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Mission:消えるカジノ
第118話:本物 ~近い場所ほど訪れない~
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「いやぁ、僕も絶対に偽物だと思ったんですけどね」
「俺だって、カジノの中で客に実名を出すのは不思議だと思ったんだけどな」
カジノ内で実名を使っていないのなら、名刺を出さなければいいだけの話だ。玉村えなや白里りさ子のように。わざわざ偽の名刺を出す必要はない。そこに諏訪は引っ掛かりを覚え、多賀に調査を頼んだという流れである。
「この名刺の住所には、確かに通訳の事務所がありました。電話番号も電話帳に載っています。小さな事務所らしく、通訳は彼だけで、他に女性事務員が一人。後ろ暗いところのない零細企業です」
後ろ暗いところのない零細企業が何故闇カジノに関わっているのかは不明だが、零細ならば仕事を選ぶこともできまい。通訳業務だけなら、あの場にいても法を犯しているとは言えない。そもそも賭博自体、起訴に至ることも少ないような罪である。その賭博に関与していない雇われでは、逮捕に至るかどうかも怪しい。
「だから本物の名刺を出してきたんだろうな」
「僕なら、それでも本物の名刺を出したりはしないですけどね」
多賀の言う通りだ。いくら自信があるからといって、ここでリスクを取る理由がわからない。
「多賀、そいつの素性に怪しい点はなかったか?」
「南雲駿介、三十二歳。前科や前歴はありません。詳細な経歴まではまだ調べていませんが、サイトによると、専門は英語と中国語だそうです。免許証の写真をコピーしたものがこれです」
多賀から受け取った写真は、確かにカジノにいた通訳の男の顔と一致する。
「まだ断言はできないが、オーナーである確率は限りなく低そうだな」
「何故ですか?」
「あのカジノは、通訳業務を外注してるわけだろ。外注先人間がオーナーだなんてのは不自然だ。普通なら、完全にカジノの運営をするか、全くカジノには関わらずに金だけ吸っていくかのどちらかだからな。中途半端な関わり方はしないはずだ」
警察が調べてもオーナーの姿が見えないということから、諏訪は後者だとみている。
「南雲がオーナーだったら全てが片付いたんですけどね」
「そんな簡単な事件だったら、情報課には回ってこないだろ」
だが、南雲のデータは県警にはなかった。春日が諏訪の机からひっくり返していた候補者リストにも名前はない。以前の捜査はなんだったのだろう。本当になんの当てにもならないじゃないか。
「南雲に関するデータ、全部多賀が調べてくれたのか」
多賀の成長に諏訪はじんときた。頼もしくなったものだ。
「無闇に他課の捜査官を駆り出すのは章さんくらいです。おかげさまで、簡単な調査は自前でできるようになりました」
この場にいない伊勢兄弟に対する嫌味も多賀から飛び出すようになってきた。
「大変だっただろ」
「いえいえ」
多賀はそう言うが、諏訪にはわかる。警察官の仕事は、得てして地味で報われないものだ。それを多賀に任せてしまうのは申し訳ない気持ちになる。春日に言わせれば、適材適所、自分のやれることをやれ、と。だが春日は面倒な事態からは余程のことがない限り平気で逃げるので、諏訪にはそのポリシーは詭弁にしか聞こえない。
「横須賀だったら近いですからね」
それに自衛艦も沢山見られますから、と多賀は照れた。プラモ作りが趣味の多賀は、もちろん船のプラモも作る。その多賀にとって、横須賀は憧れの街らしい。そんなに遠くないんだから、いつだって行けばいいのに。
「いつでも行ける場所って、なかなか行かないでしょう?」
多賀は照れた顔で答える。
「俺だって、カジノの中で客に実名を出すのは不思議だと思ったんだけどな」
カジノ内で実名を使っていないのなら、名刺を出さなければいいだけの話だ。玉村えなや白里りさ子のように。わざわざ偽の名刺を出す必要はない。そこに諏訪は引っ掛かりを覚え、多賀に調査を頼んだという流れである。
「この名刺の住所には、確かに通訳の事務所がありました。電話番号も電話帳に載っています。小さな事務所らしく、通訳は彼だけで、他に女性事務員が一人。後ろ暗いところのない零細企業です」
後ろ暗いところのない零細企業が何故闇カジノに関わっているのかは不明だが、零細ならば仕事を選ぶこともできまい。通訳業務だけなら、あの場にいても法を犯しているとは言えない。そもそも賭博自体、起訴に至ることも少ないような罪である。その賭博に関与していない雇われでは、逮捕に至るかどうかも怪しい。
「だから本物の名刺を出してきたんだろうな」
「僕なら、それでも本物の名刺を出したりはしないですけどね」
多賀の言う通りだ。いくら自信があるからといって、ここでリスクを取る理由がわからない。
「多賀、そいつの素性に怪しい点はなかったか?」
「南雲駿介、三十二歳。前科や前歴はありません。詳細な経歴まではまだ調べていませんが、サイトによると、専門は英語と中国語だそうです。免許証の写真をコピーしたものがこれです」
多賀から受け取った写真は、確かにカジノにいた通訳の男の顔と一致する。
「まだ断言はできないが、オーナーである確率は限りなく低そうだな」
「何故ですか?」
「あのカジノは、通訳業務を外注してるわけだろ。外注先人間がオーナーだなんてのは不自然だ。普通なら、完全にカジノの運営をするか、全くカジノには関わらずに金だけ吸っていくかのどちらかだからな。中途半端な関わり方はしないはずだ」
警察が調べてもオーナーの姿が見えないということから、諏訪は後者だとみている。
「南雲がオーナーだったら全てが片付いたんですけどね」
「そんな簡単な事件だったら、情報課には回ってこないだろ」
だが、南雲のデータは県警にはなかった。春日が諏訪の机からひっくり返していた候補者リストにも名前はない。以前の捜査はなんだったのだろう。本当になんの当てにもならないじゃないか。
「南雲に関するデータ、全部多賀が調べてくれたのか」
多賀の成長に諏訪はじんときた。頼もしくなったものだ。
「無闇に他課の捜査官を駆り出すのは章さんくらいです。おかげさまで、簡単な調査は自前でできるようになりました」
この場にいない伊勢兄弟に対する嫌味も多賀から飛び出すようになってきた。
「大変だっただろ」
「いえいえ」
多賀はそう言うが、諏訪にはわかる。警察官の仕事は、得てして地味で報われないものだ。それを多賀に任せてしまうのは申し訳ない気持ちになる。春日に言わせれば、適材適所、自分のやれることをやれ、と。だが春日は面倒な事態からは余程のことがない限り平気で逃げるので、諏訪にはそのポリシーは詭弁にしか聞こえない。
「横須賀だったら近いですからね」
それに自衛艦も沢山見られますから、と多賀は照れた。プラモ作りが趣味の多賀は、もちろん船のプラモも作る。その多賀にとって、横須賀は憧れの街らしい。そんなに遠くないんだから、いつだって行けばいいのに。
「いつでも行ける場所って、なかなか行かないでしょう?」
多賀は照れた顔で答える。
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