拗らせた恋の行方は

山田太郎

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身体だけの関係※

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 部屋の中に、ぱんぱんと肉を打つ濡れた音が響いていた。
 風呂から上がるなり、服も着ずに寝室に雪崩れ込み、浩司と加賀は互いの体を貪り合った。薄暗い部屋の中、二人は荒い息を吐きながらベッドを軋ませる。
「っ、あぁ……も、…っ」
 蓄積された快感が爆発しそうになり、背筋をぐっとしならせ、浩司は中のものを締め付ける。大柄な身体が動くたび、ベッドがギイと悲鳴のような音を上げた。ほぐされ、濡れそぼった浩司の後孔には加賀の長大なものが何度も出入りを繰り返し、その度にそれは浩司に耐えがたい快楽をもたらしていた。
「おっと、まだイくなよ」
 浩司がイキそうになったのを察したのだろう。加賀は動きを止めて浩司にキスを落とす。行き場を失った快感が身体の中で暴れ狂って、浩司は切なく腰を揺らした。さっきからずっとこうだ。全てを奪い、塗り替えるような前回のセックスと違い、今回のはぬるい快楽に溺れそうな、重く甘ったるいセックスだった。
 イきそうになるたびに攻めの手を緩められ、性感ばかりが高められているのを感じる。イかされまくった前回も辛かったが、イかせてもらえないのに延々気持ちいい今回のセックスも、辛さとしては同等だった。快感に波がない分、本当にずっと気持ちがいい。
 軽く唇を合わせるようなキスを何度もする。浩司が幾分落ち着いたところで加賀がまた動き始め、確かめるようにトントンと奥まで突き入れられる。触れ合っている中が溶けるように熱く、浩司はイヤイヤをするように首を振った。
「か、加賀さん…っ」
「んー…? 気持ちいいな?」
 自分の声が甘えた、媚を含んだものになっているのには気がついていたが、どうにもならなかった。ただこの甘い地獄から早く解放して欲しくて、加賀の名前を呼ぶ。下腹は下生えまで先ばしりでびしょびしょで、立ち上がったままの陰茎が切なく震えた。
 加賀は浩司の様子を見て優しく微笑むと、宥めるように肩に担いだ内腿に唇で触れる。
「そうだなあ、もうそろそろいいか」
 言葉と共に力強い腕に腰を引き寄せられ、これまでよりもさらに結合が深くなる。奥の窄まりをぐっと押し上げられ、浩司は目を見開いてのけぞった。
「イ……っ」
 その瞬間、浩司は呆気なくイってしまっていた。溜まりに溜まった快感が爆発し、全身を貫く。声も出せないほどの快楽に、腰が震え、内腿がぶるぶると痙攣した。中が精を搾り取るようにうねるのがわかる。ただイかされただけではない、腹の奥の、かなり深いところまで快感を引き出されている。
 加賀もイきそうなのだろう、堪えるように眉根が寄り、腰の動きが早くなる。先端が奥の窄まりに届くたび、浩司は自分の体が意に反して何度も繰り返しイってしまっているのを感じていた。まるで暴力のような快楽は、数秒にも、数分にも思えた。
「っ」
 滲む視界の中、加賀が動きを止めて息を詰めたのが聞こえた。中がじわりと熱くなる感触に、浩司はまた身体をこわばらせ、びくびくと震える。
 加賀はそのままゆっくりと身を起こし、満足げにため息をついた。余裕そうな加賀とは対照的に浩司は上がりきった息が中々整わず、思わず荒い息を漏らしながら抗議の声を上げる。
「…っ、はあ…、何だよ、今の…」
「うん? よかっただろ、今回も。結腸はしっかり慣らさないと痛いだけだからな。でも、上手く感じられたら気持ちいいだろ」
 加賀は笑いながら汗で張り付いた髪をかきあげ、サイドテーブルに置いていたペットボトルをぷしゅりと開けて水を飲む。浩司はそれを横目で眺めながら、のろのろとベッドの上に起き上がった。
