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Mission:白の慟哭
第151話:燦燦 ~光は闇を隠せない~
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「はじめまして、東さん」
憔悴しきった東の前に、春日は姿を見せた。東の本来の仕事場にいそうな爽やかな顔が警察官の制服を着ているというミスマッチさに、東が一瞬困惑した。
「県警の春日と申します」
春日は警察手帳を見せる。東の大きな目がさらに大きくなった。美形の被疑者と美形の警察官が顔を合わせる取締り室は、さりげなく女性警察官が何人も覗きにくるほどの凄まじいオーラを発していた。
「……春日って、もしかして」
警察手帳のフルネームと写真を見た東は、顔を上げて息を飲んだ。
兄とは輪郭と鼻筋、色白がよく似ていると言われる。人の顔立ちに敏感であろう彼にならすぐにわかるだろう。
「はい。春日英一の弟、英輔です」
「……英一ですか?」
「兄をご存知ですか?」
昨日の晩、兄に電話して東と友人であることは確認していたが、あえてすっとぼける。東に語らせて、話を広げるためだ。
「……彼とは友人でした。弟のあなたが警察官というのは知りませんでしたが」
東の中で、春日の兄との友人関係は既に過去形になっている。春日は苦笑した。昨日の電話では、春日の兄は東を友人だと言っていたのに。片思いになってしまっているではないか。
「しかも、警視庁の麻薬担当の人だったなんて。全く知りませんでした」
「いや、俺は警視庁の人間ではないですよ。薬物担当でもないですし」
本当は県警の人間で、最近はだいたいストーカー事件を担当してます。かわいい女の子が来るので、とは言わない。話がややこしくなるからだ。
「東さんに会いに来るために、無理を言ったんですよ」
相手は被疑者、弱い立場だ。こんな適当なごまかしでも無理に押し通せる。
「実は、東さんに薬を売った人の情報が知りたいんですよ」
「澤田さんですか?」
「ええ、SOxのプロデューサーの澤田さんです」
「……彼を捕まえるんですか?」
怪訝そうに東は尋ねた。
「無理だと思いますよ」
「どうしてですか?」
春日は優しく尋ね返す。東の言う通り、確かに彼の逮捕は難しいと調書には載っていた。
「というか、やめた方がいいです。俺は、英一の弟を澤田さんには売れません」
「どういうことですか?」
「澤田さんが直接表舞台にミントの売人として出てくるのはパーティーの時だけです。証拠を押さえるには、その時しかありません」
「パーティーには行けないんですか?」
「パーティーはパーティーでも、覚醒剤パーティーですよ。覚醒剤を使う人間じゃないと入れないパーティーです」
「……なるほど」
確かに、捜査のために覚醒剤中毒になるつもりは、春日にはない。そのパーティーには入れないというわけだ。
「他のタイミングでは出てこないんですか?」
「やりとりのほとんどはメール、しかも互いに証拠が残らないように細心の注意を払っていますから……。ミントの現物は郵送ですし」
そういえばファイルにもそう書いてあった。
「パーティーにしか出てこない大物か……」
証拠を掴めないというのも納得の話である。捕まった人間の証言を元にいくら調べても、全く尻尾が掴めない。証言だけでは逮捕状は出せない。
じゃあなぜ自分に回してきたのだろう。春日だから解決できるという案件ではない。しかし、千羽が一生懸命取ってきた案件だ。解決できずに放棄すれば、千羽の顔を潰してしまう。
「でも、薬物パーティーには参加するんでしょう? 澤田さん本人も薬物濫用者ということなんですか?」
「いえ、本人は全く薬を使いません」
東は首を振る。
「澤田さんは、元から後ろ暗いところのある人です。プロデューサーになる前から、若い女性を金持ちにマッチングするような仕事をしてたって噂で聞きました。SOxを作ったのも、たぶんその仕事に関連してのことだと……」
