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第2章

第58話

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 さて、ゴーストへの対抗策を朧気ながらも掴んだかに見えたものの、もちろんそれで全てが解決したわけでは無かった。

 ゴーストに対処出来た地域でも、いまだに問題になっているのはゾンビやスケルトンのような実体を持つアンデッドモンスターらしい。
 存在力というものが薄弱かつ剥き出しなゴーストと違い、動く死体や骸骨にはたとえ仮初めにでも身体がある。
 祓おうとして(退魔しようとして)も、存在の要であるところの魔素が腐肉や骨にしがみついてしまうかのように、しぶとく残ってしまい倒しきれないケースが多々発生したというのだ。
 ゾンビやスケルトンなど低位のアンデッドモンスターでも、戦う力を持っていない人にとっては充分に脅威だし、それなりにモンスターと戦い慣れた人にとっても、根源的な恐怖を呼び起こされる死体そのものの姿を持つ怪物達の相手をするのは、なかなかに精神的な負担の大きい作業だろう。
 しかも、これらのアンデッドモンスター達は陽光の下でも何ら問題なく活動し続けた。
 事は一夜の悪夢では済まなかったのだ。

 先日来のモンスター災害で多大な犠牲者を出し続けた結果、葬儀もままならないまま安置されていた遺体はこぞってモンスター化してしまい、新たな犠牲者を増やし続けていく。
 特に火葬の遅れはゾンビを量産する結果になったし、スケルトンは火葬自体をしない国や地域に多かった。
 火葬して骨壷に入れられたような遺体や、火葬後すぐ粉砕されたような遺体は、スケルトンにならないということなのかもしれない。
 もちろん土葬文化の地域でも、普通にゾンビは現れる。
 実際、ゾンビかスケルトンか、非常に判別が難しい(腐敗の酷い)状態の遺体も、そんな自らの身体の惨状に構わず、どんどんモンスター化して襲って来たということなので、恐ろしい限りだ。
 そこに成仏だとか、天に召されるとか、そうした宗教的な概念は無いようだ。
 素材として遺体が有り、それをアンデッド化するのに充分な魔素さえ有れば、葬儀が為されていたかどうかは、全く関係が無いということになる。

 ただ、ゾンビにしてもスケルトンにしても、実体を持たないゴーストとは違い、物理的な攻撃手段が有効なので、そのうちに何とか対処出来るようになりそうだとは思う。
 ここで問題になるのは、退魔や祓うことの出来る人材が、必ずしも荒事に慣れてはいない……いや、むしろ慣れていない人の方が圧倒的に多かったということだった。

 徐々にゾンビやスケルトンには探索者を、ゴーストには聖職者を、それぞれ充てることになっていくのだろうが、アンデッド発生の初期段階でその両者に甚大な被害が出ているのも、また大きな問題になって来そうだ。
 ゴーストを退治できた聖職者がそれに気を良くしてゾンビやスケルトンに挑み、まんまと返り討ちになったり、逆に動く死体や骸骨を問題なく駆逐していた探索者が、ゴーストに不覚を取って結局は殺害される破目に陥ったケースが、既にどの国でも非常に多く発生しているのだという。

 今のところ、元から有った死体が全てアンデッドに変わったわけではないのは救いとも言える状況なのかもしれないが、今回のアンデッド発生による被害が初期段階では非常に多く、むしろ倒したアンデッドの数以上に増えてしまった犠牲者の遺体が、今度いつアンデッド化するのかすら分からないのは非常に頭の痛い話だろう。
 どうしても、そうしたリスクを回避したいのなら、生前の貴賤や老若男女、その他の一切合切を区別しないで即時に遺体を纏めて焼却したうえ、遺骨の破砕処分をも行わなくてはならない。
 仮にそれを行なうならば、仏教で言うところの荼毘だびに付すとか供養するとか、そうした概念はこの場合は棄てざるを得ないと思われる。

 ……可能か不可能かで言えば、不可能ではない。
 しかし、それを命じる側も実行する側も心理的な障壁はとても高いだろう。
 対応が後手、後手になってしまう可能性は非常に高い。
 現状、死体はアンデッド化するかもしれないし、しないかもしれないものなのだから、その扱いについての判断は非常に難しい問題だ。

 これを幸いと言えるのか、どうなのか……ごくごく近隣に限って言えば、モンスター災害による被害者は僅かに1名。
 昨日の柏木兄妹と一緒に、最寄りのダンジョンに来ていたタンク役の彼だけだ。
 今回のアンデッド発生による死者の総数は今のところ不明だが、ゾンビとスケルトンの発生条件は少なくともウチの近所では満たしておらず、ゴースト発生の可能性も僅かなものだとは思う。
 恐らく発生しても、散発的なものに限られるだろう。
 兄に聞いたところ、先ほど祓われたゴーストの特徴は、オークに潰された彼のものと一致した。
 彼を除いては、非業の死を遂げた人の心当たりが、オレや妻はもちろん近所の事情にオレ達夫婦より遥かに詳しい筈の両親や兄夫婦にも無いらしい。
 オレと父が遭遇したゴーストは、国道で5、6年前に交通事故で亡くなった人の霊が、その存在の核になっていたようだが、これは推測に過ぎない。
 あまりに存在感が希薄で、顔も性別も判然としなかったからだ。
 発生した場所からの予想という程度の話だが……国道沿いに置かれた栄養ドリンクの瓶に既に枯れた花、その上で浮遊しているゴースト……まぁ、恐らくは正解ではあるのだろう。

 そうした近隣の状況を考えると、午後からは通常通りダンジョン探索が出来るとは思う。
 毎日のように状況が悪化する中で、自衛戦力の拡大と強化の機会はなるべくなら絶やしたくない。
 付近でのアンデッド災害が今の段階で収まるなら、さほど不都合は無いのだが今後の状況次第では、いよいよダンジョンでの活動が出来なくなる可能性も否定できないのだから、今は様子見を続けている場合では無い筈だ。
 とは言うものの……オレは午後からは昨夜の兄の探索で得られたアイテムの鑑定をしながら留守番。
 鑑定に加えて、鎗の鍛練もするが、以前にも増して警戒は絶やせない状況だ。
 あまり没頭は出来ないし、見回りを優先せざるを得ないだろう。
 ダンジョンでの強化に出掛ける父と妻の護衛は、兄が担当することになった。
 昨夜の兄が羽目を外し過ぎたことに、誰よりも義姉が怒っていたので、今日はこれぐらいが丁度良い塩梅あんばいだろう。

 さぁ、そろそろ各自行動を開始しよう……としたところで、不意の来客。
 神社の駐車場に車が停まり、中から見覚えのある兄妹と女性……加えて、がっしりとした体格の男性が降りて来た。
 唯一オレが知らない男性は、状況から考えて柏木兄妹のお父さんだろう。

 おチビ達が散らかしてる居間を、義姉と母とがパパっと片付けて、彼ら来客を迎える用意を整えていく。
 ……手慣れているなぁ。

 そして招き入れた彼らが用意してきた御礼は、誰も予想もしていなかったものだった。
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