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異世界エルドラフに降り立つ

第1話:突然の転生

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「ルナ、行くぞ」

 夕方の柔らかな陽光が差し込む住宅街。俺は、いつものようにルナと散歩に出ていた。ルナは好奇心旺盛に鼻をクンクンさせ、道端の何かに夢中だ。散歩コースもいつも通りだし、特に急ぐ理由もない。ただの平穏な日常。

 俺はゆっくりとリードを引き、少しだけ先を歩く。だが、次の瞬間、何かが変わった。胸騒ぎがしたのだ。

「危ない!」

 大きな叫び声が耳に飛び込む。声の方向を見ると、小さな少女が道路に飛び出している。すぐに視線の先に迫る車が見えた。車の運転手は少女に気づいていない。ブレーキ音すら聞こえないまま、車は猛スピードで少女に向かっている。

「嘘だろ……」

 俺は、考えるより先に体が動いた。無意識のうちにルナのリードを放し、彼女に向かって叫んでいた。

「ルナ、止まれ!」

 だが、ルナは俺の声に反応するどころか、むしろ少女に向かって駆け出していた。白い毛並みが一瞬、風のように流れ、次の瞬間には少女の前に立ちはだかっていた。ルナの身体が、まるで壁のように少女を庇うようにして。

「ルナ!」

 俺もそれに続く形で走り出したが、そこからは時間が歪んだように感じた。目の前の景色がスローモーションのように流れていく。

 ――ガシャァン!!

 ものすごい衝撃音が響いた瞬間、俺は道路に倒れていた。耳鳴りがして、頭がクラクラする。何が起きたのか、まだ完全には理解できていない。ぼんやりとした視界の中で、俺はルナの姿を探した。

「ルナ……大丈夫か……」

 声にならない呟きが口を突いて出る。俺の目の前には、ルナが倒れたまま少女を守るように寄り添っている姿が見えた。少女は無事そうだ。だが、ルナは……動かない。

「ルナ……」

 頭の中が真っ白になる。重く、冷たく、全てが遠くに感じた。力が抜けていく。瞼が重くなり、やがて意識が遠のいていくのがわかる。

「ごめん、ルナ……」

 それが俺の最後の言葉だった。

「目覚めたか」

 誰かの声がする。だが、俺は死んだはずだ。あの事故で、確かに俺は――。

 目を開けると、眩しい光が目に飛び込んできた。周囲を見回すと、俺は真っ白な空間に立っていた。床も天井も存在しないような、どこまでも広がる空間だ。そして、すぐ隣には――ルナが寝そべっている。

「ここは……どこだ?」

 俺はルナに触れようとしたが、その手は止まった。目の前には、まるで神話に出てきそうな女性が立っていた。彼女は美しいだけではなく、目を見ただけで圧倒されるような存在感があった。まるで世界そのものを司っているかのような。

「お前がタケルか。人の身でありながら、我が娘を守ろうとしたとは、見上げた勇気だ」

 俺は息を飲んだ。目の前の女性は、俺に向かって直接語りかけてきた。その声は柔らかく、それでいて圧倒的な力を感じさせる。

「娘……?」

「そうだ。我が娘、リリスはお前が救った少女だ。だが、通常の人間には見えぬはずの存在。お前には異世界への適性があるということだ」

 異世界?今、何を言っている?頭の中が混乱するが、この女性――いや、彼女が『神』だということは、直感的に理解できた。

「俺が、娘さんを……」

「その通りだ。そして、我が娘を救ったお前に対し、私は恩を返さねばならない。お前には、新たな人生を与える」

 新たな人生――俺は、死んだはずだった。それが、どうして?

