167 / 185
Mission:白の慟哭
第163話:深刻 ~寝た子を起こすと報われない~
しおりを挟む
「章さん、春日さん見ました?」
情報課のソファで眠りこけている春日の方に目をやる多賀は、随分深刻な表情をしていた。
春日は結局、反対を押し切ってパーティーに行ったらしい。澤田に接触したという報告を受け、笑顔の中で複雑な気持ちになってしまったのも事実である。
「あれがどうした?」
章は振り返って答える。以前から昼寝が好きだった春日だが、最近は毎日のようにソファで寝るようになった。自分の机で寝ないのは、机が汚すぎて突っ伏せないからである。
情報課の中でも章と並んで雑な男の春日は、自分の顔とバランスを取るかのように、机上にせよ引き出しの中にせよ鞄の中にせよ汚い。汚くてもどこに何を置いているか把握している章と違い、彼の場合はよく何かを失くしては机をひっかきまわし、更に机上を汚くしている。
そんな春日であっても、毎日ソファに身をうずめるというのは、多賀が情報課に着任した一年強の中でもかなり珍しい光景である。心配性の多賀に気にするなという方が無理な話であった。
「春日さんの腕、真新しい注射痕があるんですよ……」
「んな馬鹿な……」
「じゃあ、実際に見てみます?」
多賀がびしりとソファを指さす。章は黙って立ち上がった。
「……ああ、あるにはあるけど」
深く眠っている春日の細い左腕はだらりと下がっていた。確かに肘の内側に、いくつかの赤い点のような痕がある。
「注射痕と決まったわけでもないし」
しかし注射痕ではないとも言えない。微妙なところだ。
「……そういえば、春日さんって、覚醒剤の袋を引き出しに入れてたはずです」
多賀はすたすた歩いて春日の机の引き出しを上から順に開けていく。章でも引くような汚い引き出しだが、そこに袋はなかった。鍵すらかかっていない引き出しの上から三段目、そこに袋はあるはずだった。
「他の引き出しにあるんじゃないか?」
章が隣から囁くが、この汚い机の引き出しを全てひっくり返すほどの元気は多賀にも章にもない。そして、それを春日に気付かれないように元に戻す自信もない。
「開けます?」
「……いや、やめとこう」
そもそも、机の引き出しから薬を探し回ったところで一体何になるというのか。まだ春日が覚醒剤を使ったのだと決まったわけでもない。
「さすがに、あの春日が薬を使ったとは思えないけどな」
思いたくないというのが章の本音だ。章と多賀の二人は春日の前に戻る。ぶらんと下がった腕の内側には、針の赤い跡が何度見てもあった。
二人が互いに顔を近づけてこそこそと怪しんでいると、眺めていた腕がむくりと起き上がった。目を覚ました春日はあくびを一つして、眠そうな声で多賀に尋ねる。
「……多賀? どうしたん?」
「あ、いや……ナンデモアリマセン」
「多賀がな、春日の腕に注射痕があるから、覚醒剤使ったんじゃないかって」
手を振って誤魔化す多賀の横から章が割り込む。章は多賀を指さした。章に売られた多賀は、ばつが悪そうに頷く。
「注射痕って、これのこと?」
春日は肘の内側を見せた。確かに右腕の内側に二つ、左腕にはもっと多くの痕がある。春日は祈るような顔で春日を見上げた。誤解させてごめんな。これはちゃうよ。そう言われるのを待っていた。
「注射やで」
春日は細い指で傷跡をなぞる。
「注射って、なんの……」
「覚醒剤」
あっけらかんとそう言われて、多賀は言葉が出なかった。
情報課のソファで眠りこけている春日の方に目をやる多賀は、随分深刻な表情をしていた。
春日は結局、反対を押し切ってパーティーに行ったらしい。澤田に接触したという報告を受け、笑顔の中で複雑な気持ちになってしまったのも事実である。
「あれがどうした?」
章は振り返って答える。以前から昼寝が好きだった春日だが、最近は毎日のようにソファで寝るようになった。自分の机で寝ないのは、机が汚すぎて突っ伏せないからである。
情報課の中でも章と並んで雑な男の春日は、自分の顔とバランスを取るかのように、机上にせよ引き出しの中にせよ鞄の中にせよ汚い。汚くてもどこに何を置いているか把握している章と違い、彼の場合はよく何かを失くしては机をひっかきまわし、更に机上を汚くしている。
そんな春日であっても、毎日ソファに身をうずめるというのは、多賀が情報課に着任した一年強の中でもかなり珍しい光景である。心配性の多賀に気にするなという方が無理な話であった。
「春日さんの腕、真新しい注射痕があるんですよ……」
「んな馬鹿な……」
「じゃあ、実際に見てみます?」
多賀がびしりとソファを指さす。章は黙って立ち上がった。
「……ああ、あるにはあるけど」
深く眠っている春日の細い左腕はだらりと下がっていた。確かに肘の内側に、いくつかの赤い点のような痕がある。
「注射痕と決まったわけでもないし」
しかし注射痕ではないとも言えない。微妙なところだ。
「……そういえば、春日さんって、覚醒剤の袋を引き出しに入れてたはずです」
多賀はすたすた歩いて春日の机の引き出しを上から順に開けていく。章でも引くような汚い引き出しだが、そこに袋はなかった。鍵すらかかっていない引き出しの上から三段目、そこに袋はあるはずだった。
「他の引き出しにあるんじゃないか?」
章が隣から囁くが、この汚い机の引き出しを全てひっくり返すほどの元気は多賀にも章にもない。そして、それを春日に気付かれないように元に戻す自信もない。
「開けます?」
「……いや、やめとこう」
そもそも、机の引き出しから薬を探し回ったところで一体何になるというのか。まだ春日が覚醒剤を使ったのだと決まったわけでもない。
「さすがに、あの春日が薬を使ったとは思えないけどな」
思いたくないというのが章の本音だ。章と多賀の二人は春日の前に戻る。ぶらんと下がった腕の内側には、針の赤い跡が何度見てもあった。
二人が互いに顔を近づけてこそこそと怪しんでいると、眺めていた腕がむくりと起き上がった。目を覚ました春日はあくびを一つして、眠そうな声で多賀に尋ねる。
「……多賀? どうしたん?」
「あ、いや……ナンデモアリマセン」
「多賀がな、春日の腕に注射痕があるから、覚醒剤使ったんじゃないかって」
手を振って誤魔化す多賀の横から章が割り込む。章は多賀を指さした。章に売られた多賀は、ばつが悪そうに頷く。
「注射痕って、これのこと?」
春日は肘の内側を見せた。確かに右腕の内側に二つ、左腕にはもっと多くの痕がある。春日は祈るような顔で春日を見上げた。誤解させてごめんな。これはちゃうよ。そう言われるのを待っていた。
「注射やで」
春日は細い指で傷跡をなぞる。
「注射って、なんの……」
「覚醒剤」
あっけらかんとそう言われて、多賀は言葉が出なかった。
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説


王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる