僕は警官。武器はコネ。【イラストつき】

本庄照

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Mission:白の慟哭

第159話:意識 ~白いに越したことはない~

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 パーティーの会場は繁華街の裏路地にある、劇場ともバーともつかない不思議なところだった。中途半端な構造、中途半端な改装。恐らく、この物件には様々なテナントが出たり入ったりを繰り返し、最終的に澤田が買い取るか借りるかしたのだろう。こんな奥まった立地で、まともな店では経営が成り立つわけもない。遅かれ早かれ、澤田のような人間の手に落ちる物件だったに違いないのだ。
 そしてこの物件はゆくゆくは春日の手に落ちることになるだろう。春日は物件の持ち主に同情した。
 
 春日の体調はあまりかんばしくなかった。ここに入ってすぐ、エアコンが効きすぎだと思ったのに、客の会話から察すると部屋は生ぬるいらしい。
 ……寒気だろうか? 苦笑ともない笑みが思わずこぼれる。
 それでも事前に予想していたよりはマシで、春日は気力でこぼれた笑顔をそのまま固め、焚かれた覚醒剤の煙が染みついているであろう壁にもたれかかっていた。

 ぞくぞくと集まる客は、いずれも単なる一般人のように見える。中には顔立ちや服装に浮き出る美意識を見るに芸能界関係者もいそうだが、いずれもいわゆる有名人ではない。東クラスの大物はやはり珍しいのだろう。
 まだ年若い女性の姿も見かける。客の一人笑顔で雑談している光景は微笑ましいが、場所が場所だ。こんなところにいていいのか、と春日は心の中で語りかけた。きっと芸能界で売れたいのだろうに。

 芸能界を意識している人間(売れているかどうかは別として)をざっくりとだが見分ける方法がある。それは歯だ。歯を白くする人間は大抵芸能界を意識している人間といえよう。当然例外も多数あって、例えば春日本人は芸能界とは縁切り状態だが,
未だに惰性で歯を白くし続けてしまっている。
 歯が白い方がモテるから、と自分自身に言い訳し続けて何年になるだろう。

 煙草に火をつけながら、春日は澤田の姿を探していた。主催者だから先に来るか、あるいは重役出勤してくるか。性格を考えるに後者の方が近そうだが、探すに越したことはない。

 目だけを動かして周囲を探しながら、口の中に入ってくる温かい煙をいっぱいに吸って、ゆっくりと吐き出す。こんな有害物質で深呼吸することに引け目は以前からあったのだが、目の前に集まってくる人間たちは覚醒剤をめいいっぱい吸っている輩なのだから笑えない。

 ふと先ほどの若い女が奥の方に入ってゆく。歯がとても白い彼女の微笑みについ目を取られて、そのまま奥に目をやると、暗がりの中に一人の男の姿があった。
 表情はよく見えないが、それでもわかる。澤田だ。

 なんや、おるんやん。

  となると先ほどの女性はSOxのメンバーか。そういわれてみると事前に調べた写真と似た顔だったような気もする。
 しかし澤田がいるものとはまさか思っていなかったので、実際に澤田を目の前にすると、どうしたものか春日は戸惑っていた。

 話しかけるか、それとも知らないふりをするか。彼は一応表の顔を持っているので、春日が話しかけたとしても違和感はない。しかし、情報課で澤田の懐に入るのをあれほど反対された身としてはどうも気が引けてしまうのも確かだ。

「あの、澤田行彦さんですよね? SOxのプロデューサーの……」
 メンバーとの談笑に、斜め前からうまく潜り込むように話しかけた。会話を止めた澤田がこちらを見上げる。四十代半ばの、あまり背の高くない男だ。

「初めまして、春日英輔と申します」
 春日は黙っている澤田の前で優雅に一礼した。
「この度は、ご招待いただきましてありがとうございます。お姿を見かけたのでご挨拶に伺おうと思いまして」

「プロデューサーの澤田です」
 澤田は軽く礼をした。近くで見ると、澤田はどうにも裏社会で生きてきた人間としてのさがを隠しきれていなかった。春日を値踏みするような表情、春日をおののかせるオーラ。そこには隙が全くなかった。
 そして当然と言えば当然だが、澤田は歯を白くしてはいない。それがまた、彼の周りに集うアイドルの白さとの差を際立たせているような気がした。
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