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第5章

第293話

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 全てを呑み込まれる……到底そんなことは許容出来ない。

 だが、アジ・ダハーカとは不死身の存在だ。
 それは、こちらの世界に伝わっている話でもそうだし、あちらの世界の伝説においても同じことが言える。
 どうやって倒せば良いのか分からない。
 分からないのに……蛇王がついにその存在を保てずに消え去っていく光景が、オレの眼に飛び込んで来た。

 兄の斬撃で斬られた首が、再び生えることはついに無かったのだ。
 これまでは違っていた。
 腕を斬ろうが、翼を斬ろうが、肩の蛇を両断しようが、頭を断ち割ろうが、事も無げに再生してきた蛇王。
 その存在が潰えたのは、オレの予想が正しかったことを裏付けている。

『やりましたニャ! あとはあのクモを倒せば……』

「待て、トム!」

『ウニャ!? なんで止めるのですかニャ?』

「あのクモを倒したらアレが襲って来るかもしれないぞ?」

『ニャニャ! それは……たしかに』

 トムを制止した甲斐は有り、最後に残った漆黒のクモはトリアの魔法で縛られて、その身動きを封じられている。
 前線に出ていた兄も、オレ達が最後の敵を倒さないことを不思議に思ったのか、オレの間近に転移して来た。
 
「ヒデ、どうした? あとは、あのクモを倒して終いだろ?」

「そしたら、いよいよアレと戦わなくちゃいけなくなるよ? カタリナにアレを刺激しないように言われたの、兄ちゃんだろ?」

「……あ」

「いやいやいやいや、忘れてたの!?」

「あぁ、忘れてた」

 ……清々しく親指を立てて笑わないで欲しい。

『でも、どうするの? あの壁が有る限り、ここからは逃げられないでしょ?』

 マチルダの言う通り、あちらから入って来る分には問題無いが、こちら側から逃げ出すことは出来ない。

「……どうしたら良いと思う? 色々と考えてはみたけどさ。蛇王と同じ倒し方をするにしても、今度はアレの攻撃を防ぎながら戦う必要があるし、アレに蛇王と同じ倒し方が通用するかも博打なんだよね」

「オレには見当も付かないな。やってみるしか無いとは思うが……カタリナが来るのを待つか?」

「待っている間もサウザンドスペルの領域は拡がっているのだけど……たしかに勝算の無いまま戦闘を本格化させるのは得策では無いわね」

『問題は魔法だよね。さっきヒデ達が話しているのを聞いてただけでも、見たことも聞いたことも無いような魔法が飛び出して来る可能性が高そうじゃない?』

『こうして我輩達が戦う手を休めている間も、次々に力が送られて来ているのですニャ。皆様、あちこちで戦っているのは間違い無いのですニャー。待つことが有利に働く可能性も否定出来ませんニャ』

 そんなオレ達の懊悩を知ってか知らでか、アジ・ダハーカにさしたる動きは無い。
 巨大な身体を宙に浮かべたまま、ドーム状の障壁の拡大に魔力を注ぎ続けている。
 注意して見ていたから気付けたことではあるが、配下のモンスターの数が少ない時と多い時とでは、その拡張ペースに僅かながら差が有るようだ。
 とは言え、ほんの僅かな違い。
 アジ・ダハーカにとっては片手間程度の援護魔法で、あれだけ眷族の魔物が手強い存在に化けたのだから、その保有魔力量や魔法行使能力が異常なレベルにあることは、もはや疑いようも無い。
 そんな最悪の蛇龍がこれほど長時間、その魔力を注ぎ続けているにも拘わらず、ドーム状の障壁の拡大ペースは決して早いとも言えないのだから、これがいかに規格外の魔法であることかが分かる。
 この膨大過ぎるほどに膨大な魔力を、オレ達への攻撃に使ってきたら……ちょっと、想像すらしたくない規模の大魔法が飛んで来そうだ。

「おい! ヒデ! あれ……」

 兄が指差す先……地面に縛りつけたままだったクモが居るところ。
 そこにアジ・ダハーカがおもむろに魔法を放った。
 いつもの支援魔法かと思ったが、後から後から降り注ぐ魔法光が、漆黒のクモ筈のモノを変容させていく。
 ようやく光が薄れた時、そこに立っていたのは紫色の肌で銀髪の妙齢の美女。
 ところどころにクモだった時の特徴を残してはいるが、一糸纏わぬその姿から受ける印象には色気や容姿の美しさ以上に際立つものが有った。
 表情は一見すると優しげなのに、言い様の無い嫌悪感が先に立つ。
 ……邪悪そのもの。
 どうしてそう思ったのかは、まるで説明が出来ない。
 恐らくは、生物的な本能の鳴らす警鐘なのだろう。
 そして暴力的なまでのプレッシャー。

 強い……。

 蛇王など比較にならないほどの強者で有ることだけは、どうやら間違い無さそうだ。

「なによ、アレ……とんでもない化け物じゃない」

「……だな。ヒデ、どうする? またオレが前に出て抑えようか?」

「いや、今回は2人でいこう。トリア、マチルダ、トム、援護を頼む」

「えぇ。2人とも、くれぐれも気を付けてね?」

『うん。でも、いざとなったら私も前に出るからね』

『我輩も、ですニャ!』

 今のオレ達から見ても、アレが明らかに格上の存在であることは間違い無い。
 間違いは無いのだが、これまで散々アジ・ダハーカを眼にしながら戦ってきたオレ達が、今さらその眷族ごときに怯む筈も無かった。

「よし、いくか!」

「うん。初手は……」

「お互いに転移からの奇襲。そうだろ?」

「もちろん! じゃあ……いくよ?」

「おう!」
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