146 / 185
Mission:消えるカジノ
Spin-off:諏訪慎太郎、高校一年生
しおりを挟む
初めての国体会場は殺気立っていた。だが、諏訪にはその殺気など通用しない。世界ジュニア選手権をはじめ、もっと殺伐とした雰囲気の大会などいくらでもある。日本でやるという時点で、諏訪にとってはホームグラウンドだ。
「よお、また会ったな」
レストハウスでブーツを履く諏訪の肩を叩く者がいた。振り返るが、ぱっと見ただけでは誰だかわからない。なにせ、ヘルメットにゴーグル、フェイスマスクといった銀行強盗も顔負けの装備だ。一種の覆面ともいえる。声は知っている声だが。
「誰ですか」
諏訪はわざとすっとぼけてみせた。
「俺だよ、伊沢文明だよ」
男がゴーグルを上げてヘルメットをすぽんと脱ぎ、ニヤリと笑った。いや、口元が隠れているので笑ったかどうかはわからないのだが、目は確かに笑っている。
文明と諏訪は幼い頃から大会で顔を合わせる同級生だった。つまり、諏訪が高校一年生ならば文明も高校一年生である。
高校一年で国体の少年男子の部に出られるというのは大きな栄誉だ。予選では二年、三年に数々の強者がひしめき合っているというのに、それを押しのけて、数人分しかない枠を一つもぎ取った。しかも諏訪は長野県予選を優勝して今この場にいる。
諏訪が様々な都道府県の選手に警戒されているのは当然のことだった。だが、それ以上に注目を集めているのが伊沢文明だった。
文明は中学三年の時点から国体に出場していた。しかも文明もまた、強豪ひしめく新潟県の出身である。昨年はギリギリ出場枠を得たという状況だったが、今年は予選優勝でこの本戦に来ている。諏訪と同じ、いやそれ以上だ。
警戒されている二人が顔を合わせ、火花を散らす。そんな様子を周囲は期待していたものの、その期待は裏切られることとなった。
「久しぶりじゃん」
火花が散るどころか、和気藹々とした雰囲気である。
「そんなに久しぶりか? こないだ強化合宿に行って以来だろ」
二人とも強化指定選手だ。注目が集まっているのはそのせいでもあった。
「文明、服変わった?」
普段なら、服で誰かわかるのに、声を聴くまで文明とわからなかった理由はそれだ。
「うん、前のはボロかったからね。色々変えてきたんだよ」
文明はその場をくるりと一回転してみせた。
「へぇ」
諏訪は改めて文明の全身を眺める。スキーウェアというのは、もともと派手なものだが、文明の服装はその中でも際立って派手に見える。文明は派手好きなのだろうか。
「緊張してる?」
「そんなにしてない」
「一発勝負なのに?」
「俺は昔から緊張しないから」
諏訪はさらりと答える。文明は目を丸くした。驚かれるのには慣れている。
「すげえな」
「緊張するより先に、あれやろうとかこれやろうって思うからなぁ」
「諏訪はワールドカップに出ても緊張しなさそう」
文明はしんみり呟いた。彼の成績だったら、高校生ワールドカップ選手という前代未聞の偉業すらも成し遂げられそうだ。
「俺は、他のことが気になって緊張どころじゃない人間なんだよ」
おそらく自分はワールドカップでも緊張しないだろう、と思う。
「でも、緊張しないからといって速いわけじゃないだろ?」
「そりゃそうだ」
「今回は勝つ」
文明はにやりと笑う。
「いや、勝つのは俺だ」
諏訪も笑い返す。
超高校生級の速さが自慢の諏訪だが、それはある一つの種目においてのことである。その種目では文明すら差し置いて高校生ではダントツ、大人とも混じって日本一を争う強さの諏訪も、種目が変われば他の高校生とも争うことになる。それでも高校生の中でトップを狙えるというのが諏訪の恐ろしいところではあるが。
国体の種目は、諏訪が二番目に得意な種目だ。この種目を最も得意とする伊沢文明とは、幼いころから大会で顔を合わせてきたが、今に至るまで実力はほぼ互角だった。
「まあ、文明が新潟代表になれて何よりだ」
「俺も、お前が長野予選で転んだらどうしようって心配してたよ」
憎まれ口を叩き合う二人だが、表情は笑顔である。
「今までは一勝一敗だったよな」
「ああ、今日で決着をつけよう」
全日本選手権では諏訪が、インターハイでは文明が勝った。今日の国体が国内の大きな大会では最後の決戦になる。
「俺は負けねぇぞ」
「俺も勝ちに来てるからな」
二人は互いに笑って背中を向け、自らのチームに戻った。勝負の始まりである。
* * *
「……お前、ほんと強いな」
「いやぁ慎太郎にそう言ってもらえるのはありがたい」
表彰台の上、二位の位置に文明はいた。諏訪は床に立っている。五位だった。諏訪の全力でこの順位だから、文明は完全に諏訪の上に行っているというほかない。
安定が持ち味の諏訪は、荒れるコースの方が得意だ。いや、得意というよりは、荒れる試合では上位層からも棄権がどんどん出てくるから自分が相対的に強くなれるという方が正しい。
逆に、文明は荒れる試合では転んで棄権になってしまうタイプだ。全日本選手権で諏訪が文明に勝てたのはこれが理由である。しかし今回、文明は猛スピードを保ちながら完走してみせた。
「高一で二位なんて化け物だよ」
「得意種目でもないのに高一で五位に食い込む方が化け物だよ」
何度も言うが、種目が違えば諏訪は高校トップの実力を誇る。それをすっかり忘れて心の底から二位の自分を羨ましがる諏訪のことが文明は不思議でならなかった。
「慎太郎、お前、大物になるよ」
世界とも戦える大柄な背中を見ながら文明が呟いた。
「よお、また会ったな」