 確かに気持ちよかったが、まだ中がじくじくと疼き、気を抜くと濡れた声を上げそうになる。浩司はため息をつき、ヘッドボードに寄り掛かった。セックスの興奮が覚めてくると、またやってしまった、という苦い後悔が込み上げてくる。その一方で、加賀と繋がれて嬉しいという気持ちが胸の内にあるのも、否定できない事実だった。
「あんたといると、駄目になりそうだ」
 浩司の言葉に、加賀は驚いたように目をぱちくりとさせ、次いで納得したように破顔した。
「駄目にしたいんだよ、俺は」








 この日を境に浩司と加賀は、時折セックスをするようになった。頻度はそう多くないが、時間が合って夕飯を一緒に食べた日は大体そういう流れになる。加賀から誘われることの方が多かったが、浩司から誘うこともあった。
 二人の関係にあえて名前をつけるとしたら、セフレということになるのだろう。ただの友人でしかなかった亮介の時より名前の上での関係は上がったようで、状況は亮介の時よりもよほど悪かった。あの頃の亮介にたとえ浩司が何かの気の迷いで好きだと伝えていたとしても、彼が浩司を手放すことはなかっただろう。でも、加賀は違う。浩司が好きだと言った瞬間に、躊躇いもなく浩司のことを切り捨てるだろう。二人はよく似ていたが、そういった冷淡さにかけては間違いなく加賀の方が上だった。
「こんな時に考え事とは、余裕だなあ」
「ちが…っ、あっ、そこ、や…っ」
 浩司が行為に集中していないことに気がついたのだろう。ベッドに横たわった加賀が、上に跨った浩司の腰を掴み、良いところに当てるように揺すぶる。先端が奥の窄まりを押し上げると、ここ数度の交合ですっかり開発されきったそこからゾクゾクと甘い痺れが背筋を這い上がり、浩司はたまらずに足でシーツを引っ掻いた。快感を逃そうにも、動けないようにしっかりと捕まえられているせいで、ダイレクトに脳髄まで響く。
 そのまま身を起こした加賀に体勢を入れ替えられ、執拗にそこを責められる。身体を作り変えられるような快感に、浩司は悲鳴を上げて身体をくねらせる。
「あっ、おくっ、奥やめ…っああ」
「なんで? お前、好きだろう、ここ。俺も、すごくいい」
 良すぎるから辛いんだよ!と言い返したかったが、気持ちよさそうに息を吐く加賀を見て、浩司は諦めて近づけられた唇を受け入れた。
 結局こうやって加賀が満足する頃には浩司は毎回すっかりバテきってしまい、流されるままに家に泊まっていってしまう。泊まる頻度が高くなると、少しでも住みやすくするために、加賀の家のあちこちに浩司の私物が置かれるようになっていっている。事後、シャワーから出たところで洗面所に二つ並んだ歯ブラシとコップが目に入り、浩司はぐしゃりと髪をかき回した。
「新婚かっつーの…」
 自分で叩いた軽口に、なに浮かれているんだと恥ずかしくなって頰がじわりと熱くなる。どんなに恋人っぽく振る舞ってみたとしても、所詮加賀と浩司の関係性はセフレでしかない。それを弁えなければ簡単に捨てられるし、二度とこうして家に泊まったりすることもなくなるだろう。わかっている。わかっているのだ。
 これがよくない状況だというのは嫌というほど自覚していた。身体だけの関係はもう沢山だとあれほど言っておきながら、今の状況はそれ以外の何物でもない。ママが言っていたように、それに心がついてくるならまだしも、そんな見込みはさらさらない。
 少なくとも、可愛い後輩ぐらいには気に入られてはいるのだと思う。ノンケだった亮介よりも、余程可能性としては高いに違いない。でも、未だに浩司の心の柔らかい部分は傷ついたままで、好きだから付き合ってほしいだなんて、淡い期待を抱いてそんな告白をして、もし拒絶されたら、きっともう立ち直れない。それぐらいならまだこのままがいいーーとずるずると踏ん切りがつかないまま、この曖昧な関係を続けてしまっている。
「ママ、もう一杯」
