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思わぬ裏切り※※
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「まっじで、何考えてんだあの人‼︎」
ガンッ、と非常口の横に置かれた灰皿を蹴り飛ばす。浩司はイライラと頭を掻き毟りながら、ポケットを弄ってタバコの箱を取り出した。ここ数日めっきり増えた喫煙量で、箱の中身はもう残り少なくなっていた。
あの会議の日から二週間、話をしようとしてはなんだかんだと加賀に逃げられる日々が続いていた。最初は戸惑っていたしいちいち胸を痛めていた浩司だったが、何度も続くうちに次第にムカムカと怒りがこみ上げてきたのだった。こちらは何も追いすがろうとか引き留めようとかしているわけではない。ただ、あんな雰囲気に引きずられた告白で全部終わらせてしまうのではなく、面と向かって最後に話がしたいだけなのに、それすらも許さないというのか。自分が面倒くさい男なのはわかっているが、こんな風に綺麗さっぱり全部無かったことにしようとするなら、最初から関係なんて持たないで欲しかった。
火をつけたタバコを咥え、深く煙を吸い込む。仕事中にこんなふうに抜け出すのは本意ではないのだが、ついさっきも加賀に声をかけようとしてするりと躱され、イラついていたのが雰囲気に出ていたのだろう。安藤に顔が怖いと指摘され、気持ちを切り替えるために喫煙所までやってきたのだった。
「はあー……」
避けられているのだから諦めればいいのだ、ということは頭ではわかっているのだが、もう浩司も意地になってしまっていて後には引けなくなっていた。今更会って話せるとなったとしても何を話していいかなんてもう分からなくなっているのだが、とにかくこのまま終わってしまうのは嫌だと思った。プロジェクトももうあと一ヶ月ほどで終わりを迎える。もともと立場の違う二人が会う機会は、このプロジェクトがなくなればもっと少なくなるのは目に見えていた。
短くなったタバコを咥えながら、もう一本吸って帰ろうかとポケットに手を入れたところで、浩司はポケットの中がぶるりと震えたのを感じた。スマホを取り出してみると、思わぬ名前が通知に並んでいた。
「亮介……」
ちょっと前に喧嘩してからお互い忙しかったこともあって飲みの誘いもめっきり途絶えていたのだが、久しぶりに入った着信には、いい酒が手に入ったことと、奥さんが出産で里帰りするから家に遊びに来いというような旨の台詞が並んでいた。
「ああ、もうそんな時期なのか」
結婚式を挙げた時には腹が目立つまでのギリギリのタイミングだったと聞いていた。そして、あんなに好きだった男の子供が生まれると聞いても、さして胸が動かないことに驚きと一抹の寂しさを覚えながら、浩司は自分の中で加賀の占める割合がとても大きくなっていることを再確認させられたのだった。
恋愛としては始まりすらしなかった亮介だが、気持ちがなくなってもいい友達であることには変わりはない。へべれけに飲んで酔いたい気分でもあったので、一も二もなく浩司は亮介の誘いに乗ることにしたのだった。
「おお、来たか」
久しぶりに会った亮介は以前と変わらない態度で浩司を出迎えた。前回別れた時に気まずい雰囲気だったので、玄関に出てきた亮介を見て、浩司はほっと息を吐いた。
「これ、手土産。優香さんに」
持ってきた紙袋を亮介に押し付けながら靴を脱ぐ。亮介の新居に来るのはこれが初めてだ。奥さんの趣味であろう花瓶や玄関マットを眺め、亮介も変わったなあと浩司は感慨深くなった。昔の亮介ならこんな風に家の中を弄られるのは我慢ならなかったはずだ。以前飲んだ時も不満を訴えていたが、あれから亮介なりに思う事があったらしい。
「お、ドライフルーツか。あいつ好きなんだよな」
「ならよかった。里帰り出産だって言ってたから、日持ちする方がいいかと思ってな。なあそれより本当にいいのか? 優香さんがいない間に勝手に上がらせてもらって」
土産の中を確認してリビングに向かう亮介の後ろに続きながら、浩司は気になっていたことを聞く。行くという連絡を送ってから、そもそも奥さんが嫌がるから家に呼べないと以前亮介に言われていたことを思い出したのだ。亮介は浩司の言葉を聞き、リビングの扉を開けながら肩を竦める。
「いいんだよ、たまには息抜きだって必要だろ」
これは奥さんの許可は取ってないなと思いながら、浩司は亮介の後に続いてリビングの中に入る。ソファーの向こうに見えるローテーブルの上には、所狭しと色々な酒が並んでいる。亮介はニヤリと笑い、浩司の方を振り向いた。
「まあ今夜は飲もうぜ。いい酒が手に入ったんだよな」
ガラガラ、と氷がグラスを擦る音が響く。
「何が恋人にしないって言っただろ、だ! ああ聞いたさ、聞いたけど好きになっちまったんだからしょうがないだろ!」
空になったコップをダンと乱暴に机に置いた浩司に、机の向こう側で日本酒を飲んでいた亮介がピュゥと口笛を吹く。
「珍しく荒れてんね、お前」
亮介はニヤニヤと笑いながら空になった浩司のコップに酒を注ぐ。普段はよほど嫌なことがあってもなかなか声を荒げない浩司が、特定の人物を乱暴な言葉で罵っているのがかなり面白いらしい。それでなくても、この悪友は人の不幸で酒を飲むのがこの世で一番好きだと豪語するような奴だ。
浩司は酒臭いため息を吐きながら、半分以上ヤケクソで注がれた酒を一気に煽った。強いアルコールの匂いが喉を焼く。酔えない浩司のために亮介が用意した酒だ。下戸であれば匂いだけで酔うのではないかとさえ思われた。浩司は空ける端からコップに注がれる透明な酒を眺めながら、独り言のようにクダを巻いた。
「嫌なら嫌でさっさとそう言えばいいんだ。お前のことなんか嫌いだから話もしたくないって言われたら俺だって……」
「そんで、そうやってもう二週間も逃げられてるってェわけね」
面白がるように言う亮介の顔をジロリと睨みつけ、浩司はぐいとコップを傾けた。
「まァ飲めよ、飲んで忘れちまえ、ほら」
亮介は昔から人に酒を飲ませるのが上手い男だ。自分が強いというのもあるが、相手の杯を常に一杯にして空にしたままにさせない。おまけに話を聞き出すのも上手く、学生時代から酒の席で亮介に弱みを握られた先輩後輩は後を絶たなかった。それはつまり聞き上手だという事でもあり、浩司は飲み始めて一時間も経たないうちにこれまでの事の委細を亮介に聞き出されてしまっていた。浩司自身、誰かに話を聞いて欲しかったのもある。恋愛経験のほとんどない浩司にとって、今の状況が何を意味していて加賀が何を考えているのか全く見当もつかなくて、そしてそれがとてつもなくストレスだったのだ。
浩司は亮介の家の高そうなソファに寄りかかりながら、もう何杯目かもわからない酒を空にした。頭はしっかりしているが、流石に視界がゆらゆら揺れている気がする。今までの人生で酔った事がないので確信はないが、きっとこれが酔っているという事なのだろう。浩司は俯いて、コップに向かってぐちぐちと文句を言う。
「手放すことはない、とか言ってたくせに……期待させといて本気にしたらポイ捨てとか、流石お前の従兄弟様だよな……」
「おお、褒め言葉として受け取っとくわ。お前、酔ったら結構めんどくせェのな」
「俺はもともと面倒な男だぞ……」
言いながらとうとう浩司は頭を上げていられなくなって、ローテーブルに頰をつけた。横になった視界の中で、頬杖をつきながら呆れたように笑っている亮介が目に入る。その奥には新しく増える家族のために買い込まれたベビー用品が山になって積まれていて、自分よりよほど悪い男だというのに、さっさと一人だけ幸せになった友人を恨めしい思いで見上げる。
「お前は…ちゃんと…幸せにしてやれよ…」
