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上 ぐいぐい迫る高嶺の花

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「一生のお願いです。品田先輩、あたしにセックスを教えてくれませんか?」
 
 坂口千秋、20歳。社会人二年生。あたしは恥を忍んで会社の品田裕也先輩に言った。
 
「いやいやいや、坂口、突然何? 酔ってる?」
「酔ってますよ。酔ってなきゃこんなこと言えません。でも意識はしっかりしてます」
「もっと悪いじゃねえか」
 
 はっきり言って、あたしは可愛いと思う。しかも遊びまわるようなこともなく気が付けば甘酸っぱい青春時代は通り過ぎ、恋人いない歴イコール年齢である。学生時代は学園のマドンナと呼ばれるほど美少女で高嶺の花と呼ばれていたのだが、その高嶺の花だったせいで未だに処女である。
 
 学生時代からの友達たちに会えば必ず話題に上がるのが恋愛相談。
 誰それを好きになった。彼氏が浮気したから別れた。と思ったらよりを戻した、だの。
 純粋に愛を育んでいる子は、早くも婚約指輪をした手の写真を内輪のSNSにあげていたっけ。
 でもそこにあたしの話題は一切出ない。恋人がいないから仕方がないんだけども。

 でもね、あたしだって恋をしたことくらいありますよ。
 それこそ小学校のときに近所で構ってくれた年上のお兄ちゃんに好き好きアピールしてウザがられたり。小学生男子なんてそんなもん。
 中学校の時は教育実習生の男の先生に憧れたけど、何気なく「彼女いますか~?」って聞いたあけすけなクラスメイトに対して、先生は照れながら「います」と言っていたのであたしの恋は撃沈した。
 高校時代は家庭教師の先生を好きになったけど、その先生は通ってる大学で、サークルの女子数人を妊娠させたとかさせないとかで色々あって信用を失い、家庭教師を辞めていった。
 
 ちなみに、告白なんてされたことは、一度もない。
 一度あたしはみんなに嫌われているんじゃないかと悩んで友達に相談したことがあった。
 
「そんなことないよ。ここだけの話、男子の話に結構千秋の話題上るよ。憧れてる男子もいっぱいいるみたいだし」
「でも一度も声かけられたことないんだよ? プリント提出の際の事務的会話しか」
「あー」
「何?」
「まあ、千秋は可愛いよ。ゆるふわ系だし愛想もいいし。でも何ていうか……いわゆる高嶺の花って感じなんだと思う」
「高嶺の花?」
「そ。誰も手出しちゃいけない高嶺の花」
「なによそれ。手出してきなさいよ、意気地なしかよ」
「そう、意気地なしなんだよ、男子なんて」

 いや、だからと言って、高嶺の花だっていつまでもぴっちぴち綺麗ではいられないんですけども。萎れちゃう前にどなたか手折ってくれないもんでしょうか。
 めくるめく男女のラッブラブタイムに憧れる夢見る乙女がここにおりますYO!

 なんて思っていていつの間にか社会人。わりと有名な商社に入社して、ばりばり働いている。
 友達の早い子は妊娠したとかしないとかで、最近プロポーズを受けたって子もいるというのに、あたしは20歳にもなって処女。それが何だか恥ずかしかった。
 
 今度、同窓会があるのだが、その時にどうせリア充マウントを取ってくるだろう元クラスメイトたちに馬鹿にされたくなくて、なんとか身近なところで処女を捨てたかった。
 そう。自分を磨いて綺麗でいれば、いつの日か誰か素敵な彼氏が見つけてくれる♪なんていう夢見る乙女の脳内お花畑は、社会人になって荒波にもまれて二年もすると完全に焼き畑農業のごとく燃やし尽くしてしまったのだ。
 そう、あたしはようやく気付いた。欲しいものは、自分で積極的に取りに行かねばならないということに。二十代で気づいたんだからグッジョブだ。
 それからあたしはかなりぶっちゃけて、ゆるふわ系から卒業してぐいぐいさばさば行くようになった。飲み会の席の下ネタも軽くさばけるので、ほかの女子社員が絡まれていてもさらっと代わってあげたりもしている。
 下ネタ耐性がついたせいで、言動もかなりさばさばしてきたけども……。
 