東のこの言葉で、春日はようやく合点がいった。なぜ、たかがアイドルのプロデューサーが、質のいい覚醒剤の伝手を持っているのか。アイドルと覚醒剤。一見相性が悪そうに見えて、そこにはちゃんと理由があった。
憔悴しきった東の前に、春日は姿を見せた。東の本来の仕事場にいそうな爽やかな顔が警察官の制服を着ているというミスマッチさに、東が一瞬困惑した。
「県警の春日と申します」
春日は警察手帳を見せる。東の大きな目がさらに大きくなった。美形の被疑者と美形の警察官が顔を合わせる取締り室は、さりげなく女性警察官が何人も覗きにくるほどの凄まじいオーラを発していた。
「……春日って、もしかして」
警察手帳のフルネームと写真を見た東は、顔を上げて息を飲んだ。
兄とは輪郭と鼻筋、色白がよく似ていると言われる。人の顔立ちに敏感であろう彼にならすぐにわかるだろう。
「はい。春日英一の弟、英輔です」
「……英一ですか?」
「兄をご存知ですか?」
昨日の晩、兄に電話して東と友人であることは確認していたが、あえてすっとぼける。東に語らせて、話を広げるためだ。
「……彼とは友人でした。弟のあなたが警察官というのは知りませんでしたが」
東の中で、春日の兄との友人関係は既に過去形になっている。春日は苦笑した。昨日の電話では、春日の兄は東を友人だと言っていたのに。片思いになってしまっているではないか。
「しかも、警視庁の麻薬担当の人だったなんて。全く知りませんでした」
「いや、俺は警視庁の人間ではないですよ。薬物担当でもないですし」
本当は県警の人間で、最近はだいたいストーカー事件を担当してます。かわいい女の子が来るので、とは言わない。話がややこしくなるからだ。
「東さんに会いに来るために、無理を言ったんですよ」
相手は被疑者、弱い立場だ。こんな適当なごまかしでも無理に押し通せる。
「実は、東さんに薬を売った人の情報が知りたいんですよ」
「澤田さんですか?」
「ええ、SOxのプロデューサーの澤田さんです」
「……彼を捕まえるんですか?」
怪訝そうに東は尋ねた。
「無理だと思いますよ」
「どうしてですか?」
春日は優しく尋ね返す。東の言う通り、確かに彼の逮捕は難しいと調書には載っていた。
「というか、やめた方がいいです。俺は、英一の弟を澤田さんには売れません」
「どういうことですか?」
「澤田さんが直接表舞台にミントの売人として出てくるのはパーティーの時だけです。証拠を押さえるには、その時しかありません」
「パーティーには行けないんですか?」
「パーティーはパーティーでも、覚醒剤パーティーですよ。覚醒剤を使う人間じゃないと入れないパーティーです」
「……なるほど」
確かに、捜査のために覚醒剤中毒になるつもりは、春日にはない。そのパーティーには入れないというわけだ。
「他のタイミングでは出てこないんですか?」
「やりとりのほとんどはメール、しかも互いに証拠が残らないように細心の注意を払っていますから……。ミントの現物は郵送ですし」
そういえばファイルにもそう書いてあった。
「パーティーにしか出てこない大物か……」
証拠を掴めないというのも納得の話である。捕まった人間の証言を元にいくら調べても、全く尻尾が掴めない。証言だけでは逮捕状は出せない。
じゃあなぜ自分に回してきたのだろう。春日だから解決できるという案件ではない。しかし、千羽が一生懸命取ってきた案件だ。解決できずに放棄すれば、千羽の顔を潰してしまう。
「でも、薬物パーティーには参加するんでしょう? 澤田さん本人も薬物濫用者ということなんですか?」
「いえ、本人は全く薬を使いません」
東は首を振る。
「澤田さんは、元から後ろ暗いところのある人です。プロデューサーになる前から、若い女性を金持ちにマッチングするような仕事をしてたって噂で聞きました。SOxを作ったのも、たぶんその仕事に関連してのことだと……」
東のこの言葉で、春日はようやく合点がいった。なぜ、たかがアイドルのプロデューサーが、質のいい覚醒剤の伝手を持っているのか。アイドルと覚醒剤。一見相性が悪そうに見えて、そこにはちゃんと理由があった。
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