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Mission:消えるカジノ
Spin-Off:諏訪慎太郎、就職
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競技を引退した諏訪には就職活動が待っていた。
幼稚園の将来の夢にお巡りさんを挙げていたことを思い出し、何気ない気持ちで願書を取り寄せたら既に期限が迫っていて驚いたのは笑い話である。
付け焼刃の試験対策だったものの、数倍の倍率を諏訪はなんとか突破し、警察官となった。交番勤務を経て交通課に回された諏訪は、日々交通違反を取り締まり、違反者に車を止めるように叫ぶ日々を送っていた。
早くパトカーの運転ができるようになりたいと願い、運転の練習を熱心にしていた時、就職して三年目の春のことだった。諏訪に辞令が下った。
「……別の県に行くなんてこと、あるんですか」
諏訪は困惑した。自分の雇い主は長野県なわけで、県内で異動するならともかく、外の県に異動など聞いたことがない。
「応援という形になっているらしい。行けるか?」
「もちろんです」
上下関係の厳しい警察という組織だ、行く以外に選択肢はないし、行くことにも抵抗はない。だが。
「どうして俺が……?」
「さあ、俺にも理由は分からないが、とにかく上はお前をご指名だ」
「向こうでも交通課に行くんっすかね」
「だと思うがな」
諏訪は何か特別な成績を出しているわけでもないし、際立った能力があるわけでもない。警察学校でも成績は平の凡、柔道だけは初心者から始めたとは思えない強さにはなったがそれでも経験者には勝てない。
その謎は異動後も続いた。異動先の県警はすんなり諏訪を受け入れてくれたが、だからといって何か特別なことをさせられるわけでもなかった。不思議な気持ちを忘れかけてきたころ、上司から諏訪に県警の奥に向かうように指示を出された。
県警にこんな建物があるだなんて思いもしなかった。一体何をやっているところなのか予想もつかない。
しばらく探してようやく目的の部屋を見つけ、ドアをノックする。中から返事があり、諏訪はドアを開けた。
「諏訪慎太郎くん?」
スーツを着た男が三人、うち一人が声を掛けてきた。いずれも知らない顔である。なぜ自分の顔と名前を知っているのだろう。
「はい、そうです」
「僕は伊勢章。ここはね、情報課っていう課なんだよ」
「そんな課、県警にあるんですか」
章は頷いた。
「存在自体が秘密だから君が知らなくても無理はないよ」
諏訪は度肝を抜かれた。そんな、映画のような話を今日ここで急に気化されるなど想像もしていない。
「君にはここに入ってもらうことになってる。もう決定事項だよ」
ここで春以来の謎が解けた。自分をここに呼んだのはこの三人だったのである。
「君はここで、人脈を使いながら事件を捜査することになる」
「人脈……っすか?」
自分の人脈と言われてもピンとこない。
「例えば、僕は株式会社伊勢自動車の専務でね、企業系の事件の時は僕に担当が回る」
「でも俺に人脈なんて……」
「君はスポーツ一家の息子だろ。しかも一番結果を出しているオリンピックメダリストだ。それを見越して僕らは君をここに引き抜いたということだ」
「無理っす、有名アスリートが知り合いなんてこともありませんし、スキーの友達しかいません」
妹の水泳、あるいは弟のサッカー関係者になら話が通るかもしれないが、それ以外は不可能だ。
「いや、自分のネームバリューを君自身知らないのかもしれないけど、君はすごいんだよ」
「そんなの、無理っすよ……」
「まあそう言うなって。でもここに赴任したということは、ここから出られることはないからね」
「……はい?」
耳の良い諏訪だが、思わず聞こえないふりをした。
「この課は、存在自体が秘密の課です。存在を知ってしまったあなたを逃がすわけにはいきません」
自分よりずっと背の低い三嶋の笑顔を見て諏訪はゾッとした。
「いや、俺は好きこのんでここに来たわけじゃ……」
「諦めな」
裕がぼそりと言う。
「この二人の背後にいるのは警察庁だと思った方がいい。逆らうのは不可能だよ」
「でも、警察官って副業できないっすよね?」
「お、君、頭いいね。そう、僕は警察官じゃないんだ。」
「じゃあここ、警察官は一人しかいないって課ですか」
「そういうことになりますね」
諏訪は三嶋に憐憫の情を持った。一人しかいない課の課長を名乗らされるというのもオツなものである。
「あなたが二人目の警察官です。よろしくお願いします」
三嶋が笑顔で右手を差し出してくる。