まぶたが重くてたまらない。何度も瞬きをするが、視界がぐらぐらと定まらず、浩司の言葉を聞いた亮介がどんな顔をしているのかはよく見えなかった。ただ、加賀とよく似たその声が、低く返事をするのだけはしっかりと耳に響いた。
「ああ」
その言葉を耳に、浩司の意識はすうっと闇に落ちていった。
カチャカチャと金属が擦れる音で、浩司の意識はふわりと覚醒した。目を開けると白い光が目に入り、眩しさに思わず眉間に皺を寄せる。自分がリビングの床に転がっていて天井が見えているのだ、と気がついた時には下半身から何かが抜ける感触とともに肌がすうっと寒くなり、浩司は驚いて身体を起こそうとした。
「う……っ、はあ……?」
頭を起こした瞬間にぐらりと視界が揺れ、それと同時に自分が手首を何かで縛られているということに気がつく。横を向いた視界の中で、すぐ近くで浩司のズボンを持っている亮介が目に入った。そして自分の下半身がむき出しであるということも。
「おまえ、」
「あーあ、もう気づいちまったわけェ? せっかく象でも酔える量の酒用意してやったっていうのによ。知ってる? お前、これ96パーもあるんだぜ?」
頭がぐらぐら揺れて、思考が上手く纏まらない。浩司は何がどうなっているのか分からずに、視線をうろつかせた。残念そうに喋っている亮介がなんで浩司のズボンを持っているのかとか、何で自分が下半身を丸出しにされているのかとか、何で両手をソファの脚に繋がれてるのかとか。しかしその疑問も、亮介が浩司の股を開くように足の間に身体を入れてきた瞬間に霧散した。思わず止めようとあげた手が、縛られているものでぐんと強く引っ張られる。
「うわ、マジ使い込まれてる感じの穴になってんじゃん」
カッと浩司の頰に血が上る。思わず振り上げた足は何なく掴まれて、尻の穴を確かめるように亮介の指が這う。嫌悪感に全身に鳥肌が立ち、冷や汗がどっと噴き出る。身の危険を感じて浩司は思わず叫んだ。
「お前、なに、何考えてんだ!」
「んー?」
亮介の態度はいつも通りだった。いたぶってやろうとか嫌がらせしようとか、からかっている風でもない。それが尚更恐ろしく、浩司は亮介の手から逃れようと脚をばたつかせる。しかし酔いの回りきった身体は思ったほどの力が出ず、亮介にうるさげな顔で片足の付け根に乗られ、動きを封じられる。
「俺さァ、あの人嫌いなんだよな」
つぷり、と穴に指を入れられ、浩司の全身が総毛だった。潤滑油もなにもない指が、先の方だけ遊ぶようにつぷつぷと出入りを繰り返す。思わず恥も外聞もなくやめろと喚いたが、亮介は浩司のそんな声には一切耳を貸さずに、楽しげに言葉を続ける。
「お前、あの人にめっちゃ気に入られてるみたいじゃん? あの人の前の彼氏みたいにさァ、お前もぶっ壊してやったら、あの人どんな顔すんだろうなァ?」
その台詞に浩司は思わずバタつかせていた脚をぴたりと止めた。
『あんな別れ方したもんだからーー』
以前ママが言っていた言葉が思い出される。心臓が嫌な音を立て、こめかみを冷たい汗がつたう。
「お前……」
「お前もさァ、俺のこと好きだったんじゃねェの? 簡単にあの人に尻尾振りやがってさあ……」
そのあまりの言い草に、思わず浩司は状況も忘れて拘束されていない方の脚で思い切り亮介を蹴り飛ばす。予想外だったのだろう、身体を退かすことはできなかったが、うまいこと亮介のこめかみに爪先が掠める。しかし、それが悪手だったというのはすぐに分かった。
「ってェな!」
パンッ、と亮介の大きな手が浩司の頬を思い切り叩いた。ぐらりと脳が揺れる感覚に浩司は一瞬意識が飛ぶのを感じた。軍人だった祖父を持つ亮介は、人よりも的確に相手の行動を奪うすべを持っている。返す手でもう数度頬を叩かれた後には、浩司はもう半分意識を飛ばしてしまっていた。
「最後までやる気ァなかったけど、気が変わったわ。泣かす」