 それで選んだのは、あたしの入社当時からの指導役である品田裕也先輩だ。
 彼は身長が高くてスタイルも顔も良いのだが、猫背で鉄道オタクなので会社の女子は割と敬遠しているみたいだ。
 品田先輩の見た目のイケメン度につられてアピールしていた肉食女子たちが、イケメンの口から発せられる鉄オタのマシンガントークについていけず、そそくさと退散していったのを、この二年間で何度も見た。最近だと初めての営業先に行くのにどこどこ線に乗ってどこどこ駅で降りて行けば近い、だのという便利屋とか情報屋みたいなポジションにいる。割と上司にもその知識は好評で仕事上は役に立っているみたいだけど。

「〇〇線の××系列車がもう来月で終わりなんだよ……」
「まじですか。あの窓がくすんでぼろぼろの列車ですよね? 学生時代乗ってましたよあたし。ほら、これ当時のあたしが駅で撮った列車とあたしの自撮り写真です」
「うお、すげえ! これ俺にくれない? 坂口の写真のとこはフォトショでうまいこと消すわ」
「消すんかーい」
「ははは」
 
 これはとある日のあたしと先輩のやりとり。多分周りが聞いても××系とか意味が分からないんだろうな。
 あたしは兄が品田先輩と同じ鉄道オタクなので、鉄オタトークは割と許容できる女だ。兄のおかげでついた余計な鉄道知識で、先輩のオタ話にも割とついていけるため、会社で先輩に一番身近にいる女というポジションになっていた。
 ちなみに先輩は先週、オタ嫌いな彼女に本性がばれて振られたらしい。彼女に隠していたのか、何だか気の毒である。
 そんな傷心の彼がいたたまれなくて、週末金曜日に飲みに誘った。愚痴をしっかり聞いたあと、いい感じに酔ってきた先輩に「セックスを教えてほしい」とこちらも酔った勢いで頼んでみた。

「え、なんで? 坂口、彼氏は?」
「いないです。処女です」
「ぶほぉっ! ……え、しょ、処女、なの?」
「そうです」
「……なんでまた急に」
「先輩彼女に振られて寂しいでしょ? ほいであたしがオッケーって言ってるんだから、渡りに船じゃないですか?」
「そんな渡りに船あるか、エロ同人じゃあるまいし。てか、何で急にそんなこと言い出すの? そういうの女子が簡単に言っちゃならんことだろうが」
「処女捨てたいんですよおおお!」
「いや、だから、何でっ?」
 
 先輩はドン引きしている。ひどいじゃん。結構勇気だしたのに。
 でもまあ、わからんでもないかな。20歳にもなって処女なんて、今時珍しいのかもしれない。仲間内でもこの年で未だに未経験ってあたしくらいだし。
 
「あたし、高嶺の花だったので」
「自分で言うんだ?」
「言いますよ、言っちゃいますよ。友達に何であたしには彼氏がいないのよって愚痴ったら、あんたは高嶺の花だからって言われて。いや、学生時代はめっちゃ可愛かったんですって、あたし!」
「いや、坂口は今も十分可愛いけどさ……」
「でしょう?」
「だからっていきなり、セッ……とかは、ちょっと」
「こんな可愛い処女とセックスできるんですよ、セックス。超お買い得じゃないですか?」
「ちょっ……! 個室だからってそのセックス連呼すんな!」
 
