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Mission:消えるカジノ
第128話:過誤 ~気になることは教えない~
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新しい賭場は、マンションの一室だった。新しいとも古いともつかないマンションを、よく急に手配できたものである。内装は小綺麗に作ってあるが、細部をよく見ると突貫工事を思わせる部分が多々ある。移転作業はスタッフ総出で行ったのだろうと考えると、憐みの気持ちが湧いてくる。
「先日は申し訳ありませんでした」
諏訪がカジノに入り、テーブルについたところで白里りさ子がやってきた。深く頭を下げるその姿に、美人な女性に慣れていない諏訪はうろたえる。
「当方のミスで、お客様に多大なご迷惑をおかけしてしまって」
「いやいや、結局なんとかなったんですから、結果オーライですよ」
諏訪のその気持ちは本心である。
「お詫びに、お客様にはこちらをサービスさせていただきます」
りさ子は、つやつやとした布のかかった包みを諏訪の手元に寄せた。目立たせないように彼女はそうしたのだが、中身は見ずとも分かる。メダルだ。
「いいんですか?」
「せっかく遊びにいらしているお客様をリストから外すなんて、あってはならないミスですから。お詫びにもなりませんが、ぜひお納めください」
諏訪はありがたくメダルを懐に入れる。実際には懐に入る量ではないので持っているだけだが。諏訪はギャンブルをどうしても好きにはなれないが、実際にメダルをたくさんもらうと嬉しくなるのは確かだ。それが顔に出ていたのか、りさ子の顔が緩む。ほっとしたのだろう。
「俺、ヨコハマに来ちゃいけないのかと思って焦りましたよ」
カジノのリスト上では、本当に来ちゃいけないことになっていたわけだ。りさ子の顔が凍る。
「いや、そんなわけじゃ……」
また謝ろうとした彼女を諏訪は慌てて止める。
「でも、なんで俺がリストから外れちゃってたのか、それだけ教えてください。いや、別にりさ子ちゃんを責めるわけじゃないんですけど、なんとなく気になって」
諏訪はへらへらと笑う。りさ子は一瞬詰まったが、やはり話す義務があると思ったのか軽くうつむいて語り始めた。
「何度も確認はしたのですが、どこかしらでお名前が漏れてしまったようです。リストを誰でも編集できる状態にしてしまっていたのが間違いでした。チェック自体は、印刷したものを見て行っていたはずなのですが……。そんな状態にしていては、このような事故が起こって当然の話です。対応策として……」
「いや、俺はまたここに来れたらそれでいいんです。何度も起こることでもないですし、対応策なんか別に……」
むしろ、過度に振り返られて、変なボロが出ても困る。
「そういえば、俺はこのカジノが移転するのを初めて経験するんっすけど、いつもこんな風に急なんですか?」
「はい。ご不便であることは承知しておりますが、お客様の身の安全を考えると、いつも急な移転になってしまいます」
「今回も、やっぱり警察が来たんですか?」
「はい、えなさんにそう聞いています」
「急な移転、きっと大変っすよね……」
諏訪は周囲をぐるりと見渡して同情した。
「いつものことですから。慣れていますよ」
りさ子は可愛らしい顔を、くしゃりとさせて笑った。
「というわけっす」
電話の相手は眠い目をこする章だ。以前はカジノを途中で抜けて電話をかけていたが、今日はカジノの営業が終了した後の電話だった。夜というよりは朝である。
「わかったわかった、後は明日聞くからさぁ」
「明日じゃなくて今日っすよ」
「お前本当に元気だな」
章の声に怒気が混じる。
「すみません。でも、どうしても章さんに伝えたかったんすよ」
諏訪の口元に笑みが浮かんだ。
*
「で、今日の勝ち負けは?」
章は何かにつけて無関係な質問を挟まないと気が済まないらしい。
「プラス五万くらいっす!」
答える諏訪も諏訪である。
「五万円って結構じゃない?」
「……諏訪、お前本当は才能あるんじゃないの」
「元手は多い方が楽なんですよ」
諏訪は、りさ子にメダルを貰ったことを説明した。
「詫びメダル、いくら貰ったの」
「詫びメダルって言い方、俗っぽすぎません?」
春日のツッコミは章にも諏訪にも無視された。だが裕は心の中で春日に同意する。
「軽く十万近くありましたよ」
諏訪は包みの大きさをジェスチャーで示す。意外と大きい。
「十万はすごいな。よっぽど反省してるんだろうな」
章が感嘆する。
「顧客リストから諏訪の名前が消えてたのは、やっぱり事故やったんや」
春日は胸を撫でおろした。
「カジノに電話してほんまに良かったな」
「でも警察の捜査が入ってるということはバレてたんだな」
裕が首をかしげる。
「今回に限っては、警察の捜査が入ってるイコール情報課のこともバレている、だと思ったんだけど違ったな」
