上 下
69 / 312
第2章

第69話

しおりを挟む
 ゾンビ。
 分かってはいたつもりだが、動く死体そのものだ。
 しかし……見るからに、このダンジョンで死んだ人のものでは無い。
 防具らしい防具を身に付けていないどころか、今の時代にこんな服を着た人は、まず居ないハズなのだ。

 さらには、明らかに日本人でもない。

 何だかロールプレイングゲーム(それも古きよきRPG……)の世界から抜け出して来た村人Aとでも言いたくなる風の死体で、金髪碧眼かつツキバギだらけの農夫風な格好をしている。
 髪のベタベタと油ぎった痩せぎすの中年ほどの男性で、腹は何かに食い破られて臓物が出ている上に周りに血が黒く固まっていて、確かにリアルな死体といった風情ではあるが……どうしてもダンジョンに用意されたモンスターのようにしか思えない。

 どこか現実感に乏しいのだ。

 おかげで、戦闘や撃破に関しての抵抗感は非常に薄い。
 もちろん、無慈悲のチェーンアンクレットによる精神補正で、不要な仏心が抑えられているということも関係しているのだろうが……。

 創作の世界のゾンビとは違い、頭を落としても動くこと、案外と動作が機敏なことを除けば、さして強いモンスターでは無かった。
 頭部に続いて両腕を落とし、胴体に数回刺突を喰らわせると、あっさり光に包まれ消えていく。
 ゾンビが消え去った跡には、ゴブリンよりは少し大きい程度の魔石が遺されていた。

 今後こうしたアンデッドモンスターも、普通にダンジョンに出るようになると考えるべきなのだろう。
 事によると何とかダンジョン探索を続けている探索者に、余分な被害が出ることも有り得るのではないだろうか?

 第2層という浅い階層だから、ゾンビで済んだという可能性は高い。
 ダンジョンを世界中にバラ撒いた何者かの悪意を強く感じる。

 だとすれば……何かしら対抗策が有る?

 まるで、ゲームのバランスを保つかのように、一方的な展開を許さないとでも言うかのように、このところ立て続けにルールの追加や変更をしている印象が有るのだ。

 確かにダンジョンが発生してから今までの20年の間、人類はダンジョンからの恩恵を受けるだけで、それを疑問に思うことも裏を疑うことも怠って来たようにしか思えない。
 魔石を利用した発電や浄水、空気汚染の改善にに始まり、マジックアイテムの数々が齎した発展は、それはそれは多大なものがあった。
 ここらで揺り戻しがあってもおかしくないと言われれば、それは確かにそうなのだろう。

 ただ、モンスター災害発生以来オレが感じ続けている不快な感覚……まるで何者かに弄ばれているような、この強い違和感……。
 決して気のせいで片付けて良いものでは無い筈だ。

 そこから導き出された答え……必ずや、これらアンデッドモンスターに対する明確な対抗手段は有る筈だという、まるで得体のしれない、しかし確信めいた予感がする。
 何と言ったら良いのかオレにも分からないが、対抗手段が無いなんてことは、まず無いとさえ思えるのだ。

 どうやらワンサイドゲームはお好みで無いようだから……っていうところだろうか。

 その後も現れるゾンビやモンスターを片っ端から倒して進んでいく。

 数はあまり多くないし、そこまで強くもない連中だが、いつもより僅かに億劫に感じるのも事実だ。
 緩和されているとは言え、精神的な負荷が大きくなったのは否めないということだろう。
 幼子の姿をしたゾンビが出た際は、あまりの悪辣さに怒りさえ覚えた。
 それがたとえ『作り物』なのだとしても、子供の小さな身体に無骨な凶器を振り降ろすという行為自体、やはりキツいものがある。

 最短で階層ボスの部屋へと向かい、ヘルスコーピオンと対峙するが、今日は取り巻きモンスターが少しおかしい。

 いつもならジャイアントスコーピオンしか居ないハズなのに、何故かジャイアントバタフライの姿も見えるのだ。

 これはもしや、ダンジョン自体の難易度が地味に上がっている……?

 もちろん、ジャイアントバタフライの鱗粉は厄介だし、飛行している分だけ若干やりづらくも感じるが、ヘルスコーピオンにしてもジャイアントバタフライにしても、今さら苦戦するようなモンスターではない。
 丁寧にジャイアントバタフライから倒して、残るジャイアントスコーピオン、ヘルスコーピオンと片付けていくのに、大した時間は要らなかった。

 しかし……ただでさえ、無理ゲーダンジョンなどと揶揄されているダンジョンの難易度が、僅かとは言え上昇しているのは、とても面倒に思える。
 気を引き締めて掛からなければ、既知のダンジョンであるが故の油断が、命取りにもなりかねない。
 あまり慎重とは言えない性格をしている自覚はあるが、決して無謀でも無いつもりだ。

 注意しながら、探索を進めていくとしよう。

 そうした心構えが良かったのか、単に【危機察知】のスキルが優秀なだけか……まさか、まさかの階段を登ってすぐのところに、罠を張っていたゼラチナス・キューブに気付けたのは、まさに勿怪の幸いというところだった。

 何の気なしに階段を登りきっていたら、麻痺させられていたかもしれない。
【危機察知】は優秀なスキルだが危機の有無と、大体のモンスターの強弱、あとは概ねの位置ぐらいしか分からない。
 いつもより用心していたから気付けた部分は、やはりあるだろう。

