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004 卑屈ババアになりたくないから許しただけなんだから!
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あれからどのくらい時間が経ったのかわからないが、メルティーナが気が付いた時、そこはどこか豪奢な部屋のベッドの上だった。天井の模様が違うからコルヴィナス家滞在の際にあてがわれた客室ではなさそうだ。
ふと横を見るとどこかで見たような顔の白衣の初老男性が誰かと話している。よく見たらコルヴィナス公爵家お抱えの医者だ。マグノリア公女の容態について話し合ったからメルティーナも顔見知りである。
その前に立って医者と話しているのはコルヴィナス公爵と、あのいけ好かない妓楼の楼主キリアンだった。
「ざっと検査いたしましたけれどね。事前に飲まれたらしい魔法薬がお体に合わなかったのではないかと」
「魔力の回復のほうは……」
「芳しくないですね……こちらをご覧ください」
そういって何やら魔道具を操作して空中にホログラムのようなものを映し出す。医療用の魔道具で、被験者の血液でその体調の良し悪しと体のどの辺が悪いのか、今現在の体力や魔力がデータとなって映し出される便利な代物だ。
被験者名メルティーナの文字の下、様々なデータとゲージが表示され、体力の項目の下が魔力の項目になっているのだが、魔力ゲージが十分の一を切って赤く点滅をしていた。それに伴いまだ問題なさげな体力ケージがじわじわと下がり始めているのが見えた。
――なるほど。さっき聞いたように、あのとき間に合わせで買って飲んだ魔法薬は体質に合わず、あまり効かなかったみたいね。
オルガナ大森林の寝付きの魔女であるメルティーナには、王都の材料で作った魔法薬はどうやら体質的に合わなかったらしい。
自分の体力や魔力を数字化して可視化して改めて見てみると、自分の魔力が本当に今にも底をつきそうになっているのが恐ろしくなり、メルティーナは起き出した。が、すぐにくらくらと目が回ってしまった。
もそもそと起き出したメルティーナに気づいた公爵と医者とキリアンがこちらを見る。医者がすぐにそばに来てメルティーナの脈を図りながら声をかけた。
「賢者様、気が付かれましたか!」
「お倒れになられたと公爵閣下から連絡がありまして、慌てて駆け付けたんですよ」
「公爵様、先生……私一体どれくらい眠ってたんでしょう」
「倒れられて四十分くらいです。すぐに気づかれて本当に良かった」
あのVIPルームとは違う間取りで、先ほどよりも調度品やファブリックがさらに品が良くて豪華だ。公爵家に帰ってきたのだろうかと思ったが、それならばメルティーナに与えられた見慣れた客室だと思うのだが、ここはどうやら違うようだ。
「公爵様、ここは……」
「当館の特別室です。お医者様によるとあまり移動させないほうがいいとのことで、急遽こちらに」
公爵に代わってキリアンが答える。何でお前が答えるんだとメルティーナは一瞬思ったが、それは単なるいちゃもんなので大人げないので言わなかった。特別室なんて貸してくれるのだから少しは感謝しないといけない。キリアンは本当にいけ好かないけれど。
公爵家の医者まで駆け付けてくれて本当にありがたいやら申し訳ないやらだ。医者もマグノリア公女の様子も見ないといけない忙しい身だというのに、公爵の言いつけで駆け付けてくれた。
「先生も、お忙しいのにすみません」
「いいえ、賢者様に倒れられたら困るのはこちらですので。もう少し公女様のお体が万全になるまでお力添え頂きたいですし。困ったときはお互い様ですよ」
「……ありがとう」
「それでですね、事後になってしまいましたが血液の採取をして検査いたしましたら、賢者様は今魔力が著しく低下していて、このままでは体力まで消耗してしまう危険な状態なんです」