ギラつく瞳がこちらを見ている、と気がついた時には、浩司の意識はすうと飛んでいってしまっていた。
ガンッ、と非常口の横に置かれた灰皿を蹴り飛ばす。浩司はイライラと頭を掻き毟りながら、ポケットを弄ってタバコの箱を取り出した。ここ数日めっきり増えた喫煙量で、箱の中身はもう残り少なくなっていた。
あの会議の日から二週間、話をしようとしてはなんだかんだと加賀に逃げられる日々が続いていた。最初は戸惑っていたしいちいち胸を痛めていた浩司だったが、何度も続くうちに次第にムカムカと怒りがこみ上げてきたのだった。こちらは何も追いすがろうとか引き留めようとかしているわけではない。ただ、あんな雰囲気に引きずられた告白で全部終わらせてしまうのではなく、面と向かって最後に話がしたいだけなのに、それすらも許さないというのか。自分が面倒くさい男なのはわかっているが、こんな風に綺麗さっぱり全部無かったことにしようとするなら、最初から関係なんて持たないで欲しかった。
火をつけたタバコを咥え、深く煙を吸い込む。仕事中にこんなふうに抜け出すのは本意ではないのだが、ついさっきも加賀に声をかけようとしてするりと躱され、イラついていたのが雰囲気に出ていたのだろう。安藤に顔が怖いと指摘され、気持ちを切り替えるために喫煙所までやってきたのだった。
「はあー……」
避けられているのだから諦めればいいのだ、ということは頭ではわかっているのだが、もう浩司も意地になってしまっていて後には引けなくなっていた。今更会って話せるとなったとしても何を話していいかなんてもう分からなくなっているのだが、とにかくこのまま終わってしまうのは嫌だと思った。プロジェクトももうあと一ヶ月ほどで終わりを迎える。もともと立場の違う二人が会う機会は、このプロジェクトがなくなればもっと少なくなるのは目に見えていた。
短くなったタバコを咥えながら、もう一本吸って帰ろうかとポケットに手を入れたところで、浩司はポケットの中がぶるりと震えたのを感じた。スマホを取り出してみると、思わぬ名前が通知に並んでいた。
「亮介……」
ちょっと前に喧嘩してからお互い忙しかったこともあって飲みの誘いもめっきり途絶えていたのだが、久しぶりに入った着信には、いい酒が手に入ったことと、奥さんが出産で里帰りするから家に遊びに来いというような旨の台詞が並んでいた。
「ああ、もうそんな時期なのか」
結婚式を挙げた時には腹が目立つまでのギリギリのタイミングだったと聞いていた。そして、あんなに好きだった男の子供が生まれると聞いても、さして胸が動かないことに驚きと一抹の寂しさを覚えながら、浩司は自分の中で加賀の占める割合がとても大きくなっていることを再確認させられたのだった。
恋愛としては始まりすらしなかった亮介だが、気持ちがなくなってもいい友達であることには変わりはない。へべれけに飲んで酔いたい気分でもあったので、一も二もなく浩司は亮介の誘いに乗ることにしたのだった。
「おお、来たか」
久しぶりに会った亮介は以前と変わらない態度で浩司を出迎えた。前回別れた時に気まずい雰囲気だったので、玄関に出てきた亮介を見て、浩司はほっと息を吐いた。
「これ、手土産。優香さんに」
持ってきた紙袋を亮介に押し付けながら靴を脱ぐ。亮介の新居に来るのはこれが初めてだ。奥さんの趣味であろう花瓶や玄関マットを眺め、亮介も変わったなあと浩司は感慨深くなった。昔の亮介ならこんな風に家の中を弄られるのは我慢ならなかったはずだ。以前飲んだ時も不満を訴えていたが、あれから亮介なりに思う事があったらしい。
「お、ドライフルーツか。あいつ好きなんだよな」
「ならよかった。里帰り出産だって言ってたから、日持ちする方がいいかと思ってな。なあそれより本当にいいのか? 優香さんがいない間に勝手に上がらせてもらって」
