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Mission:白の慟哭
第161話:弁解 ~いつもの言葉が通用しない~
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いつの間にか覚醒剤濫用パーティー、もといSOxプライベートライブが始まった。それと同時に、観客お待ちかねの覚醒剤がばら撒くように配られてあちこちで使われ始めた。端的に言って地獄絵図である。
もはや形骸化したライブだからか、歌もダンスも手抜きと言ってよかった。
あらかじめ資料として見ていたライブ映像では、正統派アイドルとして真剣に歌って踊り、観客へのサービスも怠っていなかったのだが。
まあそれもそうか、と春日はまた煙草に火をつけながら隅からぐるりと見渡す。
こんな状況でやる気を出せという方が無理な話だ。観客らしい観客はおらず、ほとんどが薬に興じている。独特の臭気と客たちの異様な行動、薬に浸かった人間というのはこんなに目を逸らしたくなるような盛り上がり方ができるのか。
自分には到底真似できない。
自称ミントにどっぷりだった人間の東がなまじまともな人間だった分、目の前の光景は受け入れがたいものでしかなくて、春日は眉をひそめて煙草を吸っていた。
大きな声では言えないが、既に疲れが生じていた。客はぞくぞくと集まっていた。歯が白い者も多く、やはり芸能界に客が多いのだろう。なんなら、春日が知っている顔もある。事件が終わったら捕まえよう、と春日は思った。
「英輔くんはやらないの?」
視界の外、自分のすぐ下から声がかけられた。見下ろすと、可愛らしい一人の若い女性がすぐそばに立っていた。先ほど話題になっていたSOxのメンバー、如月アヤナだ。近すぎて自分の視界から消えていたらしい。
「やるって……?」
嫌な予感がしていたが、笑顔でうまく場を流したい。灰皿に投げ込むようにして煙草の火を消し、春日はアヤナに向き直った。
「ミントだけど?」
……でしょうね。
嫌な予感が的中して、思わず苦笑が漏れた。
ここでやらない、と答える選択肢はないが、そう答えないわけにはいかない。やはりパーティーのリスクは自分が思ったよりはるかに大きかった。しかしここで後悔してももう遅い。盛り上がっているこの状況で帰れば目立つし、次の機会に来れなくなってしまいかねない。
「今日は体調がそんなに良くなくてさ」
うまい言い訳が思いつかず、春日は当たり障りのない言葉を並べる。相手が若い女なら、自分の笑顔で有無を言わせず退けられる自信もあった。
「風邪なの?」
「まあそんな感じかな」
いつもなら、このままうまく流せるのだが、今回はそう甘くない。
「でも、そんな時だからこそのミントだよ!」
アヤナの目の焦点はどこかおかしい。こんな相手に、普段の女性相手のテクニックや喋り方などは全く通用するわけがないのだ、と春日は今更悟った。
「ほら、こういう時は注射が一番効くと思うよ。あたしもいつもそうだもん」
やめてくれ。
アヤナは言うが早いか、ぱっと走り出してどこかから注射器と覚醒剤の入った袋を持ってきた。慣れた手つきで注射器のビニールを破る彼女を止めるすべを、さすがの春日も知らなかった。
……もしや、特大の墓穴を掘ってしまったか。
笑顔の春日の背中に、大粒の冷や汗が流れた。
この状況、どう切り抜けたものか。
もはや形骸化したライブだからか、歌もダンスも手抜きと言ってよかった。
あらかじめ資料として見ていたライブ映像では、正統派アイドルとして真剣に歌って踊り、観客へのサービスも怠っていなかったのだが。
まあそれもそうか、と春日はまた煙草に火をつけながら隅からぐるりと見渡す。
こんな状況でやる気を出せという方が無理な話だ。観客らしい観客はおらず、ほとんどが薬に興じている。独特の臭気と客たちの異様な行動、薬に浸かった人間というのはこんなに目を逸らしたくなるような盛り上がり方ができるのか。
自分には到底真似できない。
自称ミントにどっぷりだった人間の東がなまじまともな人間だった分、目の前の光景は受け入れがたいものでしかなくて、春日は眉をひそめて煙草を吸っていた。
大きな声では言えないが、既に疲れが生じていた。客はぞくぞくと集まっていた。歯が白い者も多く、やはり芸能界に客が多いのだろう。なんなら、春日が知っている顔もある。事件が終わったら捕まえよう、と春日は思った。
「英輔くんはやらないの?」
視界の外、自分のすぐ下から声がかけられた。見下ろすと、可愛らしい一人の若い女性がすぐそばに立っていた。先ほど話題になっていたSOxのメンバー、如月アヤナだ。近すぎて自分の視界から消えていたらしい。
「やるって……?」
嫌な予感がしていたが、笑顔でうまく場を流したい。灰皿に投げ込むようにして煙草の火を消し、春日はアヤナに向き直った。
「ミントだけど?」
……でしょうね。
嫌な予感が的中して、思わず苦笑が漏れた。
ここでやらない、と答える選択肢はないが、そう答えないわけにはいかない。やはりパーティーのリスクは自分が思ったよりはるかに大きかった。しかしここで後悔してももう遅い。盛り上がっているこの状況で帰れば目立つし、次の機会に来れなくなってしまいかねない。
「今日は体調がそんなに良くなくてさ」
うまい言い訳が思いつかず、春日は当たり障りのない言葉を並べる。相手が若い女なら、自分の笑顔で有無を言わせず退けられる自信もあった。
「風邪なの?」
「まあそんな感じかな」
いつもなら、このままうまく流せるのだが、今回はそう甘くない。
「でも、そんな時だからこそのミントだよ!」
アヤナの目の焦点はどこかおかしい。こんな相手に、普段の女性相手のテクニックや喋り方などは全く通用するわけがないのだ、と春日は今更悟った。
「ほら、こういう時は注射が一番効くと思うよ。あたしもいつもそうだもん」
やめてくれ。
アヤナは言うが早いか、ぱっと走り出してどこかから注射器と覚醒剤の入った袋を持ってきた。慣れた手つきで注射器のビニールを破る彼女を止めるすべを、さすがの春日も知らなかった。
……もしや、特大の墓穴を掘ってしまったか。
笑顔の春日の背中に、大粒の冷や汗が流れた。
この状況、どう切り抜けたものか。
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