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第3章

第106話

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 オレ以外の気配が完全に消えた階層ボスの部屋で、唯一の戦利品となった小振りな宝箱を開けると……中には小さな紫色の水晶玉が入っていた。

 これが噂のダンジョンクリア特典か。

 念のため【鑑定】で確認するが、やはりオレも名前だけは知っているダンジョン踏破者限定アイテム……『識者の宝珠』だった。

 これは極めて希少なスキルか、固有スキルか、そのどちらかを付与するアイテムで、一定以上の階層数か一定以上の難易度を持つダンジョンを踏破した者のうち、最優秀と『認められた』者にしか使用が出来ないアイテムだという。
 そのMVPは誰が選定したものなのか今まで謎とされてきたが、先ほどまでオレが対峙していた自称亜神の少年のような存在が決めていたのだろう。
 今回は踏破を認められた時にオレ1人しか居なかったので、自動的にオレが選ばれたということになる。
 ただ持っていても何の意味も無いうえ、オレ以外が使用することも出来ないというのだから、使うしか無いだろう。
 早速、宝珠を握りしめ使用する事を念じると……

『有資格者による使用意思を確認……内部抽選に当選しました……固有スキルの付与を実行します……エラー……固有スキルは既に付与されています……再試行……エラー……再試行……エラー……エラー……エラー……新規スキルを創成します……エラー……エラー……エラー……新規スキル創成に成功しました……当該スキルの付与を実行します……スキル付与成功……スキル【転移魔法】を付与しました』

 ……聞きなれた【解析者】の声とはまた別の、そしてより機械的な音声が聞こえて来た。

 さらに……

『スキル【転移魔法】を習得しました』

【解析者】までも、信じられないようなアナウンスを脳内で鳴らす。

【転移魔法】などという破格のスキルが有ることは、さすがに聞いたことが無い。
 それはそうだろう。
 魔法自体、実際に使えるようになったのは、たった数日前の話なのだから、希少な魔法スキルを耳にする機会が有る筈も無いのだ。
 それなのに……スキルが使えるようになった時点で、スキルの使い方が勝手に脳内にインプットされてしまうのは実に不思議なところなのだが、既に何度も経験済みだからそれは別に良いとしよう。
 コレ……あくまでも魔力が足りればの話なのだが、明確なイメージさえ出来れば、今までオレが行った事の有る場所なら、どこにでも行けてしまうようなのだ。
 発動までに必要な時間は、集中が可能な状況下ならば今のオレでも1分足らずで可能。
 今のところは兄の【短転移】と同じような、戦闘時の使用は厳しいが、スキルや魔力行使能力を鍛えていけば、いずれは兄と同じように戦える日も来るかもしれない。

 試しに使おうとしてみたのだが、行きたいところを脳内で選択して実行に移すまで猶予時間が有る。
 転移可能な場所として、実家はもちろんのこと、世の中がこうなって以来は足を運んでいない勤務先ぐらいならば、今のオレの保有魔力でも行けてしまうようだった。
 じゃあ、もしかして……サッカー観に行ったリバプールとか、新婚旅行で行ったシドニーとかは……あ、こちらは全然魔力が足りないみたいだな。
 どうやら消費魔力の桁が違うようだ。
 そもそも転移先の座標に何かオレの知らないうちに建てられた物や、人体やモンスターが有ると危ないかもしれない。
 長い間、行っていない場所に行くのは避けるべきだろう。
 間違っても『いしのなか』とかに跳ぶのは避けたい。
 現実的な候補は、ここから帰るのに使うことかな?
 ……まぁ、いきなり帰宅はマズいか。
 家族はともかくとして、ダンジョンゲートを警備している警官には確実に怪しまれてしまう。
 余計な騒動は起こしたくない。

