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終章
絶望
しおりを挟む「陸翔さん、ふざけるな、なんでそんな嘘を?」
昴が陸翔の襟元を掴む。
陸翔は真剣な面持ちで口を開いた。
「明夜昴、って名前を聞いたときは、まさかって思った。珍しい苗字だからな。
お前にそれとなく聞いてみると、母親の名前が、咲良の戸籍にあった母親の名前と同じだったんだ。
昴から、母親は萌黄の家に入居していると聞いて、そこに行って、彼女に話しを聞いた。
それでやっぱり咲良の生みの親だと確信した。
信じられなかったよ、まさか咲良が、父親違いの・・・」
「やめて」
空気が引きちぎれんばかりに私は絶叫した。
「お兄ちゃん、以舞さんに過去の辛い話を打ち明けさせたの・・・? ひどい。お兄ちゃんのやったことは人として最低だよ。お兄ちゃんのせいで以舞さんの嫌な記憶がよみがえったんだよ」
「けど、俺は咲良を守るために…」
「守る? 笑わせないで。今まで私にどれだけのことをした? 私の行く先を立ち塞いだ上に、お兄ちゃんは部屋に来て私のことを・・・」
「気づいてたのか」
「気づかないふりをした。忘れようとした。でも、できるわけないよ」
「俺にとってお前は」
陸翔は言いかけたが、私が強く睨み付けたのを見て口を引き結んだ。
私はふらふらとその場を後にした。誰かが私の肩を掴んだけど、振り返る気も起きなかった。よろよろと歩く目の前に立ちはだかったのは、昴だった。
「咲良…大丈夫?」
「なにが?ははは…」
何故か、笑い声が自分の口から洩れた。
頭の中は完全に混乱しきっていた。これまで両親だと信じて疑わなかった二人が赤の他人で、今までで一番愛した異性は弟だった。私に執着していた兄は血のつながらない全くの他人で、私はレイプの末に産み落とされた子供だった。
「あたし、なんで生まれちゃったんだろう」
唇からこぼれる声はか細く震えていた。昴が私をぎゅっと抱きしめる。
「そんなこと言うな」
「だって私のせいで以舞さんはずっと怯えて暮らさなきゃいけなくなった。
私が生まれたせいで、昴の家族は壊れた。
両親と兄は、私に嘘をつき続けなきゃならなくなった。
私がいなければみんな、こんなつらい思いはしなくて済んだじゃない?」
まるで霜が降りたかのように、頭の芯がぴんと冴えわたるようだった。悲しみも怒りもこみ上げてこない。ただ自嘲の笑いだけが零れる。
昴の腕を振りほどいて進み、橋の欄干にもたれかかった。消えてしまいたい衝動が、私を突き動かした。
そのまま足が、欄干にあがる。橋の手すりに立って、暗く揺らめく川面に飛び降りた。足首に昴が縋り付いていて、一緒に欄干を越えたのが分かった。
体が舞い落ちる間、様々な記憶がよみがえった。
自宅でふと目にした、私名義の通帳、入金履歴に並んだ「ヤナガセアキヒロ」の文字。
当時はそれが、いったい誰なのかわからなかった。しかし、あれは、自分の娘に対する父としての責任、償いだったのだろうか。
記憶が、切り替わる。
私は、アルバムをめくっている。そこで、頭の片隅にいつもちらついていた疑問が頭をもたげる。アルバムをいくらめくっても、母が妊娠中の写真がないのだ。なぜなのか。
顔を寄せ合って笑う私と母の写真は、いくつもあった。それを見て今まで、気にしたこともなかった。母と私とは、似ても似つかない顔立ちをしていることを。
また、記憶が切り替わる。
以舞の大きな美しい瞳が、大写しになる。鏡でじっと見つめたときの自分の目が、以舞の目に、重なった。
───私も、以舞の娘。
水面に、体が叩きつけられる。直後水の揺らめきに呑み込まれ、深い水の底に体が沈んでいった。
体から浮き上がるいくつもの気泡をぼんやりと眺めながら、記憶も感情も、この世への執着も、全てを手放した。
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