僕は警官。武器はコネ。【イラストつき】

本庄照

文字の大きさ
上 下
105 / 185
Mission:消えるカジノ

第105話:再会 ~スピード違反は見逃せない~

しおりを挟む
 サイゼリヤで諏訪はワインを一つ頼む。五時間かけて新潟まで来たのだから、本当はもっとまともな店、せめてファミレス以外を望んでいたが、文明が指定してきたのだからしょうがない。
 何度も思うが、この男、経費の意味をわかっているのだろうか。

 ドライバーだから、という名目で諏訪は飲まない。その実は、潜入期間中に酔っぱらって機密がばれるのを避けるためでもある。酔っても機密をばらさないことに自信のある伊勢兄弟などは平気で酒を飲んでいるが、そんなのは特殊例だ。

「文明は『Be-Tailビ・テイル』で働いてるわけだけどさ」
 諏訪は運ばれてきたグラスワインを文明に勧めた。
「おう、よく知ってるな」
「そりゃ知ってるよ、お前から話聞いたんだから」
「そうだったっけ?」
「うん。俺が四年になってお前が就職した春、電話してきたじゃないか」
 諏訪は苦笑した。当時と全く変わっていない、天然ズボラ大ざっぱ男だ。

 大学を卒業とともに選手を辞めた文明は「株式会社Be-Tail」という日本最大のアウトドア用品販売店に就職した。この文明という男、正社員の傍ら、副業としてコーチ業をやっているらしい。

「うちはスキー用品も結構扱ってるしね。コーチ先のジュニア選手とかが、うちを通して道具を買ってくれたらありがたいだろ。だから、うちは結構長い休みをくれるんだ。ありがたいねぇ」
 そして、同僚には同じく元アスリートで、勤務の傍らスポーツのコーチ業を掛け持ちしている社員がたくさんいるらしい。
「会社としては、有名な元アスリートが入ってくれたら広告塔にもなるし、客の開拓もできるし、一石二鳥なんだろうな。全く、経営が上手いよ」

 大学で結果を残すとこんな優良企業に就職できるのか、と諏訪は舌を巻いた。一方、自分は警察官に入り、警察学校で人権を剥奪されたような生活を送り、何故か情報課に回され……。いや、比べるのはやめよう。

 だが、諏訪はただ文明を羨みに来たのではない。文明の就職先の特殊な事情は諏訪も知っている。「Be-Tail」は、元アスリートを日本一抱えている企業と言ってもいい。同僚に対象である闇カジノの客がいてもおかしくはない。
 諏訪は文明を利用しに来たのである。本人の前では口が裂けても言えないが。

「で、仕事の話だけどさ」
「警察の話ってやつ?」
「そうそう」
「うわぁ、警察官に尋問されるのは初めてだ。慎太郎も大変だなぁ」
 文明は詳細を尋ねない。一見、諏訪と同じく雑な奴だが、根はしっかりしている。いや、文明は頭を空っぽにして面白がっているだけか。

「慎太郎って刑事なの?」
「今は……そうだな」
 文明には、警察官になったということしか言っていない。就職した当時は、まさかこんな課に配属されるとは思いもしなかった。だが今となってはそれが助かる。

「へぇ、すごいねぇ」
 素直に勘違いして褒め称えられるのはくすぐったいが、その勘違いを利用させてもらう。
「今さ、ちょっと金銭トラブル関係の事件を追ってるんだけど。お前んところのBe-Tailの社員の中で、急に借金を背負ってやめたって人の話を聞いたことない?」
「え、借金を背負ったんなら働き続けるだろ?」
「俺もそう思うけどさ……」

 だが、カジノでできた借金の取り立てが厳しくなり、会社にカジノの存在がバレることを恐れた社員は大抵が会社を辞めていく。カジノ自体は暴力団に関与していなくとも、最終的に債務者がたどり着くのは暴力団の影がちらつく金貸しだ。

「実はな、あるんだよ」
「あるのか?」
 諏訪の目が見開かれた。文明はニヤリと笑って一口酒をすする。
「本社で何度か、何とか金融って金融屋からの電話を取ったことがある」

「金融屋?」
「ウチみたいなまともな企業に、消費者金融から電話がかかってくるわけないじゃん。変だなぁとは思ってたけど、俺が電話を切るわけにもいかないし」
 仕事場に電話をかけてくるとは、相当追い詰められているじゃないか。

「だろうね。その人、先輩だったんだけど、あの後すぐ会社辞めちゃったね。今何してるんだろう」
 一発でアタリを引くとは。諏訪は膝を叩いた。

「その相手の名前教えてくれって言ったら怒る?」
 同じ会社の先輩を売るのだから、返答を嫌がられてもしょうがない。祈るように諏訪は尋ねた。
「慎太郎、それ、警察の仕事なんだよな? じゃあいいよ」
「そりゃもちろん仕事だけど……。いいのかよ」
 あまりにもあっさりと元身内を売る文明に、驚かされたのは諏訪の方である。

「俺は、警察の取り調べで名前吐いちゃっただけだからねぇ。俺は正義に協力しただけ、俺は悪くない」
 実は文明、したたかな男なのではないか?

「正義に協力するってんなら、スピード出すな」
「はいはい。慎太郎に顔向けできるような免許になれるよう努力しますよっと」
 すました顔でワインを追加注文する文明を、諏訪は怪訝そうに見つめた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...