「あ、そこらへんなんすけどね、ちょっと気になることがあるんすよ」
諏訪が手を挙げた。
「気になることって?」
「それはまだ内緒っす。明日、カジノに行って確かめてきます」
初めて、カジノに行くのが楽しみになった。諏訪は顔に出やすいな、と章はこっそり心配している。
「先日は申し訳ありませんでした」
諏訪がカジノに入り、テーブルについたところで白里りさ子がやってきた。深く頭を下げるその姿に、美人な女性に慣れていない諏訪はうろたえる。
「当方のミスで、お客様に多大なご迷惑をおかけしてしまって」
「いやいや、結局なんとかなったんですから、結果オーライですよ」
諏訪のその気持ちは本心である。
「お詫びに、お客様にはこちらをサービスさせていただきます」
りさ子は、つやつやとした布のかかった包みを諏訪の手元に寄せた。目立たせないように彼女はそうしたのだが、中身は見ずとも分かる。メダルだ。
「いいんですか?」
「せっかく遊びにいらしているお客様をリストから外すなんて、あってはならないミスですから。お詫びにもなりませんが、ぜひお納めください」
諏訪はありがたくメダルを懐に入れる。実際には懐に入る量ではないので持っているだけだが。諏訪はギャンブルをどうしても好きにはなれないが、実際にメダルをたくさんもらうと嬉しくなるのは確かだ。それが顔に出ていたのか、りさ子の顔が緩む。ほっとしたのだろう。
「俺、ヨコハマに来ちゃいけないのかと思って焦りましたよ」
カジノのリスト上では、本当に来ちゃいけないことになっていたわけだ。りさ子の顔が凍る。
「いや、そんなわけじゃ……」
また謝ろうとした彼女を諏訪は慌てて止める。
「でも、なんで俺がリストから外れちゃってたのか、それだけ教えてください。いや、別にりさ子ちゃんを責めるわけじゃないんですけど、なんとなく気になって」
諏訪はへらへらと笑う。りさ子は一瞬詰まったが、やはり話す義務があると思ったのか軽くうつむいて語り始めた。
「何度も確認はしたのですが、どこかしらでお名前が漏れてしまったようです。リストを誰でも編集できる状態にしてしまっていたのが間違いでした。チェック自体は、印刷したものを見て行っていたはずなのですが……。そんな状態にしていては、このような事故が起こって当然の話です。対応策として……」
「いや、俺はまたここに来れたらそれでいいんです。何度も起こることでもないですし、対応策なんか別に……」
むしろ、過度に振り返られて、変なボロが出ても困る。
「そういえば、俺はこのカジノが移転するのを初めて経験するんっすけど、いつもこんな風に急なんですか?」
「はい。ご不便であることは承知しておりますが、お客様の身の安全を考えると、いつも急な移転になってしまいます」
「今回も、やっぱり警察が来たんですか?」
「はい、えなさんにそう聞いています」
「急な移転、きっと大変っすよね……」
諏訪は周囲をぐるりと見渡して同情した。
「いつものことですから。慣れていますよ」
りさ子は可愛らしい顔を、くしゃりとさせて笑った。
「というわけっす」
電話の相手は眠い目をこする章だ。以前はカジノを途中で抜けて電話をかけていたが、今日はカジノの営業が終了した後の電話だった。夜というよりは朝である。
「わかったわかった、後は明日聞くからさぁ」
「明日じゃなくて今日っすよ」
「お前本当に元気だな」
章の声に怒気が混じる。
「すみません。でも、どうしても章さんに伝えたかったんすよ」
諏訪の口元に笑みが浮かんだ。
*
「で、今日の勝ち負けは?」
章は何かにつけて無関係な質問を挟まないと気が済まないらしい。
「プラス五万くらいっす!」
答える諏訪も諏訪である。
「五万円って結構じゃない?」
「……諏訪、お前本当は才能あるんじゃないの」
「元手は多い方が楽なんですよ」
諏訪は、りさ子にメダルを貰ったことを説明した。
「詫びメダル、いくら貰ったの」
「詫びメダルって言い方、俗っぽすぎません?」
春日のツッコミは章にも諏訪にも無視された。だが裕は心の中で春日に同意する。
「軽く十万近くありましたよ」
諏訪は包みの大きさをジェスチャーで示す。意外と大きい。
「十万はすごいな。よっぽど反省してるんだろうな」
章が感嘆する。
「顧客リストから諏訪の名前が消えてたのは、やっぱり事故やったんや」
春日は胸を撫でおろした。
「カジノに電話してほんまに良かったな」
「でも警察の捜査が入ってるということはバレてたんだな」
裕が首をかしげる。
「今回に限っては、警察の捜査が入ってるイコール情報課のこともバレている、だと思ったんだけど違ったな」
「あ、そこらへんなんすけどね、ちょっと気になることがあるんすよ」
諏訪が手を挙げた。
「気になることって?」
「それはまだ内緒っす。明日、カジノに行って確かめてきます」
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