「ですよね……」
「お薬の成分もありましたので、魔法薬をお飲みになられたんですよね?」
「効きませんでしたけどね……」
「そうなんですよ。これはどんなお薬にも言えますけど、合う合わないがありますから。今回、賢者様の体質には合わなかったみたいですね。ただ、これ以上悪くなるような副作用はなさそうです」
副作用はないようだが、効かなければ意味がない。魔法薬を片っ端から成分を検出して自分の体質に合うパッチテストをいちいち行うには時間がかかりすぎる。
オルガナ大森林にある自宅で休めばもう少し早く回復できるのだが、王都からオルガナ大森林までは遠い。瞬間移動魔法を使う魔力は勿論ないし、馬車で移動するには何日もかかってしまうから無理だ。
何よりマグノリア公女のことを途中で放り出すわけにもいかないので、まだ帰れない。
だとするとやはり妓楼で男娼を買うのが一番いいのだが、見回してみても先ほどのロニーというプラチナクラスの本日の売り上げナンバーワンだという人当たりの良さそうだった青年は、今この部屋にはいなかった。そんなときにキリアンと目が合ってしまった。
『森の賢者メルティーナ様。貴方の魔力回復のお相手、ロニーではなく俺に務めさせていただけませんか』
ふいに頭に蘇ってくるキリアンの言葉にメルティーナは真っ赤になってしまった。そんな彼女を見て、一瞬何やらしたり顔にニカッと笑ったキリアンに、思わず目を逸らしてしまった。
「……あの、先ほどのロニー君は……?」
「下がらせました。本日はそれまでついていたなじみのお客のところに戻って一晩過ごすそうです」
――ですよねー。知ってた。
一縷の望みを託して尋ねてみたら、にっこり笑ったキリアンに一刀両断されてしまった。
確かにプラチナクラスというトップの男娼が、このあとスケジュールが開いているわけなどないだろう。彼は飛び込みで入ってきたメルティーナのために先ほど時間を割いてくれただけの話なのだ。それをキリアンが自分が代わると言って本来の客のもとに下がらせてしまった。
ふう、と一つため息を吐いたところで、コルヴィナス公爵がメルティーナを顔色を伺うように尋ねてきた。
「賢者様。今日はこのままお泊りください。明日の朝迎えをよこします」
――え、公爵様今ここで帰るの? やだやだ、こんなところに一人にしないでよ……。
この妓楼には護衛の騎士も無しで一人で来たほどの度胸があったくせに、今この場での絶対的なメルティーナの味方であるコルヴィナス公爵にまるで見捨てられた気がした。
いや、コルヴィナス公爵は王都の筆頭公爵家当主であるから普段から非常に忙しい人なのだ。それにプラスして愛娘マグノリア公女にかけられた呪いによる体調不良の件もあって、いくらメルティーナに恩があってもいつまでも彼女に付き添っているわけにはいかない。それはわかっているのだが……。
やはり魔力枯渇と精神的な疲れでかなり心細くなってしまっているらしいメルティーナは、慌てて起き上がろうとした。
こんなところに残されるくらいならお邸に帰りたい。与えられているお邸の客室で一晩ぐっすり休めばほんの少しは魔力も回復するはずだ。本当にほんの少しだが。
「えっ、いや、あの、私もお邸に帰ります」
「……賢者様、キリアンはやはりお嫌ですか?」
「え……あの……嫌というか……だってその」
ちら、とそちらを見ると、キリアンが苦笑しながら立っている。申し訳なさそうな表情をしているが、この男がメルティーナに対して色々やらかした事実は消えない。
だが、気絶する前までの激しい怒りモードは、今はすっかり冷めきっていて、今一度この男に怒鳴り散らそうみたいな衝動は湧いてこない。
怒りの激しい感情というのは長くて六分くらいしかもたないという。それを考えるとあれから相当時間が経っているのだから当たり前だろう。
でも、だからと言って、最初の見下したような態度、子ども扱いに盗人疑惑、さらにセクハラ、誤解だと分かったあとの掌返し、それが許せるかどうかというのは話が別だ。メルティーナは根に持つタイプだった。
魔力回復はしたいけれど、その相手がキリアンだと思うとちょっと悩む。簡単に許してチョロい奴と舐められるのも癪に障る。
森の賢者などと大層な異名で呼ばれるけれど、そもそも賢者というより魔女であるメルティーナ。魔女を怒らせたら恐ろしいのだという畏怖と威厳が本来あるはずなのだが、彼女の可愛らしい少女のような見た目で畏怖も威厳も半分以下なのが本当に悔しい。そのせいでキリアンに舐めた態度をとられたわけだし。
本当にどうしてくれようか……。
メルティーナが一人モヤモヤした気持ちで何も言えずにそっと目を逸らしていると、キリアンがそのまま深々と頭を下げた。
「……重ね重ね、大変申し訳ありませんでした」
「……っ」
声の感じで真面目に謝罪の言葉を述べているように聞こえる。やけくそになって言っている感じはない。
だが、相手は妓楼の人間だ。綺麗な嘘でひと時の夢を売る商売をしている相手をそれほど信用していいものだろうか。
――でも、この人。言い訳は全くしなかったんだよね。ただ頭を下げて謝って、挽回の機会が欲しいと言ってきただけだったわ。
謝罪に言い訳は付き物だ。どうしてそうなったかを説明しようとして泥沼にはまって更なる怒りをもたらす言い訳になってしまう人間は多いのに、キリアンはそうならないように余計な言い訳をしないで謝罪してきたのだ。その点だけは評価していいのかもしれない。
大の男が女に頭を下げるのは、個人差はあれどかなりプライドが傷つくだろうに、キリアンは腰を九十度になるまで頭を下げている。
そのピンクブロンドの後頭部を見ていると、自分よりもずっと年下にこれほど謝らせ続けているなんて、自分こそが意地をはっていつまでも納得しない卑屈なババアになっている気がする。
もしこのまま許さなかったらどうなるだろう。
コルヴィナス公爵の紹介である森の賢者を怒らせたと噂になって、信用問題になったら店を畳まねばならなくなるだろうし、この店に出資しているコルヴィナス公爵にも害が及ぶかもしれない。そうなったら公爵はキリアンを切り離し、彼は路頭に迷ってしまうかもしれない。そして何か犯罪に手を染めてどんどんと転落をしていったりしたら……。
――そうよ、この人喧嘩強かったじゃない。ナイフ持った賞金首をあっという間に倒してしまったし、公爵に見捨てられて転落していったらどんどん取返しのつかない犯罪者になってしまうかもしれないじゃない。そんなことになったら……私がこの人の人生を地獄に叩き落してしまうことに……!
そこまで想像してメルティーナは青くなる。いくらいけ好かないキリアンとて、メルティーナはそこまで堕ちてほしいとは思っていない。そんなことになったらさすがに罪悪感で居た堪れなくなりそうだ。
感受性が強すぎて気性が激しい性格のメルティーナは想像力も豊かすぎた。
頭を下げているキリアンを見て、赤くなったり青くなったりしていたメルティーナは、しばらく葛藤したのち、ぼそりと蚊の鳴くような声でつぶやいた。
「………………しゃ、謝罪を、受け入れても、い、いいけど……」
ベッドの上で腕組みをしてそっぽを向きながら言うメルティーナの物凄い小さな声をなんとか聴きとったキリアンは、一瞬驚いた表情で顔を上げたが、メルティーナのぶすっとした表情を見てくすっと笑った。
「……な、なによ!」
「いいえ。ありがとうございます」
「……っ、謝罪を受け入れたってだけで、ゆ、許したわけじゃないんだから! 勘違いしないでよね」
「ええ。肝に銘じます」
顔を上げたキリアンは持ち前の元プラチナナンバーワンらしい綺麗な顔でメルティーナに満面の笑みを浮かべた。少したれ目な青い目で微笑ましそうに見つめられたメルティーナは、自分の大人げない態度に恥ずかしくなりながらふんっとそっぽを向いた。
ふと横を見るとどこかで見たような顔の白衣の初老男性が誰かと話している。よく見たらコルヴィナス公爵家お抱えの医者だ。マグノリア公女の容態について話し合ったからメルティーナも顔見知りである。
その前に立って医者と話しているのはコルヴィナス公爵と、あのいけ好かない妓楼の楼主キリアンだった。
「ざっと検査いたしましたけれどね。事前に飲まれたらしい魔法薬がお体に合わなかったのではないかと」
「魔力の回復のほうは……」
「芳しくないですね……こちらをご覧ください」
そういって何やら魔道具を操作して空中にホログラムのようなものを映し出す。医療用の魔道具で、被験者の血液でその体調の良し悪しと体のどの辺が悪いのか、今現在の体力や魔力がデータとなって映し出される便利な代物だ。
被験者名メルティーナの文字の下、様々なデータとゲージが表示され、体力の項目の下が魔力の項目になっているのだが、魔力ゲージが十分の一を切って赤く点滅をしていた。それに伴いまだ問題なさげな体力ケージがじわじわと下がり始めているのが見えた。
――なるほど。さっき聞いたように、あのとき間に合わせで買って飲んだ魔法薬は体質に合わず、あまり効かなかったみたいね。
オルガナ大森林の寝付きの魔女であるメルティーナには、王都の材料で作った魔法薬はどうやら体質的に合わなかったらしい。
自分の体力や魔力を数字化して可視化して改めて見てみると、自分の魔力が本当に今にも底をつきそうになっているのが恐ろしくなり、メルティーナは起き出した。が、すぐにくらくらと目が回ってしまった。
もそもそと起き出したメルティーナに気づいた公爵と医者とキリアンがこちらを見る。医者がすぐにそばに来てメルティーナの脈を図りながら声をかけた。
「賢者様、気が付かれましたか!」
「お倒れになられたと公爵閣下から連絡がありまして、慌てて駆け付けたんですよ」
「公爵様、先生……私一体どれくらい眠ってたんでしょう」
「倒れられて四十分くらいです。すぐに気づかれて本当に良かった」
あのVIPルームとは違う間取りで、先ほどよりも調度品やファブリックがさらに品が良くて豪華だ。公爵家に帰ってきたのだろうかと思ったが、それならばメルティーナに与えられた見慣れた客室だと思うのだが、ここはどうやら違うようだ。
「公爵様、ここは……」
「当館の特別室です。お医者様によるとあまり移動させないほうがいいとのことで、急遽こちらに」
公爵に代わってキリアンが答える。何でお前が答えるんだとメルティーナは一瞬思ったが、それは単なるいちゃもんなので大人げないので言わなかった。特別室なんて貸してくれるのだから少しは感謝しないといけない。キリアンは本当にいけ好かないけれど。
公爵家の医者まで駆け付けてくれて本当にありがたいやら申し訳ないやらだ。医者もマグノリア公女の様子も見ないといけない忙しい身だというのに、公爵の言いつけで駆け付けてくれた。
「先生も、お忙しいのにすみません」
「いいえ、賢者様に倒れられたら困るのはこちらですので。もう少し公女様のお体が万全になるまでお力添え頂きたいですし。困ったときはお互い様ですよ」
「……ありがとう」
「それでですね、事後になってしまいましたが血液の採取をして検査いたしましたら、賢者様は今魔力が著しく低下していて、このままでは体力まで消耗してしまう危険な状態なんです」
「ですよね……」
「お薬の成分もありましたので、魔法薬をお飲みになられたんですよね?」
「効きませんでしたけどね……」
「そうなんですよ。これはどんなお薬にも言えますけど、合う合わないがありますから。今回、賢者様の体質には合わなかったみたいですね。ただ、これ以上悪くなるような副作用はなさそうです」
副作用はないようだが、効かなければ意味がない。魔法薬を片っ端から成分を検出して自分の体質に合うパッチテストをいちいち行うには時間がかかりすぎる。
オルガナ大森林にある自宅で休めばもう少し早く回復できるのだが、王都からオルガナ大森林までは遠い。瞬間移動魔法を使う魔力は勿論ないし、馬車で移動するには何日もかかってしまうから無理だ。
何よりマグノリア公女のことを途中で放り出すわけにもいかないので、まだ帰れない。
だとするとやはり妓楼で男娼を買うのが一番いいのだが、見回してみても先ほどのロニーというプラチナクラスの本日の売り上げナンバーワンだという人当たりの良さそうだった青年は、今この部屋にはいなかった。そんなときにキリアンと目が合ってしまった。
『森の賢者メルティーナ様。貴方の魔力回復のお相手、ロニーではなく俺に務めさせていただけませんか』
ふいに頭に蘇ってくるキリアンの言葉にメルティーナは真っ赤になってしまった。そんな彼女を見て、一瞬何やらしたり顔にニカッと笑ったキリアンに、思わず目を逸らしてしまった。
「……あの、先ほどのロニー君は……?」
「下がらせました。本日はそれまでついていたなじみのお客のところに戻って一晩過ごすそうです」
――ですよねー。知ってた。
一縷の望みを託して尋ねてみたら、にっこり笑ったキリアンに一刀両断されてしまった。
確かにプラチナクラスというトップの男娼が、このあとスケジュールが開いているわけなどないだろう。彼は飛び込みで入ってきたメルティーナのために先ほど時間を割いてくれただけの話なのだ。それをキリアンが自分が代わると言って本来の客のもとに下がらせてしまった。
ふう、と一つため息を吐いたところで、コルヴィナス公爵がメルティーナを顔色を伺うように尋ねてきた。
「賢者様。今日はこのままお泊りください。明日の朝迎えをよこします」
――え、公爵様今ここで帰るの? やだやだ、こんなところに一人にしないでよ……。
この妓楼には護衛の騎士も無しで一人で来たほどの度胸があったくせに、今この場での絶対的なメルティーナの味方であるコルヴィナス公爵にまるで見捨てられた気がした。
いや、コルヴィナス公爵は王都の筆頭公爵家当主であるから普段から非常に忙しい人なのだ。それにプラスして愛娘マグノリア公女にかけられた呪いによる体調不良の件もあって、いくらメルティーナに恩があってもいつまでも彼女に付き添っているわけにはいかない。それはわかっているのだが……。
やはり魔力枯渇と精神的な疲れでかなり心細くなってしまっているらしいメルティーナは、慌てて起き上がろうとした。
こんなところに残されるくらいならお邸に帰りたい。与えられているお邸の客室で一晩ぐっすり休めばほんの少しは魔力も回復するはずだ。本当にほんの少しだが。
「えっ、いや、あの、私もお邸に帰ります」
「……賢者様、キリアンはやはりお嫌ですか?」
「え……あの……嫌というか……だってその」
ちら、とそちらを見ると、キリアンが苦笑しながら立っている。申し訳なさそうな表情をしているが、この男がメルティーナに対して色々やらかした事実は消えない。
だが、気絶する前までの激しい怒りモードは、今はすっかり冷めきっていて、今一度この男に怒鳴り散らそうみたいな衝動は湧いてこない。
怒りの激しい感情というのは長くて六分くらいしかもたないという。それを考えるとあれから相当時間が経っているのだから当たり前だろう。
でも、だからと言って、最初の見下したような態度、子ども扱いに盗人疑惑、さらにセクハラ、誤解だと分かったあとの掌返し、それが許せるかどうかというのは話が別だ。メルティーナは根に持つタイプだった。
魔力回復はしたいけれど、その相手がキリアンだと思うとちょっと悩む。簡単に許してチョロい奴と舐められるのも癪に障る。
森の賢者などと大層な異名で呼ばれるけれど、そもそも賢者というより魔女であるメルティーナ。魔女を怒らせたら恐ろしいのだという畏怖と威厳が本来あるはずなのだが、彼女の可愛らしい少女のような見た目で畏怖も威厳も半分以下なのが本当に悔しい。そのせいでキリアンに舐めた態度をとられたわけだし。
本当にどうしてくれようか……。
メルティーナが一人モヤモヤした気持ちで何も言えずにそっと目を逸らしていると、キリアンがそのまま深々と頭を下げた。
「……重ね重ね、大変申し訳ありませんでした」
「……っ」
声の感じで真面目に謝罪の言葉を述べているように聞こえる。やけくそになって言っている感じはない。
だが、相手は妓楼の人間だ。綺麗な嘘でひと時の夢を売る商売をしている相手をそれほど信用していいものだろうか。
――でも、この人。言い訳は全くしなかったんだよね。ただ頭を下げて謝って、挽回の機会が欲しいと言ってきただけだったわ。
謝罪に言い訳は付き物だ。どうしてそうなったかを説明しようとして泥沼にはまって更なる怒りをもたらす言い訳になってしまう人間は多いのに、キリアンはそうならないように余計な言い訳をしないで謝罪してきたのだ。その点だけは評価していいのかもしれない。
大の男が女に頭を下げるのは、個人差はあれどかなりプライドが傷つくだろうに、キリアンは腰を九十度になるまで頭を下げている。
そのピンクブロンドの後頭部を見ていると、自分よりもずっと年下にこれほど謝らせ続けているなんて、自分こそが意地をはっていつまでも納得しない卑屈なババアになっている気がする。
もしこのまま許さなかったらどうなるだろう。
コルヴィナス公爵の紹介である森の賢者を怒らせたと噂になって、信用問題になったら店を畳まねばならなくなるだろうし、この店に出資しているコルヴィナス公爵にも害が及ぶかもしれない。そうなったら公爵はキリアンを切り離し、彼は路頭に迷ってしまうかもしれない。そして何か犯罪に手を染めてどんどんと転落をしていったりしたら……。
――そうよ、この人喧嘩強かったじゃない。ナイフ持った賞金首をあっという間に倒してしまったし、公爵に見捨てられて転落していったらどんどん取返しのつかない犯罪者になってしまうかもしれないじゃない。そんなことになったら……私がこの人の人生を地獄に叩き落してしまうことに……!
そこまで想像してメルティーナは青くなる。いくらいけ好かないキリアンとて、メルティーナはそこまで堕ちてほしいとは思っていない。そんなことになったらさすがに罪悪感で居た堪れなくなりそうだ。
感受性が強すぎて気性が激しい性格のメルティーナは想像力も豊かすぎた。
頭を下げているキリアンを見て、赤くなったり青くなったりしていたメルティーナは、しばらく葛藤したのち、ぼそりと蚊の鳴くような声でつぶやいた。
「………………しゃ、謝罪を、受け入れても、い、いいけど……」
ベッドの上で腕組みをしてそっぽを向きながら言うメルティーナの物凄い小さな声をなんとか聴きとったキリアンは、一瞬驚いた表情で顔を上げたが、メルティーナのぶすっとした表情を見てくすっと笑った。
「……な、なによ!」
「いいえ。ありがとうございます」
「……っ、謝罪を受け入れたってだけで、ゆ、許したわけじゃないんだから! 勘違いしないでよね」
「ええ。肝に銘じます」
顔を上げたキリアンは持ち前の元プラチナナンバーワンらしい綺麗な顔でメルティーナに満面の笑みを浮かべた。少したれ目な青い目で微笑ましそうに見つめられたメルティーナは、自分の大人げない態度に恥ずかしくなりながらふんっとそっぽを向いた。
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