113 / 185
Mission:消えるカジノ
第113話:札束 ~章は知ってて教えない~
しおりを挟む
「……お前、札束で飯田の顔叩くんとちゃうかったん?」
春日にそう言われて、諏訪は間抜けな声を出した。
札束の存在を完全に忘れていたからである。
カジノに入れるようになった、と喜びの電話を北海道からかけてきた諏訪に、情報課の一同は手を上げて喜んだ。諏訪から細かい経過を聞いた春日から質問が飛び出して初めて諏訪は札束のミスに気が付いた。
「いや、なんか飯田さん、すごくいい人でさ……」
結局、飯田の情にばかり訴えかけてしまい、札束を出すのを完全に忘れていた。
「そら、見返りもないのにカジノ潰すのに協力してくれる人は相当いい人なのはわかるけど、信用しすぎるのもあかんで。相手がスキーやってるからって信じすぎたらあかん」
「……わかってるよ」
諏訪は春日から顔をそむける。嘘をついていた。実際はかなり信用してしまっている。普段は、詐欺にかかりやすそうな人間として多賀が挙げられて皆にいじられているが、実際には諏訪もどちらかというと詐欺にかかりやすいタイプである。多賀ほどではないが。
逆に詐欺に強いのは、言わずもがな章と三嶋だ。この二人はあまりにも隙が無さすぎる。二人をターゲットに選ぶ詐欺師は、その時点で負けだと諏訪は思っている。
「で、この一〇〇万円、どうしましょうか」
諏訪は、飯田家に行く前に用意した一〇〇万円の札束をマンスリーマンションの机上に載せ、空いた方の手でピラピラと札をめくる。分厚い束だ。しかし飯田はこの数倍の額の借金を抱えている。
「そんなん、飯田某に渡せばええやないか」
春日が手を挙げる。
「えっ、折角渡さずに済んだのに、また渡しに行くんですか。第一、気まずくないですか」
多賀が横から会話に割り込んできた。大金に弱い様子がうかがえる。
「渡さない方がハイリスクだからな」
章が春日の意見に乗った。情報課の電話の周りはどうなっているのだろう、と諏訪は思う。ぐるぐると受話器を回しているのだろうか。
「どうしてですか」
多賀の質問の声が遠くなった。受話器を回すのも面倒になってきたのだろう。
「今は飯田の善意に頼り切ってる状況だろ。飯田が自分から積極的に裏切ることはなくても、万一、カジノから圧力を掛けられたりしたら諏訪が売られる可能性がある。飯田は善人なんだろ、諏訪曰く。本当に善人なら、口止め料をこれだけ貰ってたら絶対に諏訪のことを売らないと思うがな」
「どうだ、諏訪。決めるのはお前だ」
章に説明されても黙っているだけだった諏訪に、裕が畳みかける。
「……渡します」
諏訪は頷いた。どうせ自分の金でもないし、元は渡すはずだった金でもある。
何もなく飯田を信じることを妄信という。諏訪はそんなことはしたくなかった。
「契約書は作った方がいいっすかね」
「まともな人間だったら作るだろうな」
「文面は、俺がドラフトを作って詳細は千羽さんに見てもらおう」
「え、千羽さんっすか」
声だけで春日に不穏な気持ちが届いたらしい。受話器から笑い声がする。
「何言ってんだよ、お前は千羽さんと顔を合わせないだろ」
「ならいいんですけど……。千羽さんってそういうこともできるんすか?」
「千羽さんは何でもできるぞ。三嶋の上位互換だな」
三嶋が落ちた東大に現役合格、三嶋がⅡ種を取った国家公務員試験のⅠ種に合格し、その中でも更に優秀な者しか行けない警察官僚になった女である。
「……三嶋さんがかわいそうっす。怒られても知りませんよ」
「三嶋は怒るというより泣く気がする」
受話器の向こうの諏訪、そして隣にいる裕にたしなめられ、章は小さく首をすくめた。
「あれで仲いいの、ほんまに不思議やわ。情報課七不思議やろ」
「共通の敵がいるんだよ」
春日が急に唱え始めた、残り六つが全くの不明である七不思議のひとつは、章が次の瞬間に解いてしまった。春日は不貞腐れる。
「共通の敵って?」
「三嶋が帰ったら聞こうぜ」
章は明らかに知っているが、この表情になった時には絶対に教えてくれないことを裕は知っている。どうせしょぼくれた答えに違いない。
春日にそう言われて、諏訪は間抜けな声を出した。
