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Plologue:多賀、参る。
第5話:青年 ~それはちょっと信じられない~
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男は完璧に多賀の通勤ルートをなぞり、県警庁舎に何のためらいもなく入っていった。多賀も、普段堂々と入っているはずなのに恐る恐る庁舎に足を踏み入れる。
男が一度立ち止まり、多賀の方を振り返る。
「……やっぱり、あなたの言ってたことは、本当だったんですね」
「何言ってんの? 庁舎くらい誰でも入れるよ」
多賀は顔を赤らめて口をはっと押さえた。男は笑っている。
「騙されやすいってよく言われない? 詐欺に遭いやすいタイプ? スリなのに?」
「いや……」
そう言われやすいのは事実だ。多賀は唇を噛んで俯いた。
「大丈夫、僕は君を騙したりしないし、今からちゃんと証明してあげる」
言いながら、男は庁舎の中を進む。少し迷ったが、やはり多賀は男についていく。
周りには警官しかいないのだから、多賀側のリスクは低いはずだ。
迷いなく進む男は、いつの間にか多賀の知らない道を進んでいた。
普段なら縁のない階段を降り、廊下を進んでまた上がり、渡り廊下を突き抜ける。
窓から見る珍しい景色に多賀は目を奪われていた。気づくと、そこは閑散とした廊下の最奥だった。
男は、会議室らしい一室の扉を開け、多賀に中に入るよう促した。
「僕の仲間だ」
大学のゼミ室に似た内観の会議室には、男ばかり四人が並んで座っていた。皆、多賀より数歳ほど年上の青年で、うち三人は警察官の制服を着ている。
「本物、なんですね……?」
多賀は、男の顔を覗き込んで、確認するように尋ねた。
「本物だよ。何なら、警察手帳でも見せてもらうといい」
男の声を聞いて、制服の男たちがポケットをごそごそやる。
一番左に座っていた、ため息が出るような美形の男が、警察手帳を投げてよこす。
「春日英輔や。よろしくな」
春日と名乗った男は、この土地には珍しい関西弁でそう言って、微笑んだ。
さっきの男の裏がある微笑みとは違って、優しげな笑顔である。
「多賀と申します。よろしくお願いします!」
多賀は敬礼して春日の元に駆け寄り、春日の手帳を返して自分の手帳を差し出した。春日は多賀の手帳を一瞥して隣に回し、多賀に椅子を勧める。
多賀がありがたく隣に座らせてもらうと、春日から手帳を受け取った眼鏡の屈強な男がこちらに身を乗り出してきた。
「多賀、春日のこと、見覚えないか?」
「いえ、あの、僕はちょっと人の顔を覚えるのは苦手で……」
違うんです、名前はちゃんと覚えてるんです、嫌いだから覚えられないんじゃなくて、みんな仲良く覚えられないんです許してください……と多賀は一気に言い訳した。
「ちゃうで。アレや、アレ」
きょとんとした男たちの中で、春日は苦笑しながら後ろに貼られたポスターを指さした。
それは警察官募集ポスターだった。
「あ……」
ポスターの中で、春日が標語と共に笑っている。
「俺、元子役兼役者で、こういう『ボランティア』もしてんねん」
確かに、モデルと言われても通用する男だ。
「それに、こいつの兄貴、俳優の春日英一だぜ」
多賀は口を閉じるのを忘れたかのように、ぽかんと口を開けた。
男が一度立ち止まり、多賀の方を振り返る。
「……やっぱり、あなたの言ってたことは、本当だったんですね」
「何言ってんの? 庁舎くらい誰でも入れるよ」
多賀は顔を赤らめて口をはっと押さえた。男は笑っている。
「騙されやすいってよく言われない? 詐欺に遭いやすいタイプ? スリなのに?」
「いや……」
そう言われやすいのは事実だ。多賀は唇を噛んで俯いた。
「大丈夫、僕は君を騙したりしないし、今からちゃんと証明してあげる」
言いながら、男は庁舎の中を進む。少し迷ったが、やはり多賀は男についていく。
周りには警官しかいないのだから、多賀側のリスクは低いはずだ。
迷いなく進む男は、いつの間にか多賀の知らない道を進んでいた。
普段なら縁のない階段を降り、廊下を進んでまた上がり、渡り廊下を突き抜ける。
窓から見る珍しい景色に多賀は目を奪われていた。気づくと、そこは閑散とした廊下の最奥だった。
男は、会議室らしい一室の扉を開け、多賀に中に入るよう促した。
「僕の仲間だ」
大学のゼミ室に似た内観の会議室には、男ばかり四人が並んで座っていた。皆、多賀より数歳ほど年上の青年で、うち三人は警察官の制服を着ている。
「本物、なんですね……?」
多賀は、男の顔を覗き込んで、確認するように尋ねた。
「本物だよ。何なら、警察手帳でも見せてもらうといい」
男の声を聞いて、制服の男たちがポケットをごそごそやる。
一番左に座っていた、ため息が出るような美形の男が、警察手帳を投げてよこす。
「春日英輔や。よろしくな」
春日と名乗った男は、この土地には珍しい関西弁でそう言って、微笑んだ。
さっきの男の裏がある微笑みとは違って、優しげな笑顔である。
「多賀と申します。よろしくお願いします!」
多賀は敬礼して春日の元に駆け寄り、春日の手帳を返して自分の手帳を差し出した。春日は多賀の手帳を一瞥して隣に回し、多賀に椅子を勧める。
多賀がありがたく隣に座らせてもらうと、春日から手帳を受け取った眼鏡の屈強な男がこちらに身を乗り出してきた。
「多賀、春日のこと、見覚えないか?」
「いえ、あの、僕はちょっと人の顔を覚えるのは苦手で……」
違うんです、名前はちゃんと覚えてるんです、嫌いだから覚えられないんじゃなくて、みんな仲良く覚えられないんです許してください……と多賀は一気に言い訳した。
「ちゃうで。アレや、アレ」
きょとんとした男たちの中で、春日は苦笑しながら後ろに貼られたポスターを指さした。
それは警察官募集ポスターだった。
「あ……」
ポスターの中で、春日が標語と共に笑っている。
「俺、元子役兼役者で、こういう『ボランティア』もしてんねん」
確かに、モデルと言われても通用する男だ。
「それに、こいつの兄貴、俳優の春日英一だぜ」
多賀は口を閉じるのを忘れたかのように、ぽかんと口を開けた。
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