 何という厭らしい配置であることか。
 これは奇襲が得意なモンスターに、今まで以上の警戒が必要になるだろう。

 久しぶりに第3層で味わう緊張感……否が応にも磨り減らされていく精神力……そして、またも現れるアンデッドモンスター。

 最初に現れたのはスケルトン……酷く錆びた剣やボロボロの木盾を持っている。

 さらに、革鎧や革手袋程度だが防具を身に付けたゾンビも現れ始めた。
 それらはいずれも前時代な意匠で、やはりこのゾンビやスケルトンが、ダンジョンによって作られた存在……単なるダンジョンモンスターであることを強く感じさせるものだった。

 そして、厄介なのはアンデッドだけでは無かった。
 社会性のある昆虫であるアリが大型化したモンスターであるジャイアントアントや、亜人系モンスターのゴブリン、ゴブリンアーチャー、オークなどに関しては、明らかに連携の精度を上げて、襲って来るのだ。

 しかも曲がり角の右手にゼラチナス・キューブ……左手にゴブリンアーチャーとゴブリンの部隊……後背からオークの群れ……のように、異なる種族間でも、平気で連携してくる始末で、時折オレも捌ききれずに思わぬ怪我をさせられることすらあった。
 かすり傷程度だが、痛みというものは確実に思考を鈍らせ注意力を奪う。
 小まめにポーションを飲むハメに陥り、おかげで少しばかり水っ腹だ。
 短時間でも良いから、ボス部屋に行く前に休憩しよう。

 そうした、普段しない行動が、この時ばかりは幸運を齎らすことになった。

 人間万事塞翁にんげんばんじさいおうが馬(何が災いし、何が幸いするか分からない……みたいな意味)とは、この事だろうか?
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~

華音 楓
ファンタジー
『ハロ~~~~~~~~!!地球の諸君!!僕は~~~~~~~~~~!!神…………デス!!』 たったこの一言から、すべてが始まった。 ある日突然、自称神の手によって世界に配られたスキルという名の才能。 そして自称神は、さらにダンジョンという名の迷宮を世界各地に出現させた。 それを期に、世界各国で作物は不作が発生し、地下資源などが枯渇。 ついにはダンジョンから齎される資源に依存せざるを得ない状況となってしまったのだった。 スキルとは祝福か、呪いか…… ダンジョン探索に命を懸ける人々の物語が今始まる!! 主人公【中村 剣斗】はそんな大災害に巻き込まれた一人であった。 ダンジョンはケントが勤めていた会社を飲み込み、その日のうちに無職となってしまう。 ケントは就職を諦め、【探索者】と呼ばれるダンジョンの資源回収を生業とする職業に就くことを決心する。 しかしケントに授けられたスキルは、【スキルクリエイター】という謎のスキル。 一応戦えはするものの、戦闘では役に立たづ、ついには訓練の際に組んだパーティーからも追い出されてしまう。 途方に暮れるケントは一人でも【探索者】としてやっていくことにした。 その後明かされる【スキルクリエイター】の秘密。 そして、世界存亡の危機。 全てがケントへと帰結するとき、物語が動き出した…… ※登場する人物・団体・名称はすべて現実世界とは全く関係がありません。この物語はフィクションでありファンタジーです。

転生先が同類ばっかりです!

羽田ソラ
ファンタジー
水元統吾、”元”日本人。 35歳で日本における生涯を閉じた彼を待っていたのは、テンプレ通りの異世界転生。 彼は生産のエキスパートになることを希望し、順風満帆の異世界ライフを送るべく旅立ったのだった。 ……でも世の中そううまくはいかない。 この世界、問題がとんでもなく深刻です。

日本国転生

北乃大空
SF
 女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。  或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。  ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。  その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。  ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。  その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。

最強のコミュ障探索者、Sランクモンスターから美少女配信者を助けてバズりたおす~でも人前で喋るとか無理なのでコラボ配信は断固お断りします!~

尾藤みそぎ
ファンタジー
陰キャのコミュ障女子高生、灰戸亜紀は人見知りが過ぎるあまりソロでのダンジョン探索をライフワークにしている変わり者。そんな彼女は、ダンジョンの出現に呼応して「プライムアビリティ」に覚醒した希少な特級探索者の1人でもあった。 ある日、亜紀はダンジョンの中層に突如現れたSランクモンスターのサラマンドラに襲われている探索者と遭遇する。 亜紀は人助けと思って、サラマンドラを一撃で撃破し探索者を救出。 ところが、襲われていたのは探索者兼インフルエンサーとして知られる水無瀬しずくで。しかも、救出の様子はすべて生配信されてしまっていた!? そして配信された動画がバズりまくる中、偶然にも同じ学校の生徒だった水無瀬しずくがお礼に現れたことで、亜紀は瞬く間に身バレしてしまう。 さらには、ダンジョン管理局に目をつけられて依頼が舞い込んだり、水無瀬しずくからコラボ配信を持ちかけられたり。 コミュ障を極めてひっそりと生活していた亜紀の日常はガラリと様相を変えて行く! はたして表舞台に立たされてしまった亜紀は安らぎのぼっちライフを守り抜くことができるのか!?

俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。 見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。 最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!? しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!? 剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...