レストハウスでブーツを履く諏訪の肩を叩く者がいた。振り返るが、ぱっと見ただけでは誰だかわからない。なにせ、ヘルメットにゴーグル、フェイスマスクといった銀行強盗も顔負けの装備だ。一種の覆面ともいえる。声は知っている声だが。
「誰ですか」
諏訪はわざとすっとぼけてみせた。
「俺だよ、伊沢文明だよ」
男がゴーグルを上げてヘルメットをすぽんと脱ぎ、ニヤリと笑った。いや、口元が隠れているので笑ったかどうかはわからないのだが、目は確かに笑っている。
文明と諏訪は幼い頃から大会で顔を合わせる同級生だった。つまり、諏訪が高校一年生ならば文明も高校一年生である。
高校一年で国体の少年男子の部に出られるというのは大きな栄誉だ。予選では二年、三年に数々の強者がひしめき合っているというのに、それを押しのけて、数人分しかない枠を一つもぎ取った。しかも諏訪は長野県予選を優勝して今この場にいる。
諏訪が様々な都道府県の選手に警戒されているのは当然のことだった。だが、それ以上に注目を集めているのが伊沢文明だった。
文明は中学三年の時点から国体に出場していた。しかも文明もまた、強豪ひしめく新潟県の出身である。昨年はギリギリ出場枠を得たという状況だったが、今年は予選優勝でこの本戦に来ている。諏訪と同じ、いやそれ以上だ。
警戒されている二人が顔を合わせ、火花を散らす。そんな様子を周囲は期待していたものの、その期待は裏切られることとなった。
「久しぶりじゃん」
火花が散るどころか、和気藹々とした雰囲気である。
「そんなに久しぶりか? こないだ強化合宿に行って以来だろ」
二人とも強化指定選手だ。注目が集まっているのはそのせいでもあった。
「文明、服変わった?」
普段なら、服で誰かわかるのに、声を聴くまで文明とわからなかった理由はそれだ。
「うん、前のはボロかったからね。色々変えてきたんだよ」
文明はその場をくるりと一回転してみせた。
「へぇ」
諏訪は改めて文明の全身を眺める。スキーウェアというのは、もともと派手なものだが、文明の服装はその中でも際立って派手に見える。文明は派手好きなのだろうか。
「緊張してる?」
「そんなにしてない」
「一発勝負なのに?」
「俺は昔から緊張しないから」
諏訪はさらりと答える。文明は目を丸くした。驚かれるのには慣れている。
「すげえな」
「緊張するより先に、あれやろうとかこれやろうって思うからなぁ」
「諏訪はワールドカップに出ても緊張しなさそう」
文明はしんみり呟いた。彼の成績だったら、高校生ワールドカップ選手という前代未聞の偉業すらも成し遂げられそうだ。
「俺は、他のことが気になって緊張どころじゃない人間なんだよ」
おそらく自分はワールドカップでも緊張しないだろう、と思う。
「でも、緊張しないからといって速いわけじゃないだろ?」
「そりゃそうだ」
「今回は勝つ」
文明はにやりと笑う。
「いや、勝つのは俺だ」
諏訪も笑い返す。
超高校生級の速さが自慢の諏訪だが、それはある一つの種目においてのことである。その種目では文明すら差し置いて高校生ではダントツ、大人とも混じって日本一を争う強さの諏訪も、種目が変われば他の高校生とも争うことになる。それでも高校生の中でトップを狙えるというのが諏訪の恐ろしいところではあるが。
国体の種目は、諏訪が二番目に得意な種目だ。この種目を最も得意とする伊沢文明とは、幼いころから大会で顔を合わせてきたが、今に至るまで実力はほぼ互角だった。
「まあ、文明が新潟代表になれて何よりだ」
「俺も、お前が長野予選で転んだらどうしようって心配してたよ」
憎まれ口を叩き合う二人だが、表情は笑顔である。
「今までは一勝一敗だったよな」
「ああ、今日で決着をつけよう」
全日本選手権では諏訪が、インターハイでは文明が勝った。今日の国体が国内の大きな大会では最後の決戦になる。
「俺は負けねぇぞ」
「俺も勝ちに来てるからな」
二人は互いに笑って背中を向け、自らのチームに戻った。勝負の始まりである。
* * *
「……お前、ほんと強いな」
「いやぁ慎太郎にそう言ってもらえるのはありがたい」
表彰台の上、二位の位置に文明はいた。諏訪は床に立っている。五位だった。諏訪の全力でこの順位だから、文明は完全に諏訪の上に行っているというほかない。
安定が持ち味の諏訪は、荒れるコースの方が得意だ。いや、得意というよりは、荒れる試合では上位層からも棄権がどんどん出てくるから自分が相対的に強くなれるという方が正しい。
逆に、文明は荒れる試合では転んで棄権になってしまうタイプだ。全日本選手権で諏訪が文明に勝てたのはこれが理由である。しかし今回、文明は猛スピードを保ちながら完走してみせた。
「高一で二位なんて化け物だよ」
「得意種目でもないのに高一で五位に食い込む方が化け物だよ」
何度も言うが、種目が違えば諏訪は高校トップの実力を誇る。それをすっかり忘れて心の底から二位の自分を羨ましがる諏訪のことが文明は不思議でならなかった。
「慎太郎、お前、大物になるよ」
世界とも戦える大柄な背中を見ながら文明が呟いた。
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説


王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。


断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる