上 下
64 / 312
第2章

第64話

しおりを挟む
 かなり早く引き上げて来たつもりでは有ったが、それでも時刻は既に21時を回っていた。

 ダンジョンゲートを出て、隣接するダン協の建物に入る。
 すっかり顔見知りになった警察官に目礼し、足早に買い取りカウンターに向かう。

 今日は年かさの男性職員が担当のようだ。
 ……あれ?
 この人、どこかで顔を見たことが有るんだけど……誰だったかなぁ?

「買い取りですね。では、こちらに……ん? ひょっとして、神社の宗像むなかたさん家ちの英俊ひでとし君かい?」

 う……やっぱり、知られてる。
 ウチの実家を知ってるってことは、ご近所さんだったか。

「はい……お久しぶりです」

和俊かずとし君も元気してるかい?……っと、とりあえず買い取りだよね。失礼、失礼」

 あっ!
 失礼、失礼……って、なんか聞き覚え有るぞ。
 うーん……どこの人だっけなぁ?
 兄のことも知ってて……失礼、失礼…………あ!

「はい、コレお願いします。森脇さん。えっと……いつからダン協さんに?」

 ようやく思い出した、森脇(下の名前はそもそも知らない)さんという名のこの男性は、小学校の時の用務員さんだ。
 しかも、オレ達兄弟の母校に配属されていたのは偶然だったらしいが、それ以前にこの町内の人でもある。
 さすがに20年ぐらい経ってるので、知っていた顔よりは老けてしまっているが、ませた女子生徒からバレンタインにチョコレートを貰うぐらいには整った顔立ちをした人なので、それで顔を覚えていたのだろう。
 まぁ、口癖のように『失礼、失礼』と言っていたのが、どこか記憶に残っていたからというのもある。

 兄や友達と学校の備品倉庫でヤンチャしてたら、この人に見つかって怒られたんだよなぁ……。
 倉庫の中に有ったリアカーに誰か1人を乗せて、残りの皆でギッタンバッタンと持ち手を上下に漕いで大騒ぎ…………そりゃ叱られるわ。

「母親の介護が理由で早期退職してね……母が亡くなった後からだから、もう何だかんだで8年ぐらいになるね。えーと、買い取りは魔石とポーション類……と。鑑定するものなどは無いですか?」

 ……あ、そうだ。
【鑑定】スキルの取得申請しなきゃだ。
 他は別に開示しなくて良いんだろうけど、こればっかりは隠しといた方が、後々のことを考えたら厄介だからなぁ。

「えーと、幸運にも【鑑定】スキルを取得することが出来まして……」

「本当かい!?」

「え、えぇ……まぁ。それで今日はスキル取得の申請も行いたいのですが、何か書類とか書く必要は有りますか?」

「おっと、失礼、失礼……では、こちらにお名前と住所、連絡先のご記入をお願いします。あとは、ご希望さえ有ればすぐにでも、当ダンジョン探索者協同組合にて、鑑定員として雇用するご用意もさせて頂けますので、こちらのパンフレットに目を通して頂けると助かります」

「……と、これで良いでしょうか? それで今のところ、そういった希望は有りませんので、こちらはお返し致しますね」

「はい、ご記入事項はこれで問題有りません。……そうですか。もし、気が変わりましたらいつでも、お申し付け下さい。もちろん私を通してくれたら、スムーズに話が進められるように手配はしておきます。それから、一応これは規則なので、お持ち帰り下さい」

 せっかく頂いたパンフレットだが、せいぜいがライフラインが途絶えた時の、焚き付けにしかならない。
 返しておいた方が良いかと思ったのだが、規則だというのなら仕方ないか。

「では、これで失礼します」

「はい、ご利用ありがとうございました。皆さんにも宜しくね」

 森脇さんに挨拶し、ダン協を辞したオレは、そのまま帰ることにした。
 本当なら併設されている武具販売店で、新しいポーションストッカーを物色したかったのだが、残念なことに営業は20時までだったらしい。
 人気のあるダンジョンに隣接するダン協支部なら、24時間営業しているところもザラなのだが、ここの支部ではまぁこんなもんだろう。

 夜道をトボトボと歩いていると、進行方向に黒い光が渦巻いているのが見える。
 悪いことに、今オレが歩いている歩道ではなく車道の真ん中だ。
 モンスター災害発生以前よりは、目に見えて交通量も少なくなっているが、依然として交通の要衝と言える地域であることに変わりはなく、この時間帯でも先ほどから少なくない車が行きかっている。
 とてもでは無いが、車道の真ん中に立って待ち構えるわけにはいかない。

 ……仕方ないな。

 オレはモンスターの発生に備えて得物をインベントリーから取り出し、歩道上から車道に向けて油断なく構えを取っておくことにした。

 黒い光は既にハッキリと集束を終え、今にもモンスターを吐き出そうとしている。

 それがギリギリ実体化する直前に、直上を通過した車のドライバーは運が良かったと言えるだろう。
 ……明らかにスピード違反してたけどな。

 街灯に照らされながら、黒い光が消えた場所からおもむろに現れたのは、リビングアーマーというモンスター。

 サイズこそ普通の成人男性ほどだが、動く全身鎧と言えるモンスターだ。
 鎧の材質は総金属製。
 まんま西洋の騎士甲冑といった姿で、ピカピカ光る銀色。
 当然ながら夜道でも目立っていたのが幸いしてか、上り車線を通る車も下り車線の車のドライバーも、リビングアーマーの急な出現にも関わらず、無事にブレーキを踏んで止まることが出来ていた。

 即席だが、夜道に現れた小さなコロシアムの様相だ。

 まるで周囲を睥睨へいげいするように見回しながら、腰から騎士剣を抜いたリビングアーマーの、この不出来な闘技場での対戦相手は…………まぁ、オレだよなぁ。

 車のヘッドライトが当たって、銀ピカの鎧が酷く眩しく見えるが、オレは急いでリビングアーマーと正対する位置に進み出た。

 ボヤボヤしてたら、いつリビングアーマーが得物の騎士剣を手近な獲物(この場合は最も近くに停車した軽自動車のドライバーさん)に向けるか、分かったものではないからだ。

 無事、オレを敵と認識させることに成功したのか、リビングアーマーは見るからに重たそうな身体を揺すって、信じられないような速さで斬りかかってきた。

 もちろん硬さと怪力、疲れ知らずという点がセールスポイントのモンスターにしては……という但し書きはつくが。

 あっさり回避して、後ろからガラ空きの頭部に鎗を突き刺し、そのまま時計回りに鎗を動かすことで、アスファルトの地面に引き倒す。

 すかさずグッと右足で踏みつけ、とにかく滅多刺し……急所らしい急所の無いモンスターなのだから、ダメージを蓄積させて倒すしかない。
 ……とはいえ踏まれながらでも凄い力で暴れ続けているので、いつまでもこうして抑えてはいられないだろう。
 変に頑張って、下手に引っくり返される前に、自分からホールドを解く。
 騎士剣を握る腕を中心にズタズタにしてやったが、穿った穴の中から夜闇より暗い色の煙が這い出して来ては、片っ端から穴を塞いでいくので、残念ながら目的は果たせなかった。

 この漆黒の煙こそが、リビングアーマーなどの魔法生物系と言われるモンスターの、いわゆる本体というヤツだ。

 煙には当然ながら物理的な攻撃は通用しないのだが、不思議なことに物理的な穴を塞ぐ力は有るらしい。
 とんだご都合主義だと思う。

 いったん騎士剣の間合いからは離れて、仕切り直す。

 戦いの趨勢すうせいを見守りながらも、ドライバー達なりに気を効かせてくれたのか、少しずつ戦いの場は広がって来ている。
 後続車がどんどん来る中で、ジワジワと車をバックさせてスペースを作ってくれているのだ。

 それでも長剣の中でも長い部類の騎士剣や、普通の物よりは短いとはいえオレの鎗を、お互いが存分に振り回せるほどではない。
 スピードで遅れを取ることは無いだろうが、オレがリビングアーマーの攻撃を回避することで、乗用車はともかく運転している人にまで被害が及ぶような事態は、避けられるなら避けたいところだ。

 そんなオレの躊躇を見て取ったのか、リビングアーマーは大振りかつ、横薙ぎの一撃を放って来る。

 回避すれば軌道上に位置する、焼き鳥の移動販売車に当たるどころか、運転手にも確実に当たるが、受け流そうにも横薙ぎでは似たような結果にしかならない。

 覚悟を決めて、鎗を縦に構え直して受け止める……ズリズリと引き摺られるが、どうにか受け切れた。
 そのまま鍔迫り合あいのような格好になったが、幸い僅かながらオレの膂力が勝っていたようで、渾身の力で押し返してやると、バランスを崩したリビングアーマーは、たたらを踏んでよろめいている。

 オレは追いかけながら、コンパクトに鎗を振り上げ鋭く一閃……リビングアーマーの頭部を地面に叩き落とした。
 そして追撃の連続突きを、隙だらけの胴体に食らわせてやる。

『ピキッ!』

 途中で何やら嫌な音がしたが、無事にリビングアーマーは白い光に包まれて消えていった。

 ドロップアイテムは『魔鉄の破片』……どうせなら、丸ごと置いてって欲しかった。

 何人か車から降りてきたドライバー達が鳴らす拍手の音を聞きながら、愛用のポーションストッカーに続いて、どうやら相棒まで失いかけているらしいオレは、途方に暮れていたのだった。
しおりを挟む
感想 81

あなたにおすすめの小説

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~

華音 楓
ファンタジー
『ハロ~~~~~~~~!!地球の諸君!!僕は~~~~~~~~~~!!神…………デス!!』 たったこの一言から、すべてが始まった。 ある日突然、自称神の手によって世界に配られたスキルという名の才能。 そして自称神は、さらにダンジョンという名の迷宮を世界各地に出現させた。 それを期に、世界各国で作物は不作が発生し、地下資源などが枯渇。 ついにはダンジョンから齎される資源に依存せざるを得ない状況となってしまったのだった。 スキルとは祝福か、呪いか…… ダンジョン探索に命を懸ける人々の物語が今始まる!! 主人公【中村 剣斗】はそんな大災害に巻き込まれた一人であった。 ダンジョンはケントが勤めていた会社を飲み込み、その日のうちに無職となってしまう。 ケントは就職を諦め、【探索者】と呼ばれるダンジョンの資源回収を生業とする職業に就くことを決心する。 しかしケントに授けられたスキルは、【スキルクリエイター】という謎のスキル。 一応戦えはするものの、戦闘では役に立たづ、ついには訓練の際に組んだパーティーからも追い出されてしまう。 途方に暮れるケントは一人でも【探索者】としてやっていくことにした。 その後明かされる【スキルクリエイター】の秘密。 そして、世界存亡の危機。 全てがケントへと帰結するとき、物語が動き出した…… ※登場する人物・団体・名称はすべて現実世界とは全く関係がありません。この物語はフィクションでありファンタジーです。

転生先が同類ばっかりです!

羽田ソラ
ファンタジー
水元統吾、”元”日本人。 35歳で日本における生涯を閉じた彼を待っていたのは、テンプレ通りの異世界転生。 彼は生産のエキスパートになることを希望し、順風満帆の異世界ライフを送るべく旅立ったのだった。 ……でも世の中そううまくはいかない。 この世界、問題がとんでもなく深刻です。

日本国転生

北乃大空
SF
 女神ガイアは神族と呼ばれる宇宙管理者であり、地球を含む太陽系を管理して人類の歴史を見守ってきた。  或る日、ガイアは地球上の人類未来についてのシミュレーションを実施し、その結果は22世紀まで確実に人類が滅亡するシナリオで、何度実施しても滅亡する確率は99.999%であった。  ガイアは人類滅亡シミュレーション結果を中央管理局に提出、事態を重くみた中央管理局はガイアに人類滅亡の回避指令を出した。  その指令内容は地球人類の歴史改変で、現代地球とは別のパラレルワールド上に存在するもう一つの地球に干渉して歴史改変するものであった。  ガイアが取った歴史改変方法は、国家丸ごと転移するもので転移する国家は何と現代日本であり、その転移先は太平洋戦争開戦1年前の日本で、そこに国土ごと上書きするというものであった。  その転移先で日本が世界各国と開戦し、そこで起こる様々な出来事を超人的な能力を持つ女神と天使達の手助けで日本が覇権国家になり、人類滅亡を回避させて行くのであった。

最強のコミュ障探索者、Sランクモンスターから美少女配信者を助けてバズりたおす~でも人前で喋るとか無理なのでコラボ配信は断固お断りします!~

尾藤みそぎ
ファンタジー
陰キャのコミュ障女子高生、灰戸亜紀は人見知りが過ぎるあまりソロでのダンジョン探索をライフワークにしている変わり者。そんな彼女は、ダンジョンの出現に呼応して「プライムアビリティ」に覚醒した希少な特級探索者の1人でもあった。 ある日、亜紀はダンジョンの中層に突如現れたSランクモンスターのサラマンドラに襲われている探索者と遭遇する。 亜紀は人助けと思って、サラマンドラを一撃で撃破し探索者を救出。 ところが、襲われていたのは探索者兼インフルエンサーとして知られる水無瀬しずくで。しかも、救出の様子はすべて生配信されてしまっていた!? そして配信された動画がバズりまくる中、偶然にも同じ学校の生徒だった水無瀬しずくがお礼に現れたことで、亜紀は瞬く間に身バレしてしまう。 さらには、ダンジョン管理局に目をつけられて依頼が舞い込んだり、水無瀬しずくからコラボ配信を持ちかけられたり。 コミュ障を極めてひっそりと生活していた亜紀の日常はガラリと様相を変えて行く! はたして表舞台に立たされてしまった亜紀は安らぎのぼっちライフを守り抜くことができるのか!?

俺と幼女とエクスカリバー

鏡紫郎
ファンタジー
憧れた世界で人をやめ、彼女と出会い、そして俺は初めてあたりまえの恋におちた。 見知らぬ少女を助け死んだ俺こと明石徹(アカシトオル)は、中二病をこじらせ意気揚々と異世界転生を果たしたものの、目覚めるとなんと一本の「剣」になっていた。 最初の持ち主に使いものにならないという理由であっさりと捨てられ、途方に暮れる俺の目の前に現れたのは……なんと幼女!? しかもこの幼女俺を復讐のために使うとか言ってるし、でもでも意思疎通ができるのは彼女だけで……一体この先どうなっちゃうの!? 剣になった少年と無口な幼女の冒険譚、ここに開幕

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

処理中です...