土産の中を確認してリビングに向かう亮介の後ろに続きながら、浩司は気になっていたことを聞く。行くという連絡を送ってから、そもそも奥さんが嫌がるから家に呼べないと以前亮介に言われていたことを思い出したのだ。亮介は浩司の言葉を聞き、リビングの扉を開けながら肩を竦める。
「いいんだよ、たまには息抜きだって必要だろ」
これは奥さんの許可は取ってないなと思いながら、浩司は亮介の後に続いてリビングの中に入る。ソファーの向こうに見えるローテーブルの上には、所狭しと色々な酒が並んでいる。亮介はニヤリと笑い、浩司の方を振り向いた。
「まあ今夜は飲もうぜ。いい酒が手に入ったんだよな」
ガラガラ、と氷がグラスを擦る音が響く。
「何が恋人にしないって言っただろ、だ! ああ聞いたさ、聞いたけど好きになっちまったんだからしょうがないだろ!」
空になったコップをダンと乱暴に机に置いた浩司に、机の向こう側で日本酒を飲んでいた亮介がピュゥと口笛を吹く。
「珍しく荒れてんね、お前」
亮介はニヤニヤと笑いながら空になった浩司のコップに酒を注ぐ。普段はよほど嫌なことがあってもなかなか声を荒げない浩司が、特定の人物を乱暴な言葉で罵っているのがかなり面白いらしい。それでなくても、この悪友は人の不幸で酒を飲むのがこの世で一番好きだと豪語するような奴だ。
浩司は酒臭いため息を吐きながら、半分以上ヤケクソで注がれた酒を一気に煽った。強いアルコールの匂いが喉を焼く。酔えない浩司のために亮介が用意した酒だ。下戸であれば匂いだけで酔うのではないかとさえ思われた。浩司は空ける端からコップに注がれる透明な酒を眺めながら、独り言のようにクダを巻いた。
「嫌なら嫌でさっさとそう言えばいいんだ。お前のことなんか嫌いだから話もしたくないって言われたら俺だって……」
「そんで、そうやってもう二週間も逃げられてるってェわけね」
面白がるように言う亮介の顔をジロリと睨みつけ、浩司はぐいとコップを傾けた。
「まァ飲めよ、飲んで忘れちまえ、ほら」
亮介は昔から人に酒を飲ませるのが上手い男だ。自分が強いというのもあるが、相手の杯を常に一杯にして空にしたままにさせない。おまけに話を聞き出すのも上手く、学生時代から酒の席で亮介に弱みを握られた先輩後輩は後を絶たなかった。それはつまり聞き上手だという事でもあり、浩司は飲み始めて一時間も経たないうちにこれまでの事の委細を亮介に聞き出されてしまっていた。浩司自身、誰かに話を聞いて欲しかったのもある。恋愛経験のほとんどない浩司にとって、今の状況が何を意味していて加賀が何を考えているのか全く見当もつかなくて、そしてそれがとてつもなくストレスだったのだ。
浩司は亮介の家の高そうなソファに寄りかかりながら、もう何杯目かもわからない酒を空にした。頭はしっかりしているが、流石に視界がゆらゆら揺れている気がする。今までの人生で酔った事がないので確信はないが、きっとこれが酔っているという事なのだろう。浩司は俯いて、コップに向かってぐちぐちと文句を言う。
「手放すことはない、とか言ってたくせに……期待させといて本気にしたらポイ捨てとか、流石お前の従兄弟様だよな……」
「おお、褒め言葉として受け取っとくわ。お前、酔ったら結構めんどくせェのな」
「俺はもともと面倒な男だぞ……」
言いながらとうとう浩司は頭を上げていられなくなって、ローテーブルに頰をつけた。横になった視界の中で、頬杖をつきながら呆れたように笑っている亮介が目に入る。その奥には新しく増える家族のために買い込まれたベビー用品が山になって積まれていて、自分よりよほど悪い男だというのに、さっさと一人だけ幸せになった友人を恨めしい思いで見上げる。
「お前は…ちゃんと…幸せにしてやれよ…」
まぶたが重くてたまらない。何度も瞬きをするが、視界がぐらぐらと定まらず、浩司の言葉を聞いた亮介がどんな顔をしているのかはよく見えなかった。ただ、加賀とよく似たその声が、低く返事をするのだけはしっかりと耳に響いた。
「ああ」
その言葉を耳に、浩司の意識はすうっと闇に落ちていった。
カチャカチャと金属が擦れる音で、浩司の意識はふわりと覚醒した。目を開けると白い光が目に入り、眩しさに思わず眉間に皺を寄せる。自分がリビングの床に転がっていて天井が見えているのだ、と気がついた時には下半身から何かが抜ける感触とともに肌がすうっと寒くなり、浩司は驚いて身体を起こそうとした。
「う……っ、はあ……?」
頭を起こした瞬間にぐらりと視界が揺れ、それと同時に自分が手首を何かで縛られているということに気がつく。横を向いた視界の中で、すぐ近くで浩司のズボンを持っている亮介が目に入った。そして自分の下半身がむき出しであるということも。
「おまえ、」
「あーあ、もう気づいちまったわけェ? せっかく象でも酔える量の酒用意してやったっていうのによ。知ってる? お前、これ96パーもあるんだぜ?」
頭がぐらぐら揺れて、思考が上手く纏まらない。浩司は何がどうなっているのか分からずに、視線をうろつかせた。残念そうに喋っている亮介がなんで浩司のズボンを持っているのかとか、何で自分が下半身を丸出しにされているのかとか、何で両手をソファの脚に繋がれてるのかとか。しかしその疑問も、亮介が浩司の股を開くように足の間に身体を入れてきた瞬間に霧散した。思わず止めようとあげた手が、縛られているものでぐんと強く引っ張られる。
「うわ、マジ使い込まれてる感じの穴になってんじゃん」
カッと浩司の頰に血が上る。思わず振り上げた足は何なく掴まれて、尻の穴を確かめるように亮介の指が這う。嫌悪感に全身に鳥肌が立ち、冷や汗がどっと噴き出る。身の危険を感じて浩司は思わず叫んだ。
「お前、なに、何考えてんだ!」
「んー?」
亮介の態度はいつも通りだった。いたぶってやろうとか嫌がらせしようとか、からかっている風でもない。それが尚更恐ろしく、浩司は亮介の手から逃れようと脚をばたつかせる。しかし酔いの回りきった身体は思ったほどの力が出ず、亮介にうるさげな顔で片足の付け根に乗られ、動きを封じられる。
「俺さァ、あの人嫌いなんだよな」
つぷり、と穴に指を入れられ、浩司の全身が総毛だった。潤滑油もなにもない指が、先の方だけ遊ぶようにつぷつぷと出入りを繰り返す。思わず恥も外聞もなくやめろと喚いたが、亮介は浩司のそんな声には一切耳を貸さずに、楽しげに言葉を続ける。
「お前、あの人にめっちゃ気に入られてるみたいじゃん? あの人の前の彼氏みたいにさァ、お前もぶっ壊してやったら、あの人どんな顔すんだろうなァ?」
その台詞に浩司は思わずバタつかせていた脚をぴたりと止めた。
『あんな別れ方したもんだからーー』
以前ママが言っていた言葉が思い出される。心臓が嫌な音を立て、こめかみを冷たい汗がつたう。
「お前……」
「お前もさァ、俺のこと好きだったんじゃねェの? 簡単にあの人に尻尾振りやがってさあ……」
そのあまりの言い草に、思わず浩司は状況も忘れて拘束されていない方の脚で思い切り亮介を蹴り飛ばす。予想外だったのだろう、身体を退かすことはできなかったが、うまいこと亮介のこめかみに爪先が掠める。しかし、それが悪手だったというのはすぐに分かった。
「ってェな!」
パンッ、と亮介の大きな手が浩司の頬を思い切り叩いた。ぐらりと脳が揺れる感覚に浩司は一瞬意識が飛ぶのを感じた。軍人だった祖父を持つ亮介は、人よりも的確に相手の行動を奪うすべを持っている。返す手でもう数度頬を叩かれた後には、浩司はもう半分意識を飛ばしてしまっていた。
「最後までやる気ァなかったけど、気が変わったわ。泣かす」
ギラつく瞳がこちらを見ている、と気がついた時には、浩司の意識はすうと飛んでいってしまっていた。
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