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Mission:インサイダー・パーティー
第38話:酒席 ~復縁なんてしていない~
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章が誘ったのは、小さな座敷が個室のようになっている大衆居酒屋だった。
「あ、ここ、大学生の頃に行ったことがある。懐かしいなぁ」
ここでの廣田の姿は、高給取りの社長でも不正経理をはたらく悪人でもなく、ただの上品なビジネスマンだった。
多賀にとって、廣田は捜査の過程で知った被疑者でしかない。
それでも、旧友と昔の自分に戻って談笑する廣田を見るだけで、心になにか隙ができる。
嫌いな相手とはいえ、器用にも屈託なく笑う章の心中はどんなものなのだろう。
多賀の内心をよそに、料理をいくつか頼む裕の横から章が酒を注文する。
「龍平は何飲むの?」
「とりあえずビールで」
上品な服を着た意識の高そうなイケメンがそう言うと急に人間味を感じて、なおさら多賀の心に情のようなものが滲む。
「そういやナオと付き合ってたんだっけ? うまくいってる?」
しれっと章は嘘をつく。
SNSでも全く絡みのない章が、婚約破棄を知っているのはおかしい。
つまり、この言い方が正しいのだが、だからおいそれと演技できるものではない。
「いや、数ヶ月前に別れたんだ」
廣田はわずかに驚いた顔をして、すぐに気まずい顔に表情を塗り替えた。
「え、そうなの? それはまた、どうして?」
「ナオが、浮気して……」
「……なんか、悪いこと聞いちゃってごめん」
困ってみせる章に、廣田は穏やかな顔で首を振る。
こうしてみると、本当に章から聞いて想像していた人物像とは程遠い。
「ナオにそういうフシがあるのは、ずっと前からだしねぇ」
さりげなく嫌味を混ぜた章に、運ばれてきた唐揚げをつまむ裕は一瞬ひやっとしたがすぐに彼の魂胆に気づいた。
嫌味を混ぜた会話のほうがカモフラージュ能力が高いのである。
「まあ、この歳でも浮気症が治ってないとは思いもしなかったけど。相手は?」
またえらい傷をえぐりだすもんだと、裕は眉ををひそめてビールに口をつける。
しかし、廣田は裕に気づく様子もなく平然と首を傾げた。
「……さあ、俺もよく知らない。現場を見た奴は、ビジネスマンっぽい真面目そうな男って言ってたけど」
「へぇ。ナオちゃんのタイプってそんなんだったんだ」
裕が目を丸くする。
「俺も今回初めて知った」
「まだナオと連絡とってんの?」
「取ってないよ。別れたもん」
「じゃあ、ナオの最近の動向は知らないんだ」
「どうしたんだ? 章、ナオと復縁する気か?」
「違うよ。ナオのこと、教えてあげようと思って」
廣田の手の動きが一瞬止まった。
「ナオ、廣田の会社がインサイダー取引してるって、警察にタレ込んだんだぜ」
多賀と裕が目をむいて章の方を見る。廣田もいつになく驚いた表情で章の目をまっすぐに見つめる。
「……お前、どこでそんなデマ知ったんだ」
「それは教えられない」
「俺がインサイダー取引をしてるって信じてるのかよ」
「思ってないよ。廣田はインサイダー取引なんかしてない」
よかった、と廣田ははっきり安堵した。
「でも、ナオのタレコミ、お前知ってただろ?
いや、あのタレコミはお前の指示だ。違うか?」
廣田の表情は全く崩れなかった。むしろ、表情は緩んでさえいる。
章と廣田の顔を交互に眺めながら、多賀は手の汗をこっそりとシャツで拭った。
「あ、ここ、大学生の頃に行ったことがある。懐かしいなぁ」
ここでの廣田の姿は、高給取りの社長でも不正経理をはたらく悪人でもなく、ただの上品なビジネスマンだった。
多賀にとって、廣田は捜査の過程で知った被疑者でしかない。
それでも、旧友と昔の自分に戻って談笑する廣田を見るだけで、心になにか隙ができる。
嫌いな相手とはいえ、器用にも屈託なく笑う章の心中はどんなものなのだろう。
多賀の内心をよそに、料理をいくつか頼む裕の横から章が酒を注文する。
「龍平は何飲むの?」
「とりあえずビールで」
上品な服を着た意識の高そうなイケメンがそう言うと急に人間味を感じて、なおさら多賀の心に情のようなものが滲む。
「そういやナオと付き合ってたんだっけ? うまくいってる?」
しれっと章は嘘をつく。
SNSでも全く絡みのない章が、婚約破棄を知っているのはおかしい。
つまり、この言い方が正しいのだが、だからおいそれと演技できるものではない。
「いや、数ヶ月前に別れたんだ」
廣田はわずかに驚いた顔をして、すぐに気まずい顔に表情を塗り替えた。
「え、そうなの? それはまた、どうして?」
「ナオが、浮気して……」
「……なんか、悪いこと聞いちゃってごめん」
困ってみせる章に、廣田は穏やかな顔で首を振る。
こうしてみると、本当に章から聞いて想像していた人物像とは程遠い。
「ナオにそういうフシがあるのは、ずっと前からだしねぇ」
さりげなく嫌味を混ぜた章に、運ばれてきた唐揚げをつまむ裕は一瞬ひやっとしたがすぐに彼の魂胆に気づいた。
嫌味を混ぜた会話のほうがカモフラージュ能力が高いのである。
「まあ、この歳でも浮気症が治ってないとは思いもしなかったけど。相手は?」
またえらい傷をえぐりだすもんだと、裕は眉ををひそめてビールに口をつける。
しかし、廣田は裕に気づく様子もなく平然と首を傾げた。
「……さあ、俺もよく知らない。現場を見た奴は、ビジネスマンっぽい真面目そうな男って言ってたけど」
「へぇ。ナオちゃんのタイプってそんなんだったんだ」
裕が目を丸くする。
「俺も今回初めて知った」
「まだナオと連絡とってんの?」
「取ってないよ。別れたもん」
「じゃあ、ナオの最近の動向は知らないんだ」
「どうしたんだ? 章、ナオと復縁する気か?」
「違うよ。ナオのこと、教えてあげようと思って」
廣田の手の動きが一瞬止まった。
「ナオ、廣田の会社がインサイダー取引してるって、警察にタレ込んだんだぜ」
多賀と裕が目をむいて章の方を見る。廣田もいつになく驚いた表情で章の目をまっすぐに見つめる。
「……お前、どこでそんなデマ知ったんだ」
「それは教えられない」
「俺がインサイダー取引をしてるって信じてるのかよ」
「思ってないよ。廣田はインサイダー取引なんかしてない」
よかった、と廣田ははっきり安堵した。
「でも、ナオのタレコミ、お前知ってただろ?
いや、あのタレコミはお前の指示だ。違うか?」
廣田の表情は全く崩れなかった。むしろ、表情は緩んでさえいる。
章と廣田の顔を交互に眺めながら、多賀は手の汗をこっそりとシャツで拭った。
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