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第2章

第105話

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 勢いに任せてボス部屋内に突入して来たオレだったが、当然待ち構えている筈の階層ボスの姿が未だに見えない。

 その代わりと言っては何だが目の前の床には、パッと見では全く意味の分からない複雑怪奇な紋様が描かれている。

『…………まさかここまで到達する人間が居るとはな』

 突如としてオレの脳内に響いた重低音は、明らかに意味の分からない言語で語られているにも関わらず、話された内容が分かってしまう。
 ……とても不思議な現象なのだが、それ以上に気味の悪さが勝った。

「……何者だ?」

 自分で思っていたよりも低い、とても不機嫌そうな声が口から出ていて、オレを僅かに驚かせる。

「お前は何者だ!?」

 再び姿の見えない相手に問いかけるが、なかなか返事が帰ってこない。

『……そんなに大きな声を出さなくても聞こえている』

 迷惑そうな……それでいてどこか嬉しそうにも聞こえる声。
 ……コイツがダンジョンを造ったのだろうか?

『ただな、自分が何者か……この身とて、それが良くは解らないのだ。それが解ればこんな苦労はしておらなんだがな……』

 どういうことだ?
 ちょっと何を言っているのか、よく分からないな。

「姿を現せよ」

 静かに呼び掛ける。

『あぁ、そのつもりだ……だが後悔などはしてくれるなよ?』

 ──カッ!!!!!────

 途端、強烈な光が決して狭くはない階層ボスの部屋中に満ちる。
 そして数瞬の後、目の前に描かれた魔法陣へと収束していき次第に人の姿を象っていく。

 光が完全に収まると……そこには気持ち悪いほど整った顔立ちの少年が立っていた。
 肌の色は酷く青白く、いっそ病的とさえ言えるほど。
 それでいて強烈な存在感をもって……ただ、そこに在った。

『お前の望みの通りにしたのだが……どうした? 何故、後退りをしている?』

 完全に無意識だった。
 気圧されて後退など、そんなことが現実に有り得たのか。
 どうでも良い思考が浮かぶ。

『なぜ黙っている? この身に聞きたいことが有るのでは無いのか?』

 ……そうだ。
 オレには聞きたいことが有る。
 山ほどな。
 こんな時にビビっている場合か!
 何のために無理やりここまで来たと思っているんだ!?

 なけなしの勇気を振り絞って前に……ただ前に足を踏み出す。 

『スキル【勇敢なる心ブレイブハート】のレベルが上がりました』

 そんな時【解析者】がいつもの硬質かつ機械的な声をオレの脳内に響かせてくれた。

 すると……それまで目前の存在に気圧されていた精神が嘘のように落ち着く。
 まだキツいが逃げたくなるほどではなくなったのが、自分でもハッキリと解る。

「お前はどういう存在だ?」

 先ほどと同じようでいて、僅かに違うニュアンスを含む質問を投げ掛けてみた。
 オレの推測が正しければコイツは…………

『どんな存在か……か。うむ、どういう存在なのだろうな? この身が神とまではいかぬのも事実』

 ふむ……などと、くぐもった声で独り考え込んでいるようだが、それをただ待っているのもアホらしい。

「お前が世界中にダンジョンをバラ撒いた存在か? そしてモンスターどもの産みの親か?」

 オレの問い掛けに目前の少年は酷く驚いた様な顔を見せる。
 ……その反応、どっちだ?

『何でもかんでも、この身が独りで出来るワケは有るまいよ。我が主とて其れは同じ。全知全能の存在などは決して有り得ぬものと知れ』

 コイツは使い走りか……。
 こんな強烈なプレッシャーを放っておいて、走狗に過ぎないだと……?

 ……魔神と悪魔?
 いや、神と天使の様な関係性だろうか?

『……だがまぁ、今の返答がお前の質問の答えになっていないのは、この身とて理解している。まぁ、そうさな……亜神とでも言うべきか。この身の権能とは、幾つかの選別の迷宮の管理と新造に限られている。あぁ、判定者は確かに迷宮が産み落とすように設定もしているか。迷宮外に生まれし判定者を呼び寄せることにしたのまでは我では無いのだがな』

 選別の迷宮?
 判定者?

