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第3章

第162話

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 第8層に出現したモンスターは、最初はトロルやオーガなどの重量級亜人系や、リビングスタチューやガーゴイルなどの魔法生物系が主体だったが、次第に悪魔系や下位の天使、劣化版機械の女神など、かなり手強い敵が混ざるようになってきた。

 そして最も数が多いのがアンデッドモンスターだ。
 タキシムやグール、スペクターやレイスにはじまり、さらにはスケルトンメイジ、キョンシー、レッサーバンパイアまでも行く手を阻む。
 奥に進んでいくにつれ、徐々にランクの上がっていくアンデッドモンスターは、常にモンスターの群れの一角を占めていて、先を急ぐオレの足を止めるべく次から次に群がって来る。

 一刻も早くマチルダの元へ駆け付けてやりたいのに、立ち塞がるモンスターはあまりにも数が多かった。
 第6層までとダンジョン外のモンスターの出現を完全に止めてまで、この階層に集中配備された戦力は圧巻の一語に尽きる。
 ダンジョンの原点に立ち返ったかのような複雑な造りの迷宮と、雲霞うんかのごとく押し寄せるモンスターの大群。
 近付いている筈なのに、あべこべに次第に弱まっていくマチルダの反応。

 ジリジリと焦燥に胸を焦がしながらも、オレの頭は不思議と逆に冷えていった。

 近寄るモンスターを片っ端から機械的に排除。
 オレを誘惑するかのように各所に配置された宝箱は、手早く回収していく。
 何が鍵になるか分からないのだから、無視は出来ない。
 残念ながら、そういったキーアイテムになるようなものは入っていなかったのだが……。

 これも一種の『ゾーン』に入っているのだろう。
 たとえ行き止まりにぶつかっても、冷静に手前の分岐に戻って次なる道をひたすらに進む。
 そして事務的にモンスターを排除。

 排除。

 排除。

『スキル【土魔法】を自力習得しました』

 排除。

『スキル【敏捷強化】のレベルが上がりました』

 排除、排除、排除…………。

 少しでも傷を負えば、すぐさま魔法で癒して進む。
 些細な傷でも、痛みは集中力を削ぐし、出血はポーションでも魔法でも癒せない、体力の消耗を齎すのだから当然だ。

 空を飛ぶモンスターが現れれば、そちらを見もせずに鉄球や魔法を飛ばして排除する。
 なぜか、周辺視野が異常に拡がっていた。

 見るからに討伐に時間の掛かりそうなミスリル製とおぼしきゴーレムの群れが現れれば、フェイントを織り混ぜて、僅かな隙間を駆け抜け戦闘自体を拒否。

 無意識下で、どんどん行動を最適化していく。

 戦いながらでも足は止めない。

 行き止まりに阻まれても決して慌てずに対処する。

 経験したことの無いトラップさえも【危機察知】や【直感】をフルに活用することで、難なく回避。

 とにかく、進む足は止めない。

 そうしたオレの姿を、どこか他人事のように感じながらも、広大かつ複雑極まりない迷宮を迅速に踏破していく。

 もちろん、初見のモンスターには慎重に対処しているし、分岐に当たるたびに脳内で地図を広げて少しでも早く先に進めそうな道を選び取る工夫をしたりと、客観的に見ればそれなりに時間の掛かっている場面は有ったと思う。
 それでも常人には不可能な筈の判断スピードで、今のオレが極めて難易度の高いダンジョンを、これ以上は無いほど的確に進んでいる事実には変わりはない。

 人外……いや既に理外の所業だろう。

 ダンジョンを進む機械人形にでもなった気分だ。

 機械と異なる点が有るとすれば、それはこの胸を焼き付くさんとするほどの焦燥と、視界を真っ赤に染め上げんばかりの憤怒。

 第8層も大半を踏破した後に待ち構えていた、まるでモンスターハウスのような大量のモンスターに満ちた部屋さえも、考え得る限りの最速で食い破る。

『スキル【高速詠唱】を自力習得しました』

『スキル【並列処理】を自力習得しました』

 モンスターハウスを力尽くで突破する途中、さらに上がる殲滅速度。

 幾多のモンスターを魔法で倒しているにも関わらず、ステージの上昇した【存在強奪】により、倒したモンスターから奪った魔力がオレの中に充溢じゅういつしていく。


 そして……ついにオレは明らかに他の部屋の扉とは造りの異なる重厚な扉の前に立つ。

 マチルダの反応はすぐそこ。
 ……だというのに、もはや意識を集中しなければ見失いそうになるほど、それは微弱なものになってしまっていた。


 ドアを蹴り破らんばかりに乱暴に開け、中に躍り込むと、そこに待ち受けていたのは……全裸で椅子に縛り付けられ、血の気を無くして気絶しているマチルダと、彼女に覆い被さるようにして首筋に牙を突き立てている眉目秀麗な青年の姿だった。

 ゾンビに毛が生えたような見た目のレッサーバンパイアとは、存在の格からして違う本物の……いわゆるバンパイア。
 青年の正体がであることは疑う余地もなかった。

「マチルダを放せっ!」

 たまらず怒鳴ったオレにようやく視線を向けた吸血鬼は、わざとらしいほど悠々とした態度でマチルダから牙を引き抜き、オレに正対する。

『ふむ……まさか、コレが息絶える前に貴様がここに来るとはな』

 次の瞬間、酷く耳障りな高音が直接オレの脳内に響いた。

 一見すると眉目秀麗な青年の浮かべた笑みは、耳の近くまで口の端が届きそうなほど、下卑ていて邪悪で……それは整った容姿のせいでかえって醜悪な姿に見える。
 不自然なほど長く伸びた犬歯は、直前までマチルダの血を吸っていたせいか、先端が血に濡れて赤く染まっていた。

 バンパイアがマチルダから離れたならば、一気呵成に攻めたてようと身構えていたオレだったが、その目論見は残念ながら水泡に帰する。

 吸血鬼の、まるで剣のように鋭い爪の先が意識の無いマチルダの眉間に突き付けられていて、いつでも命を奪うことが出来るのだと言わんばかりに揺れていた。

『ふふふ……せっかくこうして向き合っているのだ。少しは我の事情も聞いてくれても良いのではないか?』

 一刻も早くマチルダを救いたいところだが、こうも露骨に人質に取られるような真似をされては、迂闊に手が出せない。
 奇襲の一撃で倒せるような相手では無いし、そもそも勝てるかどうかさえ非常に怪しい相手だ。

 腐れバンパイアの事情など聞きたくも無いが、まずは対話から状況を打破するチャンスを窺うしか無いようだった。
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