魔力がようやく少し回復してきたあまりの心地よさに、なんだか酩酊したような感覚を覚える。その快感がもっと欲しくて、でも相手がいけすかないキリアンだということで強烈な葛藤をしていた。
 悔しいけれど、今のメルティーナを救えるのはこの男しかいないのだ。
 悔し涙を流しながら彼の背に両腕を回した。そこしかしがみつくところが無かっただけだと自分に言い訳しながら。

「ん、ちゅ、……はあ、メルさん?」
「う、ぐすっ……」
「……あー、そんな、泣かなくても……そんな反応されたら流石に俺でも傷つくぜ? はは」
「私、だって、貴方なんかの前でっ……泣きたくなんて、なかった、し……ぐすっ」

 悪態をつきながらしゃくりあげる姿は本当に少女のようだとキリアンは思う。中身が大人の女性であっても、身体は少女なせいで、感情が身体に引っ張られることもあるのかもしれない。
 そもそも、彼女のキリアンに対するこの反応、嫌悪感を抱かせた原因は自分にあると、改めてキリアンは反省した。
 だが、ここで別の店子に代わるというのも元プラチナナンバーワンの男娼として、プライドが許さないキリアンである。

 ――女一人満足させられねえなんて、何が元プラチナナンバーワンだ。俺はそこまで堕ちちゃいねえはずだぞ。

 自分に対してこの嫌悪感丸出しのツンギレ美少女の攻略法を頭の中で瞬時に様々なパターンを考える。
 そうしてまだべそっかき状態のメルティーナの腰を抱き寄せて背を撫ではじめる。
 しばらくそうしていると、メルティーナの涙もだんだんおさまってきて、そこでキリアンは漸くホッとする。
 だがそれもつかの間、またメルティーナの息が荒くなってきた。

 「……っ、メルさん、大丈夫か? ……っ、ん、んぅっ!」

 泣き腫らした目で悔しそうな顔をしながらも、メルティーナはキリアンの頬に両手を添えると、今度は自分から口づけてきた。
 先ほどキリアンがやって見せたように、たどたどしくも小さな口を開けてちろちろと舌先をキリアンのそれと絡めてくる。
 そんな姿に一瞬驚くものの、キリアンはそんな彼女に劣情を催した。ニヤリと笑いながらメルティーナの消極的な舌の動きに焦れを感じて、わざと大きな音を立たせながら深く深く口づけた。
 
「ふあっ……んんっ、あ、んぅうっ……」
「んちゅ、はあ、ん、ふう、ふふ、気持ちいい? 気に入ったみたいだな」
「ん……はあ、腹立つわ、そのどや顔」
「真っ赤な顔して悪態ついてんのもまたゾクゾク来るもんだな」
「……っ、ムカつく!」
「で、どう? 俺のキス気に入った?」
「な、なんでそんなこと……いちいち言わなくたってわかるでしょ」
「俺たち今日が初対面じゃん。長年連れ添った老夫婦じゃあるまいし、言わなきゃ伝わらねえだろ。あー、じゃあ、もうやめるか?」
「え……あっ……」
「メルさん、やめられたら困るんじゃねーの? だったら素直にならねえとさあ」
「~~~~っ! ……わ、わかったわよ」

 悔し涙をにじませながら、それでも一度ギンッとキリアンを睨みつけたメルティーナだったが、色々と葛藤の末に弱弱しくも口を開いた。

「……もっと、し、して、欲しい……」
「ん~? 何をして欲しいんだ? 言ったろ、言わなきゃ伝わらないって」
「……っ! ……キ、キス……もっと、して、欲しい……」
「ん、ちゃんと言えたな。いいよ。メルさんの気のすむまで、な!」
「は、ん、んううっ!」
 
 キリアンはしたり顔で笑うと、メルティーナに覆いかぶさるように再び噛みつくみたいな激しいキスをしてきた。
 ジュプジュプと唾液を絡めた激しくていやらしい水音に、頭の中が沸騰しそうな羞恥心を覚えるも、だんだんと快楽を感じてメルティーナは彼に身を委ねる。
 彼も腰に浴布だけの半裸、メルティーナもドレスを脱がされて下着だけの半裸、ほぼ素肌だけで抱き合っている状態で、触れ合った部分が熱を帯びてくるのを感じる。
 恥ずかしいことこの上ないのに、二人を隔てる薄い布でさえもわずらわしくなってしまう。
 
「あ、んんっ……ちゅ、はあ、あんっ、うむぅっ……」
「はあ、メルさん気持ちいいか?」
「気持ちいい……」
「ん、そっか。もうちょいこれやったら、ちゃんと風呂入ろうな」
「ええ……」

 先ほどまでの暴れが嘘のように、快楽に酩酊しもっともっととキリアンの舌を求めるメルティーナに、ようやく自分のターンが来たとばかりに、キリアンはニヤリと笑いを浮かべて、彼は再び彼女の唇と舌、口の中を蹂躙していった。
 そして彼女がキリアンのキスに夢中になっているうちに、キリアンの手はメルティーナを覆う最後の砦となった下着のリボンを解いてしまった。あっという間に全裸にされてしまったメルティーナだが、本人さえいつの間にか下着も脱がされてしまったことに気づかないほどの早業であった。
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