114 / 185
Mission:消えるカジノ
第114話:紹介 ~勝負はやらなきゃ始まらない~
しおりを挟む
カジノヨコハマの表の顔である不知火貴金属商会は、諏訪の予想よりもこぢんまりとした店だった。閉店直前だからか、客もいない。
「いらっしゃいませ」
ドアが開いた音に反応して、店員が丁寧に声を掛ける。誰に声を掛けろとは言われていない。ということはこの店員でもいいはずだ。
「あの、飯田さんに紹介された諏訪なんですが」
不知火貴金属商会は、貴金属の買取店だ。「紹介」などあるはずもない。商会に紹介、三嶋に冷たい視線を食らいそうな寒いギャグを諏訪はこらえる。
店員はすぐに勘付いたらしく奥へ引っ込んでいった。入れ替わるように出てきたのが三十代後半といった年頃の女性だった。アジアンビューティーを意識させる顔だちの女性で、年齢を感じさせないというよりは年齢を魅力に変化させた美しさを感じる。
単にスタッフルームから出てきただけの人間かと思ったが、彼女はまっすぐこちらに近づいてきた。
「飯田様から、お話を伺っております。私、支配人の玉村えなと申します」
女性は諏訪にそう言って頭を下げる。
「諏訪様、いくつかお聞きしたいことが」
さっそくカジノに案内されるかと思ったが違った。玉村は職業や年齢、経歴を尋ねる。職業の方は公務員だと誤魔化したが、すんなり通った。ガバガバじゃないか。
「お客様、オリンピックに出場されていたんですね」
諏訪の過去を聞いた玉村は驚いた。諏訪は頷いた。
「存じ上げず申し訳ありませんでした」
「マイナー競技っすから……」
むしろマイナー競技でよかったと諏訪は思う。街で声を掛けられることもないし、自分が特別な人間としてちやほやされるのは落ち着かない性分だ。現に、玉村があれやこれやと褒め称えてくるのを、諏訪はわざと聞き流していた。
「それでは、当店にご案内いたします。お客様は、今までに一度も遊ばれたことがないとのことですので、詳しい説明からさせていただいてもよろしいでしょうか」
過去の功績を褒められるのが一通り終わって諏訪が頷くと、玉村はスタッフルームのさらに奥の扉を指した。
玉村が扉を開けた先に広がっていたカジノはバーのような場所だった。そういえば、バーも併設しているのだと玉村が言っていた気がする。カウンターの中にはバーテンダーらしき男性もいた。諏訪が思っていたより狭くて暗く人の多い場所だったが、雑踏と呼ぶべき心地よいざわめきに満ちていた。
上品ではあるが、豪華な内装ではない。これが消えるカジノの「消える」ためのなのだろう。
カジノはルーレットやポーカーなどのテーブルゲーム、特にトランプゲームが多いのだと玉村は言った。代わりに、スロットマシンのようなゲームマシンはほとんどなかった。カジノを消すときに移動させにくいからだろうか。
「えなさん、噂のお客様ですか」
独特の雰囲気に呑まれ、ただきょろきょろと周囲を見るだけの諏訪に、一人の美女が話しかけてきた。いや、美女というよりは可愛らしいという方が正しいが、妙齢でとにかく美形の女だ。
「ええ。諏訪様とおっしゃる方よ」
「諏訪です。こんばんは」
「初めまして。ディーラーの白里りさ子です。お気軽に、りさ子って呼んでくださいませ」
白里りさ子は諏訪に微笑みかけた。
「お遊びになられる際には、ぜひ、ディーラーに私をご指名くださいね」
「……指名なんてできるんですか」
「当店では、そのようなシステムを採用しております」
玉村が涼やかに答える。だが、こんな美人を直接指名なんて諏訪には気が引ける。慣れてきたらできるのだろうか。
「今日はどうされます?」
飯田のことが頭をよぎる。わずか二回の遊戯で数百万を失うようなことにはなりたくない。初回は様子見といきたい。
となると、ルールを知る数少ないポーカーでもちまちまやりながら酒で誤魔化すしかない。
いざ、出陣である。勝負はやらなきゃ始まらない。
「いらっしゃいませ」
