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第3章

第118話

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 思わず膝を突く。

 何だコレは……?

 強大な悪魔の存在力を余さず喰らったためなのか、何かがオレの中に勢い良く流れ込んでくる感覚が止まらない。
 力の奔流とでも言えば良いのだろうか?
 肉体らしい肉体を持たず、存在力そのものといったモンスターを倒したのは、ゴースト以外では今回が初めてのことで【存在強奪】を得てからだと完全なる未経験だった。
 人外という表現すら生ぬるいモンスター丸ごと1体分を取り込むというのは、これほどのことなのか……。

 気持ち……悪い。

 どうやら精神的な汚染などは無かったようだが、本来なら自分より強い相手を呑み込むことは、かなりの苦痛を伴うことのようだ。
 最初が周囲に敵が居ない時で良かったのかもしれない。

『スキル【闇魔法】を自力習得しました』
『スキル【気配隠蔽】を自力習得しました』

 立て続けに【解析者】がスキルの習得を告げてくるが、何が『自力習得』なものか。
 悪魔から『強奪』した……が正解だろう。
 さすがに仮初めにでも肉体の有る相手なら、こうまで効率良く存在力を奪うことは無い筈だが、今後は悪魔やゴースト系のモンスターだったり、天使や妖精のようなモンスターと戦う際には注意が必要になりそうだ。
 ようやく身体中を何かが駆け巡るような感覚が収まり、どうにか立ち上がると、レッサーデーモンの落とした宝箱を開ける。
 中にはある意味では見慣れた本……スキルブックが入っていた。

『アナライズ』……そう念じることで複雑怪奇な文字が不思議と読めるようになった。
【魔力回復速度上昇】か。
 ちょっと迷ったが、ここは自分で使わせて貰うことにする。
 あくまで『回復』である以上、魔力の最大値が家族の誰よりも高いだろうオレが使うのが良いと思えたからだ。
 今日を戦い抜ける可能性は、少しでも高い方が良い。

 それよりも……何なんだ? この迸るほどの力の充溢感は。
 先ほどまでの自分が酷くちっぽけな存在にさえ思えるほどだ。
 傷付き疲れている筈なのに、それ以上のエネルギーを得たせいか、それが気にならない。
 ……危険な兆候だ。
 不必要な行いは慎もう。
 精神力を総動員して駆け出そうとする自分の身体を押さえつけ、ライトインベントリー内からポーションを取り出して、ポーションストッカーに収納し、さらにスタミナポーションと回復ポーションを取り出して飲み干す。
 痛みが消え、荒かった呼吸が落ち着く。

「ふぅ……」

 ……自分の耳に聞こえるように、敢えて大きくため息をついてやる。
 高揚し過ぎていた感のある精神が、それでようやく落ち着いた。
 スキルブックを使うにしても、もう少しタイミングは考えなければならなかったのだろう。
 傷も癒さず、呼吸も整えず、さらなる力を求めていた先ほどの自分は、客観視するとただの危ないヤツだ。

 今は着実に出来ることを1つずつやっていこう。
 まずは……スマホを取り出し、兄に連絡をする。
 ウチに避難して貰った上田さん達を迎えに行くのだ。
 もちろん残留を希望する人には強制はしない。
 兄の側に居るのが、最も安全だろう。

『ヒデお前、大丈夫か!?』

 笑えるぐらい、いつもの兄だ。
 思わず肩から力が抜けていく。

「大丈夫、大丈夫だよ。上田さん達は無事?」

『ああ、そりゃな。それより本当に大丈夫なんだな?』

「うん、大丈夫。今から迎えに行くから準備して貰っておいて」

『分かった。気を付けて来いよ?』

「……て言うかさ、もう着くよ」

 ◆

 過保護な兄のせいで、上田さん達は状況があまり分からないままオレの姿を見てしまったため、少なからず驚いたようだった。
 それが災い(幸い?)したのか、誰ひとり残留することを決めた人はおらず、来た道をゾロゾロと引き返していく。
 短時間だが得られた情報交換の場。
 その内容によると、実家にもそれなりの数のモンスターが接近したため、兄や柏木さんはもちろん2人の手が回らないタイミングでは、二階堂さんまでもがそれぞれにモンスターとの戦闘に臨んでいたようだが、特に傷を負うような場面すら無かったという話だったから、取り敢えずは安心することが出来た。
 母に抱かれて出迎えてくれた息子も、今日は機嫌が良いのだろう。
 ニコニコしながら、手を上げている。
 オレも妻も不在だというのに、グズることなく良い子にしてくれていたらしい。
 防衛戦に戻るオレの心に、先ほどまでのどこかささくれていた感情は、いつの間にか無くなってしまっていた。

 道中は特に襲撃を受けることもなく、バリケード前に到達したのだが、残っていた人々は何やら暇そうにしている。
 しばらくモンスターが攻めて来ていないらしいのだが、どういうことだろう?
 まだジャイアントハーミットクラブ(巨大ヤドカリ)など、速くは無くても移動能力を持ったヤツらは居る筈なのだが……。
 このダンジョン……『無理ゲーダンジョン』などと呼ばれて、極めて難易度が高いものと認識されているが、こうして攻撃側と防衛側が入れ替わると、途端に機能不全を起こしているのではないだろうか?

 スライムに始まり、クリーピング・クラッド(動くヘドロ)にポイズンモールド(毒ゴケの群体)、ゼラチナス・キューブに、スピニング・スターフィッシュ(旋回ヒトデ)、バレットバーナクル(弾丸フジツボ)、ロックイミテーター(岩石モドキ)……ちょっと思い出すだけでも、これだけの待ち伏せ奇襲型のモンスターがいる。
 クラゲやウニあたりもそうだし、岩に限らずドアやら、コインやらに化けてるヤツらも、こちらから出向かなければ、さほど脅威にもならないのでは無いだろうか?
 ダンジョン前にはタイドプール(潮溜まり)も無いことだし……実際に海棲モンスターが攻めて来たとしても怖さが半減するだろう。

 単独で偵察に行くのも良いかもしれないが、それだと背後にまたヤバい相手が出現した場合の不安が残る。

 しばし黙考……よし、決めた。

 自称亜神の少年も『明日を凌げ。生き抜け』……みたいなことを言っていたわけだし、このスタンピードとでも言うべき現象も、恐らく日を跨ぐことは無いのだろう。
 攻めて来ないなら、わざわざこちらから出向く必要は無い。

 オレが内心で密かにそう決めた時のことだった。
 ……ダンジョンの奥から低い地鳴りのような音が聞こえ始めたのは。
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