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第5章

第300話

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「……よし、仕掛けるぞ! 皆、打ち合わせ通りに頼む!」

 思い思いに返事しながら、予定通りの配置に散らばっていく面々。
 オレ、兄、亜衣が前衛。
 トムとマチルダが中衛。
 エネア、カタリナ、トリアが後衛。
 沙奈良ちゃんが更に後方に控えるフォーメーションだ。

 前衛はとにかく動き回りつつ最大限のダメージを与え、いわゆるヘイトを自分達に集中させて後衛を結果的に護る役割。
 機動力に優れたトムとマチルダを前衛にしなかったのは、前後のバランスを取る遊撃役を期待してのこと。
 トムにしてもマチルダにしても、近接戦闘から遠距離戦まで器用にこなすし、オレ達がアジ・ダハーカの注意を惹ききれない場合などには特に頑張ってもらうつもりだ。
 アジ・ダハーカの異名は『サウザンドスペル』。
 今のところ大して魔法のバリエーションを見せていないが、本気になったらどんな魔法が飛び出してくるか分からない。
 どのような魔法が来ても対応する必要が有るわけだが、魔法行使能力に特に優れたエネアにトリア、それからカタリナが迎撃と支援を引き受けてくれるなら、かなりの確率で対抗することが出来ると思う。
 沙奈良ちゃんは最後方から固定砲台の様な役割に徹してもらう。
 エネア達がアジ・ダハーカの魔法に備える分だけ、不足しそうな火力を沙奈良ちゃんに補ってもらう恰好になる。
 クリストフォルスが気を利かせたのか、沙奈良ちゃんの盾になるかのように、彼の操るリビングドールやゴーレム達が接近して来た。
 どれだけ役に立つかは正直に言えば不明瞭だが、今は少しでも戦力が欲しい。
 クリストフォルスの好意は、純粋に有り難く思える。


「まずは……オレがいく!」

 先陣を切って兄が動いた。
 アジ・ダハーカの首を狙っての【瞬転移】だ。
 ターゲットは右側の首。
 形容しようが無い程に太い首を狙った斬擊は、特に回避する気配すら見せないアジ・ダハーカの首を半ばまで斬り裂いた。
 ……まだ足らなかったか。

 亜衣も負けじと左側の首を狙って、猛然と駆け寄っていく。
 また一段と速くなっている。
 特に移動系スキルが有るわけでは無さそうなのに【神語魔法】特有の銀光を全身に宿した亜衣のスピードは、一瞬その姿を見失いかけたほどだ。
 勢いそのまま袈裟懸けに薙刀を振り下ろした亜衣だったが、やはりこちらもアジ・ダハーカの太すぎる首を完全に斬り離すまでには至らなかった。

 もちろん、オレも見ているだけでは無い。
 兄と亜衣のみに限らず、戦場全体を【遠隔視】の俯瞰の視点で見下ろしながら突進していた。
 オレが担当するのは中央の首。
 近寄るだけでも盛大に鳴り響く【危機察知】の警報に気圧されそうになる自分を奮い起たせて、一気呵成に連続して槍を繰り出す。
 一撃一撃が、必殺の気合いを籠めた渾身の刺突。
 次々に強大なモンスター達が這い出して来るが、それすらも物のついでに屠りながら槍を振るい続ける。
 突き、刺し、殴り、斬り裂き、薙ぎ払う。

 アジ・ダハーカから放たれる反撃の魔法や、倒しきれなかった眷族達には構わない。
 オレには信頼出来る仲間達がいる。
 実際、漆黒のモンスター達はオレが倒すまでも無く、トムの投擲武器や魔法、マチルダが魔法を付与して放つ矢によって葬られていく。
 魔法もオレの支援を担当するエネアによって、全て相殺されている。
 亜衣も兄も、オレと同じく攻撃に専念しているのが視えた。
 アジ・ダハーカがオレ達を明確に敵として認識する前に、可能な限りハイペースで蛇龍の存在力を奪わなくてはならない。
 オレ達にはアジ・ダハーカの魔法を躱すために手を休めている暇や、眷族のモンスター達を必要以上に相手にしている時間は無いのだ。

 ◆

 沙奈良ちゃんの魔法は、最初こそ威力不足で目立った成果を挙げられなかった。
 しかし、時間を追うごとに状況が変わっていく。
 今やアジ・ダハーカの魔法抵抗力を、沙奈良ちゃんの魔法威力が上回ってきている。
 沙奈良ちゃんが魔法攻撃のメインを担っているのは、決して不思議では無い。
 沙奈良ちゃんだけが使える魔法というものが特に無いのは事実だが、各種の属性魔法のスキルレベルについては、沙奈良ちゃんが頭一つ抜けている。
 エネアとトリアは精霊魔法。
 カタリナは空間魔法と創造魔法。
 オレは無属性魔法と神語魔法。
 それぞれに得意としている魔法が違うわけだが、沙奈良ちゃんのストロングポイントは、各種の属性魔法ということになる。

 器用貧乏なオレはもちろん、全ての属性魔法を高度に使いこなしていたカタリナさえも、今の沙奈良ちゃんの属性魔法には少しばかり遅れを取っているのだ。
 沙奈良ちゃんは、あまり無属性魔法に興味を示さなかった。
 無属性魔法は純粋な魔力を扱う魔法だからこそ、効き目が彼我の魔力の多寡によって随分と変わって来る。
 オレやカタリナが無属性魔法の習熟に熱心だったのは、少なからず自らの魔力や魔法行使能力に自信が有ったからだし、実際にかなりの成果を挙げていた。
 魔力さえ上回れば、大半のモンスターには抜群に効くのが無属性魔法。
 沙奈良ちゃんは、それをデメリットとして捉えたのだ。
 実際こうして圧倒的に相手の方が保有魔力や魔法行使能力、魔法抵抗力に優れている場合、ほとんど効果が無いのも事実。
 だからこそ沙奈良ちゃんは、一心不乱に属性魔法の腕を磨いた。
 それなり以上のセンスが有ったロングスピアもスッパリ諦め、魔法の腕を磨き続けたのだ。
 今、その努力がついに花開いた。
 亜衣が、兄が……何度も何度もチャレンジしては、あと一歩のところで斬り落とすことの出来なかったアジ・ダハーカの首を、沙奈良ちゃんの放った魔法が胴体から切り離したのだ。

 そして……

 これまでは至極ぞんざいにオレ達の相手をしていたアジ・ダハーカが、ようやくオレ達を敵として認識したのも、この時からだった。
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