「それぞれダンジョンとモンスターのことなのだろうが……何の選別で何の判定だっていうんだ?」

『この身にそれを明かす権限は与えられていないのだ。残念だがな。まぁ……まずは明日を生き抜くことだ。そしてその後もな……それがいずれ答えとなろう。お前は見所が有るようだ。そして既に……見込まれているようだぞ?』

「見込まれている? 誰にだ?」

『む、解らぬのか……? まぁ、それならそれでも良い。叶うなら後日、またここに来ると良い。もてなしの準備が出来ていないところに足を運んで貰った礼に、この身が丹精を籠めて残りを仕上げておいてやろう。重ねて言う。……まずは明日を生き抜け。我が座所として誂えたこの迷宮を踏破した礼に教えてやっているのだ。我は座所を変えるが……お前とはまた会ってしまうような気がするな。この身にも不思議でならぬが何故か……そう思う』

「明日? 明日、何が有る?」

『……来るのだ。判定の波が渡る。まだ小波に過ぎぬがな。そしてこれ以上は言えぬな』

 もどかしい……何となく解るような気もするが、肝心なところを伏せられている。

「踏破と言ったな? ここより先は無いのか? この規模のダンジョンだと大抵は第8層から第10層ぐらいまでは有ると聞くが……」

『造ったは良いが拍子抜けするほど来る者が居なかったでな……近くの迷宮を深くしておくのを優先しておっただけのことよ。今、お前が現れたのとて想定外も良いところだ。安心しろ。この選別の迷宮での試練はこれで終わりにしておく。これより先、あとは好きに鍛練の場として使え。そのように造り直しておく』

 試練の終わり……そうか、オレはダンジョンを踏破したことになるのか。

 第7層以降は鍛練の場……とんでもない強敵が現れそうだが、機会が有れば挑みたいものだ。

 もちろん必要かどうかは別として……だが。
 何だか毒気を抜かれてしまった。
 今のところコイツと戦わなくて良さそうなのには正直なところ安堵の気持ちが勝る。
 オレはおろか、世界中のどんな探索者や軍隊が束になって掛かったところで、コイツに勝てる道筋すら見えそうに無い。

『お前が来るのが明日以降ならば、この身に似せた人狼でも置いておこうかと思ったのだがな……何故、無理やりにここに至った? 今までのお前ならば一度、引き返していた筈だ』

 ワーウルフかぁ……いや、今なら何とか戦いにはなりそうだけど、第6層の階層ボスでワーウルフって無理ゲー過ぎないか?
 まぁ、それはともかく……だ。
 何でここに来たか。
 何でだろうな?
 強いて言うならば……怒り?
 いや…………

「勘だ。ただの勘」

『か、勘か。つくづく面白い男よ……ワハハハハハ!』

 笑われた。
 色白イケメンに盛大に笑われた。
 ……なんか無性に腹が立つ。
 絶対に敵わないから、何も出来ないけどさ。

『……笑ってしまって済まぬな。この身がここに在ることを許された時間も最早あまり無い。このうえは去るしかないが……名残惜しいものだな。明日より選別は加速する。努々ゆめゆめそれを忘れるな。生き抜けよ? では……な』

 ……自称亜神の少年は、最後にそう言い残し唐突に掻き消えてしまう。

 先ほどまで少年が立っていた場所の地面に描かれた魔法陣らしき紋様も、同じく何の前触れもなく消え失せた。

 その代わりと言ってはなんだが、小振りな宝箱がポツンと置かれている。

 これがいわゆるクリアボーナス……っていうヤツだろうか?
 何やらすぐに手に取ることも出来ずに、オレはそれを眺めていた。

 ……明日、いったい何が始まるというのか?

 そう言えば明日はオレが玄関先でゴブリンに遭遇してから10日目。
 つまり世の中が変わり出してから10日目。
 ダンジョンが世界中に発生してからは……明日でちょうど20年目だ。
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