「んもう、まだ飲むの、大澤ちゃん。アナタが強いのは知ってるけど、もうそのぐらいにしておきなさいな」
 カランと何度目かの氷がグラスに当たる音に、ママは眉をひそめて浩司をたしなめた。もう何杯もかなりきつめの酒を空けている。酒に弱い人なら一杯でへべれけになるような強さだ。ママが心配するのも無理はない。
 浩司は酒臭いため息を吐きながら、空になったグラスを揺らした。ママの言うように酔えればいいのに、飲んでも飲んでも酔いがやってくる気配はひとつもなかった。荒んだ雰囲気を察したのか、久しぶりにバーに顔を出したというのに、浩司に声をかけてくる人も一人もいない。
「最近ここに来なかったから、誰かいい人でも出来たかと思ったのに。もしかして、喧嘩でもした?」
 ママが困ったように笑ってそう言うのを聞いて、浩司は苦笑いを浮かべた。喧嘩なんてするような関係にすらなれていないのだから。
「いい人なんて出来てないですよ。喧嘩もしてません。ただ、ママの言うように身体から入ってはみたものの、こう、疲れてしまって」
 加賀から誘いがあるたびに嬉しくなって、抱かれるたびに虚しくなる。そして、いつか加賀の気まぐれが終わる日が来ると思うと胸が苦しくてーーそんな日々に浩司は少し、疲れてしまっていた。加賀の触れる指は優しくて、まるで好きだと言われているようで、恋人にはしてやれないと言ったのは加賀の方なのに、一体どう言うつもりでそんな風に振る舞ってくるのか問いただしたくなる。身体だけの関係なのなら、それらしくいい加減に扱ってほしい。期待させないでほしい。
 責めるつもりはなかったのだが、ママはカウンターの中でバツが悪そうな顔をする。
「ヤダ…そうだったの。ごめんなさい、アタシ無責任なこと言ったわね」
「いえ、違うんです。俺が全然割り切れてないだけで……俺こそすみません、こんな話をするつもりじゃなかったんですが」
 ママに謝られたことで、自分がずいぶんと甘ったれたことを言っていることに気がつき、浩司は思わず赤面した。自覚はないが、もしかしたら酔っているのかもしれない。ママが優しく、聞き上手なものだからつい話すつもりのないことまで話してしまう。
「今日はもう帰ります。くだらないこと言ってすみませんでした」
「くだらなくなんてないわよォ、またいつでも話聞くからね」
 浩司は苦笑して勘定を済ませ、店の出口へ歩いていった。そのコートを羽織った後ろ姿が店の外へ出ていくのを見届けてから、ママは笑顔を消して、浩司が店にやってきてから後ろのブースに身を隠していた友人を振り返る。衝立の影から出てきた加賀は、カウンターの椅子に腰掛けながらひらひらと手を振る。
「酒くれよ、太田」
「バーの中じゃママだっつってんだろ。ねえ、わかってんでしょ、言いたいこと」
 ママは野太い声で言い返しながら、困った友人にため息をついて酒を作り始めた。カウンターの中に向ける加賀の顔はぞっとするほど冷たく、いつもの飄々とした男の片鱗はない。ママーー太田にとっては、加賀という男はこちらの方が馴染み深い姿だった。
「あんまりあの子のコト、振り回さないようにしなさいよォ。かわいそうじゃない。気に入ってるんでしょ?」
 マドラーで酒をかき混ぜながら、ママは小声で小言を言う。言ったって聞く男ではないが、浩司の姿を見てしまえば言わずにはいられない。
「別に、そんなんじゃないさ」
 その言葉がなんだか白々しく聞こえて、ママは顔をしかめる。浩司のことを気に入ってはいるとは思っていたが、いつもの戯れだと思っていた。しかし、これはもしかしてーー。
「まあ、いなくなってから後悔しないようにしなさいよ」
 加賀は何も答えなかった。ママはまた、大きくため息をついて、この馬鹿な友人に出すツマミを作り始めた。
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