ドアが開いた音に反応して、店員が丁寧に声を掛ける。誰に声を掛けろとは言われていない。ということはこの店員でもいいはずだ。
「あの、飯田さんに紹介された諏訪なんですが」
不知火貴金属商会は、貴金属の買取店だ。「紹介」などあるはずもない。商会に紹介、三嶋に冷たい視線を食らいそうな寒いギャグを諏訪はこらえる。
店員はすぐに勘付いたらしく奥へ引っ込んでいった。入れ替わるように出てきたのが三十代後半といった年頃の女性だった。アジアンビューティーを意識させる顔だちの女性で、年齢を感じさせないというよりは年齢を魅力に変化させた美しさを感じる。
単にスタッフルームから出てきただけの人間かと思ったが、彼女はまっすぐこちらに近づいてきた。
「飯田様から、お話を伺っております。私、支配人の玉村えなと申します」
女性は諏訪にそう言って頭を下げる。
「諏訪様、いくつかお聞きしたいことが」
さっそくカジノに案内されるかと思ったが違った。玉村は職業や年齢、経歴を尋ねる。職業の方は公務員だと誤魔化したが、すんなり通った。ガバガバじゃないか。
「お客様、オリンピックに出場されていたんですね」
諏訪の過去を聞いた玉村は驚いた。諏訪は頷いた。
「存じ上げず申し訳ありませんでした」
「マイナー競技っすから……」
むしろマイナー競技でよかったと諏訪は思う。街で声を掛けられることもないし、自分が特別な人間としてちやほやされるのは落ち着かない性分だ。現に、玉村があれやこれやと褒め称えてくるのを、諏訪はわざと聞き流していた。
「それでは、当店にご案内いたします。お客様は、今までに一度も遊ばれたことがないとのことですので、詳しい説明からさせていただいてもよろしいでしょうか」
過去の功績を褒められるのが一通り終わって諏訪が頷くと、玉村はスタッフルームのさらに奥の扉を指した。
玉村が扉を開けた先に広がっていたカジノはバーのような場所だった。そういえば、バーも併設しているのだと玉村が言っていた気がする。カウンターの中にはバーテンダーらしき男性もいた。諏訪が思っていたより狭くて暗く人の多い場所だったが、雑踏と呼ぶべき心地よいざわめきに満ちていた。
上品ではあるが、豪華な内装ではない。これが消えるカジノの「消える」ためのなのだろう。
カジノはルーレットやポーカーなどのテーブルゲーム、特にトランプゲームが多いのだと玉村は言った。代わりに、スロットマシンのようなゲームマシンはほとんどなかった。カジノを消すときに移動させにくいからだろうか。
「えなさん、噂のお客様ですか」
独特の雰囲気に呑まれ、ただきょろきょろと周囲を見るだけの諏訪に、一人の美女が話しかけてきた。いや、美女というよりは可愛らしいという方が正しいが、妙齢でとにかく美形の女だ。
「ええ。諏訪様とおっしゃる方よ」
「諏訪です。こんばんは」
「初めまして。ディーラーの白里りさ子です。お気軽に、りさ子って呼んでくださいませ」
白里りさ子は諏訪に微笑みかけた。
「お遊びになられる際には、ぜひ、ディーラーに私をご指名くださいね」
「……指名なんてできるんですか」
「当店では、そのようなシステムを採用しております」
玉村が涼やかに答える。だが、こんな美人を直接指名なんて諏訪には気が引ける。慣れてきたらできるのだろうか。
「今日はどうされます?」
飯田のことが頭をよぎる。わずか二回の遊戯で数百万を失うようなことにはなりたくない。初回は様子見といきたい。
となると、ルールを知る数少ないポーカーでもちまちまやりながら酒で誤魔化すしかない。
いざ、出陣である。勝負はやらなきゃ始まらない。
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説


王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。


断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる