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Mission:白の慟哭
第153話:話術 ~東だけしか落とせない~
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「東を落としてどうする。澤田を落とせよ」
翌日のことである。
春日から東についての話を聞いた章は、パソコンの向こうから律儀にツッコミを入れてきた。答えようのない春日は、首をすくめて答えにする。
東を落とした、と章は言った。
東が女性だったら、そして会っていたのが警察署ではなくレストランだったら、今頃東は自分のものだっただろうなと春日は思っている。しかし、澤田は口説かれる側ではなく口説く側の人間だ。春日でもそう簡単には落とせない。
「結局、澤田のヤバさはわかったけど、弱みが分かんないだよなぁ」
「うまいことパーティー以外の場に引きずり出すしかあらへんでしょ……」
春日は浮かない顔のまま頭の後ろで長い手を組む。
「千羽さんとしては、俺の話術が使えるって考えはったんですかねぇ?」
しかし、多少の話術があったところで落とせる人間ではない。
春日の疑問形のつぶやきは、ノープランであることを明かしているに等しかった。返事をする人間はいない。いや、気の利いた返事を思いつく人間がいない。
「そもそも、澤田は元は裏社会の人間なわけでしょ? どうしてわざわざ芸能界でアイドルなんか作ったんですかね?」
多賀が春日の後ろからファイルを覗き込んで尋ねた。
「そんなん、裏社会の人間に割り当てる女の子を確保するためやろ」
「でも、わざわざプロデューサーになる必要はないじゃないですか」
言われてみればそうだった。澤田はその道ではベテラン、金も力もある。
「ああいう奴らはな、どうしても表の顔というものに憧れるんだ」
春日の代わりに、章が指を立てて答える。
「裏で実績を積むほど、表の仕事に憧れる。金に飽きた金持ちが名誉を求めるようなものだ。プロデューサー業もその一環だろうな。顔のいい若い女を好きにできるわけだし、奴にとっては名誉職なんだろ」
なぜ章がそれを知っているのだろう、と全員が思っている。章自身も、こんな知識を持つ人生など送りたくなかった、と思っている。
「でも、澤田は結局のところ、覚醒剤という裏の仕事を表の仕事に持ち込んでいることになるやないですか」
「澤田は、裏の仕事にしか才能がないんだろ。表の仕事が思ったようにいかないから、得意分野から手を回す。手間を惜しむ金持ちは、金で名誉を買うのさ」
章は澤田を憐れんでいるように見えた。章は金にも名誉にも興味がない。いや、金と名誉が目の前でちらつくも、絶対に手に入らない立場の人間だという方が正しい。そして、金銭欲と名誉欲との付き合い方を知っている身でもある。
「俺、澤田の気持ちなんか全然わからへん……」
金にも名誉にも縁のない春日は、既に諦めの境地に入っている。
「気持ちの理解できん人間と接するのは苦手やねんなぁ。兄貴やったらできるかもしれんけど。友達にいたら、まだ楽やねんけどな」
「じゃあ、裏社会の人間に友達の一人でも作るしかないな」
裕が笑えない冗談を言う。笑っているのは本人だけだ。
「俺にはそんな友達おらんので……」
「あ、あの時の情報屋は?」
章がぱちんと指をはじく。あの時というのは、諏訪の事件で章と連絡先を交換した情報屋、南雲である。
「南雲は、裏社会の人間とは言わないけど、絶対に表社会の人間ではない」
「……確かに」
一度、南雲にやられている諏訪は苦い顔で頷く。負けたとは言わないが、勝ったとも言えない。負けず嫌いの諏訪にとって、あのような形で勝ち逃げされるのは屈辱に近かった。
「南雲が裏社会にも通じてるってことは、澤田のことも知ってるかもしれないな。電話してみようか」
「え、電話するんすか?」