「お力になれるように頑張ります」
諏訪は三嶋の右手を握り返した。
*Spin-Off・完*
幼稚園の将来の夢にお巡りさんを挙げていたことを思い出し、何気ない気持ちで願書を取り寄せたら既に期限が迫っていて驚いたのは笑い話である。
付け焼刃の試験対策だったものの、数倍の倍率を諏訪はなんとか突破し、警察官となった。交番勤務を経て交通課に回された諏訪は、日々交通違反を取り締まり、違反者に車を止めるように叫ぶ日々を送っていた。
早くパトカーの運転ができるようになりたいと願い、運転の練習を熱心にしていた時、就職して三年目の春のことだった。諏訪に辞令が下った。
「……別の県に行くなんてこと、あるんですか」
諏訪は困惑した。自分の雇い主は長野県なわけで、県内で異動するならともかく、外の県に異動など聞いたことがない。
「応援という形になっているらしい。行けるか?」
「もちろんです」
上下関係の厳しい警察という組織だ、行く以外に選択肢はないし、行くことにも抵抗はない。だが。
「どうして俺が……?」
「さあ、俺にも理由は分からないが、とにかく上はお前をご指名だ」
「向こうでも交通課に行くんっすかね」
「だと思うがな」
諏訪は何か特別な成績を出しているわけでもないし、際立った能力があるわけでもない。警察学校でも成績は平の凡、柔道だけは初心者から始めたとは思えない強さにはなったがそれでも経験者には勝てない。
その謎は異動後も続いた。異動先の県警はすんなり諏訪を受け入れてくれたが、だからといって何か特別なことをさせられるわけでもなかった。不思議な気持ちを忘れかけてきたころ、上司から諏訪に県警の奥に向かうように指示を出された。
県警にこんな建物があるだなんて思いもしなかった。一体何をやっているところなのか予想もつかない。
しばらく探してようやく目的の部屋を見つけ、ドアをノックする。中から返事があり、諏訪はドアを開けた。
「諏訪慎太郎くん?」
スーツを着た男が三人、うち一人が声を掛けてきた。いずれも知らない顔である。なぜ自分の顔と名前を知っているのだろう。
「はい、そうです」
「僕は伊勢章。ここはね、情報課っていう課なんだよ」
「そんな課、県警にあるんですか」
章は頷いた。
「存在自体が秘密だから君が知らなくても無理はないよ」
諏訪は度肝を抜かれた。そんな、映画のような話を今日ここで急に気化されるなど想像もしていない。
「君にはここに入ってもらうことになってる。もう決定事項だよ」
ここで春以来の謎が解けた。自分をここに呼んだのはこの三人だったのである。
「君はここで、人脈を使いながら事件を捜査することになる」
「人脈……っすか?」
自分の人脈と言われてもピンとこない。
「例えば、僕は株式会社伊勢自動車の専務でね、企業系の事件の時は僕に担当が回る」
「でも俺に人脈なんて……」
「君はスポーツ一家の息子だろ。しかも一番結果を出しているオリンピックメダリストだ。それを見越して僕らは君をここに引き抜いたということだ」
「無理っす、有名アスリートが知り合いなんてこともありませんし、スキーの友達しかいません」
妹の水泳、あるいは弟のサッカー関係者になら話が通るかもしれないが、それ以外は不可能だ。
「いや、自分のネームバリューを君自身知らないのかもしれないけど、君はすごいんだよ」
「そんなの、無理っすよ……」
「まあそう言うなって。でもここに赴任したということは、ここから出られることはないからね」
「……はい?」
耳の良い諏訪だが、思わず聞こえないふりをした。
「この課は、存在自体が秘密の課です。存在を知ってしまったあなたを逃がすわけにはいきません」
自分よりずっと背の低い三嶋の笑顔を見て諏訪はゾッとした。
「いや、俺は好きこのんでここに来たわけじゃ……」
「諦めな」
裕がぼそりと言う。
「この二人の背後にいるのは警察庁だと思った方がいい。逆らうのは不可能だよ」
「でも、警察官って副業できないっすよね?」
「お、君、頭いいね。そう、僕は警察官じゃないんだ。」
「じゃあここ、警察官は一人しかいないって課ですか」
「そういうことになりますね」
諏訪は三嶋に憐憫の情を持った。一人しかいない課の課長を名乗らされるというのもオツなものである。
「あなたが二人目の警察官です。よろしくお願いします」
三嶋が笑顔で右手を差し出してくる。
「お力になれるように頑張ります」
諏訪は三嶋の右手を握り返した。
*Spin-Off・完*
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