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Mission:消えるカジノ
第105話:再会 ~スピード違反は見逃せない~
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サイゼリヤで諏訪はワインを一つ頼む。五時間かけて新潟まで来たのだから、本当はもっとまともな店、せめてファミレス以外を望んでいたが、文明が指定してきたのだからしょうがない。
何度も思うが、この男、経費の意味をわかっているのだろうか。
ドライバーだから、という名目で諏訪は飲まない。その実は、潜入期間中に酔っぱらって機密がばれるのを避けるためでもある。酔っても機密をばらさないことに自信のある伊勢兄弟などは平気で酒を飲んでいるが、そんなのは特殊例だ。
「文明は『Be-Tail』で働いてるわけだけどさ」
諏訪は運ばれてきたグラスワインを文明に勧めた。
「おう、よく知ってるな」
「そりゃ知ってるよ、お前から話聞いたんだから」
「そうだったっけ?」
「うん。俺が四年になってお前が就職した春、電話してきたじゃないか」
諏訪は苦笑した。当時と全く変わっていない、天然ズボラ大ざっぱ男だ。
大学を卒業とともに選手を辞めた文明は「株式会社Be-Tail」という日本最大のアウトドア用品販売店に就職した。この文明という男、正社員の傍ら、副業としてコーチ業をやっているらしい。
「うちはスキー用品も結構扱ってるしね。コーチ先のジュニア選手とかが、うちを通して道具を買ってくれたらありがたいだろ。だから、うちは結構長い休みをくれるんだ。ありがたいねぇ」
そして、同僚には同じく元アスリートで、勤務の傍らスポーツのコーチ業を掛け持ちしている社員がたくさんいるらしい。
「会社としては、有名な元アスリートが入ってくれたら広告塔にもなるし、客の開拓もできるし、一石二鳥なんだろうな。全く、経営が上手いよ」
大学で結果を残すとこんな優良企業に就職できるのか、と諏訪は舌を巻いた。一方、自分は警察官に入り、警察学校で人権を剥奪されたような生活を送り、何故か情報課に回され……。いや、比べるのはやめよう。
だが、諏訪はただ文明を羨みに来たのではない。文明の就職先の特殊な事情は諏訪も知っている。「Be-Tail」は、元アスリートを日本一抱えている企業と言ってもいい。同僚に対象である闇カジノの客がいてもおかしくはない。
諏訪は文明を利用しに来たのである。本人の前では口が裂けても言えないが。
「で、仕事の話だけどさ」
「警察の話ってやつ?」
「そうそう」
「うわぁ、警察官に尋問されるのは初めてだ。慎太郎も大変だなぁ」
文明は詳細を尋ねない。一見、諏訪と同じく雑な奴だが、根はしっかりしている。いや、文明は頭を空っぽにして面白がっているだけか。
「慎太郎って刑事なの?」
「今は……そうだな」
文明には、警察官になったということしか言っていない。就職した当時は、まさかこんな課に配属されるとは思いもしなかった。だが今となってはそれが助かる。
「へぇ、すごいねぇ」
素直に勘違いして褒め称えられるのはくすぐったいが、その勘違いを利用させてもらう。
「今さ、ちょっと金銭トラブル関係の事件を追ってるんだけど。お前んところのBe-Tailの社員の中で、急に借金を背負ってやめたって人の話を聞いたことない?」
「え、借金を背負ったんなら働き続けるだろ?」
「俺もそう思うけどさ……」
だが、カジノでできた借金の取り立てが厳しくなり、会社にカジノの存在がバレることを恐れた社員は大抵が会社を辞めていく。カジノ自体は暴力団に関与していなくとも、最終的に債務者がたどり着くのは暴力団の影がちらつく金貸しだ。
「実はな、あるんだよ」
「あるのか?」
諏訪の目が見開かれた。文明はニヤリと笑って一口酒をすする。
「本社で何度か、何とか金融って金融屋からの電話を取ったことがある」
「金融屋?」
「ウチみたいなまともな企業に、消費者金融から電話がかかってくるわけないじゃん。変だなぁとは思ってたけど、俺が電話を切るわけにもいかないし」
仕事場に電話をかけてくるとは、相当追い詰められているじゃないか。
「だろうね。その人、先輩だったんだけど、あの後すぐ会社辞めちゃったね。今何してるんだろう」
一発でアタリを引くとは。諏訪は膝を叩いた。
「その相手の名前教えてくれって言ったら怒る?」
同じ会社の先輩を売るのだから、返答を嫌がられてもしょうがない。祈るように諏訪は尋ねた。
「慎太郎、それ、警察の仕事なんだよな? じゃあいいよ」
「そりゃもちろん仕事だけど……。いいのかよ」
あまりにもあっさりと元身内を売る文明に、驚かされたのは諏訪の方である。
「俺は、警察の取り調べで名前吐いちゃっただけだからねぇ。俺は正義に協力しただけ、俺は悪くない」
実は文明、したたかな男なのではないか?
「正義に協力するってんなら、スピード出すな」
「はいはい。慎太郎に顔向けできるような免許になれるよう努力しますよっと」
すました顔でワインを追加注文する文明を、諏訪は怪訝そうに見つめた。
何度も思うが、この男、経費の意味をわかっているのだろうか。
ドライバーだから、という名目で諏訪は飲まない。その実は、潜入期間中に酔っぱらって機密がばれるのを避けるためでもある。酔っても機密をばらさないことに自信のある伊勢兄弟などは平気で酒を飲んでいるが、そんなのは特殊例だ。
「文明は『Be-Tail』で働いてるわけだけどさ」
諏訪は運ばれてきたグラスワインを文明に勧めた。
「おう、よく知ってるな」
「そりゃ知ってるよ、お前から話聞いたんだから」
「そうだったっけ?」
「うん。俺が四年になってお前が就職した春、電話してきたじゃないか」
諏訪は苦笑した。当時と全く変わっていない、天然ズボラ大ざっぱ男だ。
大学を卒業とともに選手を辞めた文明は「株式会社Be-Tail」という日本最大のアウトドア用品販売店に就職した。この文明という男、正社員の傍ら、副業としてコーチ業をやっているらしい。
「うちはスキー用品も結構扱ってるしね。コーチ先のジュニア選手とかが、うちを通して道具を買ってくれたらありがたいだろ。だから、うちは結構長い休みをくれるんだ。ありがたいねぇ」
そして、同僚には同じく元アスリートで、勤務の傍らスポーツのコーチ業を掛け持ちしている社員がたくさんいるらしい。
「会社としては、有名な元アスリートが入ってくれたら広告塔にもなるし、客の開拓もできるし、一石二鳥なんだろうな。全く、経営が上手いよ」
大学で結果を残すとこんな優良企業に就職できるのか、と諏訪は舌を巻いた。一方、自分は警察官に入り、警察学校で人権を剥奪されたような生活を送り、何故か情報課に回され……。いや、比べるのはやめよう。
だが、諏訪はただ文明を羨みに来たのではない。文明の就職先の特殊な事情は諏訪も知っている。「Be-Tail」は、元アスリートを日本一抱えている企業と言ってもいい。同僚に対象である闇カジノの客がいてもおかしくはない。
諏訪は文明を利用しに来たのである。本人の前では口が裂けても言えないが。
「で、仕事の話だけどさ」
「警察の話ってやつ?」
「そうそう」
「うわぁ、警察官に尋問されるのは初めてだ。慎太郎も大変だなぁ」
文明は詳細を尋ねない。一見、諏訪と同じく雑な奴だが、根はしっかりしている。いや、文明は頭を空っぽにして面白がっているだけか。
「慎太郎って刑事なの?」
「今は……そうだな」
文明には、警察官になったということしか言っていない。就職した当時は、まさかこんな課に配属されるとは思いもしなかった。だが今となってはそれが助かる。
「へぇ、すごいねぇ」
素直に勘違いして褒め称えられるのはくすぐったいが、その勘違いを利用させてもらう。
「今さ、ちょっと金銭トラブル関係の事件を追ってるんだけど。お前んところのBe-Tailの社員の中で、急に借金を背負ってやめたって人の話を聞いたことない?」
「え、借金を背負ったんなら働き続けるだろ?」
「俺もそう思うけどさ……」
だが、カジノでできた借金の取り立てが厳しくなり、会社にカジノの存在がバレることを恐れた社員は大抵が会社を辞めていく。カジノ自体は暴力団に関与していなくとも、最終的に債務者がたどり着くのは暴力団の影がちらつく金貸しだ。
「実はな、あるんだよ」
「あるのか?」
諏訪の目が見開かれた。文明はニヤリと笑って一口酒をすする。
「本社で何度か、何とか金融って金融屋からの電話を取ったことがある」
「金融屋?」
「ウチみたいなまともな企業に、消費者金融から電話がかかってくるわけないじゃん。変だなぁとは思ってたけど、俺が電話を切るわけにもいかないし」
仕事場に電話をかけてくるとは、相当追い詰められているじゃないか。
「だろうね。その人、先輩だったんだけど、あの後すぐ会社辞めちゃったね。今何してるんだろう」
一発でアタリを引くとは。諏訪は膝を叩いた。
「その相手の名前教えてくれって言ったら怒る?」
同じ会社の先輩を売るのだから、返答を嫌がられてもしょうがない。祈るように諏訪は尋ねた。
「慎太郎、それ、警察の仕事なんだよな? じゃあいいよ」
「そりゃもちろん仕事だけど……。いいのかよ」
あまりにもあっさりと元身内を売る文明に、驚かされたのは諏訪の方である。
「俺は、警察の取り調べで名前吐いちゃっただけだからねぇ。俺は正義に協力しただけ、俺は悪くない」
実は文明、したたかな男なのではないか?
「正義に協力するってんなら、スピード出すな」
「はいはい。慎太郎に顔向けできるような免許になれるよう努力しますよっと」
すました顔でワインを追加注文する文明を、諏訪は怪訝そうに見つめた。
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