 彼は口に人差し指を当てて、しー! しー! とあたしに注意した。
 
「で、お買い得じゃないですか?」
「お買い得ってお前な……。女にとって初セックスってのは大事なんだぞ。自分を安売りするのはどうかと」
 
 品田先輩は正論をかましてきた。確かに彼の言うとおりなのだが、あたしは経験してみたくてうずうずしていた。
 
「先輩、元カノさんと経験ありますよね?」
「……まあ」
「彼女とのセックスは気持ち良かったですか?」
「いや……それはまあ。てか、なんでお前にそんなこと詳しく言わねえとならんの?」
「え、だって知りたいじゃないですか?こちとら興味津々のムラムラした処女なんですよ」
「生々しいなおい」

 個室の扉がガラッと開いて店員さんが追加注文した料理を運んできた。
 
「失礼します。おでんでーす」
「あ、芋焼酎ソーダ割ください」
「あたし、おすすめの日本酒ください」
「かしこまりました~」
 
 品田先輩は自分のお酒を注文して、おでんをあち、あちと食べ始めた。あたしも続いて好きな日本酒を頼んだ。
 こんな話、飲まなきゃやってられないのかもしれない。お互いに。
 
「先輩、セックスって気持ちいいんですか?」
「まあ、人によるらしいぞ」
 
 おでん食べているときにこんな話題ふるあたしに、品田先輩はやけくそになって言った。
 
「人によるって」
「でもまあ、好きな人とするのは気持ちいいらしい」
「らしい、って。元カノさんとは気持ち良くなかったんですか?」
「どうかな。もう思い出せない。なぁーーーんにもわからん。オタばれしてからは完全にレスだったからなあ。てか、悲しくなるから思い出したくない」
「ですか」
「ですよ」

 品田先輩は続いて運ばれてきた芋焼酎をぐびっとやってからため息をついて結論づけた。
 ふーん。好きな人とするのは気持ちいいんだ。だったら……。
 
「……じゃああたし、品田先輩となら気持ちよくなれるってことですか?」
「え?」
「だって、そういうことかなと」
「いや……なんでそういう話になるの? 俺と坂口は付き合ってないじゃん。なんで俺となら気持ちよくなれるの?」
「え? だって先輩のこと好きだからですけど」
「は?」
 
 先輩は目を丸くしてフリーズした。
 あれ? なんかおかしなこと言ったかな?
 
「先輩、なんか顔赤いですよ?お酒回ってきました? 芋焼酎ソーダ割が結構きっつかった?」
「いや……お前、俺のこと好きなの?」
「はい!」
 
 あたしは元気に答えたが、品田先輩はさらに顔を赤くした。
 え、何これ? もしかして脈アリなの? 
 そうとわかれば、とあたしは調子に乗って先輩の腕にしがみついた。彼はさらに顔を赤くしていた。
 
「せ~んぱい。あたしのこと好きですか?」
「いや……まあ」
「じゃああたしとセックスてくださいよ。教えてくださいよ、セックス!」
「だからなんでそうなる! てか、そのセックス連呼するのやめてくんない? なんか俺が変態みたいじゃん」
「先輩って、彼女と最近別れたんですよね?」
「ああ、まあな」
「で、電車オタがバレて振られたんですよね」
「それ掘り起こすのやめてくんない?」
「やっぱり可愛い子だったんですか? あたしとどっちが可愛いですか」
 
 あたしは先輩の言葉をスルーして腕にしがみついたまま聞いた。彼はちょっと嫌そうな顔をしながらも、しょうがない奴って感じであたしの頭を撫でた。
 
「まあ……可愛いかったよ。でもお前の方がもっと可愛い。……その、俺のオタ話も嫌がらず聞いてくれるし」
「可愛いと思ってくれてるってことは、好きですか? 少なくとも嫌いなわけじゃないんですよね?」
「……!」
 
 先輩が照れて頭をかいている。直球で迫られるのに慣れていないのかな。
 なんだこの可愛い生き物は。
 あたしはここで押し通す勢いで彼にすり寄った。
 
「先輩、あたしとセックスしましょうよ。きっと相思相愛なら気持ちよくなれますよ?」
「いやいや……なんでそうなるんだよ!」
「だって、先輩がいいんですよ」
「いやいやいやいや!」
 
 品田先輩は手をぶんぶん振って拒否した。あたしはちょっと悲しくなって、彼の腕にしがみついたまま言った。
 
「……あたしじゃダメですか? やっぱり元カノさん忘れられない?」
「いや、そういうことじゃないって!」
 
 先輩はあたしの肩をぐっと掴んで言った。
 
「俺と坂口は付き合ってないんだし、ダメに決まってるだろ」
「じゃあ付き合いましょう」
「……お前、俺の話聞いてた? 俺は鉄オタなんだよ。そんな奴と付き合うとか……ありえないだろ」

 あたしはちょっとムッとした。なんでこの人はこんなに自分の評価が低いんだろう。オタばれして元カノに振られたのが相当キッツかったのかな。それで、女はみんなそうだと思い込んでる。
 あたしは先輩の手を掴んで言った。
 
「先輩! あたしのこと好きですか?」
「え……」
「あたし、鉄オタの兄貴がいるので鉄オタ話聞くの慣れてます。それは知ってますよね?」
「あ、ああ……」
「じゃあ鉄オタに幻滅する要素は無しってことで、その点はクリアですよね」
「うん……」
「それに、仕事のことでも! あたし、社会人として、仕事できる先輩のこと尊敬してますし、それに、先輩のこと入社当時からいいなって思ってたんです。ね、こんな美女に口説かれてるんですよ、そろそろ首を縦に振ってもいいんじゃないですか?」
「……ぐいぐい来るじゃん」
「いいから、どうですか?」
「う……」
 
 先輩がまた顔を赤くした。耳まで真っ赤だ。
 え、この人、女と付き合うの初めてじゃないはずだよね。元カノいたんだし。
 あたしはちょっと心配になって言った。童貞なわけでもなかろうし。

「先輩、あたし、一生懸命ご奉仕しますよ? 鉄オタ話も聞きますよ?」
「……奉仕ってお前」
「はい?」
 
 品田先輩はあたしの目を見て困惑しながら聞いた。
 
「処女だよな?」
「はい!」
 
 あたしは元気よく答えた。品田先輩はしばらく考え込んだ後、椅子の背凭れに背をあずけて盛大な溜息を吐いたあと、あたしに聞いてきた。
 
「……俺も好きだよ。坂口が入社した当時から可愛い娘だなって思ってたし、俺の雑な指導でもがんがん食いついてきて仕事もできるようになったし。頑張ってるお前見てると……好きになってた」
「先輩……」
「でも、俺、当時彼女いたしこれが恋心なんて思ってなかった。それに何回も言ってるけど鉄オタだし、それが原因で女に振られてきたし……坂口みたいな美人と付き合うなんて無理だと思ってたし……」
「先輩、そんなに自己評価低くなくてもいいですよ? 先輩はかっこいいです」
「……でも俺、オタだし」
 
 まだ言うか。
 品田先輩がうじうじしていたので、あたしは言った。
 
「大丈夫ですよ!あたし、鉄オタの彼氏上等です! 何ならそっちの趣味もぐいぐいついていけます」
「は?」
 
 あたしは先輩の手をぎゅっと握って言った。
 
「一緒にがんばりましょう。大丈夫、あたしが幸せにしますから」
「お前……ほんと強いよな」
 
 先輩は苦笑しながら、あたしの顎をくいっと上げた。
 
「付き合うよ、お前と。……幸せにしてくれんだろ?」
「……はい」
 
 あたしは先輩の唇にキスをした。先輩はあたしの腰を抱いて、さらに深くキスをしてくれた。
 
「……俺の家、来るか?」
「いいの?」
「散らかってるけどな」
「行きます。めっちゃ行きたい」
 
 あたしは先輩の腕に絡みついた。品田先輩は嬉しそうに微笑んでいた。頬っぺたが赤いのは、サービスの良い芋焼酎ソーダ割のせいばかりじゃないだろうと思う。あたしはその笑顔にキュンとした。
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