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第2章

第85話

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 単に探索するだけでもいよいよ難易度が上がり始めるのがこの第3層からなのだが、妻も父も相変わらず安定した立ち回りを見せ続けてくれていた。

 むしろ2人ともに前衛といった形で並び立ちながら、時には父が中心になって妻は援護……逆に妻がメインで戦っている時は父が上手くサポートに回っていて、その移行すら特に合図を必要とせずにスムーズに行おこなっている姿に、非常に驚かされることになってしまう。

 よくよく見れば斬撃中心で戦うべきモンスターが多い時には妻が、刺突や打撃が有効なモンスターが多い時には父が前に出ていて、完全に役割分担が為されているようだった。
 同じ長柄の武器を扱う2人だが、こうして見ていると、敵との相性を常に考えながら動いているのが分かる。
 決して身内びいきで言うのではないが、かなり高水準の連携だと思う。

 それでもこの階層からは敵の連携も本格化しているし、時折コボルトやゴブリンの中でも弓矢を扱うヤツらが出て来たり、意識が戦闘や移動に集中している時を見計らったかのように、ゼラチナス・キューブが網を張っていたりする。
 もう少し苦戦するかと思っていた……というのが正直な感想だ。
 実際には、またも全くの取り越し苦労だったわけだが……。

 オークの部隊と戦闘中に横合いからジャイアントマンティスやジャイアントスコーピオンが群れて現れた時すらも、咄嗟にオーク達には妻が、虫型モンスターの群れには父が向かい、お互いがお互いを守りながら戦うことが出来ていた。
 なお、カマキリやサソリが現れた通路の反対側にはゼラチナス・キューブが陣取っていて、慌ててそちらに退避した場合は、麻痺毒を受ける破目になっていた可能性も有る場面だったのだが【危機察知】持ちの父は勿論、妻もそれに気付いていたようだったのには、とても驚かされた。

「ヒデちゃん、ゼラチン倒しといて。こっちの豚さん達やっつけ終わったら、そっちの小部屋、調べるからよろしくね~」

 こちらに指示を飛ばす余裕さえも有る。
 しかも、だ……

「やっぱり有った。罠とか無いよね?」

 この小部屋の中に宝箱があることまで、予測していたようだ。
 ゼラチナス・キューブの居る方角の小部屋に宝箱が多い……とか、何らかの法則が有るのかもしれない。

「あぁ、特に罠も鍵も掛けられていないみたいだな。亜衣が開けるか?」

「そだね……いや、ヒデちゃん開けてよ。多分その方が良いの出そうじゃない?」

「だな。いつも、俺達が開けるより、カズが開けた方が良い物が出るんだ。ヒデもカズに劣らず運が良いみたいだからな」

 どうやら、いつもは兄が宝箱を開ける係らしい。
 父の話が本当なら、宝箱から出るアイテムはパーティ全体の運より、開けた人の運が作用するということになる。
 最近、基本的にソロで探索しているオレよりも、父や妻の言うことの方が正しい可能性は高いだろう。
 素直に頷いて、宝箱を開ける。

「お……これは確かに当たりだな」

 思わず呟いてしまう。
【鑑定】したわけでも無いが、見た瞬間に当たりだろうと思えた。
 比較的、入手しやすいアクセサリーでは無く、れっきとした防具だ。
 グローブの上から身に付けられて、指の動きは阻害しない……つまり、どこか和風の造りをした籠手だった。
 似た物を挙げるなら、戦国時代に用いられた当世具足の籠手が、最もこれに近い形状だろうか。

「やったね。ヒデちゃん、鑑定してみて~」

「うん」

 あまり戦闘に参加していないオレは魔法や鑑定に必要な、いわゆるマジックポイントをここまで全くと言った良いほど使っていない。
 ここで僅かなマジックポイントをケチって温存しておくより、鑑定してみて良いアイテムなら早速これを今回の探索にも使うべきだろう。

蓋世がいせいの籠手……やっぱりマジックアイテムみたいだな。持ち主の持久力を大幅に強化するうえ、持久力に比例して防具本体の防御性能を向上させていく……こりゃ大力のブレストプレートクラスじゃないか。さらに装備者の持久力成長にプラス補正。おまけにサイズ可変の魔法付きだってさ」

「うわ、凄そうだけど、お義父さん向けだね~」

「だなぁ。とりあえず、お父さんが装備しといて」

「分かった……亜衣ちゃん、ゴメンな」

 これも当面は使い回しだろう。
 それでも父と妻に関しては、一緒にダンジョンに潜るパターンが定番化しているため、こうしたやり取りも慣れているようだった。

 大力のブレストプレート……蒼空のレガース……そして蓋世の籠手……か。
 何ら関連性の無い名前のようでいて、効果対象や装備箇所は違えど、特性の良く似たこの3つの防具。
 出来たら、それぞれ複数欲しいところだが、どうもどれも一点物の様な気がしてならない。
 今は手元に来てくれたことに対して、ただ感謝する他に術は無いのだろう。

 その後の探索には特筆すべきことは無く非常に順調に歩を進め、ついには階層ボスの部屋を残すのみとなっていた。
 いよいよデスサイズ戦だ。

 何ら気負うことも無く自然体のまま扉を開けた父は、そのままゆっくりと内部へと進んでいき妻とオレもそれに続く。

 ここでは父が前衛、妻は翠玉の短杖を構えて後衛、オレは妻の護衛役……というフォーメーションを取ることにしていた。
 これは先ほどの宝箱が有った小部屋で、事前に打ち合わせしておいた格好だ。

 まず先手を取ったのは妻。
 いきなりデスサイズを狙って【風魔法】で攻撃……が、意外なことが起きた。
 妻の放った魔法は、デスサイズに当たらなかったのだ。
 続けて撃った魔法も、惜しいところで避けられてしまう。
 驚いたと同時に、オレはあることに気付いた。モンスターの動向に気を配りながらも、妻の足元に視線を向けたが、妻は普通のダンジョン仕様のブーツを履いている。
 新緑の靴は……父が履いていた。

「亜衣! お父さん! 前衛を入れ替えるよ! いったんオレが前に出るから、その間に役割交代して!」

 新緑の靴の投射武器命中率補正は、やはり魔法にも作用している。
 これは、もはや確定と考えて良いのだと思う。

 オレが前線に飛び出し取り巻きモンスターを相手にのらりくらりと戦っている間に、お互いの準備が整ったのだろう。
 妻が薙刀を構えながら前進してきた。

「ヒデちゃん、スイッチ!」

 スイッチ?
 あ、なるほど。

「了解!」

 さすがに妻の方が、こうして声を掛け合い前衛を交代することに、オレより慣れているみたいだ。
 素早く前衛を入れ替わってそのまま後退したオレは、両者を守りやすい様に父の斜め後ろに控える。

 後は、さほど難しいことにならなかった。

 父の放った魔法はデスサイズを確実に傷付けている。
 妻は取り巻きモンスターを圧倒しながら倒していく一方で、デスサイズとも対等以上に渡りあっていた。
 パリィアミュレットのアシスト付きなのもあるのだが、それより何より受け流すタイミングが上手い。
 何でもかんでも受け流すことばかり考えていると、回避すべき時に回避するタイミングが際どくなったり、せっかく受け流したのに反撃に移れなかったりするものだが、妻にはそうした間違いや迷いが、ほとんど見られないのだ。

 そうこうしている間に、取り巻きモンスターは全て姿を消し、デスサイズも今まさに光に変わって消えていくところだった。

 終わってみれば、鮮やかな快勝劇。
 しかしオレは……戦闘中に気付いたあることが、どうしても気になって仕方なかったのだった。
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