 なるべくダンジョン出入口の近くが良いが、通路や小部屋だと、ジャイアントフライ(ハエ)と融合しました……なんて万が一が起こりそうで恐ろしい。
 無難なところでギガントビートルがまだリポップしていないだろう第1階層のボス部屋内……通過する戻りモンスターも通らないだろう部屋の隅を狙って転移することにした。
 ……実際にスキル行使したのだが、中々その時が来ない。
 1分って、こんな長かったっけ?
 …………などと思った矢先。
 ────『フォン!』

 何の前触れも無く、いきなり【転移】させられた。
 ……こ、怖かったぁ~。
 何コノ、全身が宙に持ち上げられる感じ……。
 車に乗って段差を通過する時などにたまに感じる浮遊感を、より強くしたような感じだった。
 まあ、転移先に何も無くて何よりだったんだけど……。

 ◆ 

 転移の衝撃と動揺を何とか抑え込むことに成功し、そのあと何食わぬ顔をしてダンジョンを出たオレは、魔石やポーションを売却した後は脇目も振らず真っ直ぐに帰宅した。

 予定していたよりもかなり早いオレの帰宅に、兄も妻も驚いていたし、何より父がまだ起きていたのは有難い。
 今夜の報告はかなり長いこと話す必要が有るし、明日の朝で済むような話でも無いのだ。


 順を追って話していくことにしたので、父が途中は眠そうな顔をして見せたが、第6層で遭遇した自称亜神の少年まで話が及ぶと、誰もが食い入るようにオレの話を聞いていた。
 もちろん【転移魔法】のことも話をしたのだが、転移それ自体はオレが思っていたよりは反応が薄く、それより何より……やはり少年がくれたヒントが何を示すかにこそ、みんな関心が有るようだった。
 まぁ、兄が【短転移】持ちだから、そういう反応にもなるよなぁ……。
 戦闘時の利便性に於いては【短転移】の方が確実に上だし……仮にも神の端くれを名乗る者がわざわざ…………『生き抜け』と、何度も言って寄越したのだから、何が起こるか気になって当たり前だと思う。

 オレとしては何となく見当が付いているワケだが、父や妻は仕方ないとして、兄まで同様にサッパリ分からないという表情なのは、少し意外だった。
 ここで黙っていても話が前に進まないので、オレが話の舵を取ることにする。

「スタンピード……って分かる?」

「……何だ?」

 兄も知らないらしい。
 元々は兄が漫画とか小説が好きだから、オレも影響を受けたのだが……ジャンル的に守備範囲外のようだ。

「家畜とかが集団暴走する……みたいな意味だよ。この場合、暴走するのはモンスターだろうけどね」

「どこからモンスターが来るの?」

 妻もいつになく真剣な表情だ。

「小説とか漫画なら、そこら中にいるモンスターが街や村を目指して暴走して来る時に使う表現なんだけど……今のこの状況で、そんなに一斉にモンスターが湧くかって言ったら疑問だろ? だから、この場合は……」
「もしかして……ダンジョン?」

「そうだと思う。今までだって、その可能性がゼロってことは無いと思ってたから、さんざん間引きをしてきたワケなんだけどさ」

「……それだけでは不十分ってことか?」

 今まで沈黙していた父も、苦虫を噛み潰したような顔でそう問いかけて来た。

「そうだね……恐らく一時的にモンスターの湧くスピードが劇的に上昇するとか、何かそんな理由で一気に溢れて来るんじゃないかな?」

 これは完全な推論。
 根拠は無い。

 結局その後は、銘々が自分の思い付いた推論を述べるに留まった。
 あまりに色んな可能性が有りすぎて、明確な対策を取れる事態では無いということもある。
 不寝番を置くことも考えたが、肩透かしされた時が怖い。
 誰か1人でも寝不足が理由で戦力の低下を招くよりは、休息を十分に取ることが優先された。

 幸いにもこの夜……近隣にモンスターの気配は無かった。
 月並みな表現ながら、それはやはり嵐の前の静けさだったわけなのだが…………
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