諏訪が立ち上がって章のスマートフォンに手を伸ばす。しかし章はひらりと諏訪の手をかわした。素早く画面を押して耳に当てる様子を見て、がっくりと諏訪はうなだれた。諏訪の負けだ。
翌日のことである。
春日から東についての話を聞いた章は、パソコンの向こうから律儀にツッコミを入れてきた。答えようのない春日は、首をすくめて答えにする。
東を落とした、と章は言った。
東が女性だったら、そして会っていたのが警察署ではなくレストランだったら、今頃東は自分のものだっただろうなと春日は思っている。しかし、澤田は口説かれる側ではなく口説く側の人間だ。春日でもそう簡単には落とせない。
「結局、澤田のヤバさはわかったけど、弱みが分かんないだよなぁ」
「うまいことパーティー以外の場に引きずり出すしかあらへんでしょ……」
春日は浮かない顔のまま頭の後ろで長い手を組む。
「千羽さんとしては、俺の話術が使えるって考えはったんですかねぇ?」
しかし、多少の話術があったところで落とせる人間ではない。
春日の疑問形のつぶやきは、ノープランであることを明かしているに等しかった。返事をする人間はいない。いや、気の利いた返事を思いつく人間がいない。
「そもそも、澤田は元は裏社会の人間なわけでしょ? どうしてわざわざ芸能界でアイドルなんか作ったんですかね?」
多賀が春日の後ろからファイルを覗き込んで尋ねた。
「そんなん、裏社会の人間に割り当てる女の子を確保するためやろ」
「でも、わざわざプロデューサーになる必要はないじゃないですか」
言われてみればそうだった。澤田はその道ではベテラン、金も力もある。
「ああいう奴らはな、どうしても表の顔というものに憧れるんだ」
春日の代わりに、章が指を立てて答える。
「裏で実績を積むほど、表の仕事に憧れる。金に飽きた金持ちが名誉を求めるようなものだ。プロデューサー業もその一環だろうな。顔のいい若い女を好きにできるわけだし、奴にとっては名誉職なんだろ」
なぜ章がそれを知っているのだろう、と全員が思っている。章自身も、こんな知識を持つ人生など送りたくなかった、と思っている。
「でも、澤田は結局のところ、覚醒剤という裏の仕事を表の仕事に持ち込んでいることになるやないですか」
「澤田は、裏の仕事にしか才能がないんだろ。表の仕事が思ったようにいかないから、得意分野から手を回す。手間を惜しむ金持ちは、金で名誉を買うのさ」
章は澤田を憐れんでいるように見えた。章は金にも名誉にも興味がない。いや、金と名誉が目の前でちらつくも、絶対に手に入らない立場の人間だという方が正しい。そして、金銭欲と名誉欲との付き合い方を知っている身でもある。
「俺、澤田の気持ちなんか全然わからへん……」
金にも名誉にも縁のない春日は、既に諦めの境地に入っている。
「気持ちの理解できん人間と接するのは苦手やねんなぁ。兄貴やったらできるかもしれんけど。友達にいたら、まだ楽やねんけどな」
「じゃあ、裏社会の人間に友達の一人でも作るしかないな」
裕が笑えない冗談を言う。笑っているのは本人だけだ。
「俺にはそんな友達おらんので……」
「あ、あの時の情報屋は?」
章がぱちんと指をはじく。あの時というのは、諏訪の事件で章と連絡先を交換した情報屋、南雲である。
「南雲は、裏社会の人間とは言わないけど、絶対に表社会の人間ではない」
「……確かに」
一度、南雲にやられている諏訪は苦い顔で頷く。負けたとは言わないが、勝ったとも言えない。負けず嫌いの諏訪にとって、あのような形で勝ち逃げされるのは屈辱に近かった。
「南雲が裏社会にも通じてるってことは、澤田のことも知ってるかもしれないな。電話してみようか」
「え、電話するんすか?」
諏訪が立ち上がって章のスマートフォンに手を伸ばす。しかし章はひらりと諏訪の手をかわした。素早く画面を押して耳に当てる様子を見て、がっくりと諏訪はうなだれた。諏訪の負けだ。
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