「お前を異世界『エルドラフ』へ送り出す。そちらで何を成すかはお前次第だ。だが、特別に『等価交換』の力を授けよう」

「等価交換……?」

 神の言葉に、思わず呟く。それは俺が理解しているようで、まだ完全には理解できないものだった。だが、神の言葉は続く。

「この力は、異世界の物と現代の物を等価で交換できる力だ。ただし、交換は等しい価値でなければならぬ。お前の世界にしかない知識や技術も、同じ価値を持つものとしか交換できぬ。慎重に何を交換するか、考えねばならぬだろう」

 神は微笑む。だが、その微笑みには何か意味深なものを感じた。俺がこの力をどう使うか――それが、俺の新しい運命を左右するのだろうか。

 神の女性が俺に目を向け、何かを思案しているような表情を浮かべた後、再び口を開いた。

「お前には、異世界での生活に必要な貨幣を渡しておこう」

 そう言うと、彼女は空中に手を差し出し、何もないはずの空間から金貨を取り出した。その金貨は光り輝き、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。彼女はその金貨を俺の手に渡す。

「これは、お前がエルドラフで生きていくための最初の資金だ。約1か月分の生活費として十分な額だ。慎重に使うがよい」

 俺は、手の中で金貨の重みを感じながら、ありがたく受け取った。異世界での最初の一歩に、これほどまでに確かなものを与えてもらえるとは、思いも寄らなかった。

「最後に、ルナには魔獣としての力を与える。彼女はお前の守護者として、この異世界で共に生きることになるだろう」

 隣にいたルナに目を向けると、その姿が変わり始めていた。毛並みが白銀に輝き、瞳は深い蒼色に変わっていく。彼女の身体が大きくなり、まるで狼のような威厳を漂わせている。

「ルナ……」

 俺の声に反応して、ルナは優しく尾を振った。彼女は変わってしまったが、その優しさと忠誠心は変わらないことがわかる。それだけで、安心できた。

「待て、もう一つ忘れてはならぬ」

 神の声が静かに響き、俺とルナの周りに柔らかな光が再び集まってきた。その光はまるで優しく包み込むように、俺たちを取り囲んでいる。俺が何かを尋ねようとする前に、神は言葉を続けた。

「お前たち二人には、特別な『加護』を与えることにする。この異世界では、人が生き延び、成長するには何よりも重要な力だ。お前たちがこの地で挑み、そして成功するための礎となるだろう」

 俺は一瞬、言葉を失った。「加護」とは……一体どんな力なのか?神は微笑を浮かべながら説明を続けてくれた。

「タケル、お前には成長の加護を授ける。この加護により、通常よりも早く、そしてより強力に成長することができる。戦いで得た経験は通常の冒険者よりも大きく、ステータスも急速に上昇することだろう。だが、それだけではない。お前の『等価交換』のスキルも、この加護によって強化され、より精密な取引を行うことができるようになる」

 俺は神の言葉に驚きを隠せなかった。異世界での成長が、加護によってさらに加速される。確かにそれは大きなアドバンテージだが、その分、慎重に力を使わねばならないという責任も感じた。

「そしてルナ、お前には守護の加護を与える。タケルを守り、導くための力がさらに強化されるだろう。戦闘においては素早さと感覚が鋭くなり、危険を察知する力も大いに高まる。また、魔物や邪悪な力からお前を守る防御の力も授けよう」

 ルナはその言葉を聞くと、静かに神の方を見つめていた。彼女の瞳は既に変化しているが、その中に新たな力が宿るのを感じる。俺がルナを見つめると、彼女も尾を振り、軽く頭を擦り寄せてきた。

「加護は二人が共にある限り、その効果を最大限に発揮する。だが、忘れるな。力は使い方次第で善にも悪にもなる。慎重に歩むことだ」

 その言葉は俺の胸に深く刻まれた。大きな力を手にした今、何をどう使うかは自分次第だ。そして、その責任をしっかりと背負って生きていかなければならない。

「ありがとう……俺は、この力を無駄にしないようにする」

 俺は神に向かって深く頭を下げた。神はその言葉に微笑み、静かにうなずいた。

「では、行け。新たな世界での冒険が始まる。共に強く、賢く歩むのだ」

 次の瞬間、俺とルナを包んでいた光が再び強く輝き、世界が一瞬白く染まった。足元に大地の感覚が戻り、異世界「エルドラフ」の風が俺たちを迎え入れるように吹きつけた。

「よし、ルナ。これからはこの加護を頼りに、俺たち二人でこの世界を生き抜こう」

 ルナは鋭い眼差しで応えるように小さく鳴いた。俺たちの新たな冒険が、いよいよ本格的に始まったのだ。
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