札束の存在を完全に忘れていたからである。
カジノに入れるようになった、と喜びの電話を北海道からかけてきた諏訪に、情報課の一同は手を上げて喜んだ。諏訪から細かい経過を聞いた春日から質問が飛び出して初めて諏訪は札束のミスに気が付いた。
「いや、なんか飯田さん、すごくいい人でさ……」
結局、飯田の情にばかり訴えかけてしまい、札束を出すのを完全に忘れていた。
「そら、見返りもないのにカジノ潰すのに協力してくれる人は相当いい人なのはわかるけど、信用しすぎるのもあかんで。相手がスキーやってるからって信じすぎたらあかん」
「……わかってるよ」
諏訪は春日から顔をそむける。嘘をついていた。実際はかなり信用してしまっている。普段は、詐欺にかかりやすそうな人間として多賀が挙げられて皆にいじられているが、実際には諏訪もどちらかというと詐欺にかかりやすいタイプである。多賀ほどではないが。
逆に詐欺に強いのは、言わずもがな章と三嶋だ。この二人はあまりにも隙が無さすぎる。二人をターゲットに選ぶ詐欺師は、その時点で負けだと諏訪は思っている。
「で、この一〇〇万円、どうしましょうか」
諏訪は、飯田家に行く前に用意した一〇〇万円の札束をマンスリーマンションの机上に載せ、空いた方の手でピラピラと札をめくる。分厚い束だ。しかし飯田はこの数倍の額の借金を抱えている。
「そんなん、飯田某に渡せばええやないか」
春日が手を挙げる。
「えっ、折角渡さずに済んだのに、また渡しに行くんですか。第一、気まずくないですか」
多賀が横から会話に割り込んできた。大金に弱い様子がうかがえる。
「渡さない方がハイリスクだからな」
章が春日の意見に乗った。情報課の電話の周りはどうなっているのだろう、と諏訪は思う。ぐるぐると受話器を回しているのだろうか。
「どうしてですか」
多賀の質問の声が遠くなった。受話器を回すのも面倒になってきたのだろう。
「今は飯田の善意に頼り切ってる状況だろ。飯田が自分から積極的に裏切ることはなくても、万一、カジノから圧力を掛けられたりしたら諏訪が売られる可能性がある。飯田は善人なんだろ、諏訪曰く。本当に善人なら、口止め料をこれだけ貰ってたら絶対に諏訪のことを売らないと思うがな」
「どうだ、諏訪。決めるのはお前だ」
章に説明されても黙っているだけだった諏訪に、裕が畳みかける。
「……渡します」
諏訪は頷いた。どうせ自分の金でもないし、元は渡すはずだった金でもある。
何もなく飯田を信じることを妄信という。諏訪はそんなことはしたくなかった。
「契約書は作った方がいいっすかね」
「まともな人間だったら作るだろうな」
「文面は、俺がドラフトを作って詳細は千羽さんに見てもらおう」
「え、千羽さんっすか」
声だけで春日に不穏な気持ちが届いたらしい。受話器から笑い声がする。
「何言ってんだよ、お前は千羽さんと顔を合わせないだろ」
「ならいいんですけど……。千羽さんってそういうこともできるんすか?」
「千羽さんは何でもできるぞ。三嶋の上位互換だな」
三嶋が落ちた東大に現役合格、三嶋がⅡ種を取った国家公務員試験のⅠ種に合格し、その中でも更に優秀な者しか行けない警察官僚になった女である。
「……三嶋さんがかわいそうっす。怒られても知りませんよ」
「三嶋は怒るというより泣く気がする」
受話器の向こうの諏訪、そして隣にいる裕にたしなめられ、章は小さく首をすくめた。
「あれで仲いいの、ほんまに不思議やわ。情報課七不思議やろ」
「共通の敵がいるんだよ」
春日が急に唱え始めた、残り六つが全くの不明である七不思議のひとつは、章が次の瞬間に解いてしまった。春日は不貞腐れる。
「共通の敵って?」
「三嶋が帰ったら聞こうぜ」
章は明らかに知っているが、この表情になった時には絶対に教えてくれないことを裕は知っている。どうせしょぼくれた答えに違いない。
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説


王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる